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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
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57・コンバグナの悲哀

 




 美仁達はエルブルス大陸のクラメール国に居た。クラメール国はガルニエ王国から国境を二つ越えた南にある国だ。内陸国で国土は小さく、その国土の七割が山地の山岳国。国の中央に広がる台地に国民の大半が暮らしていた。

 美仁達が居るのはクラメール国のツェルティマの町。湾曲して流れる川に囲まれたこの町の、森林の緑、石造りの家と赤レンガの屋根の町並みが美しい。

 クエストを終えて報告に冒険者支援協会に入った。美仁が受付で完了報告をしていると、可愛らしい声が響いた。


「ディディエ!ディディエじゃない!?」


 美仁が振り向くと、そこにはサラサラの薄い金髪を長く伸ばしたエルフの女性が嬉しそうに笑って立っていた。美仁が今まで見てきたどの美形よりも美しい。大きな瞳は宝石のように輝き、白い肌も輝いているように見える程だ。その女性を見たディディエは、驚き半分喜び半分の表情になった。


「リームか!久しぶりだな。何してんだ?」


「私も冒険者になったのよ。色んな所を旅してるの。」


 美仁は受付で報酬を受け取ると、ディディエの元に向かった。美仁に気付いたリームと目が合う。


「あ、リーム。美仁だ。俺の妻。あっちがロン。仲間だ。」


 美仁に気付いたディディエが、美仁の肩を抱き紹介をした。リームは大きな目を更に大きくして驚いている。


「えっ?ディディエ結婚したの?ええ~…あのディディエが…。あ、美仁、ロン、私はリーム。ディディエとは同郷なの。あ、この人は仲間のヤクロウよ。」


 ヤクロウは美仁達に向かって軽く頷いた。ミズホノクニの鎧兜を身に付けているヤクロウは侍なのだろう。刀を腰に差している。


「ねぇディディエ、兄さんは?一緒じゃないの?」


 首を傾げてディディエを見上げると、ディディエは眉を寄せて目線を下げた。


「アムルは…死んだよ…。」


 リームはハッと息を飲み口元を手で覆った。目を見開き震えているリームを気遣うようにヤクロウがリームの肩に手を置くと、リームはヤクロウの胸に顔を埋めた。

 暫くヤクロウの胸で泣いていたリームだったが、妖しく光る目線をディディエに送って聞いた。


「兄さんを殺ったのは、魔物…?」


「いや、寿命だ。」


 ディディエの言葉を聞いたリームは、ヤクロウからパッと離れてディディエに詰め寄った。頭に血が上っているようで、美しい顔は怒りに燃えている。


「寿命ですって!?少なくともあと二百年は生きられる筈じゃない!嘘を言わないで!」


「嘘じゃない。ディディエは火の王の呪いで獣人になってた…。獣人の寿命は人間よりも短いんだ。だから…。」


「火の王の…呪い…。」


 リームの怒りの火は消え、暗い中細い煙が立ち上るように静かになった。呆然としているリームに、ディディエは忠告する。


「相手は精霊王だ。絶対に手を出すなよ。」


「…分かってるわよ。そこまで向こう見ずではないわ…。」


 幼馴染のリーム、彼女をよく知るディディエは、このエルフの美女がかなり苛烈な性格をしている事を知っている。もしアムルが魔物に殺されていたのなら、その魔物は絶滅の危機に瀕する程に虐殺されていただろう。

 消沈したリームは、ディディエを見上げた。


「兄さんの事、聞かせてよ…。」


「ああ。店、移動しようぜ。」


 気落ちして自分を見上げるリームは、幼い頃のリームを思い出させる。あの頃のように、ディディエはリームの頭を宥めるように優しくポンポンと叩いた。

 酒場に移動して食事を注文した。クラメール国のワインを飲みチーズを使った料理を食べながら、しんみりとアムルの思い出を語り合う。


「そう…十年前に…。会いたかったな…。」


「アムルはお前の事心配してたぞ。元気そうで良かったが…。ヤクロウ、リームが迷惑掛けてないか?」


 ディディエの言葉に、心外だと顔に表したリームがヤクロウより先に答えた。


「ちょっとディディエ、子供扱いしないで!迷惑なんて掛けてないわよ。ね?ヤクロウ?」


「ああ。リームを迷惑に思った事はない。ディディエ、大丈夫だ。リームの事は、俺が守る。」


 真面目な顔をしてヤクロウが言うと、リームは嬉しそうに微笑みヤクロウを見つめた。ヤクロウも力強く微笑み返し見つめ合っている。


「そうか。良かったな、リーム。良い人に巡り会えたようで、俺も安心だ。アムルもきっと、安心してるさ。」


 ディディエはそんな二人を見て柔らかく微笑んだ。頭を抱えてしまう程の問題視であったリームが落ち着いたらしい事は喜ばしい。きっとアムルも安心している事だろう。


「ディディエ達は暫くクラメール国に?」


「ああ。冒険者らしく、ダンジョンとクエストして回るよ。」


「私達はヴァルティモに行くわ。兄さんのお墓参りに行かなきゃ。」


 リームはヤクロウに相談する事無く目的地を決めた。ヤクロウはリームを見て気遣わしげに微笑み頷いている。


「それじゃ。ディディエ、会えて良かったわ。美仁、口の悪い兄ですが、どうか見放さないであげてね。」


 美仁はリームに微笑み頷くが、ディディエは苦い顔をしてリームを見た。


「そりゃこっちの台詞だ。二人共気ぃ付けてな。」


 もしリームが当時のままであれば、ディディエはヤクロウに対して忠告をしただろう。だが、今の二人の様子を見てそれはしなかった。リームも大人になり、悪魔のような娘では無くなったのだと、ディディエは安心する。

 ディディエの言葉に頷いたリームとヤクロウは、寄り添って店を後にした。


「リーム、すっごい美人だね。緊張しちゃって喋れなかった…。」


 ディディエを見る美仁の顔は赤くなっている。その美仁を見て微笑むディディエは、美仁にぐっと体を寄せた。


「リームに話し掛けられて赤くなってんの?妬けるな~。美仁、俺にも赤くなってよ。」


 至近距離で綺麗な顔がこんな事を言うもんだから、美仁は真っ赤になってしまう。


「…不意打ちは、卑怯だ…。」


 美仁は顔を伏せようとするが、ディディエは嬉しそうに美仁の顔を覗き込んでいる。そしてずっと会話に加わらなかったロンは、クラメール国で生産されている白ワインを制覇して足取り軽く宿に戻って行った。



 ツェルティマから東に数日旅をすると、ベメツゲの町に着いた。クラメール国の首都であるツェルティマよりも栄えている。それはガリバルディ王国とテッサリア国を結ぶ交通の要であるからだ。そしてベメツゲは他の町よりも物価が高い。

 ベメツゲの市場で美仁はチーズの値段を見て難しい顔をして考え込んでいた。ツェルティマを旅する中、行く町々で食べてきたラクレットが気に入りラクレットチーズを買おうと思ったが、ベメツゲでの購入は断念した。それにベメツゲはラクレットチーズの産地とは遠いのだ、と美仁は頭の中で買わない理由を並べる。美仁はチーズも酒も他の町で買おうと決めた。

 市場を歩いていた美仁は、自分を呼ぶ声に振り向いた。冒険者支援協会に行っていたロンが歩いて来る。


「この町の墓場に、昼夜問わず座り込む男がいると聞いた。」


「墓場って、あっちの方?」


 美仁は森の見える方向を指差すと、ロンは頷いた。


「誰かのお墓の前にずっと居るって事?うーん…どうして…?コンバグナ様の噂も聞かないし…。」


 不可解な事が多くて美仁は考え込むように腕を組んだ。この町に入る前から感じていた気配は、コンバグナのもので間違い無いだろう。ロンもコンバグナだと思うと言っていた。だが本当にコンバグナならば、もっと違う噂が流れている筈だ。そして戦いの神の滞在にもっと町が活気づいている筈だ。誰にも正体を気付かれずに墓の前に座り続けているとは、どういう事なのだろうか。


「とにかく、挨拶しに行かなきゃよね。」


 美仁とロンはディディエと合流して墓場に向かった。クラメール国の墓の墓石は、石の他にもガラスやブロンズ等様々な素材が選ばれており、デザインも個性豊かだ。そして墓の前には色とりどりの花が植えられていて、綺麗に整備された墓場の雰囲気は明るく美しい。今もお墓参りと花の手入れに来ている人がちらほら見受けられる。

 その中に、墓の前に胡座をかいて座っている大男が居た。鉄の鎧を身に付け髪を短く刈り込んだその姿は、美仁達の知る宗教画に描かれたコンバグナの姿とは違う。

 美仁が後ろに立つと、やっと美仁に気付いた大男が振り向いた。美仁を見て元気の無い笑顔を見せる。


「変わり種か…。こんなに近くまで気付かんとは、腕を上げたか?」


「コンバグナ様。お久しぶりです。このお墓は…ラン…ディ…さん…?」


 コンバグナの前にある墓には、ランディの名前と三年前を表す数字が彫られている。ロンが聞いてきた噂も、三年前の仲間の死を受け入れられない、可哀想な戦士に対する哀れみに満ちた噂だった。

 コンバグナが美仁に気付かなかったのは、美仁が腕を上げたからではない。気付かない程に、コンバグナはランディの死に呆けていたのだ。


「ああ…。寿命だと、迎えに来たデトが言っていた。」


 当時を思い出すようにコンバグナは言うと、美仁を見て力無く笑う。


「俺が居ては、ランプの天使が怖がって魂を回収出来んとデトが出向いたんだったな。」


 コンバグナは面白そうに笑っているが、力が無い。美仁は黙って聞いていた。


「デトもな、連れて行って良いか聞くんだ。天使にするという手もあると。だが、俺もランディもそんな事望んでない。ランディだったらきっと、勘弁して下さいよ~と言うだろう…。」


 美仁はランディとは少し会っただけで、彼がどんな人であったのか知らない。美仁はただ黙ってコンバグナが墓を見て話しているのを聞いていた。きっとコンバグナが瞳に映しているのは、墓石ではなくランディの面影なのだろう。

 美仁の友であるカロルであれば、コンバグナとランディの話が出来たのだろう。ランディはカロルの冒険者仲間だった。


「別れとは、辛いものなのだな…。俺は今まで人に興味など無かったから分からなかったが、今になってメイリーベの言っていた意味が分かった…。」


 美仁はメイリーベの言葉を思い出した。愛する人を失った悲しみを抱いて永遠を生きねばならない…。

 美仁の仲間であったカイとアムルももうこの世にはいない。友人であるカロルとシャルロットも、別れの時が近付いているのかも知れない。歳をとらない自分と友人達…。切なさに何かが込み上げ喉を塞ぐ。

 これからいつくも起こるであろう大切な人達との悲しい別れの予感に、美仁は未来の自分とコンバグナの物悲しい背中を重ねた。

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