第五十六話 牧場爺さんと野菜料理
「モォー」
「もぉ~」
イベント二日目。私は今、始まりの町の片隅にある大きな牧場を訪れていた。
ここ、最初は運営がそういうエリアとして用意した場所だと思ってたんだけど、実際はとあるプレイヤーがコツコツとホームを拡張して作った大牧場だったらしい。
そんな場所に何をしに来たかと言えば……ここにはTBOでも珍しく、料理を作って売っているお爺ちゃんプレイヤーがいるとの情報をスイレンから聞きつけたので、試しに買ってみようと思ってやって来たのだ。
いやね、いくらこのゲームの料理が簡略化されていると言っても、モンスターが増えてくると全員分用意するのも一苦労なの。食いしん坊が多いと尚更。
ましてや今はイベント中。フィールドワークと探索を並行してポイントを稼ぐ私としては、料理を少しサボりた(げふんげふん)お休みしたいなーというわけ。
……なんだけど。
「すごい行列なんだよねぇ、これ」
一体どれだけ人気なのか、牧場に設置された無人販売所の前はとんでもない大行列。イベント中で、みんな少しでも攻略に時間を割きたいはずなのに、それがどうしたとばかりの盛況ぶり。
待ち時間が長くてあまりにも暇だから、こうして近くに寄ってきた牛のモンスターの鳴き真似をして遊ぶくらいだ。
しばらく並ぶことになるだろう、とはスイレンから聞いてたから今日は配信もしてなかったけど、正解だったねー。
「どうしたものかな~」
「チュ~」
探索に行く気分でもなかったのか、私について来たチュー助が牛の頭によじ登り、私に同意するようにひと鳴きする。
ていうかチュー助、その子は人んちの子だから。勝手に登っちゃダメでしょ、降りなさい。
「チュー!」
「あ、ちょ、こらチュー助!」
チュー助を降ろそうと手を伸ばしたら、そのまま牧場の中へと走って行ってしまった。
ここはゲームだから、別にこのまま放っておいてもあの子がここのアイテムを盗み食いしたり、何か壊したりなんてことはシステム上出来ない。
でも、だからって自分のペットが人の敷地の中に侵入していく光景を目の前で見て、そのまま放置するのもなんだか気分が悪い。
「うーん、仕方ないなぁ」
せっかく並んでたけど、このまま待っててもいつ買えるか分からないし、仕方ないのでチュー助を追って私も走り出す。
柵を乗り越え、青々とした牧草地帯の上をひたすらに全力ダッシュ。
リアルだったらすぐに息切れしそうなペースでも、ゲームの中ならへっちゃらだ。なんだか自分がスポーツマンになったみたいでちょっと気持ちいい。
ただ、そんな私より断然速く、ついでに体が小さいせいで牧草に隠れてしまい、追いかけるのが難しい。
しばらく夢中で追ってたけど、気付いたら見失ってしまっていた。
「うーん、どこ行ったんだろ? チュー助ー? どこー?」
全くあの子は、迷子になっても知らないよ?
……いや、それを言うと私も同じなんだけどさ。ていうか、ここどこ?
「広すぎて現在地が分からない……」
辺り一面、見渡す限り広がるのは牧草地帯だけ。他は何も見えない。
障害物がないなら元いた町くらい見えるでしょ、と言いたいところだけど、ちょっとした丘が連なってるから地平線の向こうまで見えるってわけでもないんだよね。
こういう時のためのミニマップ、と思って開いてみたけど……ダメだこれ、このだだっ広い場所全部がホーム扱いだからか、現在地の名前は出ても詳細なマップが表示されない。
「……もしかしなくても、私迷子になった?」
いや。いやいやいや、ゲームの中で迷子になるなんてそんなことある?
でも実際問題、私は帰り道が分からないわけで。
「ま、まあ、歩いてればどうにかなるでしょ、たぶん……」
そんな感じで、はははと軽く笑い飛ばして……十分ほど。
うん、帰り道わかんないや。とほほ。
「最悪、一度ログアウトしてから入り直せば、中央広場に戻れるはずだけど……なんかそれは負けた感じがする」
他人のホームで歩き回った挙句、迷子になってログアウトなんて、他の人に知られたら恥ずかしすぎる。特にスイレン。
バレようがないと言えばないんだけど、私のことだしどこかでポロっと喋っちゃう可能性がないとも言えない。ここは自力で乗り越えないと。
えっ、そもそも喋らなきゃいいだけじゃんって? 私が気を付けてどうこうなるようなしっかりした子なら、そもそもこんなとこで迷子になんてならないよ!!
「……あれ? あそこにいるの、もしかしてここのお爺ちゃんプレイヤー?」
そんな言い訳を誰にともなくしながら歩くことしばし。
遠くにちょっとした休憩所みたいな小屋を見つけ、そこに座る人影に気付いた。
牛や山羊などのモンスターに囲まれ、日陰でまったりと過ごすその姿は、確かに隠居したお爺ちゃんみたいだ。
そして……そんなお爺ちゃんが今何をしているのかと思えば、うちのチュー助を膝に乗せて指先で戯れていた。
何してんのうちの子は!?
「すみませーーん!! うちの子がご迷惑かけましたーー!!」
とりあえず謝りながら、どたどたとお爺ちゃんの下に駆け寄っていく。
ただ、慌ててたせいか、お爺ちゃんのところに辿り着く前に思い切り躓いて転んでしまった。ぐえっ。
「むむ、大丈夫かい、お嬢ちゃん」
「いてて……だ、大丈夫です……」
立ち上がったお爺ちゃんに助け起こされた私は、改めてお爺ちゃんのことを視界に映す。
こうして見ると、スイレンから聞いてた通り、本当にお宝爺さんとかキノコ爺さんにそっくりだなぁ。意識してキャラクリエイトしたって言われても普通に納得しちゃうよ。
「このネズミ、お嬢ちゃんのモンスターじゃったか。勝手に遊んですまんかったな」
「あ、いえ。むしろうちの子と遊んで貰えて嬉しいです! それよりその、お爺さんが牧場爺さん、で合ってます?」
「いかにも、ワシが牧場爺さんじゃ。牧爺とでも呼んでくれい」
カカカ、と快活に笑う牧場爺さん。もとい牧爺。
どんな人かと思ったけど、勝手に入り込んだチュー助にも優しくしてくれたし、良い人そうだね。
「して、お嬢ちゃんはこんなところまでどうしたんじゃ? ワシの作ったアイテムを売っとる販売所なら、ホームの入り口にあるはずじゃが」
「いや、その……」
若干恥ずかしいけど、仕方ないので私はここに来るまでの事情を全て話して聞かせる。
すると、牧爺は少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「そうか、モンスターを追って入り込んだら迷子になってしまったのか。すまんな、せっかくじゃからと大きくしておったんじゃが、ちと広くし過ぎてしまった」
「いえ、全部自業自得なので……気にしないでください。目的だった料理も、最悪自分で作ればいいんですし」
「とは言ってものう……む? お嬢ちゃん、アイテムではなく料理が目的じゃったのか? 珍しいのう」
「そうなんですか?」
「食べて何か変化があるわけじゃないからの、欲しがる者もほとんどおらん。たまーに、何かしらの効果がつくこともあるが……売れるほどの数は作れんでの」
「あー……」
料理のバフ効果は、レアアイテムを素材に料理した時に限り、一定確率で作れる代物だ。
それを安定して作るなんて私でも無理だし、よっぽど売り物にはならないよねえ。
「じゃから、いっそ売り物のラインナップから消そうかとも思っておったんじゃが……お嬢ちゃんみたいな子がいるなら、いっそ料理と他のアイテムとで、販売所を分けるか」
「え、そうなったらありがたいですけど……いいんですか?」
「うむ。別にさほど金のかかるものでもないし、何より……ゲームの中でまで、金をケチる必要もないからの。口うるさい鬼ババもおらんことじゃし」
カカカ、と、また快活に牧爺は笑う。
そこから続いた奥さんの愚痴(?)はどうかと思うけど、文句を言いながらもその表情は楽しげで、なんやかんや言ってお婆さんのことを大事に想ってるんだろうなっていうのが伝わって来るし。
なんというか、うちのモンスター達とは別の意味で、一緒にいるとほっこりするね。
「おっと、すまんすまん、またくだらん長話に若い者を巻き込んでしまった。嫌われるからやめておけと、いつも婆さんに言われとるんじゃが」
「いえ、私も楽しかったですよ。そのうちまた聞かせてください」
料理だけ買って帰るつもりだったけど、こういうのも偶には悪くないよね。
私の実の祖父母は小さい頃に亡くなってるから、生きてたらこんな感じだったのかなぁって少し新鮮な気持ちになれたし。
「嬉しいこと言ってくれるのお。よし、せっかくじゃ、お嬢ちゃんが欲しがっておった料理、少し譲ってやろう」
「いいんですか!?」
「うむ。年寄りの長話に付き合って貰ったお礼じゃよ」
そう言ってお爺ちゃんが分けてくれたのは、牧爺印の牛乳や、それを使って作られたシチュー。
そして……野菜ジュースや野菜炒め、野菜を使ったデザートなど、やたらと野菜系のラインナップが多かった。
牧場と関係なさそうだけどなぜ?? と思ったら、なんとこれ、今やってるイベントで集めた野菜アイテムをポイントにせず料理したものらしい。
「えっ、ポイントにしなくていいんですか?」
「してもいいんじゃが、せっかく野菜があるなら料理してみたくなっての。それに……これはとっておきの情報じゃが、お嬢ちゃんにだけ教えてやろう。なんとこの野菜、料理した方が獲得できるポイントが多いんじゃよ」
「ええっ!?」
まさかの情報に私が目を丸くすると、そんな反応が見たかったとばかりにお爺ちゃんは笑う。
本当に、よく笑うお爺ちゃんだなぁ……でも、そんなお茶目さがどうでもよくなるくらい、びっくりな情報だよ。
今回手に入る野菜、料理した方がポイントが多くなるんだ。へー!
「何事も、やってみるまでどうなるか分からんからの。ワシのようなジジイでもこうした発見が出来るんじゃ、若いお嬢ちゃんなら、ワシよりずっと色んなことが出来るじゃろうて。恐れずに色々やってみるといい」
「はい! 今日はありがとうございました!」
最後に教訓染みた話を聞いて、私はぺこりとお辞儀。手を振って、その場を後にする。
その後、迷子になって帰り道が分からなくなっていたことを思い出すまでに、私は五分ほどの時間を要するのだった。




