46・ルチャラマ遺跡2
ルチャラマ遺跡三階層目の安全地帯で野営をする事にした一行は、テントの設営をしていた。カイ、ディディエ、アムルの三人は四人用のテントを、美仁とロンは二人用のテントを張る。
手早く設営を終えると、美仁は携帯コンロを二台と調理器具を取り出した。ディディエが焚き火でスープを作ってくれている。
「アムル、味見してくれよ。」
「うん。美味しいよ。懐かしいねぇ、ディディエのスープ。」
味見をしたアムルが懐かしい故郷の味にほっこりとした笑顔になる。
「アムルはアマルナで食べてたからな。俺も食べたかった~。アマルナのローストチキン…。」
「作れば良いじゃない…。ディディエ、料理出来るんだから…。」
大袈裟に深い溜息を吐き出したディディエに、呆れたようにアムルが言った。
「作れるけど、アマルナで食べるから良いんだよな~。」
ディディエはスープにパクチーを入れながらブツブツ言っている。
美仁は初めて見る料理にワクワクした。ディディエはスープにピーナッツバターを入れていた。どんな味なのだろうか。
一行は椅子やコットに腰掛け食事を始めた。椅子は二脚しか無い為体の大きなロンとカイが椅子に座る。美仁は自分のコットに座り、ロンとビールを飲み始めた。
本当にダンジョン内で酒を飲み始めた二人にカイ達は苦笑している。
「ん!このスープ美味しい!」
ピーナッツバターを入れたディディエのスープは、コクがあってまろやかで美味しい。美仁の言葉にアムルも同意した。
「ディディエの料理美味しいよね~。冒険者になってアマルナから出てから食べてなかったけど、久々に食べれて嬉しいよ。」
「うん。ディディエが料理出来るなんて知らなかった!」
アムルと美仁に褒められて、ディディエは嬉しそうにニカッと笑う。
「こんなんで良けりゃ、いつでも作るぜ。」
「私、さっき言ってたアマルナのローストチキンが食べたい!」
「材料があれば、明日作るか。」
美仁は嬉しそうに顔を輝かせた。食事を終え調理器具や食器を片付けると、夜の番の順番を決めた。夜の番は一人二時間、四人で交代して見張りをする。ジャンケンで夜の番を免れたのはアムルだった。
明け方担当になった美仁は、テントに入りコットに横になる。お酒の力もありすぐに眠りにつく事が出来た。
名前を呼ばれながら優しく揺り動かされ、美仁は目を覚ました。まだ仲良くくっ付いていたがっている上下の瞼を無理矢理剥がすと、ぼやけた視界は薄暗い。
「美仁、おはよう。交代だよ。」
カイの優しい声に、美仁は体を起こした。起こしてくれたカイに礼を言うと、美仁とカイはテントから出る。
三階層目は外の見えない暗い遺跡だった。光源は所々の壁に松明が掛けられているものだけで、今が夜なのか昼なのか分からない。カイは美仁に時計を手渡した。
「じゃあ、二時間後に皆を起こしてね。俺ももう少し寝るよ。お休み。」
「うん。おやすみ~。」
一人になった美仁は、椅子に座ると焚き火の明かりで読書をした。昨日、夜の番の暇つぶしの為に購入した恋愛小説だ。ツァコアで書かれた、猫の獣人の女の子が異種族の人間と恋に落ちる物語だった。ブラゾス大陸で獣人と人間の恋愛小説は百年程前から書かれており、今では獣人と人間が結ばれる事も珍しくはない。獣人達の人間に対する恐怖は薄れてきて、エルブルス大陸を目指す獣人冒険者も少数ではあるが、居る事は居る。
主人公達が両思いである事がまだ分からない段階の、不安と甘酸っぱい感覚にドキドキしていると、テントからディディエが出てきた。
「あ、ディディエおはよう。」
「おはよ。何読んでんだ?」
「…恋愛小説。まだ起きるまで時間あるよ?」
美仁は小説をアイテムボックスに仕舞うと、鍋を出して焚き火で湯を沸かす。まだ寝ていて欲しいと思う美仁とは裏腹に、ディディエは椅子に座って焚き火を眺めた。
「ローズヒップティー、飲む?」
「ああ。貰うよ。」
ビジャリカ国で買ったローズヒップティーも、もう残り少ない。甘酸っぱいローズヒップティーに、先程まで浸っていた恋愛小説の感覚を思い出す。
「お前、恋愛したいの?」
「え?…何よ急に…。」
ディディエは美仁の方を見ずにローズヒップティーを見ながら問いかけた。
「さっきだって恋愛小説読んでたんだろ?」
「…恋愛、してみたいとは思ってるけど…憧れてるって感じかなぁ。友達のカロルがすごい幸せそうだったから。」
美仁はまだ恋に落ちた事が無い。恋愛小説に浸っているのも、恋に恋する状態故だ。
「前も言ったけど、俺達パーティは一ヶ所に留まらないだろ?だから、パーティ以外の人と恋愛関係になるのは難しいんだ。」
ディディエはローズヒップティーを見たまま言った。美仁はローズヒップティーを飲んでいたが、まだまだ熱そうである。
「だからディディエは女の子と遊んでたのよね?」
「それはもうやってないって!」
ディディエは反射的に顔を上げて美仁を見た。
「そうね。カイも言ってた。ディディエが夜ちゃんと宿で寝てて珍しいって。でも、ディディエが女の子と遊んでいようがいまいが私には関係無いから、そんなのは良いのよ。」
美仁は関係無いと言いながらも冷え冷えとした視線をディディエに送っている。関係無いが、軽蔑はしている、という事なのだろう。
「…カシュって奴なら良いのか?」
「え?カシュさん?何が良いって?」
急にカシュの名前が出てきて美仁は意味が分からなかった。
「カシュと恋愛関係になりたいのかって聞いてんだ。」
「………はぁ?何でカシュさんと?カシュさんは私にエルフの魔法を教えてくれた先生よ。恋愛感情は抱いてないわよ。」
美仁は本当に意味が分からない。混乱するし、イライラする。
「じゃあアイツがお前を好きだって言ったら?」
「あ~~~…もう…有り得ないでしょ?何言ってるのよ…。やめてよ、カシュさんに失礼でしょ。」
うんざりしてきた。これ以上この話を続けたくない。美仁はディディエから目を逸らし、暗い部屋の床を見た。
「俺がお前を、好きだと言ったら…?」
「もっと有り得ないでしょ!いい加減にしてよ!私に恋愛経験が無いからって馬鹿にして…!」
美仁は頭に血が上って怒鳴りディディエを見た。だがディディエにいつもの揶揄うような表情は無く、美仁の答えを待つ不安の混ざった真剣な表情を見て、美仁は言葉を失った。
しかし美仁は、ディディエはいつものように自分を揶揄っていると決め付けた。
「ディディエ、まだ寝る時間よ。おやすみなさい。」
苛苛した声でそう言うと、美仁は風の精霊の力でディディエを浮かせてテントに運んだ。慌てるディディエだったが、美仁によって強制退場させられた。更には追い討ちをかけるように、闇の精霊によって眠らされてしまうのだった。
美仁はイライラと溜息をつき、朝食の支度に取り掛かった。翠山でいつも食べていた朝食のメニューだ。
支度を終えて、皆を起こした。ディディエだけはアムルに起こしてもらう。アムルは困ったように笑っていたが、特に何も聞かれずに頼まれてくれた。
起きて来たカイは、出来ている朝食を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あ、朝食美味しそう。美仁、ありがとう。」
「朝食はミズホノクニ風にしました~。」
焚き火の元に刺していた串焼きの魚を取りながら美仁は言った。美仁に習ってカイも魚を取ってかぶりつく。塩を振って焼いた魚は皮がパリッと香ばしく、身は柔らかくホクホクしていた。
朝食を食べ終わるとテントを片付け、ダンジョン攻略を再開した。五階層目はボスの部屋になっていたが、ハーピーが十体とゴーレム三体、ホブゴブリンが十体だった為、全く苦戦する事無く通過した。
そして六階層目の安全地帯で、ディディエは会いたくない人間に再会してしまった。
「あ!ウルバノさん!」
「お!美仁か!お前達、早いな!俺達よりも遅く入っただろ?」
テントを設営していたウルバノは、美仁に声を掛けられると笑顔で答えた。
美仁、ウルバノの他にもパーティが一組安全地帯に居る為、近付きすぎないようにテントを設営する。ウルバノに懐いている美仁は、ウルバノ達と夕食を食べたいと願い出た。
「おう。良いぜ。っても、ダンジョン飯なんざ、美味いもんじゃねぇけどな。」
「そうですか?昨日はディディエが美味しいの作ってくれましたけど…。」
「ウルバノ忘れたのか?美仁は色んな魔物を仕舞う能力があるだろ。酒樽もな。」
テレンシオにそう言われ、ウルバノはそうだったと豪快に笑った。美仁が携帯コンロ二台と大きな鍋を二つ出した所で、ウルバノは提案した。
「俺達だけ楽しむってのは悪い気がするな…。おい美仁、あっちのパーティも呼んでやっても構わんか?」
「え?はい。良いよね?カイ?」
「うん。勿論。話さないといけない事もあるしね。」
そういう訳で、十五人の賑やかな夕食が始まった。ウルバノともう一つのパーティは、美仁達の前日から入っているらしい。二日間ダンジョン飯を食べていて、美仁達から生野菜のサラダが振舞われ、驚き喜んでいた。スープは野菜や肉を沢山入れた豚汁で、男性冒険者達はお代わりをしていた。そして魚や丸鶏を焼いたものは、奪い合うようにして無くなった。
ウルバノはロンと美仁がテキーラを飲んでいるのを面白そうに笑って見ている。もう一組のパーティは、美仁達を胡乱げに見ていた。
大勢の食事が終わり、美仁は片付けを始める。食器類は各パーティが持って来た物だったが、一気に片付けてしまおうと美仁は精霊に頼んだ。現れた水が豪快に調理器具と食器の汚れを洗い流し、風が水滴を弾いていく。
汚れた水が球形を保ち浮いている中、美仁は綺麗になった食器をウルバノ達ともう一組のパーティに返した。そして調理器具と食器をアイテムボックスに仕舞うと、球形の水の塊の処理に取り掛かる。火の精霊が水の塊とその中の汚れを燃やし尽くして、片付けは完了した。
その様子を、ウルバノ達ももう一組のパーティも、信じられないものを見るように唖然とした表情で眺めていた。