無題
「おい、また死体が見つかったって?」
「そうなんですよ。孤独死の死体処理、役所に押し付けるのやめて欲しいです」
「そればっかはしょうがねぇ。とにかく警察に連絡して他殺じゃないか現場検証だ」
「はい・・・でも、どうせ今回も自殺ですよ」
「いいから、ほら警察に連絡!」
「了解です」
二人は警官と共に死体が見つかったという二階建てのアパートに向かった。
そのアパートは古びており、築60年ほどに見える。階段の手すりは錆び付いて、皮膚を擦りむきそうだ。
死体のある部屋は二階の一番奥の部屋である。
二ヶ月前から家賃を滞納し始め、何の連絡も無い事に不審を持った管理人が部屋を確認した際に死体を見つけたそうだ。
やけに足音の響くアパートの床を進み、目的の部屋の前に到着した。
既に部屋のドアを開ける前から嗅いだことのある異臭が漂う。
これは・・・人が腐った匂いだ。
同行している警官も微かに顔をしかめている。
年齢は30代前半と言ったところか。このような経験が少ないのかもしれない。
俺と上司、警官の三人はマスクを着け、管理人から借りたスペアキーで扉を開いた。
ぎこちなくドアが開くと、一気に部屋に溜まっていた異臭が吹き出してきた。
マスクの意味などない。
ダイレクトに腐敗臭と対面した。
何とか吐き気を抑えながら中に入る。
部屋の中は薄暗く、物が雑多に散らばっていた。ただ、ゴミ屋敷の様ではなく、散らかってはいるものの、物の数自体が少なかった。
家具はクローゼットと小さい机、それにベットのみ。玄関横には備え付けのコンロがある。
ベットは部屋の奥のバルコニーに隣接した窓の前にあり、クローゼットがベットの真横に置いてある。玄関からだと、ベットの上半分がクローゼットで隠れて見えない。
スリッパで部屋を進み、ベットの上の死体を確認する。3回目とはいえ慣れない仕事だ。
腐敗臭の中心であるその死体は、腐りきり骨だけになっていた。足は脛骨と腓骨が露わになっている。肉も付いておらず、きれいに骨だけになっていた。死体は半袖、半ズボンの格好でベットに仰向けになっていた。
骸骨が服を着ている状態で、袖先から見える腕や足の骨がやや滑稽だった。
俺と上司が確認し終わると警官が死体を確認した。すると、その警官はそこで耐えられなくなったのか口を押さえて部屋から走り出てしまった。
「ふん、これだから若い奴は」
上司はそう愚痴をこぼした。
「俺だって若いですよ」
20代後半である。
「オメーも一回目に死体を見た時はしょんべんちびってトイレに駆け込んでたな」
「初見はノーカンで」
「なら、あのサツもノーカンだな」
軽く雑談をして、さっさと死体の検分を始める。死体の検分とはいえ、俺たちは鑑識ではないので役所で提出する情報を調べるだけだ。
死体を見る限り、死因は餓死。骨に外傷は無く、ベットのシーツは激しく汚れているものの、外傷による出血の痕跡は見られない。
服装を見る限り恐らく20代。机の上の教材から大学生と推定。管理人が言っていた契約者の特徴と一致。この部屋の人間が餓死したと考えて間違い無いだろう。
「なぁ、この仏、ヘッドホン付けたまま死んでるぜ」
「ええ、死ぬまで音楽を聞いてたんでしょうか」
「ふん、哀れだな。死んじまったら音さえ聞けなくなるっつうのにな」
「ヘッドホンを着けた骸骨って何だかポップな感じかしますけど、実際見ると寂しくて残念な格好ですね」
「この世界で唯一捨てられなかったのが音楽だったんだろうよ」
「そう言われるとこの死体が音楽会の巨匠みたいじゃないですか」
「実際は哀れに餓死した大学生にすぎんがな。死ねば巨匠も何もない。残るのは虚無だけだ」
ベットに横たわる骸の頭蓋骨の目の窪みには無限の闇が広がっていた。