第二十四話 幸運の女神と最終決戦
ボス鬼が照準を合わせた相手は、壁役のモッフル──ではなく、これまで最も多くのダメージを与えてきたポチだった。
魅了の効果も切れちゃったし、まあそうなるよね!
「クオォォン!」
「グオォォォ!」
向かってくるボス鬼に対して、ポチが繰り出したのは《切り裂く》。前足の爪による物理攻撃だ。
野生解放スキルで強化されたそれが、ボス鬼の金棒と真っ向からかち合い──あっさりと押し負ける。
「クオォ!?」
「グアァ!!」
後ろに大きく吹き飛び、体力を一気に七割ほど失うポチ。
レベル差もほとんどないはずなのに、何この差!? これが最終形態の力!?
たぬ吉ががんばって回復させようとしてくれてるけど……ダメ、追い付かない!
「フワラ~!」
そんなポチを助けようとしてか、モッフルが突撃する。
大きな体を生かした《踏みつける》攻撃は、並のゴブリン程度は一撃で倒す威力があるんだけど……ボス鬼は手にした盾であっさりと防ぎ止めてしまう。
盾越しにもダメージが通ってるみたいだけど、ボス鬼は全くモッフルの方を見ようともしない。あくまで、ポチを最初に仕留める気だ。
このままじゃポチが危ない!
「えいやっ!」
すぐさま、私は手持ちの回復薬をポチに向かって次々と投げつける。
複数の回復薬によって体力ゲージが回復していくのと引き換えに、状態異常の判定が次々と入る。
異常なし、異常なし、異常なし、《毒》……毒!?
「やっば、ついに引いちゃった!?」
『ついにクレハちゃんの運が尽きた!?』
『ついにというかやっとというか』
『今まで引かなかったのが奇跡だからな』
元々、このアイテムはランダムに状態異常を引き起こすデメリットアイテム。
これまで都合よく良い効果ばっかり引いてたけど、いつか幸運の揺り戻しがあるのは当然のことだ。
それにしたって何もこんなタイミングで……!
「ポン!」
「っと、魔力切れか、待ってて今回復するから……!」
しかも、悪いことというのは続くみたいで。
魔力を回復させるべくたぬ吉に使用した回復薬によって引き起こされたのは──《魅了》だった。
「グオォォォ!!」
「っ!?」
ただでさえ私に次いでレベルが低く、打たれ弱いたぬ吉に向け、ボス鬼が突っ込んでくる。
相変わらず特殊なアクションは見せないけど、シンプルに速くて威力の高いその攻撃はたぬ吉にも、すぐ傍にいる私にも対処不能だ。
「フワラ~!!」
どうしよう、と思考に空白が生まれる私とは裏腹に、モッフルが素早く庇ってくれた。
大きな体を割り込ませ、真っ向からボス鬼の攻撃を受け止める。
ガクン、とさっきよりも更に大きく削れる体力ゲージ。
このままじゃまずい、と思うんだけど、回復薬を取り出そうとした私は一瞬躊躇してしまう。
──もしまた悪い効果を引いたら、却って状況が悪くなっちゃうんじゃ──
「クオォォン!!」
「えっ」
更に追い討ちをかけるように、ポチが怒りの咆哮を上げる。
見れば、ポチはその爪を振り上げ、私に向かって飛び掛かってくるところだった。
「っ~~!?」
咄嗟にその場に伏せたら、背負ったまま存在すら忘れかけてた剣が偶然にも攻撃を受けてくれたけど、防御1の私じゃあそんなガード何の意味もない。思い切り吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
不死の加護が発動したお陰でまだ死に戻ってはいないけど、ボス鬼の前で思い切り無防備な姿を晒してしまった。当然、やられかけていたモッフルの援護も出来ない。
『ああ~~! ついに反逆パターン引いてしまったか!!』
『よりによってこのタイミングでか……!』
『これは詰んだな』
コメントにも諦めムードが漂い、落胆の声が流れていく。
私自身、こうも流れが悪い中で、どうやって立て直したらいいか全然思い付かない。
ここまでなのかな──と、そう諦めかけた時。
「クオォォォォォォン!!」
ポチが一段と力強く咆哮し、前足によってボス鬼を一撃。
ただそれだけで、ボス鬼を大きく後退させることに成功していた。
「グオォ!?」
何が起きたかわからない、とばかりに困惑の鳴き声を上げるボス鬼だけど、正直私も何がなんだかわからない。
さっきは完全に押し負けてたのにどうして……とポチの方に目を向ければ、その体からは見覚えのある赤いオーラのようなエフェクトが滾っていた。
「あれって……バーサーク状態!? なんで……って、この剣か!!」
ティアラちゃんに作って貰った剣の効果には《野生解放》の他にもう一つ、《狂気付与》がある。
攻撃しないと使えないスキルだったから、私には意味がないだろうって放置してたけど……まさか、攻撃されただけでも発動するなんて。
『いやいや、そんなことある?』
『おかしい、これはさすがにおかしい』
『そもそも不死の加護10%に勝ちながら付与成功ってどんな確率??』
『さあ……?』
予想外だったのは私だけじゃなかったみたいで、視聴者のみんなからも困惑の声。
下手したらバグじゃないかってコメントもあるけど……それは後でお姉ちゃんに聞いてみるとして。
今は、これに頼る他ない。
「いっけぇー! ポチー!!」
「クオォォン!!」
今の流れで、私の中にあった迷いは吹き飛んだ。
ポチに向かって声援を飛ばしながら、私は今もボス鬼の猛攻に晒されるモッフルへと支援の回復薬を投げ付ける。
異常なしだけでなく、毒、火傷、麻痺、スキル封印みたいなデメリット効果もどんどんついていくけれど、もう止まらない。
未だ致命的なデメリットは出てないんだから、その程度でいちいち揺らいでたらキリがないよ。
私には、運しか誇れる特技なんてないんだ。だったら、それを信じて突き進むだけ!!
「あと、十秒……!!」
CTの残り時間を示すカウンターを睨みながら、モッフルの残り体力に気を配る。
モッフルはたぬ吉の支援もあって、ギリギリのところで持ちこたえてる。ポチの猛攻のお陰で、ボス鬼の体力も残り僅か。
あと、ひと押し……!!
「ポン!!」
たぬ吉の声にハッとなる。見れば、たぬ吉についていた《魅了》の効果が切れていた。
ぐるり、と動いたボス鬼の目を見て、また標的がポチに移りかけていることを私は察する。
バーサーク状態のデメリットで防御が下がった今のポチに、ボス鬼の攻撃を耐えることなんて出来ない。どうにかしないと。
「たぬ吉、《デコイ》!!」
「ポン!」
咄嗟に思い出したスキル名を叫ぶと、たぬ吉そっくりの分身が現れ、ボス鬼の近くでコミカルなダンスを披露する。
それが挑発になったのか、ただの幻に向け金棒を振り上げるボス鬼。
この一撃は、放っておけばこれで凌げる。でも、デコイのCTを考えると次はない。なら!
「来ーい!!」
背中の剣を引き抜いて、たぬ吉が作った分身の前へと私は躍り出た。
私が攻撃出来なくても、剣で攻撃を受ければ《狂気付与》が使える。《不死の加護》のCTもどうにか明けた。
正真正銘、これが最後の賭けだ!!
「グオォォォ!!」
巨大な金棒が、真っ直ぐに振り下ろされる。
ただの映像だと分かっていても腰が抜けそうになる迫力に恐怖を覚えながら、それでも歯を食い縛ってその場に踏ん張る。
ズズン!! と盛大な音を立てて叩き付けられた強烈な一撃に、私の貧弱なアバターはあっさりと吹き飛び──耐えた。
そして、もう一つ。
「グオォ……」
ボス鬼の体を、赤いエフェクトが包み込む。
バーサーク状態。
筋力の大幅な上昇と引き換えに、それ以上の防御低下を招く諸刃の剣。
最後のダメ押しとしては、十分だ。
「ポチ……《ライトバスター》!!」
「クオォ……オォォォォォン!!」
私の指示を受け、ポチの切り札とも言える特殊スキルが発動し、ボス鬼の体を包み込む。
残った僅かな体力ゲージは、その一撃によって完全に消し飛び──
ついに私は、レベル1のままフィールドボスを打ち倒すという目標を達成するのだった。




