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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
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5・チャクラ

 




「翡翠様…、チャクラって何ですか?」


 美仁は きょとんとした表情で首を傾げ翡翠を見た。翡翠も切れ長の目を見開き美仁を見返している。


「そなた…チャクラが分からぬのか?そんなに凄まじい量のチャクラを放っておきながら…?」


 翡翠の問いに、美仁は申し訳無さそうに頷いた。翡翠はそんな美仁に確認するように質問を続ける。


「チャクラを感じる事も出来ぬか?妾のチャクラも分からぬか?」


 翡翠は美仁の手の上に自らの手を翳してみるが、美仁は首を横に振った。


「成程…。では今日は座学としよう。」


 翡翠はそう言うと、午前と同じく美仁の部屋に向かった。机に向かい、一冊の本を出す。人体の内部が大まかに描かれた項を開く。


「人の体の内部じゃ。この腹の底、臍の奥の辺りじゃな。ここに魔力臓がある。…あ~、チャクラとはミズホノクニの古い言葉なんじゃ。今は魔力と言う。癖が中々抜けんでのお…。魔力、と言えば他でも通じる。」


 翡翠は少しバツが悪そうに言った。美仁はチャクラでも魔力でも馴染みが無さすぎる言葉だった為、翡翠の態度の理由にピンときていなかった。


「まぁ良い。ここの魔力臓から魔力が作られ全身を巡り、魔力穴から出ていく。」


 翡翠は人体の絵を扇子でなぞりながら説明している。魔力穴は毛穴のようなもので、身体中に幾つも空いていて、そこから魔力は放出されていく。美仁は常時、ものすごい量の魔力が造られ、ものすごい量の魔力が放出されているのだが、本人は何も感じていないらしい。


「魔力が何処で造られるか理解したな?では、魔力を感じる事が出来るように、腹の底に意識を集中させてみるのじゃ。」


 翡翠に言われるままに美仁は目を閉じて腹の底に意識を集中させた。しかし何も感じない。この日、美仁は何も感じる事が出来ないまま、修行を終了する事になった。


 チャクラの修行は、次の日も、そのまた次の日も結果が出ないままだった。坐禅を組んで目を閉じ意識を集中させているが、美仁は何も感じる事無く時間ばかりが過ぎていった。

 数ヶ月が経ち、チャクラの修行は上手くいっていなかったが、毎日やっている掃除や料理は上手く出来るようになっていた。文字も覚え、簡単な本を読んだり、文章を書いたりする事が出来るようになっていた。簡単な計算や、こちらの世界の国の事等も少しずつ覚えていた。


「…今日も、何も感じられなかったかの?」


「…はい。分かりませんでした…。」


 午後の時間をずっと坐禅を組んで過ごした美仁は、今日もチャクラを感じられなかったらしい。翡翠は何か切欠が必要なのかと考えたが、チャクラを感じる為の切欠というのが思い付かない。翡翠も頭を悩ませていた。


 美仁には週に一度休みがある。朝の掃除や食事の支度はするが、勉学に修行はやらずに過ごしていい事になっている。今日はその週に一度の休みの日。美仁は朝餉の片付けを終えて中庭に出ていた。中庭の木陰ではいつものように数珠丸が昼寝をしている。もう美仁は数珠丸が怖くは無かった。


「数珠丸、チャクラってどんな感じ?」


「…どんな感じ?チャクラは色々な物に宿る。この国にもチャクラの濃い土地があるぞ。連れて行ってやるか?」


「へぇ!行きたい!翡翠様に聞いてくるね!」


 翡翠から許可を得た美仁は、小夜からおにぎりを貰い、数珠丸に跨った。数珠丸は空を駆け、一時間程で目的地に着いた。


「神社だ。参拝客も多いから俺は近くで待っている。」


 数珠丸はそう言うと空に消えてしまった。美仁は参拝するにもお金が無いな、と思いながら参拝客に紛れて道を進んだ。

 今は夏だが、境内は木が多く日陰も多いせいか涼しい。空気も澄んでいる気がした。拝殿で美仁は手を合わせた。お金は無いが、手を合わせて参拝する。ここは生命の神リアツァを祀っている神社だ。参拝客にはお腹の大きな女性と、その伴侶らしい男性の二人組や、家族連れが多くいた。

 御守りやおみくじもあったが、美仁はお金が無いので素通りして帰り道を歩いた。途中で大きな木が美仁を惹き付けた。暖かい感じがする木で、夏の暑い日だったがその木の温かさが嫌では無かった。不思議な木だなと思いながら、美仁はその木の下で少しの間座って過ごした。

 境内から出ておにぎりを食べると、参拝客向けの土産物屋や食事処を見ながら歩いた。食べ歩き出来そうな物や、可愛らしい小物に心惹かれたが、買えない現実に残念な気持ちになった。

 街を出て暫く歩くと数珠丸が現れた。


「チャクラの濃い場所が分かったようだな。」


「あの木の事?」


「そうだ。また次の休みに違う所に連れて行ってやる。」


「うん。ありがとう、数珠丸。」


 数珠丸は毎週チャクラの濃い土地へ連れ出してくれた。美仁はチャクラの濃い場所が分かるようにはなったが、自分のチャクラはまだ感じる事が出来ないまま、修行を始めて一年が経とうとしていた。


「今日はどうかのぉ…。」


「………。」


 美仁は坐禅を組み、無心になっていた。頭が冴えていて何かが見えてきそうな感覚があった。無意識に腹の底に意識を向けた。腹の底から溢れてくるものに気が付く。それは身体中を巡り、身体から出ていく。


「チャクラだ…。」


「おお、美仁!」


「翡翠様!チャクラを感じます!」


「よくやった!今日は祝いじゃな。」


 美仁は嬉しかったが、それ以上に翡翠は嬉しそうだった。翡翠の言う通り、その日の夕餉は豪華な物が並べられ、美仁を祝った。

 翌日は、チャクラを練る修行をした。魔力穴からチャクラを放出しないように意識しながらチャクラを身体中に巡らせる。美仁にはこれも難しかった。造られ続けるチャクラの量が多すぎるというのも理由の一つだった。このチャクラを練るという行為を寝ている時でも出来るようにならなければならないらしい。この修行はチャクラ切れになる事がよくあるらしく、翡翠はそうなった時用に丸薬を美仁に渡してくれた。

 一月程修行し、昼間はチャクラを練り続ける事が出来るようになると、夜寝ている間、数珠丸が監視するようになった。美仁は何度も何度も数珠丸の尻尾に叩き起され寝不足の日々が続き、寝ている間もチャクラが練れるようになったのは、更に二ヶ月が経ってからだった。


「よし。チャクラを練れるようにはなったのぉ。では、次の修行に移ろう。」


 翡翠はそう言うと指にチャクラを纏わせた。美仁にはそのチャクラは刃物のように鋭利なもののように見えた。翡翠は近くにあった木の枝を、その指で切り取った。


「このように、チャクラを変質させて様々な事が出来る。チャクラを練っただけでも通常よりも強い力が出るし、足も早くなる。さて、チャクラを変質させてみりゃれ。」


 美仁は見様見真似でチャクラを鋭利な刃物のように変質させ、翡翠がやったように木の枝を切り取った。


「ほぉ。上手いものじゃな。明日より野菜の収穫はこの(わざ)を使って収穫してみりゃれ。修行の一環じゃ。」


 これまで美仁はチャクラの修行しかしてこなかったが、剣を振るう修行もするようになった。木剣を振り、足さばきや身体の動かし方も習っていった。

 美仁がこちらの世界に来てから二年が経ち、美仁は小さいながらも素早く強い戦士となっていた。まだ実際に戦った事は無いが、下級の魔物であれば楽に倒せるだろう。


「さて美仁よ。今日は妾の術を教えて進ぜよう。収納術という。これも習得に時間がかかる故、心してかかるが良い。」


「収納術、ですか?」


「アイテムボックス、とも言うな。空間を創り出し、そこに物を収納出来る、便利な術じゃ。美仁のチャクラ量であれば、妾の家よりも大きな空間をアイテムボックスに出来そうじゃのお。」


 翡翠は楽しそうに笑っている。翡翠は空間を創り出す方法を美仁に教え、美仁は時間を掛けて空間を広げていった。他の修行もしつつ、空間を創り出していた為、翡翠の家程の広さの空間を創り出すのに、一年程かかった。

 アイテムボックスを習得した為、美仁の生活はかなり楽になった。朝、長光から魚を受け取るとすぐにアイテムボックスに仕舞い、収穫した野菜も仕舞えば重たい思いをせずに家まで持ち運べる。川から水を運ぶ際にも同様だった。バケツの数に限りがある為往復が必要だったが、チャクラの力で素早く動けるので時間もかからずに水瓶をいっぱいにする事が出来るようになった。


「さて美仁よ。そなた、真珠に言われた言葉を覚えておるか?」


「真珠様ですか?私がこちらに来たのは、地獄が関係している、というのは覚えています。」


「そなたは、これからどうしたいと思う?」


「私は……。何で自分がこちらに来たのか、気になりますけど、地獄は怖いです…。」


 美仁は日本に居た頃の地獄のイメージが頭にある為、そこに行くと恐ろしい目に合うと考えている。


「確かに地獄へ入るのは容易ではない。じゃが、そなたが望めば力を付ける手助けを、妾達女仙が致そう。どうじゃ?やってみるか?」


 翡翠は美仁の地獄を恐れる理由を勘違いしているようだ。美仁は考えた。力を付ければ地獄でも恐ろしい目に合わないで済むのだろうか。翡翠がこう言ってくれているのを断ったら、他にどんな道があるのだろうか。修行をしないと言ったら追い出されてしまうのではないか…。


「翡翠様。修行をさせて下さい。力が欲しいです。」


 美仁は打算的な思惑で修行をする選択をした。翡翠は頷き立ち上がる。


「では中央山へ向かおう。今日は女仙が集まる日。皆に紹介してやろう。」


 美仁は翡翠に連れられて、三年ぶりに中央山へ向かった。数珠丸に乗った美仁は、あの頃のように半泣きになる事も無く、空の旅を少々緊張しながら楽しんだ。

誤字を訂正しました。

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