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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
36/64

36・闇の王

 




 闇の王の城の中には灯りは存在しなかった。闇が支配する城内を、美仁はレムイラーに続いて歩く。

 美仁は、光の無い闇の中でも目が見えていた。闇に溶け込むレムイラーの黒い靄の体もしっかり見える。

 大きな円柱に切り出された黒い石の柱が何本も等間隔に立てられた長い通路の奥に、大きな扉があった。その前まで来ると、レムイラーは何も言わず床に沈んでいき居なくなってしまった。

 美仁は、ここまで案内されたのだからこの部屋に入れば良いのだろうと、扉を叩こうと腕を上げた。


「いいよ。入っておいで。」


 叩く前に中から招く声が聞こえた。子供のような高い声を不思議に思いながらも重い扉を開く。部屋に入るも誰も居ない。先程の声の主が扉のすぐ向こうに居ると思っていたので、美仁はキョロキョロと辺りを見回した。


「早くおいでよ。待ってたんだから。」


 先程と同じ、子供の声が奥から聞こえた。かなり広い部屋の中に大きなベッドが一台だけ置いてあるのが見える。そのベッドから起き上がってこちらを見ている白い人影と目が合った。ぼんやりと発光しているような真っ白い肌の少年は蕩けるように笑った。


「やっと会えたね。私の子。」


 美仁は少年の言葉の意味がさっぱり分からず立ち止まった。背後の扉が勝手に閉まる。閉じこめられたと感じた美仁は、ムッと眉を寄せてして少年を見た。


「貴方が闇の王ですか?」


 美仁は立ち止まったまま少年との距離を縮めずに聞いた。少年は機嫌良さそうに笑っている。


「そうだよ。私は闇だ。でも美仁はお母さんって呼んで。」


「…私の母は私を捨てました。母のように思っている人は居ますけど、それは貴方じゃない。」


 闇は分かっているとでも言いたげに頷く。


「そうだね。あっちには私と波長の合う人間が中々居なかったからね。良い感じに腹の中に子の居る悪い女が見つかったけど、まさか捨てるだなんて思ってもみなかったよ。」


「闇の王は、あちらに行った事があるんですか…?」


 闇は首を振って否と言う。


「いいや。魔王は行って帰って来たようだけど、私はそこまで力は無い。あの女に美仁を産ませた後、力を使い果たして眠ってしまった位だ。」


「そこまでして、どうして子供を…?」


 理解出来ないと眉を歪ませている美仁に、闇は優しく微笑んだ。


「興味本位かな。この通り私はベッドから出る事の無い怠惰な王だ。でも世界中をこの目で見ている。人、魔物、動物の生を。人は子供を育てるだろう。私も子供が欲しくなった。だけど、私は子供を持つ事を許されていない。だからリアツァの目の届かないあちらで産ませた。」


 生命の神リアツァは地上でも広く信仰されている神だ。こちらの世界で新しい命を作る事はリアツァが監視している。闇も、リアツァの監視を免れて子供を作る事は出来なかった。


「私が再び目覚めた時、美仁は泣いていただろう。あちらに居場所が無いと。だから、こちらに喚んだ。」


「そうですか…。私は、闇の王の子供…。」


 闇の王の子供。だからあちらに馴染めない姿で産まれ、こちらの世界に転移した。女仙に化け物と呼ばれる底無しの魔力量に、毒にも熱にも暗闇にも慣れてしまう体。

 全部、この闇の王の子供だったからなのか。美仁は答えがすとんと胸に落ちてきて、あっさりと納得した。


「こちらに喚んだ時も沢山力を使って、また長く寝てしまってね。起きた時、美仁が健やかで安心したよ。」


 この王にもそういった感情があるのだな、と美仁は闇を見た。酷い呪いをかける火の王に、地獄の者が恐れる闇の王…彼等に感情なんてものがあるとは思わなかった。闇はずっと美仁を見て微笑んでいる。


「私もぐうたらしていないで動かないといけないな。少し力を使った位で寝てしまうなんて、美仁に情けない母親だと思われてしまう。」


 美仁はぱちくりと目を瞬かせた。


「闇の王は、女性なんですか…?」


「いや?どっちでも無いし、どっちでもいい。人を見ていると、子供は母親の方に甘えているから、そっちにしようかと思ってね。」


「それってかなり小さい子じゃないですか…。私、もう十八ですよ。」


「十八年しか生きていないのだろ?赤子みたいなものだ。」


 そうだった。相手は精霊の王。創造神が世界を創る時に生み出された存在だ。数十億年も存在した闇からしたら、美仁など産まれたての赤子と言われても仕方ない事なのかも知れない。それでも人間で言えば大人扱いを受ける国だってある。

 人間で言えば…。あれ?私は…?人間だと思って生きてきたけど、人間で合ってるのだろうか。やっぱり、悪魔の子…?


「闇の王…私は、人間です…か?」


 闇は扉の前から動かない美仁に手招きをした。美仁は一瞬体を強ばらせて躊躇したが、足を踏み出しベッドの前まで来た。


「美仁は私の子だ。闇の精霊の王の子。」


「…えぇ~…つまり、やっぱり…。」


「人間ではない。」


 闇はわざとらしくニコーっと笑うと両手を広げた。抱きしめたいと態度で表す闇に、子供のように甘える事に躊躇して動かない美仁。両者が動かず見つめ合うだけの時間はすぐに終わった。


「うわっ!」


 黒い霧が美仁を動かしベッドの上に放り出した。そして小さな闇の腕の中に収まってしまう。


「ふふっ。我が子を抱き締めるとは、気分の良いものだな。それにしても美仁、随分と大きく成長したのだな。」


 闇は細い腕を美仁の首に回している。抱き締められている、というより抱き着かれている感じだ。どちらにしろ居心地が悪い事に変わりはない。


「あの、私まだ貴方の事を母親だと思えないので、やめて欲しいです…。」


「なんだ。感動の再会、というやつじゃないのか?抱き合って涙を流すものなんだろう?」


「…地上の何を見てたんですか…?」


 呆れた表情で闇を見る美仁の頭を、可愛い可愛いと闇は撫でる。くすぐったいような恥ずかしいような気分になり顔を背けた。


「ま、時間はいくらでもある。これから母娘の仲を深めていこう。」


「え、でも私、地上に戻るつもりですよ?」


 今まで微笑みを浮かべていた闇は、目を見開き不満そうに口を尖らせた。宥めるように、美仁は胸元のランプブローチを指差す。


「ランプブローチも残り少ないですし。」


 美仁のランプブローチの花は一輪光っていて、使っていない花はあと四輪だ。地獄に滞在出来るのはあと四日しかない。


「これは何だ?」


「鈴なり花のランプブローチです。これが無いと地獄に居られないみたいで、用意して来たんです。」


「こんなもんは要らん。」


 闇はそう言うとブローチに触れ消してしまった。美仁は命綱のように言われていたブローチを消され、飛び上がる程驚いたが闇に抱き着かれている為、体をビクッとさせて叫んだ。


「わあああ!ブローチが!何処にやったんですか!?返して下さい!」


「闇に葬った。美仁は私の子なのだから、地獄で暮らすのにあんなもんは必要無い。お前の竜もな。」


 美仁は黙り込んだ。確かサラルも去り際に言っていた。地獄に入る前に知っていたら、用意しなかったのに…。


「ふふふ。無駄使いだったな。美仁の嫌いな。」


「…そんな事まで知ってるんですね…。でも私、ここで暮らすなんて考えられないです。地上に戻って会いたい人も居ますし、旅もしたいんです。」


 闇は抱き締めていた美仁を離すと、寂しそうに黒い瞳を揺らした。


「子離れしなければならぬ、というやつか。何時でも帰って来い。美仁もお前の竜も、地獄に入るのに用意せねばならぬ物など無いからな。待っているから。」


「…ありがとうございます。それでは、仲間の所に戻ります。あの、さようなら…。」


 ベッドから降りると、闇も美仁の隣に立った。いつの間に着たのか、黒い毛皮を羽織っている。


「地獄に居る間位、一緒に居ても良いだろう?」


 微笑み見上げてくる闇を断る事等出来ずに、美仁は闇に手を繋がれ部屋から出た。相変わらず静かな城内を歩く。足音さえも闇が吸収してしまうようで、物音一つしない。

 だが闇には聞こえていた。城の中に居るレムイラー達が、今まで一度も部屋から出なかった王が出て来た事に驚き囁きあっている声が。美仁はくつくつと笑う闇を横目で見ながら歩く。まさか一緒に来るとは思わなかった。見た目は華奢な少年だが、堂々と歩く姿に溢れるオーラは流石は闇の王だ。

 このちぐはぐな王が、自分の親なのか…。美仁は不思議な気分だった。でも、嫌じゃない。闇が、自分を娘として可愛がろうとしてくれた事は嬉しかった。自分が望まれて産まれたのだと知る事が出来て良かった。生みの親は望んでくれなかった事を、闇の王は望んでくれている。


「さっき、腹の中に子の居る悪い女って言ってましたけど、どういう事なんですか?私はその子と入れ替わったんですか?」


 だとしたら、その子は何処に行ったのだろう。自分のせいで産まれてこられなかった子供がいたのだとしたら、申し訳ない気持ちになる。


「いや。美仁はその子供だ。だから産まれて成長してきた。だけど私の子にする為に体と魂に私の特別な祝福を与えた。…美仁はあの女に似ているよ。人の親子は似るだろう?もっと成長したらもっと似てくるだろうが…美仁の体の成長はここまでだろうね。」


 そりゃあ人間で言ったら大人だもの。美仁はそう思ったが、ささやかな膨らみしかない胸もそれに含まれているのではと考え眉を寄せた。闇は違う意味で言ったのだが、美仁はそう受け取った。この勘違いが正されるのは、まだ先の事になる。





 城の外に出た闇は黒く濃い靄を出すとその靄に美仁を捕え町の方に飛んだ。美仁と闇がカイ達の泊まる宿に入ると、宿に居た地獄の者達が青ざめ驚き、混乱が巻き起こった。

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