30・貴族のドレスで灰になる
美仁達は、アムル達と別れた街グアディエーラに久々に戻って来た。アムル達がいつ戻るか分からない為時々戻っては、冒険者支援協会の伝言板を確認していた。
この世界には魔石通話機という、魔石で作られた通信装置が存在しているのだが、美仁もカイもアムルも必要性を感じず購入していなかった。
彼等は伝言板を一々確認しなければならない事を、不便だとも感じていない。
魔石通話機自体はそれ程高価なものでは無い為、平民や冒険者でも所持している者も居る。
アムル達と別れたのはまだ春だった。今はもう木枯らしが吹き始めた季節。伝言板に、アムルの名前を見つけた。
「カイ!アムルが帰って来てる!」
「本当だ。二週間前に戻ってるようだね。宿に行ってみよう。」
カイはアムルの伝言にサインをすると協会を出て、約束していた宿に向かった。宿の手配と同時にアムルの部屋を聞き訪ねると、部屋には居なかった。
「受付に伝言を残しておこう。クエストに出てるのかもね。今日帰るとも限らないし、夕食にしようか。」
「先に酒屋に行くぞ。洞窟ワインとシェリー酒を買う。」
「ロン、ここに来る度に買ってるね。確かに洞窟ワインもシェリー酒ももう無いけどさ。」
美仁達は酒屋に寄ってからバルに向かった。カイとロンは酒とタパスを頼み飲み始める。まだ酒の飲めない美仁はタパスだけを頼んだ。
バニュエラ国に居る間カイとロンはバルのハシゴをしているのだが、美仁はいつも二軒目までは付き合う。二軒目でお腹がいっぱいになる為三軒目に行く頃には宿に戻っていた。
あと一月半で十八歳になり、バニュエラ国では飲酒可能になる。エルブルス大陸にはビールやワインなら十六歳から飲酒可能になる国もあるが、美仁はまだ行った事がない。
楽しそうに、美味しそうに酒を飲むロンやカイを見ていると美仁も酒を飲めるようになるのが楽しみではあるが、何故かロンの方が楽しみに感じているようだった。
翌日の朝、宿の食堂に降りるとカイとロンは既にテーブルについていた。同じテーブルに、久々に見る顔を見つけた。
「おはよう。アムル!おかえり!」
「美仁、ただいま。ランプブローチは部屋に置いてあるんだ。後でアイテムボックスに入れてくれるかな?」
「勿論~。こっちもね、ウルスルの手いっぱい手に入れたよ~。ビフツェルートも順調に育ってるから、あとは地獄に向かうだけだね。」
アムルとの再会に喜び、美仁は食事中ずっとニコニコと嬉しそうだった。
食後、アムルの部屋に全員で向かった。一人部屋のアムルの部屋は狭く、体格の良いカイとロンが入ると殊更狭く感じた。
アムルは鈴なり花のランプブローチが入った袋を出して美仁に手渡した。袋は五個あり、ブローチにも予備の用意をしてあるんだな、と美仁は思いながらアイテムボックスに仕舞った。
「じゃあ、これからの事だけど…。」
「その前に、少し良いかな?」
カイの言葉をアムルが遮った。カイが意外そうな顔をしてアムルを見る。美仁は、何だろうと目をぱちくりとさせアムルを見た。
「実は、僕達には仲間がもう一人居るんだ。」
アムルはそう言うと、汚れた帽子を脱ぎ小さな机に置いた。アムルの尖った狐の耳が現れる。
カイは、優しい瞳で帽子を見ている。美仁は、その仲間は何処に居るのだろうかと疑問に思い、ドアから入って来るのだろうかとドアの方を見た。
「美仁、そっちじゃない。」
聞き慣れない声が後ろから聞こえ振り返るが、誰もいない。美仁は訳が分からず眉を顰めてアムルを見た。
「何処にいるの?」
「お前の前に居る。」
「んっ?」
小さい机に置かれた汚れた帽子から声が聞こえ、美仁は更に眉間に皺を寄せて帽子に顔を近付けた。
「今まで黙っていて悪かったな。俺はディディエ。呪いで帽子にされた、元エルフだ。」
「………………………うそ………。」
美仁は目を大きく広げて帽子を見た。
アムルが呪いを受けていた事を聞かされた時よりも衝撃が大きく、頭が真っ白になった。
言葉を紡げずにいる美仁にディディエは話を続ける。
「美仁、お前のお陰で、あと少しでエルフに戻れる。地獄に入れず街に戻った時は、絶望していた。そこに現われたお前は、俺にとっては神の助けだ。」
美仁はディディエの言葉を聞くとポロポロと涙を流した。
「ディディエ…絶対に、地獄に行こう。絶対呪いを解いて貰おう。私、何があってもディディエと地獄に行くから…!」
涙混じりにディディエに言う美仁の背中を、カイが優しく撫でた。美仁が涙を拭くとカイは美仁の頭を撫でる。
「じゃあ、アムルとディディエと合流出来たし、俺達は地獄に向かうよ。美仁は友達の結婚式が終わったら来てくれ。美仁の方が先にアレゲニーに着きそうだけどな。」
「あはは。ロンは飛ぶの速いからね~。…アムルとはまた暫く会えないんだね。残念だけど、また四月に…。」
「あ、ロン。聞いて欲しい事があるんだが…。」
カイの言葉に別れを惜しみ始めた美仁を、ディディエが遮った。黙って会話を聞いていたロンは、ディディエを見下ろす。
「俺が元の姿に戻ったら、美味い酒が飲みたいんだ。何か見繕っておいてくれないか?」
「ふっ。任せておけ。儂の好みで良いか?」
「ああ。飲兵衛のドラゴンの好みの酒を飲めるなんて、楽しみだからな。」
また酒の話か、と美仁が呆れているが、ディディエが元に戻る頃には美仁も酒を飲めるようになっている事に気付き、美仁も楽しみになった。
カイ達と別れ、美仁はロンと何処に行こうか考えた。そして、魔王謁見の際に必要なお菓子が少ない為、各地を廻ってお菓子を集める事にした。もし謁見しなくても、後で美味しいお菓子を食べられるので全く問題は無い。むしろそれで良い。
美仁とロンがエルブルス大陸を廻っている間に美仁の誕生日が来た。この日は何もしないと決めた美仁は昼にカフェでフルーツの沢山乗ったタルトを食べて誕生日ケーキとしていた。
夜は酒場に行くと、ロンが酒とツマミを頼んだ。美仁は初めてビールを飲む。
「…うわぁ…。苦ぁ…。」
ロンは顔を顰めて舌を出している美仁を見て苦笑した。
「苦いのはダメか?…ならば、カクテルにしたら飲めるか…?」
ロンはオレンジジュースを注文すると、美仁のビールを半分飲みオレンジジュースを注いだ。
「ビター・オレンジだ。飲みやすいぞ。」
勧められ飲んでみると、すっきりとしていてかなり飲みやすい。オレンジジュースの酸味と甘味がビールの苦味を補い、ビールに苦手意識を持った美仁でも、このビアカクテルを気に入った。
美味しそうにビアカクテルを飲んでいる美仁を満足気に見ているロンはこの日、様々なビアカクテルを美仁に飲ませた。
酒場帰り、美仁はふわふわと楽しい気分で宿に向かって歩いている。ロンにかなり飲まされていたが、ずっとほろ酔い状態だ。
「ロン、ありがとうね~。楽しかったよ!」
「ああ。誕生日おめでとう。明日も飲むか。」
「ええ~?そしたらロンみたいに毎日になっちゃうんじゃない~?」
美仁は楽しそうにケラケラと笑う。ロンは美仁が潰れる所を見たいと思ったが、美仁は酒に強いらしい。
今日最後に飲ませたのはカシスビア。ビールをカシスリキュールで割ったもので、フルーティーな味わいで飲みやすいが、度数は他のビアカクテルよりは高い。
結構な量の酒を飲んだにも関わらず変わらずほろ酔い状態の美仁を見て、明日はもう少し強い酒を飲ませてみようとロンは思っていた。
しかし、これからロンは様々な種類の酒を美仁に飲ませるも、美仁が潰れる事は無かった。
春になり、美仁達はガルニエ王国に来ていた。数日後にこの国の王太子の結婚式があるという事で、王都は明るく賑わっていた。
王都に入り歩いていると、空から黒い塊が降って来た。その塊は重さを感じさせないように軽く着地をして、恭しく頭を下げた。
「お久しぶりで御座います。美仁様。我が主、カロルから手紙を預かっております。」
降って来たのは黒く美しいヴォラーグだった。カロルの使役している魔物の内の一頭だ。
「力丸!久しぶり~!そっか、結婚式前だから忙しいよね。力丸、わざわざありがとう!」
「いいえ。それでは失礼致します。王都に、結婚式に、お楽しみ頂けると幸いです。」
丁寧に頭を下げると力丸は再び空に跳んだ。美仁は封を開けると、結婚式の招待状と宿を手配している旨の書かれた手紙が入っていた。
「…何から何まで…。よし。ロン、結婚式に出席するんだから綺麗な服を着なきゃだわ!買いに行くわよ!」
美仁は王族の結婚式に出席するに相応しい服装等知らない為、とりあえず貴族街にある服飾店に入った。
服飾店の店主は、普段から貴族を相手に商売をしており、美仁のような冒険者が店に入る事に良い顔をしなかったが、美仁が招待状を見せると顔色を変えた。
腕とセンスが良いようで、美仁とロンのサイズを計ると既製品の中から合う物を並べ着せ替え人形の如く試着させられた。
美仁もロンも疲れて何でも良い気分になっていると、店主は満足そうな顔をして鏡の前に二人を並べ立たせた。
質の良い布で作られた清楚なワンピースと少し高いヒールを履いた自分は、かなり大人びて見える。ロンも、グレーのスーツを着ている。
「ロン、カッコイイじゃない!」
「これを着ていると竜化出来ん…。ま、問題は無いがな。」
ロンが普段着ている服はドラゲンズバークで作られている特殊な衣服で、ドラゴンが人化する際に現れる。
人間の作る衣服だと、竜化する際に破れてしまうが、ドラゴンの衣服は破れず鱗に同化する。
ニコニコとロンを見ていた美仁はくるりと回転した。踝丈のスカートは、ローラン邸に滞在した際に着せて貰ったドレス以来だ。
何だか気恥しい気持ちになりながらも、ロンに意見を求める。
「どうかな?似合ってる?」
「動き辛そうではあるが…、良いんじゃないか?…その、何だ……可愛いんじゃないか…?」
「褒めるの苦手だな~!でもありがと~。」
とても言い辛そうに顔を赤くして褒めるロンに、美仁は大笑いした。満足そうに見ていた店主がロンに近付いて来た。
「御二方共、とてもよくお似合いでいらっしゃいます。では、お代はこちらになります。」
ロンは渡された紙を美仁に渡した。その紙を見た美仁は血の気が引いた。貴族が着るドレスはこんなにも高価なのか…。
今まで珍しい魔物の素材を売り、貯め込んでいたお金が美しいドレスとスーツの前に消えた。
美仁は服飾店を、魂が抜かれたような顔色と足取りで出て行った。