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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
41/64

41・ミズホノクニの女仙

 




 翠山で久しぶりの夜を過ごした翌朝、美仁は早朝に目を覚まし外に出た。美仁が翠山で過ごしていた時に寝泊まりしていた家は今イヌクシュクが使っている。その為イヌクシュクとロンがその家を使い、美仁は翡翠の家で寝た。


 外では既に小夜とシロが朝の仕事を始めていた。美仁もそれに加わると、イヌクシュクも起きてきた。


「おはようございます、美仁。貴女はお客様なのですから、働かなくても良いのでは?」


「いやいやいや。ここでグーダラなんて、できる訳ないじゃないですか…。」


 イヌクシュクは面白そうに笑い、手分けして仕事を終わらせた。ロンは仕事が終わり、美仁に起こされるまで寝ていた。



 懐かしい翠山での朝餉は、あの頃と全く変わらない献立だった。塩を振っただけのトマトは、翠山を出てからも食べていたのに何故か懐かしい味がする。

 ぱくぱくと朝から沢山食べる美仁を、翡翠は嬉しそうに見ていた。


「美仁、中央山に行くであろ?昨日のうちに、真珠には連絡しておいたのじゃが…。」


「ありがとうございます!行きたいです!」


 パッと顔を輝かせた美仁に、翡翠は柔らかく微笑む。


「では、朝餉を終えたら向かうかの。イヌクシュクは留守番じゃ。」


 にべもなく翡翠に言われたイヌクシュクは、残念そうに頭を下げた。





 中央山の真珠の屋敷、その奥の大広間に通されると、真珠の他に、孔雀、柘榴、瑠璃、金剛が待っていた。真珠は美仁を見ると蓮の花が咲くように笑みを咲かせた。


「おお。美仁、久しいのお。残念じゃが、瑪瑙(めのう)は仕事があり来られぬそうじゃ。あと五日…いや二日で終わらせるから、とは言っておったがの。」


 真珠は瑪瑙の言葉を伝えるとコロコロと笑った。翡翠と美仁、ロンが空いている座布団に座ると、白い着物を着た子供が各々の前に膳を置いていく。食前酒が配られ食事が始まった。

 女仙達やロンは食前酒の葉桜酒を飲んでいる。ロンはグラスを口に近付けると一瞬止まり、美仁にグラスを向けた。


「え?飲めないよ?」


 美仁は目を丸くして断ったが、ロンは首を振りグラスを美仁に向けたままでいる。


「面白い香りがする。嗅いでみろ。」


「あ!桜餅の匂いがする!」


 美仁がパッと顔を輝かせる。ロンは満足そうに葉桜酒を一口飲むと、前菜のうぐいす豆腐を食べる。春を感じさせる酒に筍や菜の花の前菜を堪能した。


 旬の食材を使った料理はどれも美味しく、久しぶりに女仙達と話をするのも楽しかった。

 食後の甘味を頂きながら、金剛が苦笑しながら美仁を見た。


「いやぁ、化け物だとは思っていたが、まさか闇の王の娘だったとはな。」


「全くじゃ。なれど、ならば納得出来るというものよ。美仁の周りには闇の精霊が多くおったからのう。」


 金剛に頷きながら孔雀はわらび餅を口に入れた。恰幅の良い孔雀は甘味が大好物で、孔雀の甘味だけ他の皿の三倍の量で盛り付けられていた。一人分でもきな粉と抹茶のわらび餅二種、さくら餡の葛餅、いちご大福と、食後に食べるには多すぎる内容なのだが、その三倍を孔雀は大喜びで食べている。


「しかも、聖女が魔王の奥方になっていたとはのお。」


「懐かしいですね…。言語の統一には苦労しました…。」


「しかも聖女の騎士が魔王だったとはな。強いのは分かっていたが、そこまでは読めなかった。」


 真珠も地獄の中は覗けない為に、聖女の行方は分かって居なかった。そして記憶力に問題のある瑠璃は苦い思い出を思い出す。柘榴は柘榴で戦闘狂な面を覗かせている。流石に魔王を相手にしようとは思ってはいないが…。女仙達は集まると、毎回このように好きに話をしているようだ。


 食事を終えても女仙達の話は止まらない。美仁は女仙が集まる場に、こんなに長く居たのは初めてだった。おしゃべりの止まらない女仙達を、美仁はニコニコと見ていた。


 女仙の集まりも終わりの時間がやってきた。翡翠が女仙達の顔を見て微笑みを浮かべる。誇り高く自信に満ちた、いつもの翡翠の笑顔だ。だがその中に、少しだけ違う何かが混ざっていた。


「女仙方。我が弟子、美仁の為にこのような場を設けて頂き、かたじけのうございます。」


「ありがとうございます。」


 翡翠の言葉に、美仁も頭を下げて礼を言った。横目でチラリと翡翠を覗うと、翡翠は微笑んで美仁を見返した。


「女仙様方、これまで私に修行をつけて下さいまして、ありがとうございました。旅に出て、皆様の修行、助言に沢山助けて頂きました。地獄に入る事が出来たのは、皆様の御力添えあっての事です。大変、感謝しております。」


 女仙達に注目され、少し緊張しながらもしっかり前を向いて言い切ると、深々と頭を下げた。


「一丁前な口をききおって…。」


 隣で呟いた翡翠は目を赤くしていた。少し鼻も赤くなっている。涙を堪えているようだ。

 他の女仙達は、翡翠と美仁を微笑ましそうに見ていた。





 翌日は、ロンと街に出ていた。目当ての品は勿論酒だ。ミズホノクニで作られている酒は、ミズホノクニの古代文字でラベルが書かれている。お土産に喜ばれそうだな、と美仁は思った。



 昨晩は、夢でディディエに会った。草原のような所で晴れた空の下、ぼんやりと立っていたらディディエが現れたのだ。美仁は目を丸くして言葉を失い、ディディエは嬉しそうに目を見開いていた。


「よう美仁。今ミズホノクニは夜か。」


「うん。ディディエはどうして?体調悪いとか?」


 美仁が心配になって聞くと、ニコニコと笑ったディディエが首を振った。


「いや。馬車移動中。寝ちまったみたいだな。」


 全く、呑気だなぁ、と美仁は苦笑した。駅馬車は街の外を走る。魔物が現れた際には冒険者が乗っていれば、冒険者が対処しなければならない。駅馬車は魔物除けの御守りをぶら下げているが、ほとんど気休めだ。

 苦笑する美仁の頭をディディエが撫でた。吃驚して美仁はディディエを見上げると、嬉しそうな笑顔が視界に飛び込んでくる。


「すげぇ!触れるんだな!面白いなー!」


 目の前でそんな綺麗な顔をキラキラさせないで欲しい。イケメンは苦手なんだ。美仁はぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら赤くなった。

 そんな美仁の様子を気にする事無くディディエは美仁の頭をポンポンと叩く。


「あと、どれくらいで帰って来るんだ?」


「あと一人、会いたい女仙様が居るから、三日後…位かな?」


「ふーん。そっか。」


 そう呟いたディディエの姿が薄くなる。夢から醒めているのだろう。ディディエは優しい瞳で美仁を見た。


「会えて良かった。待ってるからな。」


 優しく頭を撫でられると、ディディエの姿も頭を撫でる感覚も無くなり、すぐに眠りにつくように意識が途切れた。気が付くと、朝になっていた。



 夢の中のディディエは全く意地悪ではなかった。あれはあれで困る。あんなイケメンに近付かれるだけでも緊張するのに優しくされたら心臓が持たないではないか。


 そう思いながら酒を幾つも購入した。ロンが気に入っていたラガービールの他にもホワイトビールや様々な銘柄のビールにミズホノクニの酒を沢山購入した。

 美仁ももうビールが苦手ではない為、飲むのが楽しみである。



 そしてその翌日、翠山に瑪瑙がやって来た。仕事中や修行中に見せる鋭い眼光は、今は優しく弧を描きこちらを見ている。美仁はわざわざ会いに来てくれた瑪瑙に、嬉しそうに駆け寄った。


「瑪瑙様!お久しぶりです!お会い出来て良かったです!」


「ああ。私も会いたくて、仕事を早く片付けて来たんだ。」


 修行の時とは違う、優しい言葉に美仁は更に笑顔になる。厳しいのは修行の時間だけで、修行が終わると甘くなるのが瑪瑙だった。


「瑪瑙様に修行をつけて頂いたお陰で、地獄に行って来られました。ありがとうございました。」


「それはお前の力だろう。まぁ、無事に戻り顔を見せてくれて、嬉しいよ。また強くなったんじゃないか?」


 瑪瑙の言葉に美仁は困ってしまった。冒険者カードを取得して一年以上経つが、美仁はレベル一のままだった。魔物を倒し、クエストをこなし、経験を積んでいる事は記載されている為、登録更新には影響が無かった。だがレベルが上がらない事に、複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。その為、強くなった実感も沸いていない。


 そんな美仁の頭にポンと手を乗せると、瑪瑙は優しく微笑む。


「何を悩んでいるのか知らんが、お前は強くなってるよ。悩んでいる事があるなら、私でも、翡翠でも、他の女仙でも、頼りにしてくれたら良い。」


「ありがとうございます。」


 美仁は、大丈夫だと言うように笑顔で答えた。それが心配させまいと、こちらを気遣っての笑顔だと瑪瑙は気付いていたが、これ以上追求せずに頷いた。



 瑪瑙は夕餉を共にすると、その後帰って行った。翡翠は飛び去る後ろ姿を見送りながら面白そうに呟く。


「彼奴は真、忙しないのう。」


「いつもお仕事していますもんね。」


「忙しくしていないと落ち着かない奴じゃからの。」


 その瑪瑙は夜空に消えて行った。翡翠はくつくつと笑う。ご機嫌な翡翠に美仁は切り出した。


「翡翠様、明日発つ事にします。」


「そうか。たまには顔を見せに来るのじゃぞ。待っておるからの。」


 翡翠は柔らかく笑い美仁を見る。その笑顔は少し寂しそうに見えて、美仁も寂しい気持ちになった。

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