第六十五話 カモネギ大襲撃と北門戦闘
俺の名はコウタ。女神のモンスター、もといクレモンのことを纏めてブログに記していたら、いつの間にか一端のブロガーとして名が知られるようになってしまった初心者ゲーマーだ。
いや、女神効果強すぎだろう。
ともあれ今日は、ついにGWイベントの最終盤。ワールドクエスト、《カモネギ大襲撃》が開始される日。
ブログで忙しかった俺も、今日この日は溜め込んだ物資をインベントリにこれでもかと詰め込み、いざワールドクエストに挑まんと待機していたのだが。
「おい、急げドブゾー!」
「分かっているさドブロク。……おい新入り、お前も急げ、早くしないと無くなっちまうぞ!」
俺は開始地点から逆走し、始まりの町の中央広場を目指していた。
なぜかって? そんなの、決まってる。
「分かってます!! 女神謹製の、幸運をもたらす桜サンド……有り金全部はたいてでも手に入れてみせますよ!!」
俺達の女神、クレハちゃんが、突然屋台を開いたと配信で告げたからだ。
なんでも、最近急激にその名が知られ始めたトッププレイヤー、《牧場爺さん》と合作で、サンドイッチを作ったらしい。
特級野菜を素材として使い、《調合》スキルを使って料理することによってのみ一時的に得られる、超強力なイベント限定バフ、《桜特攻》。
それを、これまでモンスター達にたくさん野菜を分けてくれたみんなへのお礼として、格安で大量販売してくれるというのだ。
普通のプレイヤーなら、そんなことはしない。
恵まれた分だけポイントにし、一位を取った後でありがとうとお礼を言うくらいだろう。
別に、それが間違っているとは思わない。女神の信者も、多くはそれを望んでいたはずだ。
だが、女神はそれをよしとしなかった。
みんなでポイントを稼ごうと、みんなでこのイベントを謳歌しようと、こうして高順位を投げ捨ててまで恵みをもたらしてくれる。
まさに……まさに女神だ……!
「さ、桜サンド一つお願いします!!」
突然の発表だったにも係わらず、長々とした行列が出来上がっていた屋台の前。
イベント開始ギリギリまで粘って、どうにか購入するところまでこぎ着けた俺は、そこで初めて生の女神と対面した。
「はーい! 少しお待ちくださーい!」
くるりと振り返ると同時にたなびく、腰まで届く金色の髪。
身に纏うドレスは彼女の活発な性格を表すように鮮やかな真紅に染まっていて、幼い体をより愛らしく彩っている。
そして何より、初対面の俺に対してだろうと関係なく向けられる弾けるようなその笑顔は、まさに天使と見紛うほど。
ただの営業スマイルのはずだと頭でいくら思っても、見惚れずにはいられなかった。
「後ろのお二人とパーティですか? 最後のクエスト、がんばってくださいねー!」
「あ、ああ……ありがとう」
注文した桜サンドを手渡され、激励の言葉を向けられる。
その声を聞くだけで、もう天にも昇るような心地になった。
「くぅ、食べるのが勿体ないぜ、なあドブゾー」
「全くだ。だが、残しておいてもイベントが終われば消えてしまう、ここはしっかり味わって記憶に焼き付けておけ、ドブロク。……お前もだ、そんなところで突っ立ってないで、行くぞ新入り」
「あ、はい!」
先輩に声をかけられて、ようやく俺の魂が体に返ってきた。
いかんいかん、女神に応援されたんだ、しっかりと頑張らないと。
……でもなぁ、せっかく女神から貰ったこのサンド、イベント中しか残しておけないのか。
本音を言えば、家宝として残しておきたいところなんだが……仕方ない、スクショで我慢しよう。
スクショと言えば、さっきの女神の笑顔も出来ればスクショに残したかったな……動画配信でも見ることは出来るんだが、やっぱり生で見るのはまた違った魅力が……。
「さあ……いよいよ始まるぞ」
「は、はい」
気を引き締め直したつもりで、すぐにまた女神の妄想に浸ってしまっていた俺は、先輩の声で今度こそゲームに意識を戻す。
俺が今いるのは、始まりの街の北側の門だ。時間になると、東西南北それぞれの門に、バトルフィールドへと続くポータルが開く。
それを潜った先で、押し寄せて来るカモネギ軍団を撃滅し、追い払う。
それが、今回のワールドクエストだ。
「開いた! 行くぞ!!」
誰かの声が聞こえると同時、名残惜しさを堪えて女神のサンドイッチを食べた俺は、周りに集まった大量のプレイヤーと共にポータルを潜る。
プレイヤーの数が数だからか、到着した場所はとにかくだだっ広い草原地帯だった。
こんな場所もあるんだな、と思いつつ周囲を見渡すも、モンスターの姿はない。
いや、プレイヤーが多すぎてあまり周囲を把握できないと言った方が正しいか?
一応、俺達の背後に見える大きな門、東西南北それぞれに一つずつ配置されたそれの耐久値をカモネギ軍団に削り切られるとプレイヤーの敗北となり、逆にカモネギ軍団の勢力ゲージを先に削り切ればプレイヤーの勝利となるらしいが……正直なところ、これだけの数のプレイヤーがいて、ここを突破されるという状況が起こり得るのか疑問だ。
今は、多くのプレイヤーが女神による《桜特攻》のバフを受けている状態だしな。三日間用意されているが、案外あっさり終わってしまうんじゃないか?
「油断するなよ新入り。来るぞ」
ドブロク先輩の言葉に振り返れば、遠くから何か砂埃のようなものが巻き上がっているのが見えた。
カモネギバードは野菜を抱えて地上を走るキテレツな鳥だ。間違いなくあれだろうと、周りのプレイヤーに合わせて剣を構え……すぐに、違和感に気付いた。
……あの土埃、いくらなんでも大きすぎやしないか?
「な、なんだあのふざけた数はぁ!?」
誰が叫んだか、悲鳴のような声が上がる。
そう、視界に映るカモネギバードの群れは、距離感が狂ってしまいそうなほど膨大な数を擁していた。
百や二百じゃ絶対に利かない。数える気にもならないそれはもはや津波のような勢いで、少なからず俺と同じ考えを持っていた先頭のプレイヤー達を呑み込んでいく。
「うわぁぁぁぁ!?」
「いや、こんなの無理だろぉぉぉぉ!!」
俺達プレイヤーは、この一週間で散々カモネギバードを仕留めている。
だから、その対策も、効率の良い倒しかたも全て心得ているつもりだった。
だけど、流石にこの数はどうしようもない。
プレイヤーが多すぎて余裕かと思っていたが、これじゃあむしろ、全プレイヤーが集結しても無理なんじゃないか?
「いや、落ち着けぇ!! こいつら数はヤバいが一体一体はむしろ野良で出会う奴より弱くなってる!! 女神の加護を受けた今の俺達なら、やってやれないことはなぁい!!」
絶望に沈みかけたプレイヤー達を、ドブゾー先輩の張り上げた声が叱咤する。
確かに、試しに俺が切ってみても、カモネギバードは簡単に仕留めることが出来た。相棒の狼も同様で、面白いように次々とカモネギを倒すことが出来る。
数が尋常じゃないせいで反撃もたくさん受けるんだが、元々カモネギバードは攻撃力が低いから、これなら案外戦えそうだ。
「相棒、《アラウンドヒール》!!」
「ガルル!」
更に、俺の相棒には女神から貰った回復スキルまである。
効果範囲は限定されるが、これだけのプレイヤーがいるんだ。適当に撃つだけで相当な支援になるだろう。
それに気付いたのか、周囲でも支援のスキルが飛び交い、テイムモンスターとプレイヤー達、そしてカモネギ軍団の壮絶な戦闘が繰り広げられ、ギリギリのところで拮抗状態に持ち込むことが出来た。
これは……女神のサンドイッチが無ければ、北側の戦線は早々に崩壊していたな。危なかった。
「いや、待て……カモネギバードだけじゃないぞ!!」
そんな時、更なるピンチが俺達を襲う。
誰かが上げた声に釣られて顔を上げた俺の目に映ったのは、遠くからやって来る新たな敵影。
通常のカモネギバードより一回り以上大きな体を持つ、カモネギソルジャーの集団だった。
「ちょっと待て、この上ボスモンスターまで来るのかよ!? 流石に持たねえぞ!?」
「しかもこいつ、他のカモネギバードと違ってしっかりボスらしい体力してやがる……!」
運営が、わざわざクエスト中のデスペナルティを切った理由がよく分かる。
このクエストは、きっと死に戻りが前提なんだ。
到底敵わない大群に何度も何度も特攻を重ねて、門へのダメージ蓄積を抑え、アイテムを集めながら続く終わりなきマラソン。
なるほど、これは確かに全プレイヤーの力を結集しなければ無理だなと、俺は目の前に迫るカモネギソルジャーを眺めながら引きつった笑みを漏らす。
「やべえ、新入り下がれぇ!!」
ドブロク先輩から注意が飛ぶが、周りはカモネギバードだらけで思うように動けない。
まあ、死に戻り前提ならすぐに戻って来れるだろう。女神がくれた料理のバフは消えてしまうが……今回入手した野菜を提供したら、また作ってくれるだろうか?
そんな、ある意味呑気なことを考える俺に、カモネギソルジャーは容赦なくネギを振り下ろし──
「ゴアァァァァ!!」
「クエェ!?」
突如飛来した爆炎に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっていく。
何が起きたのか、さっぱりわからないまま空を見上げると……そこには、真紅の鱗を持つ炎のドラゴンが滞空していた。
いや、それだけじゃない。
「ブモォォォ!!」
「キュオォォォォ!!」
「クオォォォン!!」
「フワラ~!」
「ポンポン!」
「チュー!」
「メェ~!」「メェ~!」「メェ~!」
「モォ~!」「モォ~!」「モォ~!」
サイ、ファルコン、キマイラ、毛玉、狸、ネズミ。女神のモンスター達を先頭に、牛や羊など、大小様々なモンスター達が次々と現れ、プレイヤーに加勢し始めたのだ。
これは……探索中モンスターの助っ人参戦システムか!?
「そうか……ワールドクエストは全プレイヤー参加可能。生産職は、モンスターだけを支援に送り出すことが出来るというわけか」
一番大きく稼げる部分で戦闘が出来ない場合はどうするのかと思ったが、これなら確かに問題はない。
このクエスト中はそういう仕様なのか、普段のようにスキル一発で返っていくようなこともないし、これは助かる。
「行ける、行けるぞ……お前ら、俺達には女神の加護だけじゃない、女神の使徒、クレモン達もついている!! 一気に押し返すぞぉ!!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!!」」」
実際には、女神のモンスター……クレモン以外にもたくさんモンスターがいるんだが、まあ一番派手な登場をしたのがドラゴンだし、それで士気が上がるならまあいいのか。
言っている俺自身、クレモン達と一緒に戦えるなんて光栄過ぎて、胸の高鳴りが抑えられないしな。
「俺も……ギルド《女神教会》の一員として、負けられないな。やるぞぉーー!!」
剣を振り上げ、俺達は戦う。女神と共に。
こうして、北門方面の戦闘は、更に激しさを増して行くのだった。




