第百六話 クラーケンと道中戦闘
フィールドボス二体に追いかけ回された私達は、新たな隠しエリアである《海魔の巣》へと到達した。
海魔って言ったらあれだよね、目的の七宝の一つ、《海魔の卵》と無関係じゃないよね。
フィールドボスのサメを仕留められなかったのは残念だけど……まあ、あれはまた探せばいいかな。
「よーし、それじゃあ早速、新エリア攻略いってみよー! ……って、どうしたのスイレン」
私が張り切って拳を振り上げるも、乗ってくれたのはティアラちゃんだけ。
いつもノリノリのスイレンが反応ないなんて変だな、と思っていると、スイレンは何やら考え込んだ様子で口を開く。
「いやね? 私達、ボスに追われてここに来たわけじゃない? 一体はトリプルヘッドシャークで、どこにでも出没するフィールドボスだって判明してるじゃん?」
「うん。そうだね」
「じゃあ、もう一体のイカは?」
「……フィールドボスじゃないの?」
あんなのが普通にたくさん出て来たら困るよ。
「いや、そうじゃなくて。どこのフィールドボスか? ってことなのよ。あのイカの渦潮から逃げようとしたら、ピンポイントでこのエリアがあったわけだし、あのイカこそが"海魔"なんじゃないかと思うんだけど……」
「なるほど~」
言われてみれば、クラーケンは海の魔物だもんね。確かにぴったりかも。
そう納得する私だったけど、スイレンの話はまだ終わっていなかった。
「でね、もしこのエリアのボスがあのイカだとすると、わざわざボスがエリアに入る前から出迎えて姿を晒してくれたわけじゃない? 普通は最後までどんな相手が出て来るか分からなくするものなのに。こういう時は、敢えて最初に圧倒的な強さを見せ付けることで最終戦の期待と恐怖を煽ってるか、もしくは……」
ちょんちょん、と、私の肩を小さな指先がつつく。
どうしたのかな、と振り返れば、そこには呆然と空を見上げるティアラちゃんの姿が。
「クレハちゃん、あれ……」
「あれ?」
見上げた先、私達が突入してきた大穴から、ぎょろりと巨大な目玉が覗く。
そのあまりにも不気味な光景に硬直していると、スイレンが肩を竦めながら呟いた。
「このエリアにいる間、道中攻略戦からずっとボスが相手をし続けるパターンかな?」
無言のまま、入り口の穴からクラーケンの大きな足が伸びてくる。
やけにゆっくりに見えるのは、サイズが違いすぎて距離感が狂ってるからかな? それとも、走馬灯ってやつ?
などど、近付いて来るそれをぼーっと眺めていたら、私のお腹にチュー助が体当たりしてきた。ぐえっ。
「チュー!!」
「────」
ズドォン!! と、私が直前までいた場所を重々しい衝撃が走り抜ける。
直撃してたらぺちゃんこだったよ。助かったぁ。
「クレハ、まだ来るよ!」
ほっと息を吐く暇もなく、穴から突っ込まれたイカ足がうねり、私の方に襲い掛かって来る。
ちょ、ヤバいって!
「《サンダーボルト》!!」
スイレンの放った雷がイカ足を捉え、弾き飛ばす。
少し焦げ目がついたイカ足は、一度は引っ込んでいくんだけど……さほど時間も置かず、もう一度襲い掛かって来た。
「しつこいなぁ、《サンダーボルト》!!」
「ルビィ、《バーニングフレア》!!」
スイレンと、水上ではなくなったからということで待機状態が解除されたらしいティアラちゃんのルビィが、再び攻撃を放つ。
大きく弾き飛ばされたイカ足は壁にぶつかり、するすると海中に戻っていくけど、やっぱりすぐにまた新しい足がやって来る。
ヤバい、これじゃあキリがないよ。
「二人とも、このまま洞窟の奥まで走り抜けるよ! 《サンダーボルト》!!」
「うん!」
「わ、わかりました!」
スイレンが再度迎撃しながら、私達は追い立てられるようにエリアの奥へと走る。
けど、イカ足の速度はかなり早くて、普通に走ってたらとても逃げ切れなさそうだった。
特に、半分魚みたいになってるスイレンのブルーと、それ以上に私が遅い。超遅い。
……あれ、私、下半身魚で地上じゃそもそも走れないシーホースより遅いの? ダメじゃないそれ?
『クレハちゃん足おっそw』
『運動音痴がここに来て仇になったか』
『流石ドジっ子女神』
「うっさーい!! って、突っ込んでる場合じゃないよ、どうしよこれ!?」
まさかステータス不足がこんなところで響いて来るなんて!
このイカ足、倒しても倒しても襲って来るし、逃げ切れないんじゃどうしたらいいの!?
「ぎぎー!」
するとそこで、私よりも前を走っていたタマが振り返り、手を掲げる。
何をしているのかと思ったら、唐突にスキルが発動。
なんと、私を今まさに襲おうとしていたイカ足が、大量に発生したクモの巣に囚われ、動かなくなったのだ!
「ええ!? 何今の!?」
『創巣スキル、捕獲スキル、遅延発動スキルの合わせ技、かな?』
『遅延発動で創巣を大量にばら蒔いて、イカ足通過の瞬間に一斉に発動、巣に触れたところを捕獲スキルで捕まえた、ってとこか』
『撃退してもまた来るなら、撃退せずに動きを止めてしまえばいい理論』
『仕掛ける位置もタイミングも完璧だし、さすがクレモン』
何が起きたかさっぱり分からない私と違って、視聴者のみんなは今の流れを正確に読み取れたらしい。
私なんて、ぶっちゃけ《遅延発動》スキルの使い道が分からなくて、存在自体忘れてたくらいなんだけど。あれ、タマってうちの子だよね?
「ぎー、ぎぎー!」
「おーよしよし、助かったよ、タマ」
ご主人様としてちょっとマズイんじゃないかっていう危機感を覚えながら、それを誤魔化すようにタマを甘やかす。
うんうん、強くなってもタマは甘えん坊さんだねー。
戦闘指示は全く出来ないけど、好きなだけ甘やかしてあげるから、家出しないでね? ね?
「うぅ……羨ましい……私もクレハちゃんにテイムされたい……ペットになってなでなでされたい……」
「ティアラが欲望全開の目になってるよこれ。ちなみに私はなでなでしたい側だけどね! どう? ペットになる?」
「お姉様は引っ込んでてください」
「辛辣ぅ!!」
『検討すらされずに玉砕してて草』
『闇取引でお姉様扱いされるようになってもやはりクレハちゃん一筋なティアラちゃんよ』
『それより、ペットになりたいとかいう中々に業が深い願望に誰もツッコミ入れない件について』
『ティアラちゃんだしその程度今更では』
『違いない』
私が現実逃避気味にタマを撫で回している間に、みんなはみんなで何やら盛り上がっていた。
よく分からないけど、撫でるだけで良ければ私はいつでもやるからね? 誰でも。
「うー、ティアラが冷たい……まあいいや、クレハのモンスターのお陰で一息吐けたし、この調子で奥に……」
進もうか、と、スイレンが呟いた直後。
タマが拘束したイカ足とは別に、新たな足が壁を突き破って現れる。
当然のように私達をロックオンしているそれを見て、スイレンでさえピシリと固まった。
「あー、うん……これは流石に聞いてない」
当たり前だけど、とスイレンが溢すのに合わせ、私達は大急ぎで洞窟の奥へと走り出し。
新たに生えたイカ足から、全力で逃げ出すのだった。