7・お金は大事
瑠璃は美仁に使役契約の方法を教えると次の日には帰ってしまった。次に美仁に修行をつけてくれる女仙は仕事をしているらしく、彼女が翠山に来るのは瑠璃が帰ってから二ヶ月後の事だった。
「私は瑪瑙だ。」
「瑪瑙様、私は美仁です。よろしくお願いします。」
眼光の鋭い瑪瑙に、美仁はペコリと頭を下げて挨拶をした。瑪瑙が美仁に教えたのは忍術だった。忍者として音を立てずに移動する技や影に隠れ闇に潜む技、忍具の使い方を習った。
影に隠れて身を潜める修行中、瑪瑙は美仁をすぐに見つけ出してしまう。
「体を隠しても魔力が全く隠れてない。ちゃんと魔力も隠せ。気配を消せ。」
瑪瑙の指導の元、美仁は膨大な魔力を隠し気配を消す術を身に付けた。瑪瑙の修行は瑪瑙に見つからずに半日逃げる事を達成する事で終了した。
最後の修行をつけてくれる女仙は野性味溢れる女性だった。金剛と名乗る女仙は自己紹介をすると美仁を連れて孤島へ向かった。
「今日から一ヶ月、ここで暮らす。」
「え?」
「野営の設営をするぞ。」
美仁は金剛にテントの設営方法を教わり、手伝って貰いながら何とか二人用テントを設営した。かなり時間がかかってしまい、設営が終わったのは昼過ぎだった。
「今日の昼飯は私の持っている食材を使おう。夜飯からは自分で調達するんだぞ。」
金剛はそう言うと火を起こし調理を始めた。調理器具やテントは貸してくれるそうだが、夕餉からは全部自分でやるように言われた。
「よし。片付けたら食料調達に行くぞ。」
金剛の食器や調理器具の洗い方は衝撃的だった。水の精霊に洗って貰い、その水は火の精霊に燃やして貰い蒸発させる。いつも食器を洗う時よりも必要な水の量が少ない上に労力は無いに等しい。美仁は目からウロコをポロポロ落とし、今夜の片付けで真似をしようと心に決めた。
金剛に食べられる種類の魔物を教わり狩ると、テントに戻って魔物を解体した。一体目の解体の血抜きの段階から青ざめていた美仁だったが、数をこなす内に慣れてきたらしく黙々と作業をした。
「美仁は収納術が使えるだろう?肉をこの経木に包んで仕舞っておくといい。これだけあれば暫く肉の心配はいらんな。収納術が無い場合は干し肉にしておくと日持ちするぞ。」
美仁は言われた通り肉を経木という薄い木のシートに包みアイテムボックスに仕舞った。金剛に教わりながら調理をして疲れた美仁はその日テントでぐっすり眠った。
美仁は金剛から色々な魔物の解体方法を学んだが、冒険者支援協会の素材買取カウンターで解体してもらえる事を言われると、そういえばそうだったと解体についてはあまり熱心に学ぼうと思わなくなった。手数料はかかるが、怠惰な美仁は人に任せたい。
三日目にはテントを片付け、場所を移動してまたテントを張り直した。三日毎に移動をし野営の設営をする事を繰り返し半月程すると、金剛は美仁を連れて街へ向かった。
「美仁、お前のテントや野営用の調理器具を買おう。」
半月の内に狩っていた魔物の毛皮や孤島で採取した薬草等を売り、テントや調理器具を買った。
テントは二人用のもので、耐水圧の高いものを選んだ。テントマットを選びコットを見る。
「コットって何ですか?」
「簡易ベッドだな。収納術があるから荷物にならんし、ベンチとしても使える。今まで通りコットを使わずに寝ても良いし、好きに選ぶと良い。」
美仁は悩みながらハイタイプのコットを選び、コットの上に敷くマットやブランケットも購入した。
「あとは食材だな。米や調味料を買うぞ。今日から半月は美仁一人で野営をするんだ。」
金剛に教わりながら、半月分の米や調味料を買った。野菜も見たが、資金が足りない為孤島で調達する事にした。美仁は色々な事にお金がかかるという事を実感し、その夜はコットの上で考え込んだ。
一人での野営は順調だった。肉や野菜、果物を調達し、肉の解体をして調理して毎日暮らした。金剛の指示通り三日毎に野営を移動する。自分のテントの設営にも慣れ、金剛もその様子を見て修行も終わろうという頃、美仁は初めて見る食材を口にした。
「美仁どうした!?」
「ぅぅ…こん、ごう…さま…。お腹が、痛……です…。」
金剛が異変に気付き美仁の元へ駆け寄ると、美仁はお腹を抱えるように地面に転がっていた。金剛が美仁の近くに転がっている茶碗を拾い、何を食べたのか確認した。
「お前これ!毒茸だぞ!」
金剛が青ざめ美仁の背中を擦る。美仁が食べたのは毒性の強い茸で、身体を麻痺させる効果があり、最悪命の危険があるものだった。
「………っ!こんなもの食いやがって…!おい美仁、ちょっと身体を動かすぞ。」
金剛はそう言うと、美仁の身体を仰向けにした。腕や足を擦る。
「感覚はあるか?指は動かせるか?」
「………はい。動かせます。」
美仁が指を動かすと、金剛は堅い表情で頷いた。今は動かせるようだが、これからどうなるかは分からない。金剛はパラヴァジブに効く毒消しを持っていなかった。毒消しを使えば麻痺も回復させられるし、死に至る事もないのに…。最悪、美仁は助からないかも知れない…。
「………?何か、治ったみたいです。」
「は?」
美仁はケロッとした顔で立ち上がった。伸びをして前屈をして身体を動かしている。そんな美仁を金剛はポカンとした表情で見ている。転がっているパラヴァジブの石突は十個。あの量のパラヴァジブを毒抜きせずに食べて麻痺が残らないなんて、考えられない事だった。
「お前…何とも無いのか?」
「はい。お腹痛いのも治りました。ご心配お掛けしてすいませんでした…。」
申し訳無さそうに謝る美仁を、信じられないものを見るように見つめていた金剛は、気を取り直して美仁の肩を叩いた。
「茸類は毒のあるものが多い。このパラヴァジブは毒抜きをすれば食べられるから、その方法を教えよう。」
そう言って金剛は美仁に、毒のある食材について勉強するように釘を刺した。
修行も終わり翠山に帰ったその日の夜、金剛は翡翠に毒茸を美仁が食べた事を話した。
「パラヴァジブを食して、数分後に回復した、と…。」
「ああ。美仁は毒を中和出来るという事なのか…。翡翠、あいつ何者だ?魔力量も底が見えない。ただの童ではないぞ。」
「そうじゃな…。それを知る為に地獄へ行かせるのじゃ。真珠の目をしても、そこまでしか見れなんだ。妾は、その手伝いをしておる所じゃ。金剛にも、世話をかけたな。」
翡翠の返答に納得のいかない表情の金剛は修行の延長を申し出た。
「金剛が美仁の修行をしておる間にの、美仁のいたニホンという国を知る童を見つけたのじゃ。夏にその童がここに来る予定でな。修行はその後にして貰えるか?」
「そんなのよく見つけたな。真珠か?」
「ふふ。そうじゃが…美仁と同じ匂いがしての。すぐに見つけられた。かなり薄くなっておったから、もう少し遅ければ気付かなかったやも知れんのぉ。」
運が良かったと笑う翡翠を金剛は呆れたように見た。
「そこまでするなんて、珍しい事もあるもんだな。お前、そんな面倒見の良い奴じゃ無かっただろ?」
「長く生きて刺激が欲しくなったのやも知れぬな…。」
そう言ってお猪口を傾ける翡翠を見て、金剛はため息をついた。全くこの女仙は素直じゃない、暇つぶし相手にあんなに親身になったりするものか、そう思いながら金剛も酒を呷った。
女仙達が酒を飲んでいる時、美仁は自分の家で考え込んでいた。生きる為には金が要る。この翠山で暮らしている間は、長光と小豆が畑の世話をして、肉や魚の調達をしてくれているので食費に困る事は無かった。だが、休みの度に狩りをして貯めていたお金は今回の金剛との修行で無くなってしまった。お金を貯めるのは大変でも、使う時は一瞬で無くなってしまう事に衝撃を覚えた。お金は大事。何とかお金を使わずに食材を調達する手段は無いものか…。
翠山のように畑が欲しい。でも、いつか美仁は翠山を出て旅をしなければならない。持ち運べる畑なんて無いし…。
ここで美仁は思い付いた。アイテムボックスの中に畑を作るのは可能だろうか。次の休日に色々試してみよう。美仁はこのアイデアを実現させる事に心踊らせながら眠りについた。