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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
55/64

55・ポルーキュラの別れ

 





 ディディエに求婚された翌日、美仁はディディエと二人でポルーキュラの愛の女神の教会に来ていた。小さな教会に入ると、清らかな空気に心が洗われるように感じる。教会に入って来たディディエと美仁に気付いた司祭が、声を掛けてきた。


「どうかされましたか?」


「結婚式を挙げたいのですが、予約出来ますか?」


 司祭は人の良い笑みを浮かべて頷いた。


「ええ。今結婚式の予定はありませんので、何時でも大丈夫ですよ。」


 ポルーキュラでは結婚式を『夜中に輝く太陽』の季節に挙げる事が多い。今年結婚をする人々はもう結婚式を終えていた。


「では明日お願いします。」


 笑顔でディディエが言うと、司祭は柔らかく微笑んで書類を出してきた。二人は書類に記入をすると、司祭に礼をして家に戻った。



「ディディエ!おかえりなさい。」


 家の中ではオルガが待っていた。ディディエの顔を見ると顔を輝かせて立ち上がる。そして一緒に帰って来た美仁を見ると表情を変えた。目元に険を浮かべて微笑む。


「あら、美仁さん。お久しぶりね。」


「オルガ来てたのか。俺達、明日結婚するんだ。」


 ディディエは美仁を抱き寄せて目元に音を立ててキスをした。オルガは動揺したようにディディエと美仁を見ている。


「ど…どういう事なの…?」


「オルガと初めて会った町で、指輪とネックレスを頼んでたんだ。昨日それを贈って、プロポーズした。」


 ディディエは美仁の手を持つと、指輪をしている指にキスをする。そして幸せそうに口元の笑みを深めて美仁を見た。


「ど…どうして私じゃダメなの…?ディディエ…。」


 ショックから立ち直ったオルガは、唇を震わせながらディディエを見つめた。ディディエは美仁を愛しいと目で言いながら答える。


「オルガがダメなんじゃないんだ。俺は、美仁じゃなきゃダメなんだ。美仁は俺の唯一で、俺の命だから。他は何も要らないんだ。」


「私の方が美しいのに…。私の方がディディエに相応しいわ。」


 諦め悪く言い募るも、オルガはディディエに睨まれてしまう。


「はぁ?美仁は可愛いだろ。俺は正直美仁以外は同じに見えるぜ?…確かに美仁は最高だから、俺相手じゃ釣り合わないかも知れないけど、そんなん関係ねぇ。」


 ディディエの発言に、オルガは更なる衝撃を受けた。何よりも誇っていた自身の美貌は、ディディエに全く通じていなかったらしい。しかも盲目的に美仁を愛しているという事を、まざまざと見せつけられてしまった。


「オルガさん、私も、ちゃんと考えたんだけど、やっぱりディディエと離れるのは無理だったの。結婚を考えてくれてたって知って嬉しかったし、やっぱりディディエを諦めるなんて出来なくて。ごめんなさい。オルガさん、ディディエの事は諦めて下さい…。」


 美仁は頭を下げた。オルガは悔しそうに拳を握り締めた。


「…分かったわよ!もうここへは来ないわ。さようなら。ディディエ、美仁さん。」


 オルガは扉を乱暴に開けて出て行った。美仁はホッとしてディディエを見上げると、ディディエは嬉しそうに微笑んで美仁を見ていた。先程の美仁の言葉が余程嬉しかったようで、ディディエは美仁にキスの雨を振らせた。



 オルガはカイの家から足早に去って行く。悔しさを動力に足を動かし、握った拳は力を込めすぎていて真っ白になっていた。


「やっと良い男を見つけたと思ったのに…。でも私は諦めないわ。この美しい私に相応しい男を見つけてやる。絶対に、良い男と結婚するんだから…。」


 オルガは諦めない。明日また町へ向かって運命の人探しを再開するつもりでいる。オルガの伴侶探しが上手くいくのかどうかは、愛の女神のみぞ知る…。





 翌日、愛の女神の教会で、美仁とディディエは司祭を前に並んで立っていた。二人の後ろには、カイとアムルとロンが見守るように参列している。


「では、お二人の結婚に、愛の女神の祝福がありますように。」


 司祭が祝福をすると、教会内に花の甘い香りが広がった。司祭の前で目を閉じていた美仁が顔を上げると、教会のステンドグラスから差し込んでいた光に影が差した。


「美仁、ついに結婚ね。」


 甘い声の人物はふわりと舞い降りると、ピンク色の花束を美仁に差し出した。司祭は突然の出来事に声も出ない様子だ。


「ありがとうございます。メイリーベ様…?」


 美仁が花束を受け取ると、愛の女神メイリーベは甘く微笑んだ。


「覚えていてくれて嬉しいわ。カロルの結婚式の時に遠くから見ただけだったけど。ずっと美仁の事が気になっていたのよ。」


「それは、私が闇の王の子だからですか?」


 美仁の問に、メイリーベはゆっくりと頷く。この女神は、動作の一つ一つが一々色っぽい。


「そうよ。貴女は変わり種だから。リアツァもいつも気にしてるわよ。コンバグナとは会っていたわね。アイツは最近天上界には戻って来てないけれど。」


「リアツァ様も、私の事を気にしてるんですか…?」


 闇はリアツァの目を掻い潜って美仁を子供としたと言っていた。だから目を付けられていると言う事なのだろうか。美仁が不安な顔をすると、メイリーベは安心させるように微笑む。


「だぁいじょうぶよ。気になってるだけなの。貴女に悪感情を持っている神は居ないから。…そうね。妹とか、子供のように思ってるのよ。」


「子供…。」


 美仁は目を丸くした。地獄の神々とは違った見方を、天上界の神々はしているらしい。


「さぁて~。祝福は終わったから、結婚式もお終いね。ご馳走の時間だわ。美仁のご飯、美味しそうだったわねぇ。」


 美仁は呼ばれる気満々のメイリーベに思わず苦笑いしてしまう。司祭はペコペコと頭を下げてメイリーベを見送っていた。

 カイの家に戻ると、昨日沢山準備した料理と酒を出す。


「結婚おめでとう。美仁、ディディエ。二人の命ある限り、愛の女神は祝福するわ。」


「ありがとうございます。」


 メイリーベの風変わりな乾杯の合図で、晩餐が始まった。メイリーベは美仁達の作ったご馳走を、色々つまんでは感動している。美仁もディディエも幸せそうに食事をし酒を飲んでいた。

 食事を楽しんだメイリーベは美仁の隣に移動すると、慈愛に満ちた瞳を美仁に向ける。


「美仁、私達は地上の者を愛しているけれど、特別に愛する者はつくらないの。コンバグナは最近入れ込んでる人が居るようだけど…地上の者には死が約束されている。その者を失った悲しみを抱えて、永遠を生きなければならない…。」


 メイリーベの瞳に宿る優しさとは裏腹に、言葉に込められた悲しい真実に、美仁の心はドキリと痛む。


「この素晴らしい日に話すような事では無いのだけれど、私の可愛い妹は、感性が人間に近いから…。でも美仁、愛する事を止めないで。愛は素晴らしいわ。貴女の生を豊かに彩ってくれる。」


 メイリーベは暗くなってきた空を見上げる。星が瞬き輝くのが見え始めた。

 メイリーベはふわりと浮かび上がる。


「私は戻るわね。美仁、貴女の結婚を祝福に来る事が出来て良かったわ。」


「メイリーベ様、ありがとうございました。」


 美仁は頭を下げる。ディディエやカイ達も、メイリーベに頭を下げていた。


「また会いましょう。」


 甘い声だけを残してメイリーベは姿を消した。美仁は頭を上げると、ディディエの方を見た。美仁より少し遅れて頭を上げたディディエと目が合う。ディディエの微笑みに吸い寄せられるように、美仁の足は動いた。


「ディディエ。」


「ん?」


 美仁が抱き着くと、美仁を抱き返したディディエが優しく顔を覗き込む。美仁もディディエの瞳を見つめた。


「愛してる。これからもよろしくね。」


 ディディエは甘く微笑むと、美仁に深く口付けた。美仁は目を閉じてディディエとキスを交わす。唇が離れ、うっとりと目を開けると空が黄緑色に淡く輝いていた。その輝きは風に吹かれたように揺らめき消えていく。


「オーロラ…。」


「綺麗だな。」


 ディディエの言葉に無言で頷く。また次のオーロラが現れ揺らめき、また消えていった。

 カイ、アムル、ロンは少しオーロラを見て家に戻って行ったが、美仁とディディエは暫く眺めていた。





「もう少し居ればいいのに。」


 カイの家の前でアムルが寂しそうに呟く。ポルーキュラを発つ三人を、カイとアムルが見送りに出ている。


「また薬が無くなったら来るからな。美仁とロンと違って、俺は繊細だから。」


「ディディエが繊細!」


「比べる対象がドラゴン!」


 カイとアムルはディディエの言葉に大笑いしている。ひとしきり笑うと、アムルは眉尻を下げて笑った。


「ディディエ、エルフ時間じゃなくて人間時間で会いに来てよ。獣人の寿命は人間よりも短いんだから、時々会いに来てくれないと死神のお迎えが来ちゃうからね。」


「…馬鹿野郎…。」


 何かを堪えたような声を出してディディエはアムルを抱き締めた。そんなディディエの背中をポンポンとアムルは叩く。


「行ってらっしゃい。何時でも来てよ。待ってるから。」


「ああ。またな。」


 ディディエはアムルから離れると、カイに向かう。


「カイ、世話になったな。」


「こちらこそ。美仁とロンと、仲良くね。」


 ニコニコと笑って言うカイに、ディディエは半笑いで答えた。


「…ロンと喧嘩なんて出来るかよ…。」


「儂も御免だ。美仁に殺される。」


 ディディエに続いてロンも無表情で言うと、カイは面白そうに笑う。


「ロン、美味しいお酒、待ってるよ。」


「そうだな。いつか竜殺しを持って来よう。」


 ロンは昔話したドラゲンズバーグの酒を土産に考えたが、カイは焼けつく酒に耐えられる自信は無く、困ったように笑った。


「あはは。俺もうおじいちゃんだから、お手柔らかにね。」


「む…。そうだな…。美味い酒ではないから、やめておく。カイには長生きして貰わねばな。」


「そうだね。カイにもアムルにも長生きして貰わないと!」


 ロンに美仁も同調する。長く共に旅をした仲間達と、笑顔で別れ美仁達は駅馬車でポルーキュラを発つ。ポルーキュラは『収穫期』の季節を過ぎると『氷の女王の訪れ』の季節が来る。

これから深い雪に覆われ暗い冬が訪れるヴァルティモ。美仁達はこの雪国を旅する予定だ。

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