6・修行
中央山は三年前訪れた時と全く変わらなかった。三年前と同じ様に子供が出迎えてくれ、建物に入り奥に進む。大広間は焼け焦げた事など無かったかのように綺麗になっていた。大広間には真珠だけでなく、四人の女性が居た。
「おや、今日も瑠璃は来ておらぬのか。」
「どうせ忘れてるんだ。それにしても翡翠、すごい化け物を連れて来たな。」
体格の良い女性の言葉に、美仁はぼんやりと三年前にも真珠に化け物と言われた事を思い出した。
「皆に紹介しよう。美仁じゃ。三年前から妾の弟子をしておる。地獄に行く為に、皆にも修行をつけて貰いたい。」
「美仁です。よろしくお願いします。」
翡翠に紹介され、美仁も頭を下げた。
「では美仁よ。妾達は話があるからの。前行った部屋で待っておれ。」
「分かりました。」
美仁は大広間から出て、以前入ったもう一つの部屋に向かった。記憶が定かで無かったが、途中子供が現れ案内してくれた。部屋には以前のように座卓が置かれ、お茶とお菓子が置かれていた。美仁はお菓子を食べながら、アイテムボックスに仕舞っていた本を出して読んで過ごした。
その本がミズホノクニの歴史書であった為、読んでいてウトウトとしていた美仁は、襖が勢い良く開いた音に飛び上がって起きた。
「美仁。お前に最初に修行をつけるのは私になった。私は柘榴だ。よろしくな。」
柘榴は体格の良い女仙だった。燃えるような赤い瞳がキラキラと輝いていて、美仁は綺麗だな、と思い自分と同じ色をした女仙に親近感が湧いた。
「柘榴様。よろしくお願いします。」
「次の月曜から修行を始めるぞ。翠山に私が行って修行をつける事になるからな。」
「はい。分かりました。」
柘榴は言葉通りに月曜の昼前にやって来た。翡翠と美仁と昼餉を食べると、午後から柘榴による修行が始まった。柘榴はまず体術を美仁に教えた。
「理想は攻撃を受けない事だ。避けられないと思ったら防御しろ。」
柘榴との組手は柘榴の攻撃を避ける事から始まった。柘榴は初めは素手で攻撃してきていたが、日によって様々な武器を使用した。柘榴が武器を使うようになって、美仁も木剣で攻撃を受けたり、避けたりしていた。
「うむ。相手の動きを良く見れているな。魔力も上手く使えている。では次は、武器を選んでいこう。」
柘榴は様々な武器を美仁に持たせた。片手剣に両手剣、斧、槍、棍、鉄球などもあった。柘榴は武器を持たせては、違う、と呟き武器を取り上げる。美仁は着せ替え人形のように次々と武器を言われるがままに持った。刀を美仁が持つと、柘榴が目を光らせたが、これも違うらしく取り上げられた。
「刀に近い…合口はどうだ?」
柘榴は三十センチ程の長さの鍔の無い短刀を美仁に手渡した。美仁が合口を持つと、満足したように口角を上げ頷いた。
「これだな。今日からこれを使っていこう。」
柘榴は合口の持ち方から攻撃の仕方までを美仁に教えると、柘榴の使役するマーカルゴラに乗り、翠山を下りた。
「あそこにゴブリンがいるのが見えるか?」
森の中に降りた二人は木の影に隠れ、数体いるゴブリンを伺い見ている。
「はい。見えます…。」
「よし。アイツら狩って来い。」
「えっ!?やだやだ!怖いです!」
涙目で嫌がる美仁を、呆れたように柘榴は見た。
「お前の実力ならあんな奴等敵じゃないだろう。魔物と戦えないと旅は厳しいぞ。見ててやるから行ってこい。」
美仁はゴブリンを見た。全部で六体。合口を握り締め、ゴブリンに向かって走った。ゴブリンが美仁に気付き応戦しようとしたが、美仁は刀身にチャクラを纏わせ目にも見えぬ速さでゴブリンに切り付けた。チャクラを纏った合口の切れ味は素晴らしく、一撃でゴブリンを屠り反撃を許す事無く美仁は一瞬で六体のゴブリンを倒した。
魔物を倒した事が初めての美仁は、青ざめ震えていた。戦う事が怖かったし、魔物を殺す事も怖かった。柘榴は美仁の小さい肩を元気づけるように叩いた。
「よくやった。ゴブリンは金にならんが、他の魔物であれば素材買い取りしてくれるものもいるぞ。少し小遣い稼ぎをするか。」
小遣い稼ぎという言葉に、先程まで青ざめていた美仁の瞳が輝いた。今までお金が無くて諦めたアレコレを思い出す。美仁は柘榴に教えて貰いながら、素材買い取りして貰える種類の魔物を次々と狩っていった。魔物を狩ってはアイテムボックスに仕舞う事を繰り返し、次の日二人は街の冒険者支援協会の素材買取窓口に来た。美仁は初めてお金を稼いだ事に感動し、お金をアイテムボックスに仕舞った。
「金も手に入った事だし、何か食べて行くか!」
柘榴はそう言うと協会の酒場で酒を飲み出した。美仁も肉の定食を注文する。自分のお金で食べた定食は、いつも食べている物よりも少し特別な味がした。
柘榴と美仁は夕方翠山に戻り、柘榴は酔っ払っていた為すぐに横になって寝てしまった。翡翠は柘榴が来てから翠山を留守にしており、美仁もお腹が空いていなかった為、この日は夕餉を作らずに眠った。
柘榴はもう美仁に教える事は無いと言っていたが、翡翠が戻るまでは翠山に居てくれるとの事で、この日も美仁と組手を行っていた。
「美仁、動きが見違えたのう。」
「翡翠様!お帰りなさいませ!」
「翡翠。何処まで行ってたんだ?修行はとっくに終わってるぞ。」
「そうか。柘榴、美仁の事、礼を言う。かなり強くなったようじゃの。」
翡翠に褒められ美仁は嬉しい気持ちで頬を赤らめた。柘榴も満足気に笑っている。この日の夜は美仁も気合いを入れて夕餉を作り、柘榴に感謝の意を伝えた。
柘榴の修行を終えて二週間後、恰幅のいい女性が翠山にやって来た。孔雀というこの女仙は、この世界にいる精霊の事を教えてくれた。
「美仁は精霊に好かれる性のようじゃの。そなたの周りに闇の精霊と風の精霊がおる。」
「そうなんですか?私には見えません…。」
「これだけ好かれておきながら見る目は備わっておらんのか。 ほれ集中しろ。魔力を使って感じぬか?」
美仁は魔力を使う、という事がよく分からなかったが魔力を目に集中させて精霊を見ようとした。ぼんやりと漂う煙のようなものが見える。
「孔雀様、灰色のものが見えます。」
「闇の精霊じゃな。意思の疎通が出来るかの?」
「意思の疎通…?…闇の精霊さん、こんにちは?」
闇の精霊はくるくると回り返事をした。意思の疎通が出来たと感じた美仁は笑顔で孔雀を見たが、孔雀は大笑いしていた。
「あはははは!挨拶は大事じゃな。そうさな…例えば闇の精霊は相手の視界を奪う事が出来る。風の精霊は空気を操り攻撃する事が出来るぞ。他にも色々出来る事はあるからの、試してみると良い。」
孔雀は、美仁が精霊に好かれているから必要無いかも知れぬが…と前置きをして様々な印を教えてくれた。この印を結べば精霊の力を借りて攻撃をしたり出来るらしい。孔雀は一週間程で修行を終えて帰って行った。美仁は教えられた印を結び色々と術を発動し、今では闇と風の精霊以外の精霊も美仁の周りに常に居るようになった。
孔雀の修行が終わり、二ヶ月が経つが次の修行が始まらない。気になって美仁は翡翠に尋ねた。
「翡翠様、女仙様の修行はもう終わったんですか?」
「…いや、まだじゃ。次に修行をつける女仙が忘れっぽい奴での。恐らく今回も忘れておる…。」
翡翠はため息をつき立ち上がった。
「瑠璃を捕まえて来る事にしよう。美仁はいつも通り、勉学と修行をしておれ。」
翡翠は数珠丸に乗り瑠璃を探しに行った。美仁は翡翠に言われた通りにいつも通り午前中は勉強をし、午後は体術や印を結んで術の練習をして過ごした。
数日後、翡翠は挙動不審な女性を連れて帰って来た。
「美仁、待たせたのぉ。次の修行はこの瑠璃が見てくれる。」
「あの…えっと…忘れててすいませんでした…。」
「いえ、瑠璃様。よろしくお願いします。」
美仁が頭を下げると瑠璃はビクッと驚き、慌てて同じように頭を下げた。
「今日はもうすぐ夕餉の時間じゃからの。修行は明日からにしよう。」
美仁は夕餉をいつもより少し豪華にして瑠璃を歓迎した。女仙に修行をつけて貰う時、初日と最終日だけは少しだけ豪華な食事にしている。瑠璃は夕餉の支度をして一緒に食べる際、美仁の顔を見てビクッとしていた。忘れっぽいこの女仙は、先程会った美仁の顔を忘れていたらしい。そんな瑠璃を翡翠は呆れたように笑って見ていた。
翌日、朝餉を作り翡翠の家に入ると、瑠璃が悲鳴を上げた。
「ここは何処ですか?!あ、貴方は誰なんですか…?!」
布団の上で縮こまり美仁を見て怯えている瑠璃を、奥の部屋から出てきた翡翠が扇子で叩いた。
「ここは翠山じゃ。この童は美仁。そなたに修行をつけて貰う事になっておった。思い出したか?」
「え…?翡翠の山…?なんで…?修行…?」
「…相も変わらず物覚えが悪いのぉ…。朝餉にするぞ。」
朝餉の後、翡翠は紙を瑠璃に渡していた。美仁は勉強をして、昼餉を食べると瑠璃と共に翠山を下りた。瑠璃は自らの使役するマーカルゴラに乗り、美仁は数珠丸に乗って移動した。
瑠璃は森の中に入り、マーカルゴラから降りると紙を見ている。
「えっと…貴方が美仁?修行を始めます…。私が教えるのは魔物の使役の仕方です…。」
瑠璃が読んでいた紙には美仁に使役契約の方法を教えるようにと書いてあるのだろう。瑠璃は巻物を二つ出した。
「この巻物に使役の手順が書いてあります…。私の巻物を見てください。」
瑠璃は巻物を広げると、赤黒い手形と赤黒いものを擦り付けたような跡が幾つも出てきた。
「使役する時は自分と魔物の血を巻物に付けて、魔力を流します…。それで使役契約は完了です。強い魔物などは、簡単に使役されないので戦う事もあります…。」
瑠璃は巻物に書いてある使役の手順を見ながら美仁に説明した。
「えっと…じゃあ、やってみますか?」
「あ、はい…。」
美仁はオドオドと促され、息を大きく吸い込んだ。
「私と使役契約してくれる子、いませんかー?」
美仁が大声で声を掛けると、大量の蝶が現れた。
「あ、契約してくれるの?ありがとう!でも君達…血は…。瑠璃様、どうしたら良いですか?」
小さな蝶から血を貰う事を躊躇した美仁は困り、瑠璃に助言を求めた。瑠璃は夥しい数の蝶が美仁と使役契約を望んでいる事に目を丸くして驚いている。
「瑠璃様?」
「あっ…ああ…。蝶でしたら、鱗粉でも大丈夫だと思います…。美仁の血に鱗粉を付けて、魔力を流してみて下さい…。」
美仁は掌に合口で傷を付け、傷口を巻物に擦り付けて血を付けた。その血痕に蝶が群がり鱗粉を付けている。美仁も血痕に触れ、百匹以上いる蝶全てが血痕に止まり魔力を流した。無事に使役契約が出来たのを確認した瑠璃は、美仁に声を掛けた。
「本来ならば、ここで魔物に名前を付けるのですが、この数の蝶全てに名前を付けても覚えられませんよね…。他に魔物を使役した際には、名前を付けてあげて下さい。」
「はい。わかりました。瑠璃様、ありがとうございました。」
忘れっぽい瑠璃らしい言葉に美仁はクスリと笑いながら礼を言った。瑠璃は色々な色の羽の蝶を眺め、この蝶がどのような種類の魔物なのか帰って調べようと、美仁に提案した。
瑠璃はこの短い時間で、美仁の事を覚えてくれたようだった。瑠璃にとって、美仁が大量の蝶の魔物に囲まれている姿は忘れられない程衝撃的だった。こんな、夥しい数の魔物と一度期に契約してしまうなんて…。それは物忘れの激しい女仙が、一人の少女の顔と名前を覚えてしまう程だった。