第二十七話 第二の町と約束のペガサス
TBO第二の町──《冒険の町アドベント》。
《始まりの町》と同じ石造りの町なんだけど、町を出歩くNPCには武器防具を身に付けた厳つい大男が増え、お店もそういった人達を相手にした冒険向けの消耗品や装備を売るお店が多い。
「あ……クレハ! こっちこっちー!」
そんな、ある種暑苦しい町の中で、明るい声が私を呼ぶ。
頭の後ろで束ねられた、鮮やかな蒼い髪。
同色の瞳には待ち焦がれた想い人を求める情欲にも似た感情が揺らめく。
お姉ちゃんにはやや及ばないながらも大きな胸を揺らし、呼び掛けたはずなのに自らこちらへと駆け寄ってきた我が親友は、ハアハアと息を荒げながら飛び掛かってきた。
「会いたかったよぐへぇ!?」
そしてそのまま、システムに弾かれて跳ね返っていった。
びたーん! と、曲がりなりにもハイレベルな美少女があられもない(というより間抜けな)姿でひっくり返っている光景に、道行く人は皆思わず足を止め、その周辺だけ時間が止まったかのようにシーンと静まり返る。
……うん、お姉ちゃんは問題なく私を抱っこしてたはずなんだけどなぁ。程度問題なんだろうか?
「スイレン、そういうのはフレンド登録してからでしょ。というか、私よりTBO歴長いのに何してるのさ」
「いやぁ、本物のクレハ見たら止まらなくなっちゃって」
たはは、と笑いながら、スイレン──渚は起き上がり、私の送ったフレンド申請を承諾する。
そう、無事にフィールドボスの撃破に成功した私は、本日晴れてスイレンと一緒にTBOをプレイすることになったのだ。
とは言っても、今日は約束のペガサスに乗せてくれるという話になってて、フィールドワークはまたの機会なんだけどね。
いや、どのみち乗るにはフィールドに出なきゃならないから、ある意味フィールドワークではある? 冒険しないだけで。
だから、今日は配信もしてない。それはまた明日だ。
「それじゃあ行こうか。スカイ」
「ブルルッ」
「あは、出た出た! 今日はよろしくね」
「ヒヒィン!」
スイレンが待機状態から召喚したセイントペガサスのスカイに近付き、首元を軽く撫でる。
任せろと言わんばかりに嘶くスカイに頼もしさを感じていると、スイレンの手で私の体がひょいと抱き上げられ、スカイの背に乗せられた。
「よいしょっと、ちゃんと掴まっててね、クレハ」
「うん、わかった!」
答えながらも、特に気にする必要あるんだろうかとちょっぴり疑問。なにせ、後ろからこれでもかってくらいガッチリスイレンが私を抱き締めてるから。
いやあの、スイレン? 私に頬擦りしてないでちゃんと前見て? 手綱握って?
「スカイ、はいよーっ!」
「わひゃー!」
私の心配を余所に、スイレンは声による指示だけでスカイを発進させる。
街中を突っ切り、一瞬でフィールドへ。そのまま、すぐに《飛翔》スキルが発動し、大空へと飛び立っていく。
「うわぁ……すっごい!!」
スイレンに抱かれた腕の隙間から、大空の景色を堪能する。
満天の青空、漂う白い雲、眼下に収めるアドベントの町並みに、緑豊かな森と平原。聳え立つ山々。そこから流れ落ちる川と、その先に繋がる広大な海。
これまで始まりの町とその周辺でしか活動してなかったから分からなかったけど、この世界ってこんなに広かったんだ。
ただVR機器が見せる幻だって頭では分かってるはずなのに、この景色を目にすると本当にどこまでも果てのない世界がそこにあるような、そんな感覚を覚える。
「へへへ、すごいでしょ。気に入った?」
「うん、すごいすごい! ありがとうスイレン、大好き!」
「ぶふぉ!?」
「ちょ、スイレン危ないよ!?」
感極まって叫んだら、なぜかスイレンが脱力してスカイから落ちそうになっていた。
何してるのこの子は。
「ぐぅ、本当にクレハは、たまにド天然でとんでもないこと言ってくるんだから……」
「とんでもないこと? 私なんかまずいこと言った?」
「うん、言った」
「ええ!?」
そんな、一体何が……!?
と、本気で悩み始めた私に、スイレンは噴き出す。むむ、もしかしてからかわれた?
「あはは、本当にクレハは良い子だね。でも、あんまり人に大好きとか言っちゃダメだよ? 特に男とか、すーぐに勘違いするからね」
「勘違い? ……よくわかんないけど、私だって誰でもかれでも言ってるわけじゃないよ? 精々スイレンとお姉ちゃんくらい……あっ」
「待って、あっ、て何? もしかして男子に言っちゃったの!?」
「いやいやいや、別に男子じゃないよ、TBOで初めてフレンドになった女の子がいるんだけど、その子に言ったなって思っただけ」
鬼の形相で迫ってくるスイレンにびびりながら、私はティアラちゃんについて教えてあげる。
「ちょっと自信なさげだったけど、可愛い子だったよー」
「なるほどね。……ライバル、いやその感じならいっそクレハと纏めて……」
「うん? なんて?」
「なんでもないよー」
なぜか露骨にニコニコ笑顔を浮かべるスイレンに首を傾げつつ、私はそのまま空の旅を楽しむ。
すると突然、「そういえば」とスイレンが口を開いた。
「クレハ、今日はモンスター達どうしたの?」
「あー、みんな探索に出してるよ。出しておけるのは三体までだけど、探索中の子はカウントされないからね」
スイレンの問いかけに、私はそう答える。
今現在、私のモンスターはたぬ吉、モッフル、ピーたん、ポチの四体だ。でも、連れ歩けるのは三体までっていう縛りがある。
一体だけ待機状態のままっていうのも可哀想だし、ひとまず探索に出してるけど……出来れば、みんなでゆっくり出来るようにしてあげたいんだよねぇ。
そんな私の願望を口にすると、スイレンはなるほどと一つ頷いた。
「それなら、家を持つのがいいかもねー。その中でならかなりの数のモンスターを出しておけるし」
「家!? 家なんて買えるの!?」
「うん、めちゃくちゃ高いけどね」
「高いって、いくら?」
「安いので百万Gくらいかな?」
「ぶふーーー」
あまりのお値段に、私はガックリと肩を落とす。
そんな額、集めるまでにどれだけかかるやら……。
「だから、普通のプレイヤーはギルドに所属するのが基本だね。ギルドホームなら、ギルメンでお金を出しあう関係で安く済むし。もうホームまで建ってるギルドに所属するのが楽だよ」
「なるほど! それなら、ゼインさんのいる曙光騎士団に入れて貰えないかな。あそこならおっきなホーム持ってるし」
ゼインさん、私のこと応援してるって言ってくれてたしね。
ティアラちゃんだっているし、所属するならあそこがいい。
そう思ったんだけど……スイレンは首を横に振った。
「でもね、これには一つ問題があるんだ」
「問題?」
「そう。ギルドの立ち上げや所属はね、レベル5からしか出来ないの」
「えぇーー!?」
思わぬ制限に、私は空の上で絶叫する。
ま、まさか、こんなところでレベル1の弊害が出るなんて……! でも、今更レベル上げの方法を探すのもなんか違うしなぁ……。
「というわけで、私から一つ提案があります」
そんな私の悩みを見透かすように、スイレンは笑みを浮かべた。
「私と一緒に、金策クエストこなさない? ちょっとパーティ向けの奴が溜まっててね。せっかくだから、そのティアラちゃんって子も一緒にどう?」
 




