第百五話 ボスの襲撃と新エリア再び
しばらく潮干狩りを楽しんだ私達は、無事に人魚姫のクエストを達成して《海姫の涙》を入手した。取り敢えず、二つ目だね。
ちなみに、ゼインさん達も涙をばっちり入手したみたいで、そこで別れることになった。
負けないからな、なんて改めて宣戦布告(?)されたけど、前回がおかしかっただけだから。
みんなに担がれなきゃ勝てなかったし、今回はそんな風に下駄も履けないから勝負にもならないと思うよ。
『それでもクレハちゃんならきっと何かやってくれる』
『俺らの予想の斜め上を行くのがクレハちゃん』
『期待』
「うん、みんなの期待が重い!」
私、結構失敗してることも多いからね? 別にこれまでだって狙って色々やらかしてるわけじゃないから、期待されると不安になる。
『普段は割りと見栄っ張りなとこあるのに期待がかかると急に自信なくすクレハちゃん可愛い』
『そういうお年頃だからクレハちゃんは』
「そこ、そういうお年頃っていうのがどの年代を指して言ってるのかゆっくり話し合おうか!」
私が声を上げると、みんなして『そりゃあもう』『お子様?』とかなんとか、人をちびっ子扱いしてくる。
もう、みんなこういう時はやたらと連携が良いんだから!
「まあまあ、クレハの可愛さは最強ってことだよ。つい弄りたくなるくらいに」
「全然嬉しくないんだけど!」
ぶー、と文句を垂れる私は現在、スイレンの膝の上に乗せられながら《海王の牙》……もとい、それをドロップするフィールドボスを捜索すべく、海の上を放浪中。
なんで膝の上? と問われると、ブルーの乗車料金なんだって。
乗車料金が膝の上に座るってどういうこと? って感じだけど、まあスイレンだしいつものことかな。
「で、でも、クレハちゃんは本当に可愛いよ! 私も、その……お、およめさんにしたいくらい……ごにょごにょ……」
「え? ティアラちゃんごめん、最後の方全然聞こえなかったんだけど、なんて?」
「な、なんでもない! 私はその、クレハちゃんが大好きだって話を……!」
あうぅ、言っちゃった……! と、顔を真っ赤にして丸くなるティアラちゃん。
うん、可愛いのは私じゃなくてティアラちゃんだと思うよ。ほら、スイレンも思いっきり鼻の下伸ばしてるし。
「それにしても、トリプルヘッドシャークだっけ? 全然見付からないねー」
悶えるティアラちゃんとそれを堂々とスクショするスイレンを横目に、私は海を見渡す。
海を徘徊するフィールドボスって話だけど、そんなに見付からないものなの?
「まあ、いるのは間違いないんだけど、遭遇するのは中々難しいみたいだね。出現ポイントは固定じゃないし、海エリアは広いし……後、普通に強くて厄介なモンスターみたいだしね」
「というと?」
話を聞くに、トリプルヘッドシャークは普段、海面に小さな背鰭だけを出して泳いでるらしい。だから、遠目からだと見付けにくいんだって。
しかも、そんな状態で音もなくプレイヤーの背後に回り込んで奇襲してくるらしく、遭遇出来ても瞬殺されるプレイヤーが後を立たないみたい。
「なるほどー、厄介なモンスターだね、それ。どうやって倒すの?」
「奇襲を受けないように周りを警戒して、来たらカウンターぶちこんで、って感じかなー。まあ、最初の奇襲は絶対に後ろから仕掛けてくるらしいから、その辺はまだ楽だよ」
「へー」
そういうことなら、後ろをちゃんと見ておけば大丈夫だよね?
そう思って、私はスイレンの膝の上でくるりと向きを変え、肩越しに後ろを警戒する。
むー、ボスサメ、出てくるなら早く出てこないかなー。
「ちょっ、クレハ? 急にそんな風にハグされると私の理性がちょっとヤバいというかあんまりやり過ぎると私がBANされかねないというかだからちょっと離れてああでもこのままクレハを間近で堪能したいハアハア……!」
『ヤバいスイレンが壊れた』
『元からだろ』
「お、お姉様! それはさすがにズルいです、私にも変わってください!」
なぜか耳元で急に騒がしくなるスイレンと、それに合わせて暴れ始めるティアラちゃん。
二人とも、急にどうしたのさ。私はただ、スイレンにブルーの乗車賃(?)を払いながら後ろを警戒してるだけなんだけど。
「んー……おお? ねえスイレン、あれ、あれじゃない!?」
そうしていると、後ろの方に小さなヒレみたいなのが見えたので、スイレンの頭をぺしぺしと叩く。
けど、反応が鈍い。ちょ、あれ、スイレン?
「ハアハア……クレハ、もうちょっとくっついて?」
「いやそれどころじゃないって、後ろ、後ろ!!」
「大丈夫一撃貰ったくらいじゃブルーはやられないから。多分」
「今多分って言ったよね!? というか、一撃貰う前に迎撃しようよ!?」
「今はクレハを味わう方が大事」
「私を味わうって何!?」
スイレンとよく分からない問答をしている間に、ヒレがどんどん近付いて来る。
ヤバいヤバいって騒いでると、ついに海面を突き破り、フィールドボスがその姿を現した。
「って、でかー!?」
海面から覗いてた背鰭はかなり小さかったから、体の方もほどほどだろう……と思ってたのに、飛び出したそれはドラコやドラミと並ぶくらい大きかった。
けれどそんなサイズよりも目を引くのは、巨体の半分くらいの体積を占有する三つの頭。
トリプルヘッドシャークの名と寸分違わない、どこぞの映画にでも出てきそうな怪物鮫が、私達を食べようと口を開けて飛び込んで来たのだ。
「もううるさいよ魚類!! 私は今クレハで忙しいの!! 《サンダーブレイク》!!」
「ギョショォ!?」
そんなフィールドボスの鼻先に、スイレンが怒りの雷魔法をぶちこんだ。
理由があまりにも意味不明だったけど、その攻撃のお陰でボスサメはひっくり返って海面に叩き付けられてるし、ひとまず助かった。
「よーし、後はこの調子でこいつを倒すだけだね! 頑張ってスイレン!」
今の私は探索タイプの子達しか連れてないし、サポートしか出来ない。
ティアラちゃんも、こんな海の真ん中だとルビィが上手く戦えないし、戦闘はスイレンにかかってる。
「仕方ない、まずはこの邪魔者を排除しますか……」
「あ、あの、クレハちゃん、お姉様」
スイレンもやる気みたいだし、どうにかなるかな? と思っていたら、ティアラちゃんが不安そうな声を上げる。
どうしたのかな? と思ったら、ティアラちゃんの視線はサメではなく、周囲の海へと向いていた。
「その……何か、おかしくないかな……?」
ティアラちゃんの言葉通り、何やら私達の周囲の海面がおかしい。
不自然な波が起き、それが徐々に大きくなり……突然、海面から巨大なイカ足が飛び出した!
「ちょ、何これぇ!?」
「ごめんクレハ、私もこれは分かんない」
混乱しているところへ、更に追い討ちをかけるようにイカ足が蠢き、渦潮が発生。
私達を海底に引きずり込もうとするかのように、イカ足が一斉に襲い掛かってきた!
「まさか、フィールドボス二体目!? これは流石に対処出来ないよ、ブルー、急速潜航! 逃げるよ! クレハ、ティアラ、私にしっかり掴まって! しっかりとね!!」
「うん!」
「わ、わかりました!」
なぜか、しっかりと、の部分を強調するスイレンに疑問を差し挟む余地もなく、ブルーは渦潮の勢いに逆らわず海中へと突っ込むことでイカ足から逃れる。
けれど、まだピンチは終わらない。
目の前には、さっきのボスサメだけでなく、それよりも更に巨大なイカモンスター……クラーケンが立ちはだかっていたからだ。
「ティアラ、デバフ撒いて!! クレハは狸のデコイを……ってもうやってるね!」
「は、はい!」
「ほんとだ、もうやってるよ!?」
ティアラちゃんが仮面をつけてフィールドボス二体にデバフをかけ、たぬ吉がデコイを出して翻弄する。
私も、《応援》スキルでたぬ吉のデコイを増やしてクラーケンやサメの追撃を躱そうとするんだけど、追撃も厳しくて中々振り切れない。
「……あ、あそこ! スイレン、あそこに洞窟みたいなのがある、あそこに逃げ込もう!」
そんな時、私の目に飛び込んで来たのは海底に空いた穴だった。
あのサイズならクラーケンもサメも入って来れないし、逃げ切れるかも。
「なるほどね、そういうことか。なら、いっちょ行こうか!」
「なるほど……?」
何がなるほどなのかはよく分からないけど、スイレンは迷うことなくブルーに指示を出し、穴へと飛び込む。
こうして、私達はボス二体からの追撃を辛くも回避したんだけど……。
「え……何ここ」
海底の穴を越えた先には、なぜか空気があった。
水中でなくなったその場所の詳細をマップで確認すると、そこには《海魔の巣》という文字が。
「おめでとうクレハ、また隠しエリア発見一番乗りだよ」
『フィールドボス探してる途中で別のを見付けたか』
『やはりクレハちゃんは俺達の予想を越えてくれる』
「待って、これ私関係なくない!?」
あくまで海の上で移動ルートを決めてたのはスイレンとブルーなんだけど、という私の抗議は、なぜか聞き入れられなくて。
新たに見付かったそのエリアの攻略を始めたのは、それから五分後のことだった。