第三十話 山登りと採掘
「ひゃ~、近くで見るとすっごい高いねー、この山」
スイレンが提示した金策クエストの舞台、《聳え立つ試練》。
町中にあったクエストボードっていうところから、討伐、採取系のフリークエストを限界まで受注してここへやって来た私は、その威容にぼへーっと口を開けながら見入っていた。
そんな私に、セイントペガサスのスカイに乗ったスイレンが声をかける。
「まだ頂上までは解放されてないんだけどね。出て来るモンスターはゴーレムとかが多いけど、クレハの好きそうな動物系もそこそこいるよ」
「へ~、と言っても、今回は連れ歩けるモンスターに限りがあるし……狙うなら、探索系がいいかな?」
スイレンにそう返しながら、私は後ろを付いて歩く今回の相棒……ポチに目を向ける。
普段、ソロなら三体まで連れ歩けるモンスターだけど、他のプレイヤーとパーティを組んだ時はその数が制限される。二人なら二体ずつ、そして三人以上なら一体ずつ。
そのたった一つの枠を誰にするかは結構迷ったんだけど、「採取や探索に必要なスキルとアイテムは任せて!」とティアラちゃんが張り切っていたこともあって、たぬ吉はなし。
ついでに、戦闘をスイレン一人に任せきりなのもどうかということで、手持ちで一番レベルが高いポチを連れて来ることにしたのだ。
そんなわけで、新しい子をテイムしても今は一緒に連れていけないし、ひと段落つくまでは探索に出て貰うしかない。だったら、それがメインの仕事となる探索タイプの子がいいだろう。
「ゴーレムは壁役の戦闘タイプだから、その意味じゃクレハのご希望には添えないねー。まあ、探索タイプもいないわけじゃないし、見つけたら教えてあげるよ。滅多に出るものじゃないけど」
「ありがと! と言っても、今回はテイムが目的じゃないから、本当にいたらでいいよ」
フィールドボス討伐前と違って、今はテイム出来なかったからって特に困るわけじゃない。
目的を取り違えないようにそう言うと……なぜか、視聴者のみんなからツッコミが入って来た。
『クレハちゃんのことだし、すぐ見つかるでしょ』
『何ならユニークモンスターまた引き当てそう』
『期待』
「いや、そんな期待かけられても困るんだけど!?」
いくら私の運が良いからって、そう何度も何度もユニークモンスターばかり出て来ないでしょ。いや、出てくれるならそれに越したことはないけどさ。
「大丈夫、クレハちゃんならきっと出来るよ……! 応援してるね……!」
「う、うん、頑張る……よ?」
なぜか、ティアラちゃんまでもが期待に瞳を輝かせながら私を応援してくれる。
クエストこなしに来たんだよ? 大丈夫? ……って思わず聞きたくなるけれど、そこは問題ないとばかり、ティアラちゃんの肩からぴょこんと一体のモンスターが顔を出した。
名前は、ファイヤーフォックスのルビィ。尻尾の先から炎を灯した、探索タイプのモンスター。ティアラちゃんの相棒だ。
私のたぬ吉が持っている《もの拾い》みたいに、自動探索で役立つスキルを持ってない代わり、こうして一緒にフィールドを歩く上で役に立つスキルをたくさん覚えてるんだって。
「そういうことなら、早速ティアラちゃんにも手伝って貰おうかな? 《探知》お願い出来る?」
「は、はい、わかりました……! ルビィ、《探知》!」
「コンッ!」
ティアラちゃんの指示を受け、ルビィが尻尾の炎を揺らめかせながら周辺の探知を行う。
山の入り口、上り坂になっているそこを淡い光が駆け抜け、採取ポイントを照らし出していく。
まあ、採取と言っても、森と違ってここで表示されるのは主に採掘ポイント……《ピッケル》という専用アイテムを使って、鉱石を掘り出すのが多いんだけど。
「スイレン、ピッケルってステータス関係なしに、適当に振り下ろせばいいんだよね?」
「うん、ピッケルがあれば、後は誰でも採掘出来るよ。ただ、気を付けなきゃいけないのは……」
「よし、分かった! いっくぞー!」
「あ、クレハ!?」
拡張鞄から取り出したピッケルを手に、意気揚々と近くの採掘ポイントへ向かって走り出す。
露骨に山肌から飛び出した不自然な岩。そこへ狙いをつけ、勢いよくピッケルを振り下ろし──ガキンッ!!
思い切り、ピッケルが弾かれた。
「あれ? なんで?」
ステータス関係なく採掘は出来ると聞いたのに、特にアイテムもドロップしない。
どういうことだろうかと首をかしげていると、後ろから二人の慌てた声が。
「ク、クレハちゃん! そこ離れて……!」
「モンスター!! それ、採掘ポイントじゃなくてモンスターだから!!」
「えっ」
ほんと? なんて聞くよりも早く、採掘ポイントだと思っていた岩が突然動き出す。
地面を突き破り、現れたのは大きな岩の人形。
二本の足でしっかりと大地に立ち、体に対してやたらと長い腕を持つモンスター……ロックゴーレムだった。
「うひゃあ!?」
ゴーレムの出現によって生じた振動によって、私は思い切り尻餅を突いて完全な無防備。
対するゴーレムは、起き上がったばかりだというのに正確に私を標的と見定め、その拳を振り上げていた。
あ、やばい、死んじゃう。
「スカイ、《飛翔》!!」
するとすかさず、スイレンの鋭い指示が響き渡る。
それを受けたスカイが地を這うような低空飛行でスイレンを私とゴーレムの間へと瞬時に運び込み、その場でピタリと滞空する。
「《サンダーボルト》!!」
スイレンが構えた杖から迸る、一筋の雷光。
それがゴーレムの胸部を貫き、ただの一撃でその体力ゲージを吹き飛ばしていた。
「うわぁ、すっご……」
私自身はモンスター任せで指示も適当だし、他のプレイヤーの戦闘と言えばお姉ちゃんの肉弾戦しか見たことはなかった。
だから、プレイヤーが放つ魔法を見るのはこれが初めてなんだけど……こんなに迫力満点の攻撃だったなんて。
いやー、いいもの見たなー。
「クレハちゃん、大丈夫!?」
「あ、ティアラちゃん。うん、大丈夫だよ、この通り何のダメージも受けてないし」
特に意味はないけど両手を広げて無事をアピールすると、ティアラちゃんはほっと胸をなでおろす。
大袈裟だなぁ。いくらデスペナがあるって言っても、始まったばっかりで大してお金もアイテムもない今なら、ロストする数も少ないから平気なのに。
ていうかそんなことよりも、今のって……。
『クレハちゃん、ゴーレムは採掘ポイントに擬態してるやつが偶にいるから、気を付けなきゃダメだぞ』
『弾かれたらすぐに離れる。そうすれば揺れで足取られることもないし、隙だらけのとこ攻撃出来るから美味しいぞ』
「なるほど、そうだったんだね。知らなかった……」
私も、宝箱に擬態するミミックっていうモンスターくらいは知ってるけど、まさか他にもそんなモンスターがいるとはね。
次からは気を付けないと。
「いやごめんごめん、先に教えておけば良かったね」
「ううん、一人で飛び出した私のミスだし、別にいいよ。ていうか、ポチはどこ行ったの?」
本当ならこういう時、スイレンよりも前にポチに助けて貰わなきゃいけなかったんだけど……。
そう思って辺りを見渡すと、ポチは私のことは放っておいて、呑気に地面に寝そべりながら欠伸を噛み殺していた。
……うん、まあ、そもそも指示を飛ばす余裕もなかったし、助かったから別にいいんだけどね? なんか釈然としないよ!?
『相変わらずいざという時が来るまでは言うこと聞かないクレハちゃんのモンスターである』
『いいんだよ、いざという時は煌めくから』
『ここで運をストックしてるんだな、納得』
「私の運ってストック制なの!?」
驚愕の事実(?)に叫ぶ私に、コメント欄はいつものように盛り上がりを見せる。
そんな私と視聴者の騒がしいやり取りに、スイレンとティアラちゃんは静かに笑みを溢していた。




