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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
61/64

61・寿命

 





 美仁とディディエが安住の地に選んだのは、ピコルカという港町だった。ウパトヴァ国ピコルカの町。ここは年間を通して温暖な気候で、真っ青に輝く美しいアドクル海に面した海岸沿いの町だ。オレンジ色の屋根に統一された建物が並ぶこの町は、深い青色のアドクル海とのコントラストが美しい。

 アドクル海を挟んで北にはガルバルディ王国がある為、ピコルカでは生ハムやガルバルディ料理の影響が濃い海鮮料理が多く楽しまれていた。


 美仁達は旅をしていた時に貯めたお金で生活している。冒険者を引退した訳ではなく、今も時々クエストを受注したり、ダンジョンに潜ったりしていた。



 潮の匂いのする町で、カモメの鳴き声を聞きながら美仁とディディエは商店街で買い物をしている。新鮮な魚介類や生ハム、酒類を購入した。


「ええ~?これも買うの?ディディエ好きだねぇ…。」


「何か癖になるんだよな~。婆ちゃんが作ってた薬酒に似てるんだ。何かあるといつも飲まされててさ。これ飲んどきゃ治る。これ塗っときゃ治るって。」


 美仁は、へぇとニガヨモギ酒を見た。確かにこの酒は薬っぽい。アルコールにニガヨモギを主体とし、スパイス類、柑橘類の皮、ハーブ類を浸透させて作られた苦くて体に良いとされる酒だ。ウパトヴァ国だけでなく、近隣国やアマルナにも似たような酒があるらしい。

 美仁はニガヨモギ酒が好みとは言えなかったが、ディディエに勧められて時々飲んでいた。食前酒としてストレートで飲むと、苦味が喉から胃まで広がり食欲は刺激された。

 今日ディディエはこの酒を五本も購入していた。旅路やダンジョン内でも美仁に飲ませる気でいるのだろう。最近のディディエは少し健康志向になっている。


「久しぶりのダンジョンだね。このダンジョン、もう地図は描かれてるかな?」


「どうだろうな。ハンスに言われてから結構経ってるからなぁ。」


 行ってみなければ分からない、と二人は笑いあった。ハンスとは二十年程共に旅をして、彼は年齢を理由に冒険者を引退した。そしてまだ正式な地図が描かれていないダンジョンのリストを渡されたのだった。それももう三十年以上前の話だ。


「とりあえず行ってみよう。ヤムドク大陸は久しぶりだね~。」


「ああ。カイとアムルと旅して以来だな。」


 美仁は静かに頷き、ディディエと手を繋いでロンの待つ家に帰って行った。美仁達が家に着くと、ロンは庭でハンモックに揺られて眠っていた。高い木の上の方に設置されたハンモックは、葉に隠れていて日光からも来客からも邪魔される事無く微睡む事が出来る。ロンのお気に入りの場所だった。

 帰宅すると直ぐに、隣人が訪ねて来た。美仁達が家を購入してから、今までずっとお世話になっていた女性だ。


「美仁~。洋梨のラキヤ、持って来たわよ~。」


「わぁ~!ありがとうパメラ!私の梅酒も貰ってよ!」


「嬉しいわ!美仁の梅酒、私もモレスも大好きなのよ。」


 アドクル海の太陽のように明るく輝く笑顔で言うパメラは、洋梨を漬けた蒸留酒が入った大きな瓶を美仁に渡した。結構な重さの瓶だが、恰幅の良いパメラは疲れた様子も見せない。

 出会った頃は細身の可愛らしい女性だったが、今は子育てを終えて、時々遊びに来る孫と遊ぶのが好きな面倒見の良いおばあちゃんだ。夫のモレスと仲がいい、笑顔の絶えない隣人だった。


「いつ見ても羨ましい能力だねぇ。」


 パメラは美仁がラキヤをアイテムボックスに仕舞ったのを見て言った。そのパメラの言葉に、美仁は眉尻を下げてパメラを見返す。


「だから重い物は取りに行くから持って来なくて良いって言ってるのに~。梅酒は私が持って行くから、パメラの家に行きましょ。」


「あはは。悪いねぇ。」


 美仁とパメラは隣の家に笑いながら向かった。庭の隅にある畑に居るポンタがパメラに会釈をした。パメラも笑顔で手を振っている。

 留守にする事も多い美仁達は、留守中の家の管理をポンタに任せていた。庭の畑には主にポンタが食べる植物が植えてある。


「梅酒はここに置いて。」


 美仁は指定された場所に梅酒の瓶を出すと、パメラの方を向いた。


「また冒険に出るわ。今度はヤムドク大陸だから、長めに留守にするかも知れないの。」


「そっか。その間、寂しくなるわねぇ。代わりにポンタちゃんを可愛がるから良いけどね。」


 パメラが悪戯っぽく笑うと、美仁もふふふと笑った。魔物であるポンタがピコルカで受け入れられるまで長い月日を要したものだ。パメラとモレスは、誰よりも先にポンタを受け入れてくれた町人だった。


「気を付けて行って来るのよ。」


「うん。パメラも元気でね。」


 美仁の身を案じながらも優しく穏やかな笑顔で言うパメラと、美仁は微笑んで別れた。




 ヤムドク大陸へは、陸路と海路を用いて進んだ。今でもロンは美仁以外を乗せて飛ぶ事を拒否している為、ロンが竜の姿に戻るのは翡翠の元に行く時位だ。

 美仁達が目指しているのはヤムドク大陸のカルンツェン国。広大な大地を移動しながら生活している遊牧民で知られている国だ。

 その道中のナム・ツェ国の町で、聞き覚えのある声に声を掛けられた。


「ディディエ!美仁!ロン!」


 可愛らしいその声に振り向くと、美しい顔を喜色に染めたエルフの女性が居た。その後ろには、背の高いヤクロウも立っている。


「リーム!ヤクロウ!久しぶりだね!」


 美仁も嬉しそうな顔で二人に近付いた。少し顔が赤いのは、美しすぎるリームに照れているせいだ。


「ええ。美仁、久しぶり!偶然ね。会えてとっても嬉しいわ。」


「うん!ヤクロウさんも、お元気そうで何よりです!」


「ああ。」


 ヤクロウは美仁を見て少しだけ微笑み頷いた。


「リーム、ヤクロウ、立ち話も何だし、何処か入らないか?」


 美仁の後ろからディディエが提案した。美仁が振り仰いでディディエを見ると、その表情は暗い。美仁は不思議に思い、ディディエを見つめているが、ディディエは暗い表情のままリームを見ている。


「ええ!勿論!」


 久しぶりの再会に喜んでいるリームはディディエの表情に気付かずに、ウキウキとヤクロウを引っ張って飲食店に入って行った。その後ろから、難しい顔をしたディディエが続いて入って行く。


 リーム達は、ナム・ツェの飲食店に慣れているようで、沢山あるお茶の種類からお勧めのお茶を教えてくれた。美仁達はリームのお気に入りの鉄観音茶とプーアル茶を頼んだ。

 店の中を点心を乗せたワゴンが巡回しており、リームがそのワゴンを呼び点心を幾つかテーブルに移動させた。


「小籠包と餃子大好き~。」


 美仁はテーブルに置かれた蒸籠と皿に目を輝かせている。


「私のお勧めはチャーシューまんとチキンパイよ。」


「それも美味しそう!」


 美仁は早速リームお勧めのチャーシューまんを手に取り半分に手で割った。ふんわりと破れた生地から湯気が立ち上り、熱々の美味しそうなチャーシューが顔を出す。

 とても熱そうであるが、美仁は構わずかぶりついた。甘めの皮とチャーシューがよく合い、美仁は堪能するように目をギュッと瞑る。

 食事を楽しんだ後、デザートのエッグタルトや小豆饅頭をテーブルに並べると、暗い顔をしていたディディエが口を開いた。


「リーム、お前ヤクロウに何をした?」


「え?ディディエ、何をって?」


 ほんのりピンク色をした桃の形の小豆饅頭を手にしたリームは首を傾げてディディエを見た。ディディエは眉間に皺を寄せてリームを睨む。


「前にお前達と会ったのは六十年前だったよな。人間なら寿命が来てる。ヤクロウは人間だろ?なのに、何で前会った時のままなんだ?」


 リームはディディエの言葉に対して妖艶に笑った。


「あら?ディディエも使ったんじゃないの?美仁だって、あの時と全く変わってないじゃない。」


「美仁は人間じゃないからな…。」


 俺が置いていく側だ…ディディエはリームから目を逸らし胸中でこう零すと、再度リームを見る。リームは目を丸くしてディディエと美仁を見ていた。


「リーム、あの術は禁術だと伝えた筈だ。何故…。」


 先程のリームの答えで、リームのした事は明白だ。問い詰めようとディディエが口を開くと、リームは無邪気な笑顔で答える。


「ヤクロウが言ったのよ。私とずっと一緒に居てくれる、一人になんかしないって。」


 リームはヤクロウを見て微笑むと、ヤクロウもまた優しくリームに微笑み返す。そしてまた美仁達の方を向いたリームは、ゾクリとする程に美しく微笑んだ。


「私はちゃんと説明したもの。この術を使ったらどうなるのか。それでも、私と生きる選択をしてくれたのよ。ふふ。素敵でしょう?」


「…やっぱりお前に教えるべきじゃなかったな…。」


 ディディエは過去の自分を責めた。魔術オタクだったディディエは、盗み見た禁術書の中からリームに幾つか禁術を教えてしまっていた。禁術は使用すると決して軽くない代償を支払わなければならないものばかりだ。まさか使用するとは思っていなかった過去の自分を殴りたくなる。


「魂が擦り切れて消滅するから何だと言うの?生まれ変われなくても良いじゃない。次に生まれた時に私に会えなかったら意味なんか無いんだから。」


 本気でそう思っているリームを、ディディエは愕然とした表情で見ていた。リームは、アマルナに居た頃から何も変わっていなかった。リームは自分の周りに居る者は、自分の為だけに存在していると思い込んでいる。そうさせてしまう程に、リームに対して惚れ込んでしまう者は後を絶たなかった。そしてリームは、そんな者を利用する事に躊躇などした事は勿論無い。


「ヤクロウ、本当にすまない…。」


「何を言うディディエ。俺は、リームと居れるだけで幸せだ。礼を言いたい程だ。」


 嘘偽り無いヤクロウの瞳を見て、ディディエは肩を落とした。

 寿命の短い種族の者を、エルフ程に生き長らえさせる禁術。その代償は、魂の苦しみだ。長く生きる事で、頭はしっかりしている筈なのに、気が狂い、全身を掻きむしっても消えない痒みに苛まれるようになる。それは蝕みと呼ばれる虫が住み着くせいだ。蝕みの為に体は死ぬ事が出来ずに、魂が消滅するまで苦しみから逃れる事は出来ない。

 それを知っていても受け入れたヤクロウは、今は幸せそうにリームと微笑み合っている。蝕みを体内に宿し…。


 ディディエは、これ以上彼等に掛ける言葉が見つからなかった。

 アムル、悪い。リームはやっぱり、変わって無かった…。ディディエは消沈したまま、リーム達と別れた。

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