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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
63/64

63・美仁は旅人

 




 美仁とロンは、ピコルカの町の家を売り翠山へ飛び立った。

 翠山に降り立つと、いつもとは何かが違う。その違いに気付いたロンは眉を顰めた。


「肌寒いな。」


 ロンにこう言われ、美仁も気付いた。いつもは穏やかに吹いている風が強い。青々としていた木々も、ほとんど生えていない。極めつけは建物だった。翡翠の家も、かつて美仁が生活していた家も、朽ちてかけてしまっている。


「…どういう事…?」


 美仁が理解出来ないと呟くと、建物の影から茶鼠色をした肢体に鬣は濃灰色をしているズブラレウという獅子に似たモンスターが現れた。


「数珠丸!」


 翡翠の使役していた数珠丸だ。数珠丸はゆっくりと美仁の方に歩いて来た。


「美仁か、久しぶりだな。」


「数珠丸!どうしてこんな事になってるの!?」


 美仁は数珠丸に駆け寄り聞いた。近くに寄ると、数珠丸は少し痩せたように美仁は感じた。


「翡翠の守りが無くなったからだ。主の居なくなった翠山は、今やただの山だ。翡翠の従魔だった者も俺以外は皆亡くなった。」


 固い表情で語る数珠丸を、美仁は瞳を揺らして見ていた。まさか女仙である翡翠が亡くなるなんて思ってもみなかった。賢人は、不老不死だった筈なのに…。


「翡翠の事は中央山の方が詳しく教えてくれるだろう。」


「うん。ありがとう、数珠丸。行ってみるね。」


 美仁は動揺しながらもロンに乗って中央山へ向かった。中央山では子供が美仁達を出迎えた。美仁の来訪を察したらしい真珠が、用意していたようだ。

 中央山の屋敷を奥に進むと、大広間に真珠がいつものように座っていた。絹の紗によって顔が半分隠れているが、薄く微笑んでいるのが分かる。


「久しいのお、美仁。まぁ、座るが良い。」


 美仁とロンは、真珠の言葉に静かに従った。出迎えに来ていた子供と同じ顔をした子供が数人現れ、美仁達の前にお茶とお菓子を置いて出ていく。

 お茶を少し口に含んだ真珠は、薄い色の瞳を美仁に向けた。


「翡翠は、女仙…賢人の席を返上した。故に、翡翠は亡くなったのじゃ。」


「何故…女仙を辞められたのですか?」


 真珠は遠くを見るような目をして微笑んだ。


「イヌクシュクのせいじゃな…。彼奴が死に、翡翠は落ち込んでのう…。元々、生きる事に飽いておった翡翠は、その道を選んだのじゃ。ただ、美仁…そなたの事は案じておったぞ。黙って居なくなる事で、悲しませるのでは、とな。」


 美仁の心は鉛を飲み込んだかのように重く苦しくなった。そんな美仁の背中を、ロンが大きな手で触れた。温かいロンの手に、苦しい気持ちが少しだけ軽くなる。


「真珠様、ありがとうございました。…生きる事に飽きる、って事が、あるんですね…。」


 寂しそうに言った美仁に、真珠は薄く微笑む。


「女仙にはよくある事じゃよ。やはり、人、じゃからのお。」


 真珠の言葉に美仁は目をパチクリと瞬かせた。


「え?真珠様は…?」


「何じゃ、気付いておらなんだか。妾も人ではない。人の子として生まれたが、この目は人里にあると要らぬ諍いを生むからと、マインロット様の子としてここに召し上げられたのじゃ。遥か昔の話になるがの。」


 運命を見る第三の目を持つ運命の女神マインロット。千里眼を持つ真珠は、彼女の娘だと言う。確かに他の女仙は、生まれ持った能力ではなく努力により得た能力で女仙になっていた。生まれ持った能力で中央山の主となっている真珠は、女仙ではなかったらしい。


「マインロット様の子、と言ってもただの肩書きでしかないがの。女仙達と中央山の管理をしているだけじゃ。」


 真珠は次の翠山の主を誰にするかとブツブツ悩んでいる。


「真珠様、ありがとうございました。また、会いに来ますね。」


 美仁は真珠に頭を下げると辞去の挨拶をした。それに頷いた真珠は、柔らかく微笑み答える。


「そうじゃな。今度は妾の友として、来るが良い。」


「えええ、そんなの恐れ多いですよ…。」


 師匠とも言える真珠に対して友人のように接する事など出来ないと、美仁は首を振った。


「人でない者同士じゃ。構わんじゃろう。」


「いやいや無理です無理です!それでは失礼します!」


 コロコロと笑っている真珠を残して、美仁は足早に大広間を出た。冗談なのか本気なのか分からない…。

 美仁とロンは中央山を出て翠山へ戻った。翠山の翡翠の家の前で数珠丸が寝ている。美仁達に気付いた数珠丸は頭を持ち上げた。


「戻ったか…。」


「うん。数珠丸…。」


「美仁、大丈夫か?」


 数珠丸に言葉を遮られ、美仁は目を丸くして数珠丸を見た。そして、数珠丸の心配そうな顔を見て眉を寄せる。


「皆、私を置いて行っちゃった…。」


 震える声を絞り出すように言うと、美仁の瞳から涙が溢れた。数珠丸はそんな美仁を静かに見ている。


「やっぱり、寂しいよ。…辛いよ…!」


 小さくなって泣いている美仁を、ロンが後ろから背中を撫でて慰めた。美仁が泣き止むまで、数珠丸もロンも何も言わずに待ってくれていた。





「…ありがとう、ロン、数珠丸…。」


「………美仁、達者でな。」


「うん…。」


 美仁は数珠丸に抱き着いて別れを惜しんだ。きっとこの別れが最期の別れだ。睫毛を濡らしたまま目を閉じて、美仁は数珠丸の温もりを感じた。





 美仁は、地獄の入口に向かって向かって飛ぶロンの背の上で、星の瞬く夜空を眺めて考えていた。ロンは、そんな美仁を案じながら飛んでいる。何時もならば美仁はロンの背中で寝ているのだ。ずっと起きているなんて、どうしたのだろうか。

 今日はリュナとダワ、二つの月が出ている明るい夜だ。ダワの縞模様が良く見える。

 ロンは地獄の大穴の上空で人に変化すると、美仁を横抱きにして穴底まで落下した。地獄の入口を守る兵士に気付かれる事無く、美仁とロンは底まで辿り着いた。

 穴底に転がっていた頭骨が動き出したが、美仁は手で制して動きを止めた。そして、アイテムボックスに入っている従魔を全て呼び出した。


「皆、私は、これからも死ぬ事無く、生き続けるの。」


 ポンタもシロも、蝶達も、静かに美仁を見て話を聞いている。ロンも眉を顰めながらも腕を組み美仁の言葉を待った。


「私の従魔で居続ければ、同じように永遠を生きる事になってしまうの…。」


 この先に続く美仁の言葉を察したロンは、眉間に皺を寄せて美仁を見た。だが美仁の言葉を遮る事はしなかった。


「だから、私の従魔をやめたいって思うなら、契約を解除するわ。今、教えて欲しい。」


 美仁の言葉に反応する従魔は居なかった。誰も動かない。


「えっと、今から地獄に入ると、次出るまで契約の解除は出来ないの。だから…。」


「美仁。私達は、契約の解除を求めていません。」


 言葉を募る美仁を、シロが遮った。シロに同調するように、ポンタも一歩前に出る。


「そうです。美仁、私達はこれからも、あなたと共にあります。」


 ポンタがこう言うと、美仁は情けない表情で従魔達を見る。ロンは溜息を吐き出すと、以前古龍に言われた言葉を言った。


「美仁、従魔は主を愛するようになる。儂等はお前を愛しているんだ。だからお前と別れるのは辛い。数珠丸や雪之丞と同じだ。儂等がお前と別れる選択をする事は無い。」


「そっか…。私が契約しちゃったから…。」


 美仁は力無く地面を見る。ロンはそんな美仁の肩を抱いた。ポンタもシロも、美仁の足に抱き着いている。蝶達までもが、美仁の周りを羽ばたき飛んでいた。


「何を勘違いしている。お前と契約しなければ、魔物達は愛する事を知らずに死んでいた。愛の女神も言っていただろう。お前のお陰で儂等の生は、豊かなものになったんだ。」


 従魔達が美仁を元気付けようとしてくれている。美仁は従魔達の愛情を嬉しく感じ、泣き笑いした。


「皆、ありがとう。これからもよろしくね…。」


「勿論です。美仁。」


 シロがこう返すと、美仁は抱き着いている従魔達を抱き締め返した。蝶達を魔力で包みアイテムボックスに帰すと、シロとポンタの頭をひと撫でしてアイテムボックスに送った。


「ロンも、ありがとう。じゃあ、地獄に行こう。」


 待ってくれていたレムイラーが美仁とロンを黒い靄で包み込み、地面に沈み込んでいった。どこか落ち着く温かい闇の中を過ぎると、闇の王の領域に着いていた。


「ご苦労だったな。ここまで連れて来た事、褒めてやろう。」


 視界が晴れたと思ったら、闇が目の前に居た。レムイラーが緊張しているのが肌を通して伝わってくる。


「お前はここまでで良いぞ。後は私がやる。」


 闇はそう言うと、レムイラーよりも暗い色の靄を広げて美仁とロンを包んだ。そして闇は、緊張で動けないレムイラーを残して闇の王の城に飛んだ。

 美仁とロンは、美仁の帰郷に喜ぶ闇の歓迎を受け、それからを闇の王の城で過ごした。皆が良くしてくれるこの城はとても居心地が良い。そして地獄の者の時間の流れはとても緩やかだった。





「美仁、明日は地上に戻る日ですよ。」


 シロに言われて気が付いた。前回地上に戻ってから、もう一年が経っていたのか。


「ありがとう、シロ。準備しなくちゃね。」


 美仁はそう言ってアイテムボックスの中に入った。地獄の空気に地上の生花は耐えられないようで、萎れるのが早い。美仁はアイテムボックスの中で明日の準備をした。


 翌日、地上に戻りたいと闇にレムイラーを呼んで貰うと、闇が眉を寄せて美仁に文句を言った。


「シロを置いて行ってくれると良いんだがな。」


「レシピなら城の料理人に教えたじゃないですか…。」


 美仁が呆れて言うと、闇は唇を尖らせる。


「シロの料理は極上なんだ。同じように作っている筈なんだが…何が違うのか分からないんだ…。まぁいい。気を付けて行ってこい。」


「はい。行ってきます。」


 美仁は苦笑して地上に向かった。地獄の入口を守る兵士に悟られずに出たいが為に、毎回地上に出るのは夜中だった。地獄の入口の底に出ると、ロンの背中から抱き着く。ロンは空高く飛び上がると、竜に変化してピコルカへ飛んだ。美仁がすぐに眠りについたのを感じると、優しい微笑みを浮かべ悠々と飛んで行った。


 ピコルカに着いたのは、夕暮れ時だった。夕日に照らされたディディエの墓石に、花束やリースを供える。


「ディディエ、久しぶり。この前来たばっかりだって思ってたのに、もう一年経ってて吃驚しちゃった。リアツァ様の庭はどう?もしかしたら、もう生まれ変わったのかな…?」


 ディディエ、会いたいよ…。あれからもう何年も経ってるのに、会いたくて、寂しくて…またディディエに抱き締めて貰いたいって思うんだよ…。


「やっぱり、ディディエが居ないのは寂しいよ…。でも、ディディエ、私は今日も元気だよ。大丈夫。」


 そう。大丈夫。ディディエがくれた温かい眼差しや共に過ごした幸せな日々は、私の中でかけがえのない宝物として穏やかに輝いている。



 美仁は立ち上がると、後ろで立っていたロンを見た。


「今度は何処に行こうかね~?」


「地獄には戻らんのか?」


「私は職業旅人だからね。旅をしなくちゃ。」


 美仁は地獄に行っても、毎年ディディエの墓参りの帰りにクエストをこなして冒険者カードの更新をしていた。ロンは柔らかく微笑むと美仁の頭にポンと手を乗せる。


「何処へでも。儂はお前の傍に居る。」


「うん。ありがとう…。」


 出会いと別れを繰り返した闇の王の子、美仁はまた新たな旅に出る。星の瞬き始めた空には、夫婦月が珍しく寄り添い美仁達を見ていた。






完。

これで美仁の物語は終わりになりますが、短編集を明日更新する予定です。そちらで完結となります。宜しければお読み下さい。

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[良い点] 淡々とした描写 [一言] 素晴らしい物語をありがとう
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