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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
37/64

37・魔王城

 




「や…闇の、王…。」


 表情を驚愕の色に染めたレムイラーが、入って来た闇の王を見て震えている。頭骨なのに表情があるなんて不思議だなぁ、と美仁は思う。

 上の階から、夕食の為に降りてきたカイが美仁に気付き笑顔になった。


「お帰り。どうだった?ん。そちらは…。」


 カイが美仁の隣の闇に目を向けると、闇はニコリと笑顔を作った。


「私は闇だ。私の娘が世話になっているようだね。」


「闇…?闇の王であられますか?美仁が、娘?え?」


 カイが理解出来ないでいると、後ろからサラルが小さい声でカイに何か言っている。闇に直接話し掛ける事が恐ろしいのか、近付きもしなければ、闇の方を見る事もしない。


「美仁、座って話したらどうか。だってよ。」


 カイの後ろから、ディディエがサラルの言葉を代わりに言うと、サラルはヒィッと小さい悲鳴をあげて闇の視界に入らないようにディディエの後ろに隠れた。


「そうしよう。サラル、そう怯えなくても良い。お前はしっかり仕事をしてくれた。美仁の案内、礼を言うよ。」


「はっ!有り難きお言葉!ではこちらへどうぞ!」


 自分よりも小さいディディエに隠れていたサラルはビシッと背筋を伸ばすとキリキリと動き闇を席に案内した。闇の隣に座った美仁は、ふと疑問に思った事を口にした。


「闇の王は何を食べるんですか?」


「今まで食事をした事は無い。必要無かったからな。美仁が食べる物と同じ物を頼む。」


「はい!注文して参ります!」


 いつもは店員を呼ぶサラルなのだが、闇の言葉にビシッと立ち上がると脱兎のごとく厨房に向かった。


「すっごい怖がられてますね…。」


「美仁が産まれてからは、そう悪戯をしていなかったが…。」


 闇はふむ、と顎に手を当て考えるポーズをとった。だがポーズだけで何も考えてはいない。


「悪戯…。」


 ディディエは違う精霊の王の悪戯、もとい呪いにかけられていた為苦い顔をする。闇はそんなディディエに目をやると、同情するように笑う。


「私が言える立場ではないが、災難だったな。」


「いえ、美仁のお陰で、戻れましたから…。」


「私の娘は良い子だろお。ん、これは少し親バカ、というやつっぽかったな!」


「ほんと、地上の何を見てたんですか…。」


 はしゃぐ闇に、美仁は呆れた。ディディエはサラルに、絶対に失礼の無いようにと念を押されているので愛想笑いで答えている。

 闇は初めての食事を、美仁と一緒に食べる事でより一層楽しそうにしていた。風味、歯応え、飲み込む時の感覚に一々感動している。そんな反応を見せる闇を見て、聞いていた噂と全く違うとサラルは驚愕していた。



 闇の王は闇の中。闇があるとこ王が居る。ほらその影から手が出るぞ。いつでもお前を引きずり込める。昨日はあいつが闇の中。今日はお前が闇の中。



 地獄に生きる子供達は幼い頃に、この歌を教わる。これは手遊び歌で、子守歌のようにも歌われる。

 そして地獄の何処かで、誰かが「闇隠し」にあい行方不明になる事があった。実際それは闇の王の仕業であり、「闇隠し」にあった者は二度と戻って来る事は出来なかった。地獄の者はそれ故闇の王を恐れ、目をつけられないように気を付けて生活していた。

 サラルも闇の王を恐れていたが、美仁と共に笑う闇の王は想像していたそれとは程遠い。だが今は美仁を優しく見つめる闇の王によって、過去に闇に葬られた者達が確かに居た為、自分が二の舞にならぬ様気を引き締めた。


「それで、お前達。これからどうするんだ?」


「魔王様に謁見したいと思います。」


「そうかそうか。魔王領はここより遥かに栄えているからな。観光するにも良いと思うぞ。」


 ニコニコと上機嫌な闇は同行する気満々だ。闇は美仁と一緒にオルテリュケルタに跨った。サラルは胃の痛む思いをしながら二日かけて魔王城まで飛んだ。

 城下町は闇の言う通りかなり栄えている。サラルと同じ魔族に竜人、レムイラー、吸血鬼…地獄に暮らす様々な種族が見られた。赤紫色の暗い空を背景に、白い石で造られた城は違和感を感じる程に美しかった。サラルは城門を通り過ぎ、そのまま城内に進む。


「ねぇサラル。ウルスルの手は要らないの?」


 美仁は何事も無く門を通過してしまい、疑問に思った。地獄の入口のレムイラーが出した紙には、門を通過する度にウルスルの手が必要だと書いてあったのに、闇の王の城でも魔王城でも渡していない。


「や、闇の王が御一緒ですのに、通行料を取る訳には…。」


「ええ~。いっぱい用意したから、貰ってよ。余っても困るし!」


 サラルは逡巡している。ウルスルの手は地獄の者の好物だ。肉、爪、肉球、毛皮、骨、その全てが美味しく、地獄の者を魅了する。地上に行ける者は限られている為に、生きている内にウルスルの手を食べる事が出来るのは数える程しかない。勿論サラルもウルスルの手を食べたかった。闇がどんな反応をするのか心配にはなったが、二十年以上前に食べたウルスルの手の味を忘れられず、舌も喉も欲している。この乾きに耐えられずに、サラルは誘惑に負けた。


「…頂けるのでしたら、喜んで頂きます。」


「ここ以外に門は無いよね?全部出すけど、ここに出しても良い?」


「勿論でございます。」


 美仁は広いホールの、綺麗に磨かれた床にウルスルの手を山積みに置いた。サラルはそこから手を五つ取り、懐に仕舞うと締りのない顔で美仁に礼を言った。


「このまま置いといて大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。私達が居なくなったらすぐに無くなってしまうでしょうからね。」


 美仁達がホールを抜け長い廊下へ入り扉が閉められると、湧くように現れた城に勤める者達が奪い合うようにして、ウルスルの手は床に落ちた血の一滴まで綺麗に無くなった。

 ホクホク顔のサラルが案内したのは食堂だった。サラルは壁際に立ち、美仁達は長い食卓に横並びに座る。直ぐに青い顔をした給仕の女性がお茶を用意してくれた。大きな角は重そうで肩が凝りそうだが、体格も良く首も太い彼女は何も気にしてはいない。女性はそそくさと出て行こうとするが、やって来た黒髪の女性に阻まれてしまった。


「こらこらこら。ちゃんとお客様を持て成して下さいね。」


「でも千晶さまぁ。闇の王ですよぉ?私まだ死にたくないですぅ…。」


「はいはい。城から出なければ大丈夫ですからね。ずっとお城に居たら良いんですよ。」


 自分自身を抱き締めイヤイヤと首を振る給仕の女性を宥め千晶は美仁達と反対側の席に座った。給仕の女性は「外に出れないのも嫌ですよぉ~。」と頬を膨らませながらも千晶にお茶を淹れた。


「はじめまして。地上からのお客様、そして闇の王。私は魔王の妻、千晶と申します。魔王城にようこそいらっしゃいました。」


 微笑む千晶は黒くて艶やかに真っ直ぐ伸びた長い髪に、長い睫毛に縁取られた大きな黒い瞳を持つ優しげな女性だった。美仁よりも少し年上だろうか、落ち着いた大人の女性、という印象を受けた。


「魔王がじきに参りますので、その時に貴方方のお名前をお聞かせ下さいね。」


「魔王も良い嫁を貰ったもんだな。」


「…やらんぞ。」


 闇が面白そうに呟くと、低く苛立つ声と共に頭から二本の長い角を生やした背の高い男性が現れた。男は不機嫌そうに闇を睨んでいる。


「マオ、私は少年に懸想する趣味はありませんよ。」


「千晶…闇の王は俺より年上だぞ…。」


「ふふふ。心配しなくても、私はマオだけですよ。」


 千晶の言葉に満足したマオと呼ばれた男は、不敵に口角を上げると千晶の隣に腰を下ろした。


「マオ、私は先に挨拶をしてしまいました。マオもして下さいな。」


 千晶が胸の前で両手を柔らかく組み首を傾げて可愛らしくおねだりするように言うと、男はニヤけるのを我慢するように歯を食いしばった。少しの間の後に、平常心を取り戻した男はテーブルの向かいを見据えた。


「俺は魔王だ。この地獄を管理している。ならず者の多い地獄だが、お前のお陰で大人しくしている者も多い。感謝している。初めて会うな、引きこもりの闇の王よ。」


「私の遊びが役に立っているとは思わなかったな。魔王よ、紹介しよう。私の娘、美仁だ。」


 偉そうな二柱が話しているのをぼんやりと眺めていた美仁は、いきなり自分の名前を出され、あわあわしながら背筋を正した。


「み、美仁です。よろしくお願いします…。」


 ペコリと頭を下げる美仁を、優しく見つめながら闇は続けた。


「美仁はな、千晶と同郷なんだ。」


「まぁ。そうなのですか?是非お話させて下さい。」


 千晶が嬉しそうに言うが、魔王がそれを止めた。


「千晶、少し待て。他の者の名を聞いてない。あと、地上の菓子もまだだ。」


 カイ達は緊張しながらも名乗り、ロンもまた無愛想に名前だけを言う。美仁はそんなロンを苦笑いで見ながらお菓子を机に並べていった。その様子に千晶は顔を輝かせる。


「沢山あるのですね。嬉しいです。」


「お菓子の前に置いたメモに、どの町のどのお店のどのお菓子なのか書いてあります。」


 給仕の女性が、全員の前に皿とカトラリーを配り終えると魔王と千晶は目の前のお菓子を皿に移した。


「皆さんも食べて下さいね。あ、マオ、これ美味しいですよ。」


 おっとりと笑いながら千晶はお菓子に舌鼓を打つ。魔王は千晶が美味しいと言ったお菓子を千晶に食べさせて貰っている。カイは、お互いに食べさせ合っている魔王夫婦を見ないようにしながらお菓子を食べた。イメージしていた魔王と違いすぎている。美味しい筈のお菓子も喉を通っていかない。ごくんと無理矢理飲み込み、更にお茶を飲んで胃に流し込んだ。


「あの、魔王様。サラルを案内に寄越して頂き、ありがとうごさいました。お陰で迷う事無く目的を果たす事が出来ました。」


 魔王は、緊張しているカイに顔を向け力強い笑みを浮かべて頷いた。


「うむ。やはり案内する者を用意するのは正解だったようだな。勇者の時の失敗が無駄にならずに済んで良かった。」


 勇者の名を出した魔王の笑みは、力強いものから意地悪なものに変化する。千晶は逆に勇者の名を聞くと心配そうな表情を浮かべた。


「レイナートは息災かしら…。」


「千晶、奴は人間だ。もしあの後無事でいたとしても、もう寿命で生きてはいないだろう。」


「まぁ、もうそんなに経つのですね。」


 千晶は右手を頬に添え、おっとりと驚いた。

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