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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
58/64

58・ランディの墓

 





 美仁はアイテムボックスから、シロに頼んだ花束を出した。それは花束ではなくリースで、シロが美仁の気持ちを慮りランディに対する弔いの気持ちを込めて作ったのだと分かる、落ち着いた色合いの可愛らしいものだった。


「コンバグナ様、このリースを手向けても良いですか?」


 振り向きリースを見たコンバグナは、目を見開いた後に眉を下げて微笑んだ。


「ありがとう、変わり種…。手向けてやってくれ。」


 美仁はリースをランディの墓の前に置き、手を合わせた。コンバグナは、リースを穏やかな眼差しで見ると、ゆっくりと目を閉じた。


「コンバグナ様…?」


 美仁が目を閉じたままでいるコンバグナに声を掛けるも、コンバグナは目を開かない。その時間が長く、美仁はどうしようとディディエとロンに目で訴えた。

 ディディエが美仁を呼ぶように腕を上げた時、コンバグナは目をカッと見開いた。一陣の風がコンバグナから放たれるように吹き抜ける。そしてコンバグナ自身は動いていないのに鎧は脱げて地に落ち、髪が勢い良く伸びると一瞬で、宗教画に描かれているコンバグナの姿になった。


「…コンバグナ様…?」


 突然の出来事に、驚いて目を丸くしている美仁だったが、この墓場に居る者は皆同じような表情でコンバグナを見ていた。そして意識を取り戻した者達が顔を見合わせ話し合っている。


「俺は、本当に自分の事しか考えていなかったな。ランディにもよく言われてたんだが…。俺はずっとここに座っているだけで、何も供えた事が無い。」


 コンバグナはリースを見下ろし、美仁を見た。


「俺も、天上界で花を探して来よう。メイリーベに相談すると、煩く言われそうだが…木の奴に聞くか…。」


 早速花木の精霊王である木の王に会いに天上界へ向かおうとしているコンバグナは、落とした鎧に目を向けた。ランディが目立ちすぎるからと、宗教画の姿とは違う格好にする為に買い今まで着ていたものだ。もうこれからのコンバグナには必要の無い物。


「この鎧、どうするか…。」


 コンバグナの、この呟きを聴き逃さなかった者が居た。噂の人物がコンバグナだと理解した墓参りをしていた町人が呼んできた者の一人だ。その男がコンバグナの前に跪いた。


「コンバグナ様。もしよろしければこちらの鎧、私共にお任せ頂きたいと思うのですが。」


「む。そうか。ならば任せよう。」


「ありがとうございます!」


 男は顔を上げて礼を言うと、鎧を回収して他の町人達と遠巻きにこちらを見た。


「今まで通り、俺は戦って過ごす。変わり種、お前ともいつか手合わせしたいものだ。」


「え、嫌ですよ…。」


 美仁はぺしゃんこにされる未来図しか想像出来ずに、顔を引き攣らせて断った。コンバグナは面白そうに笑うと、優しい瞳で美仁とランディの墓を見る。


「では、俺は行く。またな。」


 そう言うとコンバグナは姿を消した。美仁はランディの墓にもう一度手を合わせると、墓場から出ようとした。しかし墓場の入口で男に声を掛けられ足を止める。


「すいません。先程の御方は、やはりコンバグナ様なのですか?」


「はい。そうですね。」


 美仁の答えに男と町人達は喜び騒めく。


「町長!やりましたね!」


 町長と呼ばれたのはコンバグナに跪いた男だった。町長は更に美仁に対して疑問を口にする。


「コンバグナ様がずっと座っていた墓は、コンバグナ様の御仲間でいらっしゃったのですか?」


「はい。そう聞いてます。私もよく知らないんですけど…。」


「ありがとうございます!不躾に失礼しました!」


 町長達はペコペコと頭を下げると鎧を抱えて去って行った。美仁達も墓場を後にし、翌日にはベメツゲを出た。




 ベメツゲ町長はその後、ランディの事を調べ上げた。そしてランディの師匠の盗賊が宝箱の呪いによって腕を失ったのを、ランディが最上級ポーションを手に入れて治した事を知る。最上級ポーションはあまりにも高価で入手は困難だ。それを有名とは言えない冒険者の彼が手に入れた事は信じられない事だが事実らしい。

 そして数十年前にはコンバグナと共に旅をしていた盗賊の目撃談を聞いた。


 ベメツゲ町長によって、ランディはコンバグナに愛された冒険者として有名になった。ランディの墓の奥には大きな石の記念碑が設置され、ランディの最上級ポーションの話やコンバグナがランディの死後三年以上墓前から動かなかった事が記された。

 クラメール国の墓は個人の為に建てられ、二十年後には掘り起こされて遺灰は町が管理する容器に収容される。希望すれば、お金を支払い墓を継続する事も可能だ。

 ランディの墓は、ベメツゲが管理し続け、二十年後も保たれ続ける事となる。コンバグナを崇拝する冒険者達がお参りに来ては花を手向け、時にはコンバグナとの邂逅を果たした幸運な冒険者も居たと言う。噂が噂を呼び、クラメール国で一番栄えていたベメツゲは更に賑わう事となった。

 美仁はこの噂をクラメール国から離れてから耳にして、カロルに良い土産話が出来たと思った。そういえばカロルとは何年会っていないだろうか。以前会ったのは、ディディエと結婚した後だった。と言う事は、十年以上会っていない。


 思い立ったら即行動だと、美仁はロンに乗ってガルニエ王国に飛び立った。ガルニエ王城の前に立つと、カロルはここには居ないと言う。門番は不審人物を見る目で美仁達を見ていた。勿論カロルの居所を教えてくれる気は無いようだ。

 仕方ないので情報収集をしようと平民区に向かう為に王城に背を向けると、誰かが城の方から勢い良く走って来た。


「美仁様!待って下さい!」


 カロルによく似た声に振り向くと、ガルニエ王国騎士団の鎧を見に纏った長身で体格の良い美女が、嬉しそうな笑顔で手を振っていた。美仁の記憶では白銀の長く美しい髪の持ち主だったが、今では短く刈り上げている。その短髪も精悍で美しく、よく似合っていた。


「クリステル様!立派になりましたね~。」


 クリステルはリュシアンによく似た美しい顔を微笑ませて、美仁に近付いた。


「美仁様は変わりありませんね。お母様、あ…、母上から聞いておりましたが…ふふっ、これでは私の方が歳上に見えるでしょうね。」


 クリステルは人前では身内を「母上、父上、兄上」と呼ぶように努めているのだが、身内を前にすると末っ子の甘えん坊気質が出てしまい、ついつい幼い呼び方をしてしまう事がある。美仁とは幼い頃からの知り合いの為、それが出てしまったようだ。現在、ガルニエ王国の騎士団長を勤めているクリステルは、部下にこの呼び方を聞かれてしまい、少し頬を赤らめている。


「母上は、現在王都にはおりません。父上と共にフォンブリューヌ公爵領におります。」


 クリステルは説明しながら城門の横にある部屋に案内した。部屋に入り地図を出すと、フォンブリューヌ公爵領を指差す。

 美仁は念の為渡り蝶プラネパファルを出して地図を見せた。美仁のプラネパファルは世界中を旅した蝶だ。知らない土地など有りはしないが、一応確認させた。


「クリステル様、ありがとうございます。」


「いいえ。美仁様と会えなかったと知ったら、母上はガッカリなさるでしょうから。」


 美仁は微笑み見送ってくれるクリステルに礼を言うと、ガルニエ王城を後にした。カロルとリュシアンは退位後フォンブリューヌ公爵となり、惜しまれながら公爵領に移ったらしい。


 美仁はフォンブリューヌ城の前でも門番から訝しげに見られたが、クリステルの手紙があった為に直ぐに銀髪の紳士が出て来た。


「おや美仁様。お久しぶりです。お変わりありませんね。」


 にこやかに出迎えてくれたのは、カロルの弟シャルルだった。歳をとっているが、ふわふわの白銀の髪と柔らかく微笑んだ美しい顔に面影がある。


「シャルル様!お久しぶりです!」


 美仁はシャルルの登場に慌ててぺこりと頭を下げた。毎回ゾエが迎えてくれるので今日もゾエが来ると思っていたのに、美形紳士のシャルルが現れ顔が熱くなった。


「美仁!よく来て下さいましたね!」


 よく通る声でカロルが足早に出て来た。シャルルはそんなカロルを見て苦笑している。


「やっぱり、待ちきれなかったみたいですよ。」


 城内で待つ予定だったカロルが出て来た事に呆れて笑うシャルルに、美仁も嬉しそうに笑い返すとカロルの方に駆け寄った。


「カロル!久しぶり!」


「お久しぶりですね。ロン様も、お久しぶりでございます。」


 嬉しそうなカロルに、ロンは無言で軽く頷いて返す。美仁とロンは城の中に招かれ、お茶やお菓子を振る舞われた。



「そうですか…ランディは、クラメール国で亡くなったのですね…。」


 カロルは昔の冒険者仲間の名前を聞き、懐かしさに微笑んでいたが、訃報の報せに視線を下に下げた。自分ももう自国の平均寿命の歳なのだ。亡くなってしまっている知り合いも居る。ランディはカロルよりも六つ歳上だった。冒険者ともなると、もっと早くに亡くなる者も多い。ランディは冒険者としては長生きした方だ。

 そして美仁が、冒険者達がランディの墓をまるで英雄の墓のようにお参りをしている噂がある事を話すと、カロルは面白そうに笑った。


「ふふふ。コンバグナ様は、本当にランディを気に入っておりましたね。ダンジョンで会った時は、そのように感じませんでしたが…。」


「それでもコンバグナ様は、ランディを永遠の生に縛る事は出来なかったんだって。提案する事も出来なかったって…。」


 美仁は小さく見えたコンバグナの背中を思い出した。そんな美仁を心配そうにカロルは見つめた。


「美仁も、見送らなければならない側ですね…。」


「うん…。覚悟はしてるけど、こんなの、してたって無理だよね。」


 カロルは静かに頷いた。カロルも今まで沢山見送ってきた。両親に義両親、古龍、ゾエ、シャルロット、ジャン…死別は悲しく、慣れる事の出来るものではない。


「私は、いつも遅れて来るから、会いたい人はもう居なくなっちゃってるの…。シャルロットがもう居ないなんて思わなかった。ゾエさんも…。」


「シャルロットは、随分前に夫を亡くしていましたから、やっと会えると…笑って息を引き取りましたよ。ゾエも、私とシャルルと娘のイネスが見送りました。」


 カロルは二人の事を思い出し穏やかに微笑んでいる。


「シャルルはゾエとは利害が一致したから結婚したんだと言っておりましたが、いざゾエにお迎えが来ると、俺が逝くまで生まれ変わったらダメだ、なんて言っていたんですよ。」


 ゾエとシャルルは歳が離れていた。シャルルがゾエと結婚すると言った時にはカロルも両親も吃驚したものだ。カロル第一な弟夫婦がしっかり愛し合っていた事を、カロルはゾエとの別れの日に知る事が出来た。悲しく、嬉しく、そしてやはり悲しい別れだった。


「私は、従魔だけに見送られます。」


 カロルはいつものように美しく微笑み美仁を見た。美仁も、カロルを見送る事は出来ない。それは分かっている為、美仁は黙って下を向く。

 カロルは自分の最期を誰の目にも触れさせたくはなかった。魔物を使役した者は、魂が回収された後、魔物に体を食べられる。誰かに見られれば、雪之丞達が恨まれる可能性がある。それはどうしても避けたかった。それにカロルは、これまで自分に仕えてくれた従魔達に、誰にも邪魔されずに食べて貰いたかったのだ。

 カロルの見た目は肌艶も良く若々しいが、同年代の者がこの世を去り始めたので、死出の準備を始めていた。美仁に対するこの告白も、その一つだ。いつ会えるか分からない友へ、残してこの世を去る事になるが、特別に想っていた事を分かって欲しかった。


「私のお墓には、これを納めて貰おうと思っています。」


 カロルが指差した先にあったのは、編んだ白銀に輝く髪を留めている真鍮のコンチョだった。美仁も髪を纏めるのに使っている、お揃いのものだ。

 別れの予感を匂わせるカロルの言葉に、カロルの想いに、耐えきれず美仁は涙した。

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