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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
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4・暴走

 





 中央山は、翠山よりも標高の高い山だった。こちらも翠山同様に聳え立つビルのような山だ。翠山と同じ位の高さに岩が削られ建物が建っていた。建物の前には石畳が敷かれた広場があり、二頭はそこに降り立った。


「…あ、ありがとうございました…。」


 美仁は数珠丸から降りると恐る恐る数珠丸に礼を言った。数珠丸の見た目の恐ろしさに、美仁は今だ怖気付いている。


「しっかり掴まっていて偉かったな。」


 数珠丸はそう言うと七星と広場の木陰に向かった。数珠丸は七星から飛んでいる間も美仁を虐めたりしていなかったかと小言を貰っているが、面倒臭そうにいなしていた。美仁がぼんやりと二頭を見送っていると、建物から美仁よりも小さな子供が現れた。


「翡翠様、ようこそいらっしゃいました。真珠様が、奥でお待ちてす。」


 翡翠は建物に入り草履を脱ぐと、美仁が着いて来るのを確認しつつ長い廊下を進んだ。一番奥にある大広間に入ると、広間の奥に薄桃色の着物を着た女性が座っていた。女性は絹で織られた紗を頭に掛け顔が半分隠れている。神秘的な雰囲気を美仁は感じた。


「何じゃ翡翠よ。ものすごい化け物を連れて着たのう。」


「ほほほ。凄かろう?明け方、妾の山に突如現れたのじゃ。この娘、美仁という。視てくれぬか?」


「良かろう。」


 翡翠と美仁が座ると、真珠はくりっとした丸い目を美仁へ向ける。真珠の瞳が淡い虹色に輝き美仁を見つめる。瞬きもしないその瞳に、美仁は少し怖気付いた。


「この娘、この世界の者ではない。違う世界から来ておるな。何か大きな力によって移動させられたらしい。……ここは…地獄か?…地獄の奥と何か関係があるのやも知れぬ…。」


「地獄か…。それはちと難儀しそうじゃのぉ。」


 女仙達の話を聞いていた美仁はぶるりと震えた。


「地獄…やっぱり、私は、悪魔なんですか…?」


 美仁の言葉に女仙二人が振り向く。闇色をした靄が美仁を囲むように現れた。


「世界が違っても!やっぱり私は悪魔なんだ!」


 美仁が泣き叫ぶと、部屋の中で小さな落雷が幾つも起きた。畳が燃え始めるが、美仁はまだ泣き叫んでいる。


「私の目が赤いから!」


 一際大きな落雷が落ち大きな炎が立ち上がる。翡翠は立ち上がり白い扇子を閉じたまま美仁の頭を叩いた。


「これ美仁、乱心するでない。そなたが悪魔など、誰が言うたのじゃ。」


「…え、学校の人達が…。」


「真実の見えておらぬ者共の言葉を真に受けるでない。そなたは悪魔ではないのであろ。目も柘榴石のように綺麗な赤い色をしておるではないか。」


「きれい…?」


 翡翠の強く優しい言葉に美仁を取り巻いていた闇は薄らいでいった。部屋の中はまだ燃えていたが、翡翠が扇子を開き扇ぐと大量の水が現れ瞬く間に鎮火した。部屋の中は黒く焦げ、煙の出ている柱もまだある。その中で目を丸くして放心した様に座っている美仁を、翡翠はとても小さく感じた。


「さて、美仁が部屋を燃やしてしまったからの。違う部屋に移動しようか。」


 真珠が立ち上がると美仁は体をビクッと震わせた。


「私が、これをやってしまったんですか…?…ええ?……どうしよう…ごめんなさい…。」


 美仁は涙目で女仙二人に頭を下げて謝った。お金も何も無い美仁には、燃やしてしまった部屋を直す事は出来ない。


「そう気落ちするでない。この部屋はよく壊されるからの。修繕も慣れたものじゃ。」


 そう真珠が言うと真珠の手から人に似た形の紙が幾つもヒラヒラと落ち、畳まで落ちてしまう前に小さい子供に変化した。全員同じ顔をしており皆無表情でいたが、主である真珠の命令は理解している様で各々動き出した。


「さて、こちらじゃ。着いて参れ。」


 美仁の前を真珠と翡翠が並んで歩く。時折美仁には聞こえない声でお互いに耳打ちしている様を見て、先程の事もあり美仁はひどく肩身が狭く感じた。重い足取りで案内された部屋は、先程よりもかなりこじんまりとした部屋だった。丸い座卓が置かれ、座布団が三つ置かれていた。女仙二人はさっさと座ると美仁にも座るよう促す。美仁は座布団の上にちょこんと座った。


「まぁ茶でも飲みながら話すとしよう。」


 真珠がそう言うと、急須と湯呑みが現れた。真珠がお茶を淹れていると、翡翠がお茶請けのお菓子を木のお皿に出している。


「熱いから、ゆっくり飲むのじゃぞ。」


 真珠が優しく微笑み美仁に湯呑みを差し出した。湯呑みからは湯気が立ち上り本当に熱そうだ。美仁はふぅふぅと冷ましながらお茶を飲む。


「美仁、こちらの上生菓子はどうじゃ?とっておきなんじゃ。」


 翡翠が美仁の前の小皿に小さくて可愛らしい和菓子を置いてくれる。ピンク色の花を模した和菓子は目にも美仁を楽しませてくれた。それを美仁は目の前にあった菓子切で刺して一口で食べた。


「甘くて美味しいです。」


 美仁は口の中をいっぱいにしたまま満面の笑みで翡翠に答えた。翡翠は礼儀作法も教えねばならぬな、と口元に扇子を当て独り言ちる。


「…さて美仁よ。そなたは力の使い方を学ばねばならぬ。」


「力の使い方…?」


「そうじゃ。先のように力を暴走させてばかりいては大変であろ?そなたには誰にも測れぬチャクラ量があるのじゃ。まずはチャクラの扱い方を学んで貰うぞ。」


 美仁は真珠の言うチャクラが理解出来ていなかったが、背筋を正して話を聞いた。


「妾の所でそなたの面倒を見る。明日から勉学にチャクラの扱いを教える故、覚悟するように。」


 翡翠はにんまりと美仁を見た。美仁は翡翠を見つめ、黙ったまま頷いた。


 その日の夜、翡翠の家で夕餉を頂いていると翡翠が美仁に尋ねた。


「美仁…そなたは、元の世界に帰りたいとは思わぬか?」


 翡翠の問いに、美仁は箸を置き自分の膝の上で拳を握りしめた。


「思い…ません…。小学校では皆に無視されて、虐められて、毎日とても悲しかった、です…。皆に虐められるようになってからは、施設の子達も、私を虐めるようになって…、…何処に居たって、私は悪魔だったから…。」


 美仁の震える拳には、水滴がポタポタと落ちてきている。優しかった施設の子供達も、学校で美仁の事を揶揄われ、悪魔の仲間とまで言われて虐められ傷付き、美仁を攻撃するようになってしまっていた。仲の良かったお兄ちゃんが、憎々しげに睨んできたあの瞳を思い出すと今でも胸が苦しくなる。美仁はあちらで、本当に居場所が無いと感じていたのだ。


「…そうか。辛い事を思い出させたな。…すまぬ。明日からは勉学に修行が始まるからの。今日はゆるりと休むが良い。小夜が案内しよう。」


「では美仁様、こちらへ。」


 美仁は小夜に続いて家を出ようとして、翡翠を振り返った。


「翡翠様、おやすみなさい。」


 翡翠は少し驚いたように顔を上げ、フッと笑って答えた。


「おやすみ。」


 美仁が小夜に案内されたのは翡翠の家よりも小さい板張りの屋根の家だった。


「美仁様はこちらで生活して頂きます。」


 小夜はそう言うと、布団や衣類の仕舞われている場所の説明に、食事を作る際には土間の竈を使う事を教えてくれた。美仁の家にも風呂が付いており、小夜が支度をしてくれる。暖かいお湯に浸かって美仁は、今日一日の事を振り返った。今まで日本で暮らして来た美仁には信じられないような事ばかり起きた一日だった。もし、今日寝て起きて、今度は日本だったら嫌だな…と美仁は思った。




 翌日早朝に美仁は小夜に起こされた。着替えをして布団を干して部屋の掃除をする。部屋の掃除が終わると洗濯をする。洗濯は家の裏にある畑の先にある川でした。水は冷たく、手で洗濯をするのは初めてだったが、小夜に言われた通りに洗濯板でゴシゴシと洗った。力の無い美仁が洗濯物を絞っても水が滴っていたが、小夜が絞るとかなり固く絞られて、この小さい体の何処にそんな力が…と美仁は不思議に思った。

 洗濯物を干し終わると、畑に向かった。畑の作物は朝日を浴びて鮮やかに輝いている。小夜は畑で働いている小さい二頭の動物に近付いた。


「美仁様、こちら小豆と長光です。畑の世話をしております。」


「はじめまして。美仁です。よろしくお願いします。」


 美仁はタヌキに似た二頭に頭を下げて挨拶をした。小豆と長光は翡翠の使役しているタホンという魔物で、あまり好戦的ではない魔物だ。


「美仁様。こちらこそよろしくお願いします。」


「今日はこちらの魚が獲れました。」


 長光が寄越した木のバケツには魚が二匹泳いでいた。小夜は一旦バケツを下ろさせ、畑の野菜を収穫する。野菜を美仁が持ち、バケツを小夜が持って家へと戻った。

 食事の支度をする前に、水を川から汲んで来なければならないらしい。この山の上には水道が無いからだ。小夜と美仁で何往復かして、水瓶を満たした。美仁はここまでの労働でヘトヘトだったが、ここから朝食作りをしなくてはならない。小夜が竈に火を起こし、米を洗って火にかける。小夜に習いながら野菜を切って味噌汁を作り、魚の処理も教えて貰う。昨日食べた朝餉と同じ物が出来上がり、翡翠の家へと運んだ。


「朝からご苦労であったのう。」


「翡翠様、おはようございます。」


 美仁は翡翠に労われ、嬉しい気持ちで朝餉を食べた。疲れた体に染み渡る優しい味がたまらなかった。


「さて、午前は勉学じゃが、美仁は言葉は分かるようじゃが文字は読めるかえ?」


「はい。平仮名片仮名、漢字は少し…です。」


「それはあちらの文字じゃな。ではまずは文字を読み書き出来るようにならねばならぬな。」


 朝餉の後、美仁の家で翡翠が文字を教えてくれた。途中で翡翠から小夜に教える者が変わったが、美仁は午前中を机に向かって過ごした。

 昼近くになり小夜が昼餉の支度をすると言うので、美仁も勉強を終えて一緒に支度をした。

 昼餉も翡翠の家で頂き、食後のお茶を飲んで一息つくと、午後の修行が始まる。翡翠は美仁を連れて、翡翠の家の裏にある広場に向かった。


「さぁ美仁よ。まずはチャクラを練る事から始めるとしよう。」


 翡翠の言葉を、美仁は全く理解出来なかった。

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