51・霜菊洞窟
残酷、戦う表現があります。
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一行はミズホノクニの霜菊町のダンジョンの中に居た。よくある洞窟ダンジョンだ。牛鬼や蜘蛛鬼を倒しながら進んで行く。一階層目から大型の魔物が出るダンジョンは、難易度が高いと言われている。霜菊町のダンジョンも難易度高めのダンジョンだった。
牛鬼はオーガのように巨大な身体を持つ、頭が牛の魔物だった。ミノタウロスに似ている。蜘蛛鬼は大きな蜘蛛に鬼の頭を持つ魔物だった。大きな頭には角が生えている。どちらも強く巨大で獰猛な、厄介な魔物だ。そんな魔物がこのダンジョンに蔓延っている。
カイが蜘蛛鬼の攻撃を盾で受け、切り返して前足を切り離した。アムルの風魔法が蜘蛛鬼を傷付けると、蜘蛛鬼は唸り吼えながら残りの足を素早く動かしカイに向かう。カイは剣を蜘蛛鬼の眉間に突き刺し、力任せに突き刺した剣を振り上げた。
頭を二つにされた蜘蛛鬼は、大きな目玉をぐるりと回して力無く崩れ落ちる。カイは剣に付いた赤黒いべったりとした血を拭うと、美仁達の方を見る。
カイとアムルが蜘蛛鬼一体を倒す間に牛鬼二体と蜘蛛鬼三体を難無く倒して、戦利品を拾っていた。流石だなぁ、とカイは苦笑する。
ブラゾス大陸最難関ダンジョンも、美仁とロンであれば攻略出来てしまっただろう。カイ達はとてもついて行けないからと、挑戦はしなかった。美仁もロンも興味は無さそうだった。
ダンジョンを進んで行き、安全地帯に野営を張った。ディディエはローストチキンを作っている。美仁の大好物となったアマルナのローストチキン。元々料理が好きなディディエは美仁が喜んで食べてくれるので、美仁のあの笑顔が見たくて今日も料理を作る。
「良い匂いだねぇ。」
「うん。楽しみ~。」
アムルと美仁がニコニコとスープを作りながら楽しみに待っている。ロンは既に酒を飲み始めていて、ダンジョン内とは思えないのんびりとした時間が流れていた。
「カイ疲れてるね。後で背中マッサージする?」
「ああ。お願い出来るかな?」
「任せといてよ、おじいちゃん。」
アムルがニッカリ笑って言うとカイは苦笑する。
「あはは。確かに、俺ももう孫がいる歳だからな~。この国の旅を終えたら、ヴァルティモに帰る事にするかな。」
「ヴァルティモか~。行った事無いから楽しみだよ。」
「オーロラ見たいね~。」
アムルと美仁が楽しそうに言うと、カイは目を丸くした。
「お前達、着いて来るのか?」
「うん。だってカイの家の場所が分からないと会いに来れないじゃない。」
「僕はヴァルティモで薬屋になるよ~。」
美仁にとってカイは優しい兄なのだ。カイが冒険者を辞めて隠居生活をしても、それは変わらない。会いに来る気満々だ。
そしてアムルは冒険よりも薬を作る事が好きで、現在の美仁のアイテムボックスにはアムルの薬の材料が沢山保管されている。採取した植物を長期保存出来る加工を施せるものはそれを施していて、カイと暮らしながら薬を作れるよう準備をしていた。
一人隠居して老後を暮らす予定だったカイは、アムルの言葉に驚いている。
「アムル?俺と来て薬屋を開くのか?俺の故郷はド田舎だぞ?」
「うん。カイとゆっくり暮らすよ~。だって、カイが居なくなったら誰が女避けになってくれるのさ。お金は美仁のお陰で心配しなくて良い位貯まってるし。薬作りに没頭出来るね~。」
「…俺の知り合いに変な誤解が広まってしまうじゃないか…。はぁ、賑やかな老後が送れそうだな。それも悪くないか。」
皺の増えたカイの笑顔は出会った頃と変わらない、優しさに溢れたものだった。
「寂しくなるな…。」
美味しそうな匂いをさせたローストチキンを手にカイの隣に座ったディディエが零した。アムルとは二百年以上、カイとは三十年以上の付き合いだ。
「何言ってるの。ディディエも美仁と会いに来てくれるでしょ?」
「ああ。その時にアムルの薬を買い込まないとな。」
「お得意様だね~。沢山作って待ってるよ。」
アムルは楽しそうに笑うと、ディディエも仕方なさそうな顔をして笑う。
食事を終えて、約束通りアムルはカイの背中をマッサージした。暖かい手が背中を押しながら移動する。絶妙に痛気持ち良くて、カイは思わず声を出した。
「ああ~…。気持ち良い…。」
「お客さん凝ってますね~。」
「あ~そこそこ!そこ気持ち良いです。」
二人が笑いながらマッサージ屋ごっこをしているのを、ディディエはコットに横になって見ていた。
「マッサージか…。良いかもな。」
「え?どうしたの?ディディエ。」
うつ伏せに寝たカイの二の腕を揉みながら、アムルはディディエを見た。ディディエは悩ましげにため息をつく。
「もっと美仁と触れ合いたくてな~。」
「あははは。出た。美仁のダンジョン内イチャつき禁止令~。手のマッサージとか足のマッサージなら大丈夫なんじゃない?」
アムルはそう言いながらカイの手をマッサージする。掌をぐにぐにと押されて気持ちが良い。ディディエはその様子を見ながら想像していた。
「…足は駄目だな。」
「ええ~?足の裏とかふくらはぎとか、気持ち良いよ?」
「…俺が鼻血吹きそう。」
ディディエのその言葉にカイもアムルも爆笑した。ディディエは少し赤くなっている。
「あのディディエが…!」
「ほんと、可愛くなっちゃって!」
笑われているディディエは苦い顔をしてテントの入口の方を見た。外ではロンと美仁がまだ酒を飲んでいる。さっさとこのダンジョンを攻略してしまいたいが、まだ半分位しか進めていない。あと数日の辛抱に、ディディエは目を閉じて悩ましげに寝転んだ。
翌日、ディディエは昼食時に美仁へ手のマッサージをするも、真っ赤になった美仁にマッサージ禁止令を出されてしまい消沈した。
暗い洞窟ダンジョンを進む事数日、やっと最下層に出た。大きな扉を開けると雷のような音が響いた。かなり高いらしい天井は見えずに暗い雲が時折雷を落とす。
そんなに階段を降りていない筈なのになぁと美仁はのんびり考えていると、落雷と共に大きな獣が降って来た。こちらを見て吼えたその声は雷鳴そのもの。その姿はイタチに似ている。赤黒い体色に黒い体毛、前脚が二本あり後脚は四本あった。獣は長い尾をゆらゆらと揺らしながらこちらを睨んでいる。
「雷獣…。」
「うーん、強そう。」
強大な魔物の出現に固まるアムルに対して、美仁はのんびりと感想を言う。この部屋には雷獣以外の魔物は居ないようだ。
美仁とロンは雷獣に向かって駆けた。それを見た雷獣は地を蹴ると、かなり高い位置にある天井付近まで瞬時に移動した。それを追い掛けて美仁とロンも飛び上がる。
この位置まで追い付かれた事に驚いた雷獣だったが、雷鳴のような声を上げて雷を起こした。雷獣から雷が迸ると、その雷は美仁を貫く。ロンはひらりと雷を避けて雷獣の胴に拳を叩きつけた。雷に貫かれた美仁も、合口で雷獣に切り付ける。
「雷も効かぬか。本当にお前を殺すには、神殺しの剣でなければならぬようだな。」
「ほんとだね。でも神殺しの剣持って来るのはやめてよね~。」
二人は緊張感の無い会話をしながら雷獣に対峙している。雷鳴を轟かせながら素早く宙を駆け鋭く曲がった爪を振るうも、その攻撃は二人には当たらない。それどころか雷獣の傷はどんどんと増えていき、空を飛ぶ力も無くなってきた。
強大な手負いの獣は地に降りると、力を溜めるように身体を丸めて背中を膨らませる。大きく膨らんだその身体を仰け反らせると、部屋中に雷が迸った。美仁はその雷を受けながら落下し、雷獣の首を切り落とす。雷光は止み部屋は暗く静まり返った。
美仁はカイ達の方を見た。アムルとカイを守るように、ディディエが杖を持ち上げた状態で止まっている。
「皆、大丈夫?」
美仁の声に誰も反応しない。どうしたのだろうか。あの最後の攻撃は確かに強力だった。
「ディディエ…?」
「びっ…くりしたー…。」
放心していたディディエの時が動き出す。ゆっくりと上げていた腕を降ろし脱力する。安心した美仁はディディエの方に向かった。
「良かった~!…ごめん、最後の、間に合わなくて…。」
「いや、俺達じゃ雷獣には勝てなかったからな。魔法防御壁の強度が足りて良かったわ。」
謝る美仁の頭をディディエは優しく撫でた。あの攻撃から身を守れた事にディディエはホッとしている。
「美仁お疲れ様。俺達何の役にも立たなかったな…。」
「最後に雷獣出るとは思わなかったもんね。」
見ている事しか出来なかったカイは苦笑した。今回は相手が強すぎたが、美仁とロンは簡単に倒してしまった。雷に臆する事無く突っ込んで行った美仁には感服させられる。
雷獣の落とした戦利品に宝箱の中身を手に入れ、転移岩に触れた。
ディディエは毎回目をギュッと瞑った美仁の肩を抱いて転移岩に触れる。ダンジョン内では触れる事を禁止されていた為、この瞬間がディディエは好きだった。
「今日はゆっくり休んで、また温泉のある町に行こうか。」
ダンジョンを出た後のカイの提案に、全員が賛同する。霜菊町から近い温泉街は、ミズホノクニでも特に有名な福桜町だ。湯煙の立ち上る山は地獄のようだと言われ、大きな湖もあり、歴史ある温泉宿が立ち並ぶ見所の多い町。一行は、難易度の高いダンジョン攻略の疲れを癒しに、福桜町へと向かった。