第六十四話 野菜屋台と代打登場
「みんな、久しぶりー!」
『クレハちゃんやっほー』
『会いたかったぜ俺の女神ーー!!』
『おい、誰の女神だって??』
『ふざけんなクレハちゃんは俺の女神だ』
『いいや俺のだ』
『お前ら全員ティアラちゃんとかスイレンにぶっ飛ばされても知らんぞw』
イベントも終盤に差し掛かり、ついにワールドクエストが開始される日。
始まりの町のホームにて、ここのところずっとご無沙汰だった配信を始めると、一気にすごいペースでコメントが流れ始めた。
正直、早すぎて全然目で追えないや。
「あはは、ごめんねみんな、ここのところずっとワールドクエストに向けた準備しててね。どうせならみんなにもサプライズしたかったから、配信も出来なかったんだー」
『そうだったのか』
『ここ数日で少し順位落としてたから、リアルが忙しいのかと思ってた』
『GWの宿題やってなかったからワールドクエスト前に大急ぎで片付けてるもんだとばかり』
「…………」
『あれ、クレハちゃん急に黙り込んでどうした』
『まさか本当に宿題やり忘れてるとか……』
「そ、そんなわけないでしょ! わ、私は宿題なんてお休み前に終わらせる良い子なんだからね!?」
『めっちゃ動揺してて草』
『大丈夫、小学生の内は最悪やらなくても流れていくさ!』
「私は高校生だって言ってるでしょーー!!」
いやまぁ、宿題というか課題というか。大したものじゃないんだけど、すっかり存在忘れてたよ……!
ちなみに、みんなは私の宿題発言を受けて、やっぱり小学生だと確信を深めた模様。
いや、高校で課題が出るの珍しいかもしれないけどさ、だからってなんでいきなり小学生なの!? 中学だって出るでしょ!?
「クレハちゃん、こんにちは……」
「あ、ティアラちゃん、久しぶりー!」
「ひゃわっ!? ク、クレハちゃん!?」
そんな風に他愛ないやり取りを視聴者のみんなとしていると、ホームにティアラちゃんがやって来た。
久しぶりに顔を合わせるフレンドに感極まって抱き着くと、ティアラちゃんは顔を真っ赤にしてあたふたと宙に手を彷徨わせる。
「えへへ、急にごめんね、びっくりさせちゃった? いやー、一週間ちょっとぶりにティアラちゃんの顔を見たら、ついくっつきたくなっちゃって」
毎日のように顔を合わせてた時は、私にベタベタしてくるスイレンを見ては、一緒になって私にくっついて来てたし。
いちいち反応が可愛いから、久しぶりに味わいたくなっちゃったんだよね。
「う、ううん、全然……! 私もその、クレハちゃんとこうしてふれ合えるの、すごく、す、好きだから……!」
「ありがと! 私も大好きだよ!」
「ふえっ!?」
好き……大好きって……と何やらブツブツ呟きながらフリーズしてしまったティアラちゃん。大丈夫かな?
なんてやってたら、不意にそんな私とティアラちゃんを纏めて抱き締める不埒者が現れた。ぐえっ。
「もー、二人ともずるいなぁ、そういう可愛い子同士のくんずほぐれつには私を呼びなさい! そして私を挟んで!! 私が挟むのでも可!!」
「スイレン、挟むとか挟まれるとか以前に、現在進行形で物理的に私達を潰そうとするのやめて……つぶれるぅ」
「おっといけない、衝動が抑えられなくてつい」
たはは、と笑いながら離れていく親友の姿に、私はやれやれと頭を抱える。
いつものことだけど、スイレンのスキンシップは激しすぎるよ、全く。
『百合の間に挟まる男は極刑だが、百合の間に挟まる女はどうなのだ』
『極刑と言いたいところだが、スイレンはスイレンで狙ってるから挟まるというか三角関係というか』
『両方食べたがってる百合ハーレム願望の変質者がいるそれを三角関係と言うのか?』
『わからん、俺に聞くな』
スイレンのテンションについて行けなかったのか、コメント欄からも困惑の感情が見て取れる。
極刑とか物騒だね。百合の花がどう関係あるのかさっぱりだけど、何の話?
一方で、同じように抱き潰される寸前だったティアラちゃんは、ニヤリと口角を吊り上げながらスイレンと対峙していた。
「スイレンさん……ようやく決着をつける時が来ましたね。このワールドクエストで、どっちがクレハちゃんの隣に相応しいか証明してみせます。ふふ、ふふふふ……」
「お、おう……? それはいいんだけど、ティアラ、なんか雰囲気変わった?」
「気のせいですよ、ふふふふふ」
なんだろう、ティアラちゃんからドス黒い暗黒のオーラが出ているような……目の錯覚かな?
なんだか心配になったので恐る恐る名前を呼んでみると、くるりと振り返ったティアラちゃんは太陽のように輝く満面の笑みを浮かべていた。
うん、いつも通りだね、よかった!
「クレハちゃん、見ててね……私、今度こそトップになってみせるから……そのためなら、クレハちゃんにも負けないよ……!」
「あはは、うん、がんばって! 私は多分、二人には勝てないと思うけど……」
「そういえば、クレハここ数日順位落としてたよね。どうしたの?」
「ふっふっふ、少し考えがあってねー、桜野菜、ポイントに変換せずに残してあったんだ」
「そうなの……?」
なんでそんなことを? と首を傾げる二人(と視聴者のみんな)を、ネタばらしも兼ねて外に連れ出す。
向かった先は、始まりの町の中央広場。
その一番目立つ場所に、私は待ち人を見付けて手を振った。
「あ、いたいた、牧爺ー!」
「お、クレハのお嬢ちゃん、来たの。準備は出来ておるよ」
「手伝ってくれてありがと! お陰で考えてたことを実行出来るよ」
牧爺の傍に駆け寄ると、そこにあったのは一台の荷馬車。
牛のモンスターが牽いて来たそれには暖簾がかけられ、さながらラーメン屋台か何かのような見た目になっている。
そこに掲げられた名前は……『桜サンド《紅葉》』。
『え、これ、どう見てもアイテム売買用の屋台だよな?』
『なぜこのタイミングでこれ?』
「当然、商売するためだよ。出血大サービスのね!」
そう言って、私が表示した商品は、桜野菜──それも、特級を利用した野菜サンドイッチの山。
食べるだけで《桜特攻》スキルが付き、カモネギバードに対してバカみたいに強くなれるお手軽強化アイテムだ。
「私がここまで順位を上げられたのは、野菜をたくさん貢いでくれたみんなのお陰だからね。最後のワールドクエストは、この屋台でみんなに《桜特攻》をつけまくって、みんなの野菜集めを全力支援するよ!!」
『マジで!?』
『クレハちゃん、俺らのためにそんなことを……!』
『いや待って、最近順位落としてた理由は分かったけど、屋台として回せるだけの特級野菜をこの一週間だけで集めたってこと?』
『それポイント変換すれば普通にトップ狙えたのでは……』
「あはは、それもそうなんだけど、貢がれるばっかりでお返ししないのも私の主義に反するから。それに、順位……とは違うけど、スイレンやティアラちゃんとやってる勝負に関しては、代打もお願いしてあるから大丈夫!」
「代打……?」
「その通りよ!!」
疑問符を浮かべるティアラちゃんの声に答えるように、どこからともなく降ってきた桜髪のプレイヤー……もとい、私のお姉ちゃん。
そのあまりにも唐突な出現に、コメント欄がにわかにざわつく。
『サクラさんだ。久々に見たな』
『てか勝負って何の話??』
「あ、みんなの前では言ってなかったっけ? 今、私とスイレンとティアラちゃんで、誰が一番イベントpt取れるか勝負してるの。負けた人は勝った人の言うことを一つだけ聞くって条件で」
『あっ(察し)』
『だからティアラちゃん、あんな悪魔みたいに強く……』
『そのためだけに最弱クラスからトッププレイヤーに上り詰める執念がすごい』
『クレハちゃんに手を出したらガチで殺られそう』
「???」
なんでそこでティアラちゃんの名前が出てくるんだろ?
まあ、私と違って自分の力でトッププレイヤーの一角まで昇っていったのはすごいと思うけど。
「サクラさんが代打……!? むむ、強敵出現って感じ……!」
「え、でも、クレハちゃんのお姉さん、お仕事が忙しくてあまりゲーム出来ないって……大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、変換してないだけでちゃーんと桜野菜は溜まってるから。それに……ちょっとくらいハンデがないと、つまらないでしょ?」
ピリ、と、空気が張り詰める。
え、何これ、どういう状況?
「クレハちゃんを物にしたいなら、まずは姉である私を倒してからにすること。……出来るものならね♪」
「……分かりました、クレハちゃんのお姉さんが相手だからって、絶対に負けません……!」
バチバチと、お姉ちゃんとティアラちゃんの間で火花が散る。
ちょっと二人とも、勝負って言ってもお遊びだよ? なんでそんなに一触即発の空気出してるの?
「ワシ、いまいち状況が飲み込めんが……モテモテじゃの、クレハお嬢ちゃん」
「え、これ私のせい??」
「……ううむ、そこからか。まあ、そのうち分かるじゃろ」
カカカ、と快活に笑う牧爺の声に、私はひたすら首を傾げる。
そんなこんなで、なんだかよくわからないシリアスが生じる謎の展開を迎えながら──ついに、GW最後のワールドクエストが始まった。




