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続編のない短編達。

養子にした姪っ子が悪役令嬢だと知ったのは、十年目の夏でした。

作者: 池中織奈

「――お前が産まれたから、あいつが死んだんだ。悪魔の子め!!」



 そう言って声をあげるのは、私の血のつながった兄であった。

 その目の前には、美しい銀色の髪を持つ、まだ小さな少女。



 私は数年ぶりに訪れたその場所で見てしまった光景に、



「何をやっているのかしら、お兄様!!」



 思わず飛び出した。




 私の自己紹介をしよう。

 私は、シディ・イントート。現イントート公爵当主の妹であり、日本で育った記憶のある転生者である。


 転生者であったというのもあり、私はこの世界では異端であったと言える。両親との仲は良かったが、兄弟との仲はそこまで良いわけではなかった。

 私が王立学園卒業後にデザイナーとして活躍するようになり、王都で暮らすようになってからはイントート公爵領に足を踏み入れることもあまりなくなっていた。



 お兄様は私の事を好いてもいなかったし、私もお兄様の事を好いているわけでもなかった。だから両親が亡くなってからは実家に足を踏み入れることもほとんどなかったのだ。



 そんな私が久しぶりに実家に足を踏み入れることになったのは、お兄様が私の姪っ子にあたる少女を虐待しているという信じられない噂を聞いたからである。

 お兄様には最愛の妻がいた。私とは気が合わなかったけれど、お兄様はその女性にとても心惹かれていて、妻の我儘を叶えるために散々散財していたものである。



 その彼女は、姪っ子が産まれた時に亡くなった。私もその葬儀には参加した。その時にお兄様は珍しく傷心した表情を浮かべていたものである。でもだからといって、娘を虐待するような馬鹿な真似をするとは思っていなかった。

 娘が生まれたせいで、最愛の妻が亡くなった、殺されたと馬鹿みたいな言葉でお兄様は虐待をしていたのだ。



 それでいて両親が亡くなってから屋敷の使用人たちの質も落ちていた。お兄様が気に入った使用人以外を徐々にクビにしていった結果である。

 そういう実家に私はあまり寄り付かなかった。

 けれど、姪っ子が虐待されているということで久しぶりに実家にやってきた。そうすれば、本当に虐待していたのだ。当主が虐待しているからだろうか、使用人も、姪っ子の兄にあたる子も姪っ子を虐待していた。




「貴様……シディ! 邪魔をするな!」

「するに決まっているじゃない!! お兄様、お義姉様が亡くなったのはこの子のせいではないでしょう! 出産というのはそれだけ命がけなのよ!!」

「煩い!!」


 この馬鹿兄、私にまで暴力を振るおうとしてきた。

 でも私の旦那に止められていた。流石だわ。それにしてもこんな所に姪っ子を置いていたら大変だわ。

 このままだとこの姪っ子の教育にも悪いし、私は全て救う事は出来なくても自分の手が届く範囲のものはどうにかしたいと思っている。




「お兄様!! この子、いらないのでしたら私にくださいませ! 私がこの子を幸せにしてみせますわ!!」

「好きにするが良い。こんな悪魔のような子がほしいと言うなら」



 ――本当に何て言い草だろうか。

 その子は美しいのに。銀色に煌めく髪が美しい。もしかしたら赤色の瞳の事を悪魔のようなどと口にしているのだろうか。


 珍しい色だけれどもいないわけではないのに。お義姉様が亡くなった事がショックだからこそ、理由を後付けしているのだろうとは思うけれど。

 そう言うわけでお兄様から許可をもらった私は早速その姪っ子――イニエル・イントートを養子にした。



 養子になってすぐのイニエルは、私のことも、私の旦那のことも警戒していた。私には一人娘がいて、丁度イニエルと同じ年ぐらいだったので、娘であるココルはすぐにイニエルと仲良くなっていた。

 でも時間をかけて私と旦那――イジドニにイニエルは心を許してくれた。それが嬉しくて仕方がなくて、私は実の娘のようにイニエルを可愛がった。



 イニエルを引き取ってから、お兄様と関わる機会は数えられるだけしかなかった。お兄様は養子として引き取られたイニエルに関心がなく、離れて暮らしてもその憎しみの気持ちが減っていないようだった。



 そういうわけでイニエルもお兄様と和解することも諦めていたというのもあり、あまり交流を持たなくなった。まぁ、私も兄妹とはいえ、お兄様とは仲よくしていなかったしね。


 ちなみに元々公爵家の娘として過ごしていたらイニエルは王太子殿下の婚約者という立場になった可能性もあった。けれど、私が引き取ったというのもあり、そういう婚約者候補からは外れたらしい。

 私はデザイナーとして活躍していて、公爵家当主の妹とはいえ、公爵家にはそこまで関わってないしね。伯爵家などからは婚約の打診はあるけれど、そういうのはイニエルが好きな人と結婚してほしいと思うのよね。私が転生者だからというのもあるだろうけれども。




「お母さん! このドレス、とても素敵だわ!! お母さんは本当にすごいわよね」

「本当だわ。なんて素敵なのかしら」



 ココルもイニエルもそう言って私のデザインのドレスを喜んでくれるのよね。

 私は美少女二人に似合うドレスを沢山考えているわ。もちろん、男性用のパーティーのデザインもあるわ。

 社交界用の衣装もあるけれど、普段着もデザインしているわ。


 それにしてもココルもイニエルも可愛いわ。イニエルはとくにお人形さんみたいな綺麗さがあるわよね。それでいて優しくて、可愛いもの。これだけ綺麗だと私の養子にならなければもっと条件の良い相手と結婚出来たかもしれない。でもそのことをイニエルに聞いてみたら、「今の生活の方がいいわ」とそう言って笑ってくれてほっとした。



 娘たちを可愛がりながらデザイナーとして一生懸命働いていれば、時間が経つのはあっと言う間だった。




 気づけば、娘たちが学園に入学する時期になった。

 娘たちの将来を考えると学園に通わせた方がいいって思ったのよね。幸い、仕事が軌道に乗っていて学園に通わせるだけのお金もあるし、知り合いの子供たちも通うわけだし、通わせるのはありだと思うのよね。


 イニエルのお兄さんもいるわけだけど、イニエルはそれでも学園に通うと言ってくれた。


 娘たちが学園で良い出会いに恵まれればいいなぁとそんなことを思いながら送り出した。

 




「はぁ、どんな出会いをするかしら。良い方と出会えたらいいのだけど」

「あの二人なら大丈夫さ」

「そうですわね!」


 もう私は娘二人が良い出会いをすることを期待してならないのだ。





 学園に入学し、二人の娘は寮に入ってしまった。だから少しだけ寂しい気持ちになるけれども、イジドニとの二人きりの生活も悪くはないわ!!





 夏休みになり、イニエルたちが男の子の話をしてくれるだろうかとドキドキしていたわけだけど、男の子を連れてくるということはなかった。ただお友達の女の子は連れて帰ってくれた。その素朴な見た目の女の子は、私を見てうずうずしているようだった。



 なんでかしら? と思いながらも、娘たちと仲がよさそうなその子――モガナをもてなした。





「ええ、と、シディ様! ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか!?」

「……ええ。もちろんよ」



 モガナは私と二人きりになった時に話しかけてきた。何を話されるのだろうと思っていたら――、予想外のことを言われた。




「シディ様は転生者でしょうか!!」

「え? ええ。貴方も?」

「ええ!! シディ様はだから悪役令嬢であったイニエル様を助けたんですね! フラグを折ったんですね!」

「え??」

「え?? もしかして知らないんですか? 此処は乙女ゲームの世界ですよ! 王太子殿下たちが攻略対象で、イニエル様は悪役令嬢という立場でした。ゲームではシディ様は出てこなくて、イニエル様は酷い家庭環境で育ち、王太子殿下以外に拠り所がなく、ヒロインが王太子殿下と仲良くなったのをきっかけに悪役の道を選んでしまうのです!!」



 そんな衝撃の事実を知らされて、私は驚いた。



 モガナはこの世界が乙女ゲームと同じ世界だと最初から知っていたらしい。それでいてイニエルがゲームと違うことに驚いたようだ。それで誰か転生者がいると思っていたらしい。私がゲームの世界と違うから、私が転生者だと思っていたらしい。



「でもゲームのイニエル様は何でこれで悲しい結末しかないのかとずっと嫌だって思ってたので、この世界でイニエル様がシディ様と出会ったからこそこういう今があると思うと嬉しいです。イニエル様がこれから幸せになると嬉しいですもの!」

「それを聞いて嬉しいわ。私も是非ともイニエルに幸せになってほしいわ。もちろん、ココルにも、貴方にもだけど!」

「ふふ、もちろんです! 私も自分の幸せを目指します。イニエル様たちにも当然幸せになってほしいので、手助けしますよ。ね、シディ様、時々前世の事でも話しません?」

「もちろんよ!!」



 ――そういうわけで私は養子にした姪っ子が悪役令嬢だというのを十年目で初めて知るのであった。



 それからモガナを通じて、学園での二人の様子を教えてもらったり、本来の乙女ゲームの世界がどうなっているかを教えてもらったりした。



 十年目で養子にした少女が悪役令嬢だと分かっても、私の暮らしは変わらない。

 ただ私は娘たちの幸せを願っている。嬉しいことに二年目で二人とも恋人が出来て、婚約を結ぶことが出来たようだ。私はそれに嬉しくなった。乙女ゲームの方は、ヒロインである少女は宰相の息子さんとくっつきそうらしい。


 皆が幸せになっていくのはいいことよね!!

 私はイニエルたちのウエディングドレスなども是非デザインしたいなぁなどと未来のことを考えて楽しくて仕方がないのであった。



 ――養子にした姪っ子が悪役令嬢だと知ったのは、十年目の夏でした。

 (養子にした姪っ子が悪役令嬢だと知ったけれど私の暮らしは変わらない。ただ皆が幸せになればいいなとそんな風に考えるのであった)



シディ


公爵家当主の妹。

転生者で前世の記憶がある。デザイナーとして働いている。

養子として姪っ子を引き取り、十年後に悪役令嬢だと知る。でもここが乙女ゲームの世界だろうとも自分のペースで生きている。兄とはそこまで仲良くない。


イニエル


悪役令嬢になるはずだった存在。

家庭環境は崩壊している。ただシディに引き取られて、今は幸せに生きている。


イジドニ


シディの旦那。男爵家の出。シディとは昔からの仲で、シディを支えている。


ココル


シディとイジドニの娘。

イニエルとは姉妹として育つ。美しいイニエルのことが大好き。


モガナ


転生者。乙女ゲームの世界だと興奮している中、悪役令嬢がゲームと違うので転生者が他にいると思っていた。

転生者仲間としてシディと年の離れた友人となる。



こういう話もいいかなと書いてみました。

楽しんでもらえたら嬉しいです。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] >姪っ子の兄にあたる子も姪っ子を虐待していた。 つまり甥っ子がいるということ? 虐待父親と一緒になって妹を虐待していた兄がそのままあの環境で育って捻じれないですかね。
[一言] 書いてはないけど,やっぱり兄は亡き妻のことが忘れられずにそのまま再婚もせずお亡くなりかなぁ? 公爵家だし領地なんかはそのまま王家に返上かな。
[良い点] 普通に良識があってお金もあったらこうなるよなぁと納得しました。まぁ、父親が外聞気にせず手放してくれたからこそですけども。 みんな幸せになーれ! [一言] 公爵令嬢だったはずのシディがなぜ男…
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