第六十七話 カモネギ大襲撃と東門戦闘
「いやー、すごい数だね」
襲撃イベント、東門方面。
他の場所と同じく、膨大な数のカモネギ軍団に襲われたその地点で、スイレンは呑気にそう呟いた。
モンスターの中でも珍しい、空を飛べる騎乗タイプをテイムしているスイレンにとって、地上を走り物理攻撃しかしてこないカモネギバードは、いくら数の暴力で攻めて来ようとさしたる脅威ではなかったのだ。
もちろん、プレイヤーを乗せたまま空を飛ぶ《飛翔》スキルには持続時間の限界もあり、再使用のためのCTも決して短くはないのだが……地上に降りる際に他のプレイヤー達の後ろを目指すようにすれば、物量に押し潰される心配も少ない。
「まあ、それだけたくさん獲物がいるってことだけどね! 《サンダーフォール》!!」
その二つ名の由来ともなった、上空からの雷魔法スキル。
強力無比な攻撃がカモネギソルジャーに叩き付けられ、周囲にいたカモネギバードの集団諸共焼き焦がす。
たった一撃で敵の数は大きく減らされ、状況はプレイヤー側へと傾いていく。
「とはいえ、あっちはどうしようかなぁ……」
しかし、それでもプレイヤーの完全な優位とは言い難かった。
西側にゼイン率いる《曙光騎士団》が向かい、北側にクレハを(無断で)奉ずる《女神教会》が向かったため、上位のプレイヤーに偏りが生まれ……結果、最初は無難に周りに合わせて動こうと考えた多くのプレイヤーもまたそれに追従し、他の二ヶ所は少々手薄となってしまっているのだ。
スイレンが上空から火力を発揮してはいるが、やはり一人では人手不足を補うには足りていない。
「せめてもう一人、強い人がいてくれたら助かるんだけど……お?」
そんな愚痴と共に思わずため息を溢したスイレンは、ふとプレイヤーの集団からひょっこりと前に進み出る小さな影が目についた。
「あれ、ティアラじゃん。こっち来てたんだ」
勝負のこともあり、どこのエリアに向かうかは話さずにこちらへ来たのだが、どうやら被っていたらしい。
ティアラの背後には、大きく成長したルビィ──九尾狐の姿もある。
「ほほー、どうやっていきなりトップランカーまで登ってきたかと思ってたけど、あのモンスターの力かな? それにしては、少しティアラ本人が前に出過ぎな気がするけど……」
弱かったプレイヤーが、運良く強力なモンスターをテイムしたり、あるいは既存のモンスターが進化したりなどで急に強くなることは、クレハに限らずともこのゲームではままあることだ。
しかし、プレイヤー本人の強さというのは、そう急には変わらない。
元々生産をメインにやっていたティアラは、スキルやステータスの構成もそちらに寄っているはずで、急に戦闘が出来るほどの変化は起き得ないはず──
「ん? なんだろあの装備」
そう疑問を覚えるスイレンの視線の先で、ティアラは一つのアイテムを取り出した。
二本の角を額から生やした、恐ろしげな髑髏の仮面。
可愛らしいティアラには到底似合わないそれを装着し、カモネギ軍団と対峙する。
「あの装備に、何か強力なスキルでも備わってるのかな? でも、ステータスが足りないのは変わらないだろうし、一体何が……」
仮面を被ったティアラは、続けて一本のポーションを取り出し、一息で呷る。
一体何をしようとしているのかと、スイレンが固唾を飲んで見守る中……ビリビリッ、と。
ティアラの体に、《麻痺》の状態異常を示すエフェクトが散った。
「ええ!? ちょ、何か失敗したの? 大丈夫!?」
自身が行動不能となり、常時発動タイプを除く一切のスキル使用すら封じられる最悪の状態異常に、思わずスイレンは声を上げる。
勝負はしているが、スイレンからすればティアラもまた可愛いフレンドに違いない。
援護すべきかと、自身の相棒に指示を出そうとして……続く状況に、思わず間の抜けた表情を晒してしまう。
麻痺したティアラを襲うべく近付いたカモネギバード達が、一斉に麻痺状態へと陥ったのだ。
「……は? え? なんで?」
スイレンの理解が追い付く前に、ティアラは次々とポーションを飲んで行く。
その度に別種のエフェクトがティアラの体から散り、重ねがけされる状態異常。
毒、火傷、氷結、呪い、出血、更には各種ステータス低下まで──
どれだけ実力あるプレイヤーだろうと、ここまで重ねがけされたら匙を投げるだろうほど悲惨な量の状態異常を背負うティアラに合わせ、周囲のカモネギ軍団もまた同様の異常に侵されていく。
急激に目減りしていく体力、一歩も動けず、抵抗のためのスキルすら紡げない絶望。
そんなカモネギ軍団に対し、髑髏の仮面を被ったティアラは容赦なく告げる。
「ルビィ、《バーニングフレア》」
「コォン!!」
九尾狐の尻尾の炎が膨れ上がり、強大な炎塊となって瀕死のカモネギ軍団を焼き払う。
阿鼻叫喚という言葉がこれほどに相応しい状況もないその光景に、スイレンは頬を引き攣らせた。
「こ、これが、ティアラをこの短期間でトッププレイヤーに押し上げた戦法かぁ……えげつな……」
スキル、《呪詛返し》。
自身が受けた状態異常を、一定範囲内の敵対モンスターに強制付与するパッシブスキルだ。
普通に使えば、単に状態異常を駆使する敵に対するカウンターとなるだけのスキルだが、ティアラの場合は違う。
かつてクレハが絶賛した、何度作っても生まれる"失敗作"……一定確率でランダムに状態異常が付与されるポーション、《体力回復薬・毒》。
狙って作れるものでもない、ある意味レアなハズレアイテムを大量に所持しているティアラは、それを服用しまくることで周囲の敵に状態異常をばら撒きまくる、歩くデバフマシーンへと変貌を遂げる。
そこに、ファイヤーフォックスから進化した九尾狐、ルビィの火力が加わることで……圧倒的な殲滅力を誇る、対集団戦特化のコンビが爆誕したのだ。
「これは真面目にやっても負けるかも……いやー、勝負のためなんだろうけど、人ってここまで変われるんだね。クレハは本当に、罪作りな子だよ」
ティアラがこうなった元凶であろう少女の顔を思い浮かべながら、スイレンはティアラの傍へと降下する。
そろそろ《飛翔》の効果時間が終了しそうだったのと、後方に下がるよりもティアラの周りの方がよほど安全そうだったからだ。
「あ、スイレンさん、ここにいたんですね。……勝負は負けませんよ」
そんなスイレンに対し、ティアラは仮面を被ったままそう語る。
必勝の気迫と仮面の不気味さ、そして……度重なる状態異常のせいですぐに減っていく体力を賄うためのポーションを大量に抱えた、普段のお茶目な女の子らしい仕草が合わさったその姿に、スイレンはふむと顎に手を添える。
「これはこれで……いいッ!」
「スイレンさん?」
「いや、こっちの話」
訝しげな声を漏らすティアラに手を振って誤魔化しを入れたスイレンは、気を取り直してカモネギ軍団へと杖を構える。
そんなスイレンに負けじと、ティアラもまた前に出た。
「ティアラ、一つ聞いておきたいんだけど。勝負に勝ったらクレハに何をお願いするつもり?」
「へ!? そ、それは……な、内緒です!!」
「ふむ、内緒にしたいくらいは恥ずかしい内容と。是非ともそれを聞いてみたいところだけど……そのためには、相当に気合い入れないとしんどいよ?」
「……どういうことですか?」
「勝負にサクラさんが割り込んで来たからね。実のところ、私がこの手の勝負をしたのって初めてじゃないんだけど……サクラさんに勝ったこと、一度もないんだよねー」
スイレンの告白に、ティアラは目を丸くする。
勝負と言っても、TBOの話ではない。
トランプや、ちょっとしたクイズなど、お遊びの中でクレハにまつわる賭けを幾度となく挑み、敗北を重ねている。
VRゲームとそうしたゲームは違うと、普通なら考えるところ。しかし、スイレンはそう思わなかった。
「だから、この場は協力して乗り切らない? お互いの願い事のためにね」
今度こそ負けない。勝ってクレハにあんなことやこんなことを要求する……!
全力で煩悩に塗れたスイレンの言葉に、ティアラは大きく頷いた。
「分かりました。私も、クレハちゃんと、て、手を……手を繋いで、二人きりでお出かけしたいですから……! がんばりますっ……!!」
「……初々しいなぁもうッ!!」
自身に比べ、圧倒的に純粋無垢な……というか、賭けなどしなくとも普通に頼めと言いたくなるような些細なお願いに、思わず悶絶しながら。
ついでに、内緒じゃなかったのかと内心で突っ込みも入れながら。
それでもスイレンは勝利のため、どうにかこうにか緩んだ表情を引き締め直すのだった。




