39・死神渓谷の宴
残酷な表現があります。虫注意
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重苦しい闇の中を進んでいる感覚が無くなり、体を拘束されている感覚も消えた。地面に転がされた美仁が目を動かして辺りを確認すると、地獄の入口に戻って来たようだった。
カイ達がヨロヨロと起き上がりながら、携帯用ランプに魔力を流して灯りを点けた。
「…地獄の入口か…。」
「戻って来たみたいだね…。」
カイがランプを持ち上げ周りを見回している。美仁も起き上がると、急に抱きすくめられた。
「美仁!ありがとう!お前のお陰だ!」
「う、うん。良かったね…。」
頬を紅潮させ感激のあまり美仁を抱き締めるディディエに、美仁はタジタジと返す。地獄でも解呪後暫くはこんな感じだったが、地上に戻って来た事で再燃してしまったようだ。
「それでは皆様、私はこれで失礼致します。美仁様、お帰りをお待ち致しております。」
「あ、うん。ありがとう!」
レムイラーは美仁の礼に頷くように頭を下げると体の靄が霧散し、そのまま地面に落ちた。動かなくなった頭骨はそのままに、一行は地獄の入口を後にした。
「…まさか、こんなに…体力が落ちてるとは…。」
ディディエがゼェゼェと力弱く息を吐きながら、ノロノロと階段を登っている。
「次の横穴でキャンプにしよう。それまで頑張れるか?」
カイがディディエに肩を貸して階段を登って行った。横穴に辿り着くと、野営を設営し食事の支度をする。疲れ果てているディディエは、美仁のコットにぐったりと横になっている。
「明日絶対筋肉痛になってる…。」
「ゆっくり行こう。ここで少しは体力を付けたら良いよ。ディディエは前から動かな過ぎだったからさ。」
優しく気遣うカイに、仰向けのままディディエはボヤく。
「風の精霊さえ居れば飛べるのにな…。ここは精霊が少なすぎる…。」
「だから体力つけなって。」
苦笑しながらカイが料理をする美仁の方へ向かうのをディディエはぼんやりと眺めていた。料理が出来たらしく、美仁が器を持ってこちらに来る。
「ディディエ、ご飯は食べれそう?」
美仁は小さく握ったおにぎりとスープを持って折りたたみの椅子に腰掛けた。ディディエはゆっくりと起き上がりコットに座る。
「悪いな。何にも手伝えなくて。」
「いいのいいの。困った時はお互い様だよ。スープだけでも食べれると良いんだけど…。後で果物も出すから。」
ディディエはスープに口を付けると、胃に染み渡る優しい味に身体中が温まるのを感じた。
「うまい。アレゲニーの宿に着いたら、ロンの酒を飲ませてくれよな。」
「うん!私のオススメもあるよ~!」
ガルニエの王都で買ったピノーが美味しかったので、美仁はディディエの解呪祝いにと一本取っておいたのだ。
「美仁のオススメ?お前酒が飲めるのか?こんなにちんちくりんなのに?」
「ちんちく…!?…………気にしてるのに…。はい。これ、食べれたら食べてね。」
美仁が酒を飲めるようになっていた事に驚いたディディエは、揶揄うように笑う。美仁は背が低く貧乳な事を気にしていた。そこを突かれた美仁は、皿に果物を数種類出すと頬を膨らませて立ち上がり、足早にディディエから離れて行った。ディディエは美仁を怒らせてしまったが、気にしていないのか美仁の後ろ姿を面白そうに笑って見送った。体は痛むが気分は良かったディディエは、食事は果物も含め全て平らげた。
ディディエに合わせて階段を登っている為、往路よりもかなり時間がかかった。すぐに疲れてしまう事に加え、筋肉痛まで感じているディディエは、階段をひたすらに登り続ける事はかなり辛そうだった。
往路の倍の時間をかけて、一行はやっと大穴の入口に辿り着いた。来た時に小屋の前に居た兵士達の姿が見えない。小屋の前を通ると、近くで戦闘しているらしい音が聞こえてきた。カイが音の方へ走り出す。一瞬遅れて美仁も走り、カイを抜き去って魔物と戦っている兵士の元に着いた。兵士達は巨大な百足のような魔物と戦っていた。
「助太刀いたーす!」
ミズホノクニの侍のような言葉と共に、美仁は百足の頭部を長い胴部から切り離した。切り離された胴部は、のたうち回り砂を蹴散らしながら暴れている。巨大で長い胴部は、誰を攻撃するでもなく暴れているだけでもかなり危険だ。その長い胴部目掛けて、上からディディエの放った炎の槍がいくつも降り注ぎ胴部は動きを止めた。
兵士の中には百足に咬まれた者もいて、あの大きな顎に鎧を砕かれ体から血を流している者もいた。負傷者達にアムルが駆け寄る。
「毒消しは飲んだ?まだならこれを飲んで。」
アムルは負傷者達に甘く味付けをした毒消しを飲ませて回る。この巨大な百足は、死神渓谷に住まう千本足という魔物だ。強い神経毒を持ち、顎肢を用いて獲物に毒を注入する。砂中を泳ぐように移動し、毒を用いる攻撃性の高いこの魔物は成長すると単独で行動する。だが兵士達が倒した千本足は、五頭以上いる。千本足の雌は育児習性をもつ為、その群れなのだろうか。初齢幼生とは言えない程に成長しているようではあるが。
美仁が砂を蹴り高く跳んだ。その直後、先程倒した千本足よりも二回り程大きな千本足が顎をかち鳴らしながら砂中から飛び出して来た。大きな千本足は、他のものよりも赤黒い色をしており、凶悪そうな見た目をしている。大きな千本足と共に、更に二頭の千本足も飛び出してきた。
大きな千本足は空中の美仁に後端数対の脚を挙げて威嚇している。他二体を、兵士達とカイ、ディディエが対応しているのを見て、美仁はこの大千本足に向かった。
大千本足の後端側にロンが回り込み、後端を掴むと胴部を数対分引きちぎった。大千本足は子を殺された怒りのあまり、引きちぎられた痛みよりも美仁への攻撃を優先させた。捕食用の顎肢を広げ美仁に迫ろうとするが、またしもロンに胴部を捕まれ前に進めず苛苛と顎を鳴らす。そしてロンが更に胴部を数対分引きちぎると同時に、美仁も合口を光らせ頭部を切断した。前後を切断されたのにまだ長い胴部はのたうち回り、美仁とロンの炎に焼かれ灰と化した。
他二体がまだ生きているようなので、美仁とロンはそれぞれ加勢しに行く。すぐに討伐が終わると、辺りに魔物の気配も無くなり美仁はアムルの方へ向かった。
アムルも毒消しを飲ませ終え、ポーションでは回復出来ない傷の手当てを終えていた。最近ではタブレット型のポーションが流通しており、上級ポーションまではタブレット型で販売されている。更に上級の最上級ポーションは液体だが、高価すぎて簡単には手に入らない。
兵士達は中級のタブレットポーションは持っていたが、咬まれた跡や切り裂かれた傷跡を消すにはこれでは力不足だ。今回の千本足の噛み傷に、アムルは黒ずんだ緑色の軟膏を塗っては魔力を流し、傷を癒していた。
兵士達に口々に礼を言われていると、カイの肩を叩いていた兵士が目を丸くした。
「まさかお前さん達…地獄に行った連中か?」
「あ、そうです。帰ってきました。」
兵士は一瞬大きな口を開き固まると、大きく破顔しカイの背中を叩いた。
「うおおおお!マジか!おい!この人達!地獄から帰ってきたんだってよ!」
兵士達は驚きながらもカイ達から話を聞きたいと集まって来た。背中を叩かれたカイは、手荒い歓迎に苦笑している。宴会を開いてくれる事となり、一行は地獄の大穴の傍に建つ小屋に泊まる事になった。
宴会といっても、料理人が居る訳では無い為自分達で調理をする。兵士達は豪快に大きな肉の塊を焼いている。美仁は料理好きの兵士に、クヤホガ料理を教わりながら料理の手伝いをした。
テーブルに並べられたのはクヤホガらしい料理の数々に、酒だった。
豪快に焼かれたステーキは、ちょっと歯ごたえがありスパイスミックスでこってりと濃いめに味付けされている。クヤホガの家庭料理の定番であるマカロニ&チーズはシンプルに野菜等入れていない、チェダーチーズが濃厚なグラタン料理だ。そしてトマト風のチャウダーには野菜を沢山入れた。更には小麦粉にブラックペッパー等のスパイスを混ぜて揚げたフライドチキンに、マシュマロやチョコレートをグラハムクッキーで挟んだスモアが並ぶ。
料理のテーブルとは別のテーブルに、ライトビールにウォッカの樽や瓶が並べられた。
宴会が始まり、カイやアムルが酒を飲みながら地獄の話をしていると、ディディエが美仁の隣に座った。
「あれ?飲んでないのか?」
「クヤホガはお酒が飲めるのが二十一歳からなんだって…。」
美仁は地獄に入る前にアレゲニーの宿でピノーを飲んでしまった事を思い出し、気が重くなる。やってしまった…。
暗い顔をしている美仁の頭を、楽しそうに笑いながらディディエはぐしゃぐしゃと撫でた。
「やっぱりお前はちんちくりんなお子ちゃまだな!桃のジュースは美味いか?」
「んんんんん~!私からのディディエの解呪祝いはクヤホガを出てからだからね!」
眉尻を上げて怒った顔をする美仁を、ディディエは更に楽しそうに見る。地上に戻ってからディディエは美仁を揶揄ってばかりいる。
「そうだな。俺も元に戻れたし、これからどうすっかな。」
「私も、こっちに来てから地獄に入る事だけを目標に修行してたから、これからどうしよう…。」
「ま、冒険者ってのは魔物を狩って、ダンジョンを攻略したりクエストを受けたりして生活してるんだ。ブラゾス大陸も面白そうな所沢山ありそうだし、色々廻るのも楽しいんじゃないか?」
ウォッカを飲みながらディディエが言うと、美仁は少し寂しい気持ちになった。目的が同じだった為にパーティを組んだが、もうその目的は果たしてしまった。パーティを組み続ける必要は無くなった。だけど、カイ達と居るのは楽しいし、折角仲良くなれたのに…と考えてしまう。
「そっか。私は一度、ミズホノクニに戻って翡翠様達に報告しなきゃかな。」
「それじゃ、どっかの街で落ち合うようにしないとだな。これからどうするか、リーダーの意見も聞いてないし、アレゲニーに着いたら色々決めようぜ。」
ディディエから、これからも美仁とパーティを組み続ける気でいる言葉を聞いた美仁は、嬉しくて酒が入ったかのように頬をピンク色に染めて笑った。