32・もう一人の転生者
リュシアンとカロルは参列者達に挨拶に回り、最後のテーブルにやって来た。カロルの友人である美仁達の座るテーブルだ。
二人が近付くと、美仁とシャルロットの笑顔が輝いた。
「カロル!おめでとう~!すっごい綺麗!」
「カロル様!おめでとうございます!とてもお綺麗です!」
美仁とシャルロットは口々にカロルを褒めた。美仁の隣に座っているロンは、相変わらず話には加わらずに聞いているだけだ。カロルはテンションの似ている二人に微笑む。
「ありがとうございます。美仁、お久しぶりです。わざわざ来て頂いて、会えて嬉しいです。お二人とも、とても綺麗ですよ。」
光り輝くカロルに褒められ、美仁は気恥ずかしくなり頬を染めて俯いた。カロルはウィリアムとジャンの方を向く。
「ウィリアム、ジャンも来て下さりありがとうございます。」
「我らが妹の晴れ姿は祝わないとな!」
「ウィリアムはお兄様ですが、ジャンは違いますね。」
ジャンはニカッと笑い、カロルは目を細め冷めたような目線で返す。軽口を言い合う様は見ていて微笑ましい。ウィリアムも二人を笑って見ていた。
「ほんっと!カロルはウィリアム大好きだな!」
「そうですよ。大好きなお兄様です。」
「…やめてカロル。リュシアン様がすごい睨んでくるから。」
三人は楽しそうに笑い合った。ランディは苦笑しながら、リュシアンはウィリアムを軽く睨みながらその様子を見ていた。美仁とシャルロットはクスクスと笑っている。
テーブルを離れる前に、カロルは美仁とシャルロットにこっそりと耳打ちした。
「私達三人には、共通点があるのですよ。日本という国を知っている、という共通点が。」
カロルは悪戯っぽく笑うと、リュシアンとテーブルを後にした。カロルの言葉に驚いた二人は言葉を無くして見つめ合った。
パーティーが終わり、幸せな気持ちで美仁はシャルロットと歩いている。カロルの幸せそうな姿が、美仁の心を幸福感で満たしていた。シャルロットは、美仁ともっと話がしたいと、美仁を自分の借りている部屋に誘った。美仁はその誘いを喜んで受け、ロンは美仁から酒瓶を幾つか受け取り宿に戻って行った。
シャルロットの部屋はこじんまりとしているが、ベッドやクッションに使われているリネンは可愛らしい柄で、綺麗に掃除されていた。カロルの学園で知り合った友人らしいのだが、貴族という感じではない。
風呂に入り、寝支度をした二人はベッドの中で話をしている。
「へぇ~。じゃあシャルロットもカロルと同じで転生してここに居るんだね。」
「そうなの。美仁は異世界転移か…。すごい。小説みたい…。まぁ既にゲームの世界なんだけど。」
シャルロットの言葉に美仁は首を傾ける。そういえばカロルも以前そんな事を言っていた。悪役令嬢だとか、国外追放だとか。しかし美仁にはピンときていない。
「ゲームの世界って、どこまで登場していたの?ブラゾス大陸とか、地底深くから行ける地獄とか、ミズホノクニとかも出てきたの?」
「え?…いや、ガルニエ王国だけだったかな。登場人物も少し違うけどちゃんと居るし、ゲームの世界なんだと思ったんだけど…。」
シャルロットは眉を寄せて考え込むような難しい表情をした。
「シャルロット達は前世の記憶があるでしょ?もしかしたらさ、この世界から転生してゲームを作った人がいるんじゃない?過去の日本に転生したっていうおかしな話になっちゃうけど。」
「わぁ~。でももしかしたら、あるかもね!現に私達が転生してるんだもん。」
二人は正解の分からない話に盛り上がる。
「じゃあこういうのは?ここが地球からすごーく離れた惑星で~。」
「いつか地球人がこの世界の人と交流しちゃったり?」
「きっとビックリするよね!モンスターがいて、魔法もあるんだから!」
二人は地球に思いを馳せる。美仁にとって、あまり良い思い出の無い場所ではあるが、懐かしい生まれ故郷だ。シャルロットは転生してこちらの世界に居る為、日本に大切な人を残して来てしまっているのだろう。美仁はしんみりと黙った。シャルロットは顔を上げてそんな美仁を見た。
「美仁、またガルニエ王国に来る事があったら、こうして話をしようよ。王太子妃様になったけど、カロル様もきっと話たいと思うでしょうし、来たら連絡して?私は城の錬金塔で働いてるから。」
「うん。ありがとう!地獄から戻ったら、絶対来るよ!」
「地獄ぅ!?カロル様もとんでもないお方だけど、美仁もそうなのね…。無事に帰って来てね~。」
美仁の目的地に驚き目を剥いたシャルロットは、苦笑いしつつも美仁の旅路を祈る。そんなシャルロットを見て、美仁も笑った。
「なぁに、とんでもないって!シャルロットだってとんでもないでしょ?こんなに精霊が周りに居る人間、初めて見た!」
「え?周りに精霊が居るの?」
シャルロットは精霊の加護が五つもついている。精霊の加護は大抵一つか二つで、多くても三つなのだが、五つ持ちのシャルロットは生まれた時から精霊に囲まれていた。だが精霊を見る目は持っておらず、その存在に気が付いてはいなかった。
「精霊が見える人ってのも初めて聞くわよ…?やっぱり美仁ってとんでもないのね。」
「修行したからね!シャルロットも修行したら見れるようになるよ。」
「私はいいわ。憧れの錬金塔に就職出来たんだから。一生懸命仕事をするのよ。」
笑いながらそう言うと、シャルロットは夢見がちな顔をする。
「カロル様、綺麗だったわね…。カロル様って学園に居た頃からリュシアン様とラブラブだったのよ。」
「へぇ~!私がカロルと初めて会った時もそうだったよ!カロル、愛されてるな~って思った!」
シャルロットは少し頬を染めて小さい声で美仁に聞いた。
「美仁は、好きな人とかいるの?」
美仁は急に恋バナが始まり顔を赤らめる。
「えっと…それが、今まで恋とかした事なくて…。」
「あは!同じだ~。同い年のカロル様は結婚。貴族のお嬢様達も卒業後に結婚する子もいるんだって!」
カロル以外にも同じ年頃の子が結婚するという話を聞き、美仁は目を見開き吃驚した。
「えええ~!早いんだねぇ。私は冒険者だけど、恋愛とか出来るのかな…?」
「ロンさんは?背が高くてかっこいいじゃない?」
「あははは!ないない!ロンは従魔だから~。」
今度はシャルロットが目を見開く番だった。
「えええ?ロンさん魔物だったの?テーブルマナー完璧だったわよね…。」
「そうなの。ドラゴンなのに、食べ方とか綺麗なのよねー。」
「ドラ…!…もう何も言うまい…だわ。」
二人の恋バナは失敗に終わったが、楽しい気分で眠りにつく事が出来た。
翌日、美仁はシャルロットと再会を約束して、ロンの待つ宿に戻って行った。宿、と言ってもいつも美仁が利用する冒険者支援協会提携宿ではなく、カロルの用意してくれた高級な宿だ。部屋も浴室も広くベッドもフカフカで、一泊幾らするのか…。きっと二度と泊まれないだろう。
その宿の前で、昨日出会ったランディとコンバグナが揉めていた。
「…コンバグナ様、どうして俺なんです?俺は強くもないですし…。」
「俺が強いのだからお前が強い必要は無いだろう。クラメール国に戻るんだろ?着いて行ってやる。」
「だからどうしてなんですか~?」
コンバグナに何故か気に入られてしまったランディは及び腰でいる。いっそ逃げ出したいが、何処に逃げても捕まるだろう。相手は神なのだ。ランディが何をしても逃れる事は不可能…。だからせめて、理由を知りたいのに、この神はそれに答えてくれない。
美仁がこのやり取りを見ていると、コンバグナが美仁の方を向いた。
「おお、変わり種。また会ったな。」
「おはようございます、コンバグナ様。…変わり種、ですか?」
「おう。お前は変わり種だ。お前みたいなのは俺もメイリーベも初めて見た。…ああ、お前まだアイツに会ってないのか。なら俺からは何も言えんな。」
変わり種、アイツ、何の事なのかさっぱり分からない。何も言えないと言っている以上、聞くべきではないとは思うが、気になる…。この葛藤が顔に出ている美仁を見てコンバグナは豪快に笑った。
「アイツには俺も会った事は無い。引きこもり中の引きこもりだからな!地獄に居る奴等も会った事ないだろう。じゃ、俺達は行く。達者でな。」
「一緒に行く事になってる!?何でぇ!?」
「ありがとうございます。コンバグナ様、ランディ、お元気で!」
美仁は、良い笑顔で去るコンバグナと、抱え上げられ連れ去られるランディに、元気良く挨拶をした。疑問しか残されなかったが、きっと地獄に行けば分かるのだろう。
美仁は豪華な部屋で酒瓶を幾つも転がしてベッドに沈むロンを起こして、アレゲニーへ向かう。前回は船旅への興味で船に乗ったが、カイ達が待っているかも知れないのでロンに乗る。
今出発すると到着は夜になる為、昼食と夕食を買った。ロンは休憩無しで飛ぶと言い、食事の代わりに酒を希望した。最近、お酒を飲む事が好きになってきた美仁は快諾し、ワインやリンゴの果実酒であるリンゴ・ワインや洋梨の果実酒のポワレ、甘口で香り豊かなピノーを買い、飛び立った。
蝶がロンを先導している。美仁はロンの背中でゴロゴロ寝そべりだらけていた。ポンタとシロが育てたじゃがいもで作ったポテトチップスを食べている。ポンタが育てた野菜はとても美味しくて、このポテトチップスも美味しい。美仁はヘネラルの街で買ったカラフルなポテトチップスも美味しかった事を思い出し、地獄から帰ったら、またあのポテトチップスを買おうと決めた。
そういえば今まで地獄に行く事しか考えていなかったが、その先どうするのか全く考えていなかった。どうしようかなぁ、とぼんやりと考えながら、美仁はロンの背中でウトウトと微睡んだ。