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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
35/64

35・解呪

 




 暗い瞳で美仁とロンを見る竜人達は、深いため息を吐き出した。


「またその呪いの被害者が出てしまったのか…。」


「前回王に呪われた者が出た時、天上界の神にあんなに怒られたのにな…。」


「はぁぁぁ…。我等が王の悪い癖だ。」


 体の大きな竜人達が背中を丸めて項垂れ、ため息をついている。前回の呪いの被害者は本にされ、その魂は天上界の神によって掬い上げられ天に昇っていったが、その後火の王とこの下僕達は大目玉をくらった。大きな体を小さくしてお叱りを受けた下僕達だったが、火の王はカラカラと笑い謝罪していた。そしてあまり反省していない火の王は再びこの悪戯をしてしまった。

 その確たる証拠が目の前に現れ、火の王の下僕達は肩を落とす。きっと火の王がお帰りになられた際には天上界の神に雷を落とされるのだろう…。喜ばしくない未来が見えてしまった。


「…では、儀式を始める。帽子をこちらに。」


 美仁は促されるままにディディエを石の祭壇に置いた。置いたと同時に噴火が起こり、轟音とマグマ片が撒き散らされる。二人の竜人が呪文を唱え始めた。この呪文は古い竜人の言葉だったが、美仁には日本語に聞こえた。実は地上で言語が統一された際、地獄で生きる者の言葉も地上の言語と同じものに統一されていた。なのでロンにもディディエにも、今の竜人の呪文の内容は分からない。

 シュルシュルと聞こえる古代竜人語にあわせて、手に持った杖を床に打ち下ろす。杖の音と噴火音が重なり空気が振動し、祭壇の周りに緊張感が走る。竜人達の背後でマグマが吹き出しているせいで、マグマの目を刺すような眩しい光と、竜人達の真黒な影のコントラストが激しい。影の輪郭を侵食する程にマグマが眩しくて、目を開けていられずに美仁は腕を上げて目を覆った。熱風がこちらに吹き荒んできて、美仁とロンの髪も服も激しく煽られる。風圧に押され少し後ずさると、横からロンが手を伸ばして美仁の背中を支えた。


「あ、ありが…。」


「あっつ!あついあついあつい!」


 ロンを見上げてお礼を言おうとするが、ディディエの大声に阻まれた。まさか燃やされてしまったのかとそちらを見ると、噴火は治まり祭壇の前でディディエがたたらを踏んでいた。


「あああああ!元に戻してくれてありがとうございました!あつい!美仁!麓まで行ってくれ!ここは精霊が少なすぎて飛べない!あっつ!お前なら飛べるだろ!?」


 ディディエは美仁に走り寄る。素っ裸で。しかも、首にはランプブローチを着けた可愛らしいリボンを下げており、一層変態的に見える。


「ぎゃああああ!やだ!やだもう!」


 美仁は目をギュッと閉じ、アイテムボックスからタオルを出すとディディエに巻き付け、ディディエを横抱きにして飛んだ。


「ありがとうございました!」


 目を閉じたまま竜人達の方を向いて言うと、暑い暑い言いながら美仁に抱き着いているディディエを抱えて麓に飛んで行く。


「我が王が申し訳ございませんでした…。」


 竜人達はしおしおと大きな体を小さく縮こませて美仁達を見送った。

 美仁はカイ達の方に向かっているが、別れた所よりも街の方に移動したようだ。薄目を開けてそちらに向かっていると、大粒の汗をかいているディディエがフッと笑った。


「美仁お前、あの暑さが平気なんてすげぇな。俺はお前の精霊達に守って貰ってても燃えるかと思ったぜ。」


「暑いのも寒いのも平気なのは良いんだけどさ、これだとサウナを楽しめないのよね。」


「カイの大好きなサウナをな!」


 顔を真っ赤にして微かに目を開けていた美仁は吹き出して笑った。笑っているディディエと目が合う。


「美仁、ありがとな。お前がいなかったら元に戻れなかった。」


 真剣な顔でそう言われ、美仁は更に赤くなった。ディディエはエルフ。目つきは悪いが結構な美形だった。薄い金色のサラサラの長い髪も、薄紫色の瞳も綺麗な男だ。ああ、こんな至近距離で…。美仁は目を閉じて進行方向に顔を向けた。


「私も、地獄に来たかったから。お互い様だよ…。」


「俺はおんぶにだっこだったけどな。今も抱っこされてるし!」


 ディディエは愉快そうに笑った。元に戻れた事が嬉しくて、頬が緩みまくっている。

 カイ達の元に戻り、ディディエを下ろすとアイテムボックスからディディエの荷物を出した。


「早く服着て!」


 ディディエに背を向けて美仁は耳まで真っ赤にして叫んだ。美仁はロンが風呂上がりに上半身裸で部屋をウロウロするので、男性の上半身は見慣れているが、下半身は初めて見た。見てしまった…ものすごく恥ずかしい。カイ達は苦笑いで二人を見ている。


「アムル、足の裏火傷したみたいでさ、回復薬くんねぇ?」


「うん。ちょっと見せて。」


 ディディエは下着を身につけ地べたに座り、アムルに傷を診てもらっている。


「ありゃ~これはヒドイねぇ…。」


 アムルはディディエの足の裏に、黒ずんだ緑色の軟膏を塗り魔力を込めた。すると、皮が剥がれ焼け溶けていた肉など無かったかのように再生した。


「流石よく効く!ありがとな!」


「いいよ~。これが僕の仕事だからね。」


 ふにゃりと笑うアムルを、ディディエは苦しそうな表情で見た。この表情からディディエが何を言おうとしているのか察したアムルは、ディディエの足の裏をパチンと叩く。


「ディディエ。僕は本当に元に戻る気なんて無かったの。狐の獣人でいる事に、僕は満足してる。魔力もエルフの時のままだし、獣人特有の感覚は薬草を探すのに便利だし。僕は呪われて良かったと思ってるんだからね。」


「それに、あの罠はちゃんと解除出来ていた。呪いの発動は罠とは関係無かったんだよ。ディディエが気に病む事じゃない。」


 怒った表情でディディエを諭すアムルと、優しく頭を撫でながら慰めるカイ。ディディエはじんわりと鼻を赤くした。


「…うっ。俺を、見捨てずに…ここまで連れて来てくれて、ありがとう…。」


 俯いたディディエは涙目になっている。美仁は三人の話を聞いてポロポロと泣いていた。ロンが、ディディエがまだ着替えていないと教えてくれたので、背を向けたまま貰い泣きした。





 宿に戻り、昼食をとった。久しぶりの食事にディディエは大いに喜んでいる。地上に戻ったらロンが選んだ酒を飲むという楽しみもあった。


「さて、これからの事ですが…。」


 サラルが次の目的地を聞いてきた。だが、美仁には何処に向かえば良いのか見当が付いていない。困ったように眉を下げると、サラルは笑顔を貼り付けたまま提案した。


「美仁様は闇の王の元に参られますよね?」


「えっと…闇の王、ですか?」


 サラルは貼り付けた笑顔を瞬時に取り払い、訝しげに眉を歪めた。


「何もご存知ない?それなのに地獄へ?はぁ~美仁様、流石と言うか何と言うか…。でも次は闇の王の所に行って貰いますよ。じゃないと俺、殺されちゃうかもなんで。」


「…何だか物騒だなぁ。でも行く。手がかり無しだし、サラルがそう言ってくれて有り難いわ。」


「そりゃ命かかってますからね。んじゃ、食後にここを出ますよっと。」


 サラルは安堵して背もたれに背中を預けた。自分の仕える魔王もそうだが、神というものは自分勝手だ。特にサラルが今恐れている闇の王は、根城から出て来ないのに物騒な噂が絶えない王だ。地獄に生きる者は、この闇の王には触らぬ神に祟りなしの姿勢を貫くよう心掛けている。勿論サラルもそうなのだが、魔王からの、地上から来た客の案内をしろ、という命令は絶対だし、闇の王を怒らせない事も絶対だ。だからサラルは、普段ならば近寄らない闇の王の領域に向かう。

 火の王の領域を飛んでいた時は、飛行している魔物に襲われる事があったが、闇の王の領域に入ってからは、それが無くなった。ただ、黒い霧が漂っていて様々な骨を頭にしたレムイラーをよく見掛けた。

 三日間飛び続け、闇の王の城の前に降り立った。黒い石材で作られた城は真っ黒で、空も霧も黒い為どんな形をしているのか、よく見えない。


「直接来ない方が良かったかな~?善は急げで来ちゃったけど…。」


 閉められた門を前にサラルがボヤいていると、足元から大きな角の生えた大きな動物の頭骨が現れた。眼窩にぼんやりと光を宿したレムイラーは、ゆっくりと頭を下げた。


「お帰りなさいませ。闇の王がお待ちです。」


 古い金属が擦れる低く響く音を鳴らしながら門が開いた。先導するようにレムイラーが中に入って行く。その後に続いて全員が門を通ろうとすると、レムイラーが振り向いた。


「お入り頂けるのは美仁様だけです。他の者の入城、まかりならぬ。美仁様の竜、お前もだ。」


 レムイラーに阻まれロンがムッとした顔をした瞬間、サラルがロンの背後に周りロンの向きを変えた。


「はいはい。言う通りにしましょ~!美仁様。美仁様とロンはランプブローチの効果が切れても問題ありませんが、お仲間はそうじゃありませんのでね。あまり遅いようでしたら、先に地上に送りますよ。」


 サラルはロンを押して城から遠ざかりながらも顔だけは美仁の方へ向けて言う。美仁も、彼等を見送りながら手を振った。


「分かりました~。皆、また後でね~。」


 サラルにぐいぐいと押され、ムスッとしながらも抵抗はせずにロンは歩いて行く。カイもアムルもディディエも、心配そうに美仁の方を見ていたが、サラルに呼ばれると名残惜しそうにこちらに背を向けた。

 美仁は彼等の姿が黒い霧の中に溶けていくのを見てから、城の方を向く。レムイラーは、美仁を急かす事無く静かに待っていた。


「私の名前、知ってるんですね。」


「勿論で御座います。美仁様、王がお待ちです。参りましょう。」


 レムイラーは恭しく頭を下げると、城の中に入って行った。美仁もその後を追う。黒い城に入る美仁の姿は、真っ暗な闇の中に溶けて消えた。

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