第五十八話 とある新米プレイヤーの記録②
俺の名はコウタ。TBOの初心者プレイヤーだ。
先日、幸運の女神と讃えられるトッププレイヤーのモンスターからスキルを貰い、厳しい序盤の戦闘を乗り越える力を得た俺は、それ以来女神の大ファン……もとい、信者となった。
いや、俺の所属しているギルドの名前自体、いつの間にか《女神教会》に変わっていたんだ。でかいギルドだからという理由で入ったが、良い名前だ。余計に愛着が増したよ。
ともあれ、そんな俺がTBOのイベント中、特に楽しみにしていることが……女神のモンスター達の動向観察だ。
このゲームのモンスター、特に女神の場合はレベル差が開き指示を聞かない状態なので、AI任せのランダムな挙動を見せる。
……はずなのだが、そこは彼女が幸運の女神と呼ばれる所以と言うべきか、女神自身や偶々出会ったプレイヤーにとって悉く都合の良い行動を取るのだ。
それを観察してブログに纏めたら面白いんじゃないか? と思い、目撃情報を見付ける度に現地へ向かっているんだが……。
「正直、予想以上にネタの宝庫だな……」
これまで目にした女神のモンスター達の動向を記したメモを片手に、俺は呟く。
まず第一に、女神が初期モンスターに選び、未だ進化もしていないロケートラクーンのたぬ吉。
初期モンスター、しかも探索タイプともなると、始まりの町のすぐ近くにノンアクティブでもっと有用な探索タイプのモンスターが多数存在しているため、進化しなければ大して使えないというのが巷の評判だが……女神の場合は一味違う。
このたぬ吉にアイテムを渡せば、超高確率でレアアイテムになって返ってくる。それも、貢いだプレイヤーが欲しがっている物ばかりを。
レアアイテムを求める採取クエストを受けたら、まずはこの狸を探せと言うプレイヤーまで現れる始末だ。流石と言う他ない。
次に、アイアンラットのチュー助。
こいつはプレイヤーの採取したアイテムを横からかっさらう、全プレイヤーの憎悪の的だが……女神のそれだけは許すという輩ばかりだ。
何せこのチュー助もまたたぬ吉同様、探索中にアイテムを貢げばやたらとレアアイテムをくれるからだ。それも、ボスクラスのモンスターの素材アイテムを。
恐らく、持ち前の《もの盗り》スキルで探索しながらボスから素材アイテムをかっさらったんだろう。
普通はそんな事態になったらボスに倒され探索失敗になるところだが、やはり女神のモンスターはそこらとレベルが違うということか。
次に、キングケマリンのモッフル。
こちらは前者二体と異なり、騎乗モンスターだ。アイテムもあまり持っていない。
フィールドで見掛けても、大体の場合はそこらの採取ポイントでもしゃもしゃと草を食べるばかりの毛玉として、周囲に癒しを振り撒くマスコット。
そして……初心者専のお助けモンスターだ。
どういうことかというと、初心者の中には往々にして、上級者のプレイ動画を見て、同じことをしたくてゲームを始める者も多くいるんだが……なまじ初心者故に、自分の限界を知らずに死地まで飛び込む人も多い。
そんなところへ颯爽と現れ、《大跳躍》スキルで安全なエリアまで逃がしてくれるのがモッフルなのだ。
大跳躍は戦闘中のプレイヤーを無理矢理戦闘から離脱させるという特性上、他のプレイヤーの迷惑にもなりかねないので、探索に出す前に使用不可の設定にしておくものだが……女神は知らないのだろう。
そのもふもふとした愛らしい見た目もあって、あまり強くないエンジョイ勢からの支持をこれでもかと集め、中には本当に初心者救済のマスコットキャラだと思い込んでいる輩もいる。さらには、そんなお助けキャラがいるならとTBOを始めるプレイヤーまで。
その圧倒的な幸運で、TBOの発展にすら寄与する女神。
どうかこれからも、彼女には《大跳躍》のマナーを知らないまま過ごして欲しいものだ。
そして、最後。女神の従える、強力無比な戦闘モンスター達は、今。
「ゴアァァァ!!」
「キュオォォォ!!」
「ブモォォォ!!」
「クオォォォン!!」
「ギャオォォォ!!」
四体がかりで、《聳え立つ試練》のフィールドボス、ロックリザードに挑みかかっていた。
……うん、言いたいことは分かる。なんでプレイヤー不在のままフィールドボスに挑んでいるんだと。
一応、システム上起こらない事態ではない。モンスターが探索中、"運悪く"フィールドボスに遭遇し戦闘になるというのは、ない話ではない。
だが、よほどレベル差がなければ本来探索中のモンスターがフィールドボスに勝つことは出来ない。テイムモンスターは、プレイヤーの指示が無ければ的確に戦うことは出来ないからだ。
それは、圧倒的な強さを持つ女神のモンスター、フレアドラゴンのドラコとて例外ではない。
テイムされた時点で、ボスモンスターとして持っていた圧倒的な体力は大幅にダウンしているし、ステータスも下がっている(それでもかなり強いが)。
だが……今目の前で激戦を繰り広げるモンスター達は、その差を数と連携で埋めている。
バラバラに探索に出ているはずのモンスターが、全員偶々同時にフィールドボスに遭遇し、全員が奇跡的な噛み合わせで連携行動を行い、フィールドボスに拮抗しているのだ。
まるで意味がわからない。
「ブモォォォ!!」
バクシンライノのゴンゾーが正面に立ち、ロックリザードに挑みかかる。
強固な防御力を誇るこのモンスターが前衛に立つのは理に適っているな。
だが、回復役がいないこのモンスター達のパーティでは、いくら頑丈でもすぐに倒されてしまう。
「キュオォォォ!!」
ゴンゾーとロックリザードが激しいぶつかり合いを演じる横から、ガナーファルコンのピーたんの援護射撃が飛ぶ。
風の魔法で撃ち据えられ、ゴンゾーを叩き潰そうとしていたロックリザードが一瞬怯む。
それによって、ゴンゾーは攻撃を受けることなく、ロックリザードの前から離脱することが出来た。
「ゴアァァァ!!」
「クオォォォン!!」
そこへ飛ぶのは、ドラコの放つ炎のブレス。そして、アークキマイラのポチが放つ破壊光線だ。
強力無比な二つの攻撃スキルを受けて、ロックリザードの体力が大きく削られる。だが、それだけでは倒れない。
「ギャオォォォ!!」
ロックリザードから反撃とばかりに放たれる、落石攻撃。
何の前触れもなく空中から降り注ぐ落石に対し、すぐさまピーたんは離脱。ゴンゾーは正面から耐え、ドラコもまたポチを庇うようにその攻撃を受け止めた。
そして再び放たれる、ポチやピーたんからの魔法スキルの応酬。
有効打を返せないまま一方的に体力を削られて、ロックリザードは痛みに喘ぐように咆哮した。
「いや、強すぎるだろう……」
ゴンゾーが前衛となって気を引き、ドラコは1.5列目に位置しゴンゾーと適宜スイッチ。
ポチは完全に後衛からの火力要員に徹し、ピーたんは安全な上空から全体のフォロー。
プレイヤーが指示を出しても中々上手くいかない完璧な連携に、木陰から観察している俺は出すべき言葉が見付からない。
いや、それ以前に、このモンスター達の攻撃力、流石に高過ぎないか? ロックリザードは防御力の高さが売りだったはずなんだが。
なんだか攻撃の度に妙な桜色のエフェクトが散っているように見えるが……何かのスキルか?
少し、この辺りは検証勢とコンタクトを取って調べてみよう。
「取り敢えず……動画には残しておくか。ブログに張り付けたら、閲覧数めちゃくちゃ伸びそうだし」
見出しはどうしようか……『女神のモンスター、ついに探索ついでにフィールドボスを撃破してしまう』とでもしておくか。
既に何体も倒しているんじゃないかという疑惑は前からあるが、動画に納めたのは俺が初だろうしな。煽り文句としては十分だ。
「ギャオォォォ……」
そんなことを考えながら撮影していると、ついに撃破に成功したのだろう、ロックリザードが倒れ、ポリゴン片となって霧散していく。
レベルアップのファンファーレを轟かせながら勝鬨の声を上げる女神のモンスター軍団は、全員満身創痍ながらも誰一人欠けてはいなかった。
「よく、女神は配信コメントに"モンスターは有能だ"なんて書かれてるけど……有能なんてレベルじゃないなぁ」
もはや、こいつらだけ別のAIを積んでいると言われても驚かない。
そんなことを思いながら、俺はそそくさとその場を後にするのだった。




