第六十八話 カモネギ大襲撃と南門戦闘
始まりの町、南門方面──
他の三つの門と違い、こちらはカモネギ軍団に大きく押される展開となっていた。
シンプルな人数の偏りもさることながら、東側と違い一騎当千のトッププレイヤーも不在という状況がそれに拍車をかけている。
「うぎゃあー!?」
「ああくそ、また一人やられた! 他の門に人が行きすぎなんだよ!」
「すぐに戻って来るだろ、嘆く前に手を動かせ!」
「押されてるって言っても、三日がかりのクエストだからすぐに目に見えて分かるほど門の耐久も減るわけじゃないしな! 大量の獲物を独り占め出来ると思って気張れ!!」
次々と倒される味方を横目に、プレイヤー達は戦い続ける。しかし、その戦意は徐々に衰えているように見えた。
まだクエストが始まったばかりということもあって、人が多いところと少ないところ、どちらが効率良く稼げるかは誰も分からない。
それでもやはり、"押されている"と誰もが体感出来る状況で戦い続けるのは、誰にとっても辛かった。
一人、また一人と、死に戻ったまま帰って来ないプレイヤーが増えていく。
他の、プレイヤー側が有利に事を進めている門に人が流れて行っていると気付くのに、さほどの時間は必要なかった。
「くそっ、このままじゃ流石に持たないぞ……!」
そう簡単に、門の耐久は削り取られない。
しかしそれは、あくまでプレイヤー達が最低限抵抗しているからの話だ。
このまま離脱が相次いで、カモネギ軍団の側に戦況が傾き続ければ、早々にクエスト失敗という事態にもなりかねない。
後になって、トッププレイヤー達がそれに気付いたとて、果たして一度生まれた流れを変えられるのか。
自分達は、本当にこのままここで戦い続けるのが正解なのか。
誰もが不安に駆られ、そんな動揺すら立ち回りに現れ、負のスパイラルが蔓延し──そんな中。
「ふふふっ、いい感じに場が温まって来たわね♪」
あまりにも場違いな明るい声が、不思議なほど明瞭に戦場に響く。
一体何事かと、南門を守るプレイヤー達が顔を上げると……守るべき門の上、狼の背に仁王立ちしながら戦場を睥睨する、桜髪の女性プレイヤーの姿があった。
「思った通り、数の偏りが更なる偏りを生んで劣勢になる門が出来たわ。最初から最後まで全部順調じゃつまらないからってそのままGOサイン出してたけど……せっかくの仕様なんだもの、ありがたく利用させて貰おうかしら」
一体いつからそこにいたのか、女性プレイヤー──サクラは楽しげな表情のまま門から飛び降りる。
いくらモンスターに乗っているとはいえ、騎乗モンスターですらないバトルウルフの上だ。
落下ダメージによる死に戻りは避けられないかに見えたが──
「よっと」
空中で、不安定なバトルウルフの背を蹴って飛び上がり、落下の勢いを減衰、落下ダメージが発生しないギリギリの速度で地面へと向かう。
その場所は、数多くのカモネギバード達が密集し、落下してくる無謀なプレイヤーを倒そうと更に密度を増していたが……好都合だとばかり、サクラは金棒を振り上げる。
「《メガクラッシャー》♪」
光輝くエフェクトと共に、爆音と土煙が巻き上がる。
視界が晴れたそこには、ただ一体のカモネギも残ってはいなかった。
「は……?」
「なんだそりゃ」
「物理攻撃であの攻撃範囲だと? どんな筋力値してやがるんだ」
口々に上がる、周囲のプレイヤーからの困惑の声。
それを無視して、サクラは尚も手近なカモネギ軍団へと吶喊して行った。
「さあ……かっ飛ばすわよ!!」
サクラが金棒を振るう度、カモネギバードが次々に吹き飛ぶ。
その圧倒的な殲滅速度は、名も知らぬプレイヤーが考えた通り、圧倒的な筋力値によって成り立っている。
クレハが幸運にしたのと同じように、筋力へと極振りした火力特化。
代償として、カモネギバード相手ですら一撃貰えば即死する打たれ弱さを背負ったそのスタイルは、本来なら仲間や相棒となるモンスターの手厚い援護を受けてようやく成り立つロマンビルドだ。
しかし、サクラの場合は違った。
相棒のバトルウルフは一切戦闘に参加せず、サクラに追従して走り回るだけ。
よく見れば、その体には《拡張バッグ》が装備されており、サクラが倒したカモネギバードから採れるアイテムをひたすら回収していることが分かる。
そう、津波のように怒涛の勢いで押し寄せて来る敵の攻撃を、持ち前の反射神経と身体能力に任せて全て捌き、返り討ちにしているのだ。
ゼインも似たようなことをしていたが、あちらは仲間の力を借り、立ち位置を工夫し、連携を極めた先にある"廃人"としての強さ。
サクラのそれは、ただただ己の能力に任せた力ずくの強さ。"才能"という名の暴力だ。
「うふふ、これでいっぱい稼いだら、クレハちゃんに好きなこと命令出来るのよね? あの二人には悪いけど、これは譲れないわ」
それだけの力を持ちながら、なぜ最初から暴れず南門が不利になるのを待っていたのか。
それは、適度にプレイヤーが減るのを待ち、こちら側に押し寄せるカモネギ軍団のアイテムを独占するためだった。
他のプレイヤーは、どう立ち回ればもっとも効率良く野菜が稼げるか、まだ知らない。
だから、不利なエリアが生まれれば、少なくとも初日はそこから更に人が流れ出て、大量の獲物を独占することが出来る。
どれだけ倒そうと倒すまいと、四ヵ所ある門全て"同数"の敵が出現し、どこかで多くの敵が倒れればそれを補うように"全体の"出現数が増えるという仕様を知っているサクラだからこそ選べた手段だった。
「最近、仕事のせいでクレハちゃんと全然遊べなかったから、クレハちゃん成分が不足気味だし。お姉ちゃんである私よりも多く他の誰かがクレハちゃんを独占するなんて嫉妬しちゃうし。それに……クレハちゃんを卑怯者扱いする声は、ここで叩き潰しておきたいしね」
クレハの幸運はその周囲にまで恩恵をばら撒き、本人の明るい性格も相まって露骨に叩く人間はほぼゼロと言っていいが……それでも、クレハの都合が良すぎるプレイスタイルをチートだと考え、通報に至るプレイヤーは未だにいる。
それが、サクラにとっては何よりも気に入らない。
理屈ではそうなるのが自然だと理解出来ても、感情面で納得出来ないのだ。
愛する妹が、卑怯者扱いされるという事実が。
「だから、私が教えてあげるわ。TBOの全プレイヤーに」
サクラに対し、三体のカモネギソルジャーが一斉に襲い掛かって来る。
派手に暴れすぎたため、ヘイトを買いすぎてしまった結果だ。
それでも、サクラは引かない。金棒を構え、凄絶な笑みと共にボスの群れに自ら突っ込んでいく。
「本当のチートってものをね♪」
サクラが打撃スキルを駆使し、カモネギソルジャーを次々と殴りつける。その発動速度は、《天雷》とまで呼ばれたスイレンの魔法連発速度すら上回り、運営の想定していた限界すら越えていた。
特定の組み合わせ、特定のタイミングでスキルを重ねることで、通常よりも素早く、硬直なしでスキルを連発出来るシステム外スキル。
所謂、バグ技の一種。デバッガーとして、サクラが再現検証を行ったテクニックの一つ。
ゼイン等一部のトップ勢が発見し、真似出来るプレイヤーが少ないために半ば放置されている技だ。
なお、今後も仕様として残すかバグとして削除するかは検討中である。
それを、サクラ自身の人外染みた身体操作で正確に急所へ叩き込むことによって、ボスであるはずのカモネギソルジャーの体力ゲージは一瞬で喪失。
三体いたはずのそれらは、サクラに対し反撃する暇すら与えられずに打ち倒された。
「さあ……ここにいるモンスター全部、私がぶっ飛ばしてあげるわ。みんな、そこで見てなさい♪」
近いうちに修正されることがほぼ確定されているバグ技すら駆使し、大人げなく大暴れするサクラ。
後に上司から盛大に怒られ、公式記録からもその名が消されることになる彼女のことを、南門の防衛戦に参加していたプレイヤーは後にこう呼んだ。
《TBOの真のラスボス》、《桜鬼神》と。




