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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
48/64

48・人間の時間

 




 カイは冒険者支援協会提携宿から外を見ている。初めて泊まるこの国の宿の部屋は、靴を脱いで上がるように注意されていた。ベッドは無く、寝る時は部屋の隅に畳まれている布団を敷いて寝るらしい。


「カイ、飯行こうぜ。」


 ドアをノックする音と共にディディエの声が聞こえ、カイは靴を履き部屋を出た。


「寝てたのか?」


「いや、外見てた。」


 ディディエは、ふーんと渋味の増したパーティのリーダーを横目で見た。明るい水色の瞳は昔のまま優しい色をしているが、暗く鈍い黄緑色の髪には所々白い色が混ざるようになっていた。

 人間の生はエルフのそれよりも短い事を、ディディエはカイを見て実感していた。カイとパーティを組んで、まだ三十年位しか経っていないのに、カイは最近冒険者引退を考えている様な事を口にする事が増えた。


 宿から出ると、待っていたアムルが振り向いた。そのアムルの表情から助かったと思っている事が、ありありと見て取れる。アムルは三人の女性に声を掛けられていて、断っているのに諦めて貰えなかったようだった。


「…カイ!遅いよ~!待ってたんだからね。」


 アムルはそう言うと、カイの隣に移動すると腕を絡ませた。そして女性達に申し訳無さそうな笑顔を見せる。


「ごめんね。僕、女の子に興味無いんだ。」


 アムルの言葉に嘘は無いのだが、この状況では男色なのだと勘違いされるだろう。そしてそれに毎回付き合わされているカイは魂が抜けたように色を失い遠い空を見た。

 女性達が去ると、ホッとしたようにアムルはカイから腕を離した。


「ありがとう、カイ。助かったよ。」


 アムルは獣人の姿のまま成長し、美しい狐の獣人男性に成長していた。エルフの姿の時と変わらぬモテっぷりを発揮している。まさかのアムルの大誤算である。


「俺の所に伴侶が来ないのは、絶対にお前達のせいだよな…。」


 毎回女避けに使われているカイは、大袈裟に溜息をついた。美しい見た目のアムルもディディエも、女性と付き合う気も遊ぶ気も無い為、声を掛けられる度に可哀想なカイが巻き込まれていた。

 カイ達は食事処に入って夕食をとった。今日は大酒飲みの二人は居らず、酒の進みは穏やかだった。


「美仁とロンは翡翠様に会えたかな?」


「会えただろ?その後はお友達の所だろ?」


「結構久しぶりだから、翡翠様の所で暫く捕まりそうだね。」


 ヤムドク大陸を回り、ミズホノクニを旅しようと上陸した美仁は、里帰りを希望した。帰りが何時になるか分からない為、ディディエの肩には夢見蝶が止まっている。この蝶を借りた時、ディディエは夢で会える事を楽しみに感じたが、美仁は嫌そうな顔をしていた。


「それにしても、ディディエの片想い、長いね~。」


「…イーロン程じゃない。」


 アムルが面白そうにディディエを揶揄うと、ディディエは小さく反論した。確かに二百年と二十年ではかなりの差があるが、長い事には変わりはない。


「でもディディエ、美仁は希少な能力があって、仲間に欲しがるパーティも多かっただろ?俺も引退を考えているし、その後美仁が他のパーティに引き抜かれたら、どうするんだ?」


 今までも美仁の能力を欲しがり声を掛けてくる冒険者達は多く、その度にディディエは断り追い払ってきた。美仁は自分達のパーティを気に入ってくれているが、カイが引退すれば、どうなるか分からない。


「…確かに、あんま悠長にはしてらんねぇな…。」


 ディディエは美仁にアプローチをしなかった訳ではなかった。だが美仁には揶揄われていると勘違いされ腹を立てられてしまうのが常で、どうも上手くいかないのだ。


「いっつも揶揄ってるから悪いんだよ。」


 アムルに意地悪く笑われ、ディディエは困った顔で溜息をついた。仕方ないじゃないか。怒ってる顔も可愛いんだから。

 ディディエはここには居ない想い人の好きなラガービールを、グイッと呷った。





 久しぶりに翠山に帰って来た美仁は、帰らなかった間のこの十年に起こっていた事に驚いていた。


「ええ。今から五年と三ヶ月前の事になります。ついに翡翠様が、私の心を受け取って下さったのですよ。」


「黙りゃ!イヌクシュク!今宵はこの家で眠る事は許さぬ!今直ぐにでも出て行くのじゃ!」


 とても幸せそうに語るイヌクシュクに、顔を真っ赤にした翡翠が叫ぶ。こんなに感情をむき出しにする翡翠は初めて見た。故に美仁は、翡翠とイヌクシュクが恋仲になっていた事にも、翡翠の恥じらう様にも驚いていた。

 イヌクシュクはニコニコしながら追い出され、静かになった翡翠の家で、美仁はミズホノクニの酒を飲みながら翡翠の顔を窺った。


「…彼奴の言っていた事は真じゃ。妾はイヌクシュクを想っておる。まさか、妾がまたそんな感情を持つようになるとはのう…。」


 翡翠は照れているのか、白い肌が少し赤くなっている。


「でも翡翠様、幸せそうです。私、羨ましいですよ!」


「な…何故じゃ…?」


「私、未だに恋をした事無いんですから。カロルもシャルロットも、もう子供が居るんですよ。その子達、めちゃめちゃ可愛いんです!私は多分子供を産めないから、明日その子達を可愛がりに行きます!」


 美仁は友人達の子供を思い出して鼻息荒く宣言した。闇の王の娘である美仁は、恐らく子供を持つ事は出来ない。闇の王のように、リアツァ神の目を掻い潜って子供を持とうとも思わない。まぁまずそんな事は美仁には無理だ。

 だから美仁は、友人達の子供を可愛がろうと決心した。しかし美仁は忘れていた。その友人達に会ったのは、もう十年以上前だという事を。そして翡翠は面白そうにそんな美仁を見ていた。


「ほほほ。二人の弟子が息災なのは妾も気分が良い。さて、そろそろ妾は休むとしよう。」


「…今日は儂もこちらで寝ては駄目か?」


 ロンは難しい顔をして美仁と翡翠を見た。美仁は首を傾げてロンを見る。


「彼奴の先程の様子を見るに、絶対惚気けられるだろう…。」


 この上なく面倒くさいとロンの顔に書いてあり、翡翠も美仁も笑った。


「客人に迷惑を掛ける訳にもいかぬな。仕方あるまい。イヌクシュクを迎えに行くとしよう。美仁とロンはあちらで休むが良い。」


 翡翠と一緒に寝る事を許されたイヌクシュクは、美しい顔を一層輝かせて喜んだ。そんなイヌクシュクを面倒臭そうにいなしている翡翠だったが、ラブラブな二人を美仁は羨ましそうに微笑んで見送った。



「翡翠様、しばらくはミズホノクニで仲間と旅をしています。また会いに来ますね!それでは、お邪魔しました!」


 翌日、朝食を終えると美仁はガルニエ王国に飛び立った。前回カロルに会った際、カロルは王妃になっていた。錬金塔で様々な物を開発し民の生活を助け、強い力を持ち騎士団と共に魔物を討伐しているカロルは、国民から厚い支持を受けている。

 そんなカロルに、ただの冒険者である美仁がいきなり行って会える筈も無いのだが、美仁はいつも先触れも無く王城の門の前に立つ。


「すいません。美仁といいます。カロル様にお会い出来ますか?」


 厳しい顔をした門番は、美仁を堅牢な門の横の部屋に案内した。そして紙を取り出して記入するように支持をする。

 カロルの使役する魔物の名前から美仁の使役する魔物の名前、カロルが修行に向かった国、山、師匠の名前とクイズのようになっている。

 全て記入して紙を返して数分、カロルの侍女であるゾエがやって来た。数回会った事があり、主を愛しているゾエはカロルの友人を忘れる筈も無い。


「これは美仁様、お久しぶりで御座います。こちらへどうぞ。」


「急に来たのに大丈夫ですか?日を改めて…。」


 スタスタと先を歩くゾエを、美仁は小走りで追いかけた。いつも無表情でいるゾエは、少し怒っているように見える。


「いいえ。世界を旅する美仁様とお会いする事を、カロル殿下はそれは楽しみにしております。本日は公務も御座いませんので、お気になさいませぬよう…。」


「そうなんですね…。」


 やっぱり怒っているように見える。だが、久しぶりに友人に会えるのは嬉しい。美仁はゾエに続いて場内を進んだ。

 一応綺麗にしているつもりではあるが、冒険者の姿である自分が歩いているのが申し訳無い位に豪華な廊下だ。壁も柱も天井も床に敷かれた絨毯も、豪華で美しい。

 季節の花が美しく咲く庭に通され、東屋に置かれた椅子に大人しく座りカロルを待った。


「美仁、お久しぶりですね。」


 声の方を振り返ると、カロルが微笑んで立っていた。カロルの横には体格の良い老人が、厳しい顔を驚愕の色に染めてこちらを見ている。


「カロル!久しぶり~!」


 美仁は友人との再会に喜び立ち上がってカロルに駆け寄った。つり目がちだった目は少し優しく目尻を下げ、柔らかい印象を与える。四十歳になったカロルは、自身の開発した化粧品を使い肌艶は若々しく美しい外見を保っていた。


「十年以上ぶりですね。」


「え?うそ、もうそんなに経つ?」


 吃驚している美仁に、カロルはクスクスと笑った。いつの間にかお茶の支度は整えられ、カロルに促された美仁は椅子に座った。ロンと、古龍だと紹介された老人は少し離れたテーブルでお茶を飲んでいる。


「ええ~?ディミトリ様、もう二十歳なの?」


「そうですよ。クリステルは休暇の度に翡翠様の元に修行に行っております。」


「えええ~!翡翠様教えてくれなかった~!」


 美仁は意外と早い月日の流れに驚いている。可愛がってあげたかった子供達は、もう大きくなってしまっていた。吃驚しているとシャルロットもやってきて、女三人の話が更に盛り上がる。

 美仁達とは裏腹に、古龍と静かに話をしているロンは眉間に皺を寄せたしかめっ面でお茶を飲んでいた。

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