第十八話 迷子発見とクエストボス
「モッフル、《踏みつける》! ピーたん、《切り裂く》!」
「フワラー!」
「キュオオ!」
私の指示を受けた二体のモンスターが、正面に立ちふさがるモンスターを蹴散らしていく。
クエストを受注した私は現在、大急ぎで迷いの森の中を奥へ向かって疾走していた。
基本はモッフルの背に乗ったまま、何か敵がいても避けて通るか、スキルで強引にぶっ飛ばしつつの強行軍。
サーヤちゃんがどこにいるのかはわからないけど、こういうのは大体指定されたエリアの奥地って相場は決まってるからね。
念のため、定期的にたぬ吉の《索敵》を使って道中にひっそり隠れてないか探って貰ってるけど反応はないし、たぶん間違ってはいないはず。
『めっちゃペース早いな』
『昨日までとは打って変わってしっかり言うこと聞くモンスター達』
『言うことを聞くべきタイミングと聞かなくても大丈夫なタイミングを弁えてる有能』
『うちの子もこれくらい優秀だったらよかったのに』
『いや、ちゃんと自分のレベル上げろよ、そうしたらこんな運ゲーしなくても言うこと聞くからw』
『うっかり1レベル越えちゃったんだよ! それだけで全くいうこと聞かなくて泣いた!』
『クレハちゃん見てるとちょっとくらいいいかって油断するよな……分かるぞその気持ち』
『ドンマイw』
そんなモンスター達の活躍を見て、にわかに活気づくコメント欄。
うん、私はなんかせっかくだからってこのままやってるけど、真似はしない方がいいと思うよ。たぶん。
「さて、結構奥まで来たけど、サーヤちゃんはどこかなー」
呟きながら、私はきょろきょろと辺りを見回す。
ブラックウルフが出る区画を越え、現在相手にしているのは空を飛び回る蜂型モンスター、キラービー。
動きが速くてモッフルでも逃げ切れないんだけど、同じく空を飛ぶピーたんが《サイクロン》の風魔法スキルで纏めて薙ぎ倒してくれている。
進む上では、この程度の相手は問題にならない。多少ダメージを負っても、今はたぬ吉が覚えた《アラウンドヒール》のスキルで回復だって出来るし、アイテムもある。
だけど……このキラービー、レベルが既に13くらいになってるんだよね。
元々この辺りは強めのモンスターが湧くエリアとはいえ、強くなりすぎでしょ。このまま行くと、サーヤちゃんのいる場所はピーたんやモッフルでも厳しいかもしれない。
「クエストボスが出るならフィールドボスの予行練習になるかも、って思ってたけど、これだとサーヤちゃんを助けたら後はすたこらさっさ出来る方がいいかもしれないなー」
『その場合、討伐クエストじゃなくて護衛クエストになるだろうから、場合によっちゃ難易度上がるぞ』
『倒すだけの方が大抵簡単』
「うへえ」
そう聞くと、どっちがいいかは微妙な感じだね。
「うーん、まあなるようになるか!」
深く考えるのを止め、私はモッフルに乗ったまま森を進む。
道中のモンスターにやや足止めを食らいながら、たぬ吉の索敵で居場所を探って……ついに。
「あ、いた!」
森の奥、“いかにも”な雰囲気漂う開けた場所に、一人の女の子がしゃがみこんで泣いていた。
私はモッフルの背から飛び降り、急いで女の子の元に駆け寄る。
「ぐすっ、ぐすっ……こわいよぉ……だれか、たすけて……」
「サーヤちゃん、だよね、大丈夫?」
「ふえ……? お、お姉ちゃんは?」
「私はクレハ、武器屋のおじさんに頼まれて、サーヤちゃんを助けに来たテイマーだよ」
「お父さんが……う、うえぇ~ん! こわかったよぉ~!」
「よしよし、よくがんばったね」
大泣きするサーヤちゃんを優しく抱き締め、いいこいいこと頭を撫でる。
そんな私を見て、『幼女を慰める幼女の図』『可愛い』『尊い』とか好き勝手なコメントが流れるけど、私は幼女じゃないから!! 高校生だから!!
「お、お姉ちゃん、助けに来てくれたのは嬉しいけど、でも、早く逃げなきゃ」
「逃げる?」
「うん、あいつが戻ってくる前に……!」
心の中で視聴者に突っ込みを入れていると、サーヤちゃんが焦った表情でそう訴えかけ始めた。
「クオォォォン!!」
あ、これは……と私が察していると、時を同じくして森に響き渡る奇怪な咆哮。
振り仰げば、ちょうど木の上から一体のモンスターが降りて来るところだった。
大きな獅子の頭に、鳥の翼。蛇の尻尾と熊のような手足を持ったその化け物の頭上には、アークキマイラという名前が浮かび上がる。
そのレベルは、19。私が目標とするフィールドボスにも迫り、ピーたんよりも強い。
しかも、それだけじゃない。
「あ、あうぅ……!」
不安そうに瞳を揺らすサーヤちゃんの頭上に、パーティメンバーであることを示すアイコンと体力ゲージが出現した。
ステータスは全体的に私より強いんだけど、あのレベルのモンスター相手じゃ一発耐えられるかどうかも怪しい。
『あー、これは最悪のパターンだな』
『討伐クエストであり、護衛クエストでもあると』
『やり直しは……利かないだろうなぁ。この手の突発クエスト、フリークエストと違って一度やったら再受注不可だし』
しかも、みんなのコメントからは何気なくそんな言葉が綴られていた。
やり直しの利かない一発勝負。
推奨レベル20の意味をようやく理解したけど、今さら「やっぱやーめた」なんて出来ないし、それは即ちサーヤちゃんが死ぬってことになる。
これは、あくまでゲーム上のクエスト。サーヤちゃんはNPCで、ここで死んだからって本当に死ぬわけじゃない。
私が助けられなくても、この動画を見てクエストの存在を知った他の誰かがちゃんと助けてくれるのかもしれない。
だけど。
「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」
たとえ虚構の世界でも……ううん、虚構の世界だからこそ。
ここでかっこつけられなきゃ、リアルでお姉ちゃんに笑われちゃうよ。
「こんなモンスター、私達がパパッとやっつけてあげるから!」
思い切り胸を張りながら、私はサーヤちゃんにそう笑いかけるのだった。