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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
56/64

56・カイとアムル

 




 美仁達はポルーキュラに二年から三年の間に一度の頻度で訪れていた。今は暖かい『夜中に輝く太陽』の季節。三年ぶりにカイ達に会う事を楽しみにしながら美仁は駅馬車に乗っていた。

 美仁達がカイの家に着くと、カイが嬉しそうに微笑んで出迎えてくれた。目元や口元の皺は深くなり、白髪も増えた。しかし一緒に旅をしてきた時の優しい眼差しは変わっていない。


「よく来たね。皆、相変わらず変わらないな。」


 老いてもカイの体はガッシリとしていて腰も真っ直ぐに伸びていた。カイは美仁達を家の中に招き入れる。


「お土産いっぱいあるよ~。カイの好きなミズホノクニのお酒に~、アムルに頼まれてた薬草も。」


 美仁が酒瓶をテーブルに出すと、カイは寂しそうに笑った。


「ありがとう、美仁…。だけどアムルは、去年亡くなったんだ…。」


「え………?」


 カイの言葉に、美仁達三人は言葉を失った。美仁は表情まで抜け落ちてしまっている。ディディエとロンも、カイの言葉を理解すると、表情を曇らせた。


「獣人の寿命は人間よりも短いからね…。苦しむ事無く、穏やかに旅立ったよ。」


「そうか…。じゃあ、アムルの墓に、頼まれた薬草を供えるか…。」


 カイがアムルの最期を思い出すように言うと、ディディエが静かに答えた。


「きっと喜ぶよ。案内しよう。」


 美仁達はカイに連れられてポルーキュラの墓地に向かう。墓地の入口の門には古いランプが吊るされていた。死神の持つランプを模したものらしい。

 明るく広い墓地には四角い墓が綺麗に並んでいる。アムルの墓に着くと、墓石の前に大量の薬草を置いた。そしてカイは持って来たロウソクに火を灯す。


「アムル、今日はディディエと美仁とロンが来てくれたよ。」


 優しくアムルに語りかけるカイを見て、美仁は寂しさが込み上げてくる。


「もっと、早く会いに来れば良かったね…。アムル、久しぶり…遅くなってごめんね…。」


 美仁はしゃがんで涙を流した。会いたかった。会える時にどうして戻って来なかったのだろう…。


「アムル…。」


 ディディエは言葉にならないようで、この先の言葉が出てくる事は無かった。ロンも、難しい顔をして墓石を見ている。

 美仁はアムルの墓に手を合わせて立ち上がった。仲間の墓参りを済ませた一行はカイの家に戻る。カイの家の前では、数人の子供達が家の中を覗き込んでいた。


「また来たのかい?冒険の話を聞きたいのかな?」


 カイが子供達に声を掛けると、振り向いた男の子が大きな声を出した。


「嘘つき爺さんが帰って来たぞ!」


 男の子の言葉に困ったように笑っているカイの横で、美仁はムッと怒った表情をした。


「カイが嘘つきってどうしてよ?」


 眉尻を上げて子供達を見る美仁を、強気な表情で男の子は見上げた。


「だって嘘つき爺さん、昔ドラゴンと旅してたって言うんだぜ?証拠を見せろって言っても無理だって言うし、嘘だろ?」


「嘘じゃないわよ。」


「はぁ?」


 美仁と男の子は一瞬睨み合うと、美仁は男の子から目を逸らしロンを見た。


「ロン、良い?」


「ああ。」


 ロンもカイを貶されて仏頂面をしていた。美仁に頷くと地を蹴り上空に跳び上がった。美仁は子供達を宙に浮かせる。


「落としたりしないから、安心して。証拠を見せてあげるわ。」


 美仁はそう言うと、子供達を連れて上空に飛び上がる。そのものすごい速さに、子供達は驚きと恐怖で悲鳴を上げていた。地上に残されたカイはオロオロと心配そうに空を見上げるしかなかった。


「おっ!お前!何なんだよ!降ろせ!降ろせよ!」


 叫んだ男の子はジタバタと暴れているが、他の子供達は青い顔をして成り行きを見守っている。


「私はカイの仲間よ。このロンもね。ロンはドラゴンなの。」


 美仁がそう言うと、ロンは子供達の目の前でドラゴンに変化した。子供達の表情は驚愕の色一色に染まる。


「カイが嘘つきではないと分かっただろう?」


 ロンの低く大気を震わせる声に、子供達はびくりと身を固く縮こまらせた。


「お…お姉ちゃん…。」


 先程まで暴れていた男の子が、小さく震える声で美仁を呼んだ。美仁が男の子を見ると、男の子は美仁の機嫌を伺うように上目遣いで美仁を見ている。


「ドラゴンのロンさんには、乗れるの…?」


 期待を込めた瞳で問われ、美仁はロンを見た。今までロンは、美仁以外を乗せて飛んだ事は無かった。


「…今だけだぞ。」


 ロンが舌打ちでもしそうな程不機嫌な声で言うと、子供達の顔は喜色満面に染まる。テンションの上がっている子供達と一緒にロンの背中に乗ると、ロンは十分程ポルーキュラ周辺を飛んだ。

 上空で人の姿に変化したロンと子供達と共に地上に降りると、子供達は興奮した様子で何か話していた。カイはずっと外で待っていたらしく、ホッとした様子で子供達を見ている。ディディエは家の中で寛いでいるようだ。

 子供達がきまりが悪そうにモジモジしながらカイと美仁の前にやって来て、二人の顔を見上げた。


「カイじーちゃん、嘘つきって言ってごめんなさい。」


 リーダー格の男の子が謝ると、他の子供達も次々にカイに謝った。元々怒ってなどいないカイは優しく微笑む。


「いいんだよ。ドラゴンと旅をしたなんて、信じられない話だっただろうからね。」


「でも本当だった!地獄に行ったってのも、本当!?」


 嘘だと思っていたドラゴンに乗せて貰った子供達は、今ならカイの言葉を何でも信じてしまいそうな程に目を輝かせて聞いている。


「それも信じられない話だね。でも本当だ。私は、連れて行って貰っただけなんだけどね。」


「うおー!すげぇー!!!」


 リーダー格の男の子は興奮している。目をキラキラさせた子供達に、ロンは注意した。


「お前達、竜は危険だ。儂に乗ったからと、竜に近付くのは止めておくんだな。命は大切にしろ。」


 一言言うとロンは家に入って行く。ロンの後ろから男の子が礼を言った。


「うん!ロンさんありがとう!カイじーちゃん、また話聞きに来ても良い?」


「勿論だ。君達が来てくれると、賑やかになって楽しいよ。」


 子供達は大きく手を振りながら家に帰って行った。カイは走って行く子供達の後ろ姿を見ている。子供達の姿が見えなくなると、カイは美仁を見た。


「美仁ありがとう。私の為に怒ってくれて。でもヒヤヒヤしたよ。」


「あはは。ごめんなさい。でもカイを嘘つき呼ばわりされるのは許せなくて…。」


 大人気ないとは分かっていたが、相手が子供でも誤解されたままカイを貶され続けられるのは嫌だった。相手が誰であれ、優しいカイは許すだろうが、美仁はそうではなかった。


「良いんだよ。私は。でも、美仁のお陰で誤解が解けた。ありがとう。」


 カイは穏やかに笑う。美仁もカイにつられて笑い、カイと共に家の中に入って行った。





 美仁達はそれから、ポルーキュラからそれ程離れていない街でクエストをこなしながら時々ポルーキュラに戻りカイの様子を見て過ごしていた。アムルを見送れなかった事は仕方ない事だが、せめてカイの最後は見送りたいと思ったからだ。




「…ああ、朝か…?」


 眠りから目を覚ましたカイが、暗い部屋で呟いた。同じ部屋に居たロンが明かりを点ける。


「ありがとう…ロン。」


「無理に喋らなくて良い。今朝も暗い朝だ。」


 ロンの言葉に、カイはゆっくり頷く。今ヴァルティモは極夜の季節。一日中太陽は昇らず、空が明るくなるのは二時間程しかない。

 念話でロンに呼ばれた美仁が、ディディエと共に部屋に入って来た。手にはスープと粥の乗ったトレーを持っている。テーブルに置いたが、カイはロンとの話を続けた。


「この季節は、気分が滅入る…。だが、この時期の、陽の光の届く空は良いもんだ…。あの空の蒼色が好きでな…。」


「ああ。あの色は良い。」


 カイの唇はゆっくり動く。体の何処にも力は入っていないようで、力の抜けた瞼も開いていない。


「そう…。あの空は、良いもんだ………。」


 そう言ってフッと微笑むと、カイの唇からも力が抜けた。死神の迎えが来たカイの顔は、微笑んでいるように安らかだった。

 しんみりとした空気がこの部屋を支配している。美仁は鼻をすすりながら泣いていた。ロンはカイの手に手を重ねる。


「ああ…。あの空は、良い…。」


 もう聞こえないカイに、ロンは答えた。ロンの頬を一筋の涙が伝う。

 暫く動けずにいた美仁達だったが、ノロノロと動き出し村の教会に向かった。ロンはカイの部屋で留守番をしている。

 この小さな村には教会は一つしか無い。この教会で、結婚式も葬式も行われる。美仁とディディエは司祭に葬式を頼むと、葬式は直ぐに行われた。

 教会にカイの体を運び、生命の神リアツァと死神デトの兄弟神にカイの死後の安らぎと転生の祈りを捧げる。この世界では生まれ変わりが信じられている。死後デトに魂を運んで貰い、リアツァにまた地上に送って貰うのだ。

 カイの体は火葬され、アムルの隣の墓に埋葬された。司祭が祈りを捧げると、美仁達は花を墓石の前に並べロウソクに火を点した。葬式が終わると、アムルの墓にも薬草を並べてロウソクも並べる。


「リアツァ様の所で、アムルと会えたかな?」


 美仁は空を見上げた。カイが好きだと言っていた、蒼色に染まった幻想的な空だ。もう少ししたら真っ暗になってしまうだろう。


「アムルの事だから、カイを待ってたさ。」


「うん、きっとそうだね。」


 美仁は柔らかく微笑む。天上界にあるというリアツァの庭で、二人が穏やかに過ごしている事を願った。

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