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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
49/64

49・彼は心を夢見蝶の夢の中で

 




 美仁はシャルロットの惚気話を聞いていた。ガルニエ王国の錬金塔で働くようになったシャルロットは、上司であるチエリという年の離れた男に恋をした。かなり歳上である事を理由に一度は断られたものの、美しい容姿を存分に利用し諦めない姿勢を貫き、シャルロットはチエリと結婚する事が出来たという。

 シャルロットは美仁と出会った時貴族令嬢だった。しかし元々平民で母親と農業をしていた過去がある。それ故シャルロットはチエリと結婚した事で平民になったが、暮らしに不満は全く無く幸せに暮らしている。

 前回会った時は二人の可愛い子供に会わせて貰ったが、今はもうその子供達は仕事に就いているという。幸せいっぱいにシャルロットはチエリの話を美仁に聞かせた。


「…結婚かぁ~。」


「美仁にもそういう御相手が?」


 ボヤいた美仁に興味が惹かれたカロルは、上品な微笑みを崩す事無く問いかける。


「う~ん、冒険者を引退する気はないけど、二人を見てると憧れるなぁ~。でも、一緒に歳をとるってのが出来ないから…。」


 美仁は、カロルの結婚式に出席した時と全く変わらない見た目をしている。カロルもシャルロットも、皺やシミ等無い美しい肌をしているが、歳をとらない美仁の方が若々しかった。

 闇の王が言っていた「美仁の体の成長はここまで」というのはこの事を言っていたのだろう。勘違いした美仁の、僅かにしか膨らんでいない胸の方も成長はしていないのだが。美仁は苦笑いで溜息をつく。


「相手が人間じゃなくて長寿な種族にするとかは?エルフとかさ。」


 エルフという言葉を聞いて、美仁はげぇ、と呻いた。ここには居ないディディエの顔が思い浮かぶ。


「エルフ族って美形ばっかりだし…。パーティにもエルフ族が居るんだけどさ、イケメンなんだけど、すっごい意地悪なの!だからエルフはなー…って。」


 イケメンは見るもので、関わるものではないと、イケメンが苦手な美仁は思っている。意地悪なディディエにだって、美仁を揶揄わずに真剣な表情で見つめられると緊張してしまうのだ。


「無いんだ?」


「無い無い。」


 悪戯っぽく笑って聞いてきたシャルロットに、首を振って答えた。そんな美仁を、シャルロットは頬杖をつきながら笑う。


「私もチエリ様は初めは全く対象外だったのよ?美仁も案外そうなったりして~。」


「無いよ~。まずね、アッチが私を好きになるって事が有り得ないから!」


 美仁は断言した。可哀想に、ディディエのこれまでのアプローチは全て、揶揄われていると無かった事にされている。


「それなのにもう二十年パーティを組んでいますよね?喧嘩する程仲が良いという事ですか?」


 カロルにまでこう言われ、美仁はまたしてもゲェ、とカエルのような声を出した。カロルは面白そうに微笑んでいるのに、何故こうも気品に溢れているのか。


「カロルまで~!でも確かにもう二十年以上経つのか。リーダーもそろそろ歳だから引退を考えてるって言ってたし…。そしたら解散かなぁ…。」


 気心知れた仲間との別れを思うと、寂しい気持ちになる。


「それはその時にならないとねぇ~。」


「楽しい話待っていますね。」


 カロルとシャルロットはニコニコと楽しそうに美仁を見た。美仁は苦笑いで溜息をつく。

 楽しいお茶会が終わり、美仁はロンに乗ってミズホノクニに戻って行った。まだカイ達は寝ていない時間だったが、時間を気にしてカイ達には会わずに休んだ。





 …しまった。またやってしまった。

 美仁は草原の中で後悔していた。ミズホノクニに帰って来たのだから、夢見蝶は仕舞っても良かったのに、出したまま寝てしまった。だから今、この夢を見ている。


「美仁、会いたかったぜ。」


 後ろから優しい声色で話し掛けられた。何時もの揶揄うような声じゃない。調子が狂うからやめて欲しい。恨めしい気持ちで眉を寄せて振り返ると、愛しいものを見るように目を細めたディディエが立っていた。


「…ディディエ。」


「美仁。」


 真剣な声で真剣な目をして美仁を呼ぶと、ディディエは美仁の手を握り膝をついた。ディディエの真剣な表情に美仁は驚き心臓が大きく跳ねてしまう。


「美仁、俺は、お前が好きだ。前伝えた時には受け取って貰えなかったが、あの時からこの気持ちに変わりはない。美仁、俺の心を、受け取って貰えないか?」


 美仁の手を握るディディエの手は暖かく、美仁を見つめる薄紫色の瞳も熱を帯びている。美仁は真っ赤になっているのが分かる位に顔が熱かった。


「ディ、ディディエ、何で…。」


「こんな気持ちを誰かに持つようになるなんて、思ってもみなかった。一緒に居たい。離れていると会いたくて、顔を見たくて堪らなくなる。笑顔が見たくて怒ってる顔も可愛くて…本当に好きなんだ。誰にも渡したくない。大切にするから…。」


 今までに無い猛烈なアプローチを受け、免疫の無い美仁は更に赤くなる。心臓は早鐘を打ち、汗ばんでいる気がする。

 答えを促すように、ディディエは美仁の顔を覗き込んだ。


「あっ…あの、…あの…考えさせて…。」


 やっとのことで絞り出した返事を聞いたディディエは、ホッとしたように微笑んだ。


「ああ。ありがとう。美仁に好きになって貰えるよう、努力するから、よろしくな。」


 そう言うとディディエは立ち上がり、美仁を抱きしめた。


「覚悟しとけよ。」


 耳元でそう告げられ、限界に達した美仁は目を閉じて一心に念じた。起きろ、起きろ。早く起きろ!

 無事目を覚ます事が出来た美仁は、夢の中同様汗をかいていた。外はまだ暗く、ロンも寝ている。肩に止まる夢見蝶をアイテムボックスに仕舞うと、もう一度横になった。

しかし夢の中のディディエの事を思い出してしまい、中々寝付く事が出来なかった。





 美仁は名前を呼ばれ揺り動かされて目を覚ました。陽の光が部屋の中を明るく照らしている。ぼんやりとしていた視界を何度かの瞬きで輪郭をはっきりとさせると、少し心配そうなロンと目が合った。


「珍しいな、美仁。お前が儂に起こされるとは。」


「…うん。ちょっと変な夢見て…眠れなくなっちゃってさ…。」


 美仁は頬を染めて答えた。抱き締められた感覚と、耳元での熱い囁きを思い出してしまった。


「シャワー浴びてから食堂に行くわ。ロンは先に行ってて。」


 そう言うと美仁はシャワーで汗を流し食堂に降りた。先に来ていたロンは既にカイ達と朝食を食べている。


「お、おはよう。」


 美仁はぎこちなく挨拶をした。少し顔が熱い。カイ達も挨拶を返してくれる。ロンの隣に座ると、向かいに座っていたディディエが柔らかく微笑んだ。


「美仁、おはよ。」


 ディディエの瞳に夢の中での熱を感じて美仁は目を逸らす。


「…夢見蝶は返してもらうね。…おいで。」


 夢見蝶はひらひらと羽ばたき美仁の指に止まった。お疲れ様、と労うとアイテムボックスに仕舞う。

 ディディエと美仁の様子がいつもと違う事に気付いたカイとアムルは揶揄うような笑みを浮かべる。


「ねぇ、二人、何かあった?」


「ああ。昨日夢の中で告白した。」


 アムルの単刀直入な問に、ディディエはケロリと返す。言わないで欲しかった…恥ずかしい…と美仁は会話に加わらずに食事に専念する。


「やっとちゃんと聞いて貰えたんだね。」


「ああ。やっとな。」


「あはは。これからまた二百年かかるとか言わないでよ~。」


「それは美仁次第だが、俺もこっから頑張るし。」


 ああもう、こっち見ないで…。美仁は美味しい筈の朝食の味がよく分からなくなった。

 今日は初めてミズホノクニに来たカイ達は、港町であるこの街を観光した。ミズホノクニならではの、石畳に木造建築の街並み風景を楽しむ。切妻造りの建物の並ぶ通りを過ぎると、木造の大きな灯台が見えてきた。


「ミズホノクニ式灯台か。」


「…うん。同じ形の灯篭が道に置いてあったりするよ…。」


 美仁はディディエに手を繋がれて歩いていた。カイ達も一緒に歩いていたのに、カイとアムルは途中で酒屋に行くとロンを連れて行ってしまい二人きりにされてしまった。

 ずっと手を繋いで歩いていて、手汗が気になってきた。地獄の火山に居た時は汗をかかなかったのに、何故こういう時は汗をかくのか…。


「ディディエ?ちょっとさ、汗かいてきちゃって、気になるからさ、手、離して欲しい…。」


「やだね。」


 汗をかいているのが恥ずかしくて顔を赤くしながら言うと、ディディエはニヤリと笑い繋いでいる美仁の手の甲にキスをした。

 あわあわと狼狽える美仁だったが、ディディエに指を絡めた繋ぎ方に変えられてしまい、更に手の平が密着して恥ずかしさが増した。しかし夢のように目覚めて逃げ出す事も出来ない。


「ディディエ、ほんとに、恥ずかしい!」


「折角デートしてんのに、離す訳無いだろ?」


 嬉しそうに間近で笑うディディエを見てしまい、真っ赤になって顔を背ける。そんな美仁が可愛くて、ディディエは目を細めた。



 夜になってやっと解放された美仁は、宿で布団に倒れ込んだ。今日のディディエは店では美仁をエスコートするわ、歩く時は美仁の手を離さないわ、すごく楽しそうに笑っているわ、美仁の知らない人みたいだった。


「ダメだ…どうしよう。心臓が持たないよ…。」


 今日は心底疲れた。ドキドキしっぱなしの一日だった。こんな日が続いてたらいつか本当に顔か心臓が爆発する。

 布団に沈み込んでいると、ドアが叩かれた。


「はーい…。」


 ドアを開けるとロンが立っていた。


「今日は疲れた~…。」


 愚痴を零す美仁に、ロンは淡々と告げた。


「そうか。今宿の前に酒屋が来ている。酒を仕舞ってくれ。」


「…一本貰うから。」


 ディディエと違い何時もと変わらないロンに脱力しながら言うと、ロンはムッと困った顔をした。そしてこの日はその一本をロンと飲んで、今日の疲れを洗い流した。

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