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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
50/64

50・心を預ける

 




 美仁達はミズホノクニの菜月(なづき)村に来ていた。この村にはダンジョンがあり、ダンジョンは菜月屋敷と呼ばれている。入ると木の板の廊下が敷かれ、広い畳張りの広い部屋が幾つも続いていた。襖で仕切られた部屋が続いていたのだが、隣の部屋から魔物が襖を突き破って来る事もある、緊張感溢れるダンジョンだった。

 菜月屋敷の攻略を終えた一行は、温泉で有名な梅枝町に向かう。立ち上がる湯煙と、硫黄の独特な匂いのする町だ。


 日帰り温泉に浸かりダンジョンでの疲れを癒した美仁は、温泉宿の無料の足湯に浸かってぼんやりしていた。すると隣にカイが座り、一緒に足湯に浸かる。


「温泉は気持ちが良いね。でもやっぱり俺はヴァルティモのサウナが恋しいな。」


「カイはサウナ好きだね~。」


「引退したらヴァルティモに戻ってサウナのある家を買うんだ。美仁も一緒に来る?俺の故郷ではオーロラも見れるんだよ。」


 にこやかに話していたカイは、美仁の後ろを見て固まった。


「カイ?何で美仁を口説いてんだ?」


「ディ、ディディエ、誤解だ。遊びに来るか?って聞いてたんだよ。」


 カイは冷や汗をかきながら弁解している。ものすごい顔をしていたディディエは、不機嫌そうにカイを睨む。

 美仁は静かに足湯から足を上げて、濡れた足を拭いた。二軒隣の甘味処でロンとアムルが団子を食べているはずだ。ゆっくりここから離れようと姿勢を低くして移動しようとすると、ディディエに腕を掴まれた。


「美仁はカイとヴァルティモに行くのか?」


 ディディエは笑顔で美仁に聞くが、その笑顔が何だか怖い。


「…オーロラは見てみたい、かなぁ~…。」


 美仁は目の前にある、ディディエの顔から目を逸らしながら答えた。ディディエはニッコリ笑うと美仁の肩に腕を回す。


「へぇ~。」


「ディディエ、近い。顔が近い。折角温泉で綺麗になったのに、また汗かいちゃうから!」


 美仁はディディエの胸を押して離れたがるが、ディディエは美仁を離さない。それどころか意地悪く笑みを浮かべて耳元で囁く。


「美仁はサウナでは汗かかないのに、俺が近いと汗かくんだな~。」


「やめてってば。もう、いつもいつもドキドキさせないでよ!」


 美仁が真っ赤になって抗議すると、ディディエは目を丸くした。そして極上の笑みを浮かべる。美仁は思わず顔を背けた。


「美仁、いつも俺にドキドキしてくれてんの?」


 耳に唇が付きそうな位の距離で囁かれ、美仁は黙り込む。


「美仁、俺の事、好き?」


 美仁の心臓が殊更大きく跳ねた。狼狽える瞳が揺れる。


「ねぇ。」


「…わかんない…。」


 小さな声を絞り出して美仁が答えると、ディディエは美仁から離れる。美仁がディディエの顔を窺い見ると、ディディエは満足そうな笑みを浮かべていた。


「はいはい、お二人さん。イチャイチャしてないで、食事処に行くよ。」


「いっイチャイチャなんてしてないよ!」


 呆れたように笑ったカイの後を、美仁は慌てて追いかけた。横に並んだ美仁がカイの顔を見上げると、カイは優しく微笑んで見返す。


「カイはさ、パーティ内に付き合ってる人達が居ても平気なの?」


「どうして?」


「前に立ち寄った翠山に近い町があったでしょ?そこの冒険者支援協会の酒場の月子ちゃんが言ってたの。パーティ内の恋愛沙汰なんて問題しか起こらないのよって。」


 この言葉の後に、だから皆私の所に来れば良いのよ~、と続いていた。懐かしいダンディな酒場の店員月子ちゃんが、老いても相変わらずで、この時美仁は笑っていた。しかし最近月子ちゃんのこの言葉を思い出しては、自分のディディエに対する想いに悩んでいた。


「ん~、まぁ確かに、その問題によってパーティが解散する事になったりだとか、そういうのはあるけど…。でも仕方ないだろ?好きになってしまったなら。特に俺は、ディディエの片想いを二十年以上見てるからな。」


 そう言うとカイは、美仁の頭にポンと手を置いた。


「俺達は長い事パーティを組んでるだろ?俺にとって、美仁もディディエも弟妹みたいなもんなんだ。ディディエの方が年上だけどな。だから俺は、お前達が幸せだったら、それで良い。」


 微笑み美仁を見るカイの瞳には、親愛の情が込もっている。カイのその言葉と表情に、胸がいっぱいになった美仁は鼻の奥がつーんとなりながらも頷いた。


「そろそろ来るかな?」


「?」


 美仁の頭に手を置いたままのカイが悪戯っぽく笑うと、カイの予想通り眉尻を釣り上げたディディエがカイの手を払った。


「カイ、やっぱりお前、美仁の事…。」


「ははは。誤解だよ。ね?美仁。」


「うん。カイはお兄ちゃんだもんね。」


 そう言うと美仁はカイと手を繋いだ。カイもディディエも驚いている。


「え?美仁?ディディエは…?」


「ちょっとまだ、それは恥ずかしいから…。心の準備が出来てから…。」


 美仁がカイだけに聞こえるように言うと、カイは可笑しそうに笑った。





 美仁はディディエに対して、恋愛感情を抱いている自覚が元々あった訳ではない。ディディエが近くに来るとドキドキしてしまうのは、ディディエがイケメンだからなのだと思っていた。だがアムルと他愛の無い話をしている時にふと気付いた。アムルもイケメンだ。イケメンだと気付いたのに、アムルと話を続けてもディディエの時のようなドキドキや恥ずかしさが込み上げてくる事は無かった。

 そして月子ちゃんの言葉である。あの言葉を思い出して、胸がチクリと痛んでしまった。その日美仁はついに、ディディエへの恋心を自覚した。


 カイの言葉により美仁の懸念は取り除かれ、ディディエへ想いを伝えたいと思うのに、ディディエの顔を見ると上手く言葉が出てこない。あの愛しいものを見るような目で見つめられると、全身の体温が上昇して心臓が激しく活動し始めてしまうのだ。



「どうしたの?美仁。美仁の部屋に居るってバレたら、ディディエにスープの材料にされそうだよ~。」


 アムルは美仁の部屋に入ると冗談めかして言った。しかし美仁は覚悟を決めた表情をしている。


「うん。ちょっとディディエと二人で話をしたくて。少しだけ、ここで待ってて貰えないかな?」


「勿論良いよ。何なら部屋、代わろうか?」


「無理!そんなの無理だから、すぐ戻って来るから!」


 美仁は大慌てで拒否した。ディディエと同室で寝るなんて、緊張して眠れる訳がない。


「え~?ディディエがすぐに帰す訳無いから、少し薬の材料出してよ。薬作って待ってるからさ。」


「すぐに戻るよ…。」


 美仁はブツブツ言いながらアムルの言う材料を出した。そしてアムルににこやかに送り出された。

 ものすごく緊張している。ディディエが想いを伝えてくれた時もそうだったのだろうか。ドキドキしながらドアをノックした。


「美仁です。ディディエ、いる?」


 声をかけると、部屋の中でドタバタ音がしてからドアが開いた。


「…美仁、どうした?」


「あの、ちょっと話を、したくて。」


「うん。入って。」


 ディディエは嬉しそうに美仁を部屋に招き入れる。美仁は平常心を保つ為にゆっくりと呼吸をした。小さい座卓を挟んで座布団に座る。

 覚悟を決めてディディエを見ると、ディディエの優しい瞳と目が合った。顔が上気するのが分かる。きっと耳まで赤くなっている。


「ディディエ、私、最近まで全然気付いてなかったの。」


「うん。」


 ディディエは優しく続きを促すように相槌を打つ。


「ディディエと居ると、ドキドキして落ち着かなくて…ディディエに見られるとすごく恥ずかしくなるの。」


 今だってディディエがじっと見つめてくるから恥ずかしくて堪らない。美仁は思わず目を逸らした。


「ディディエがいつも、想いを伝えてくれるのが、嬉しくて、私、私も…。」


 座卓の向こう側に座っていたディディエは、美仁のすぐ横に移動して来た。美仁はディディエの手に触れて、ディディエの顔を見上げる。すぐ目の前にディディエの顔があって、美仁の瞳は揺れた。


「ディディエが好きです。私の心を、受け取って下さい…。」


 夢の中でディディエに言われた言葉をなぞって気持ちを伝えた。やっと言えた事で美仁は少しホッとした。しかしディディエの熱の込もった瞳に、恥ずかしさが込み上げる。


「美仁、ありがとう。俺今、すげぇ嬉しい。」


 ディディエは美仁を包み込むように抱き締めた。抱き締められて、恥ずかしいのに嬉しくて、美仁はドキドキしながら腕をディディエの背中にまわす。

 ディディエは嬉しそうに微笑み美仁を見つめると、優しく触れるキスをした。幸せな気持ちが胸の中に広がっていく。


「…ディディエ、ありがとう…。アムルが待ってるから、戻るね。」


「もう少し位…。」


「いや、もういっぱいいっぱいだから、戻ります…。」


 真っ赤な美仁を見て、ディディエは微笑むともう一度キスをした。




「あれ?もう帰って来た。」


 アムルが戻って来た美仁を見て目を丸くした。そんなアムルに美仁は苦笑する。


「だから、すぐ戻るって言ったじゃない。」


「あはは。美仁、顔真っ赤。じゃあ、僕も戻るよ。おやすみ~。」


 手をパタパタさせて顔の火照りを冷ましている美仁を残しアムルはディディエの居る部屋に戻ると、ディディエは座布団に座ってボーッとしていた。


「ディディエー。良かったね~。」


 アムルが声を掛けると、我を取り戻したディディエが真剣な顔でアムルに聞いた。


「美仁に金の指輪を贈りたいんだけど、やっぱり特別に作って貰ったやつが良いよな?」


「早すぎない!?怖いな!もうちょっと愛を育んでからにしたら?美仁もビックリするよ。」


 アムルが驚いて笑いながら言うと、ディディエは先程までこの部屋に居た愛しい人を想った。


「今すぐ結婚したい…。」


「愛が重~い。」


 ぐったりと座卓に頭を乗せた幼馴染を見て、アムルは呆れた顔をして笑った。

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