27・ビフツェルート採取
リフアオ湖はパキオミ山中、標高3900メートルにある古代湖だ。
河川から流入する堆積物によって埋め立てられてしまう為、湖の寿命が数千年から数万年なのに比べ、リフアオ湖は百万年以上前から存在している。
百万年以上存在し続けている古代湖は、この世界で十六ヶ所しか見つかっていない。
海のように見える程広大なのに波が無く穏やかな、この湖沿いを歩きながら湖南を目指す。
リフアオ湖はデル国とデアデロ国の境を跨いでいる。デアデロ国は国土の二割強がパキオミ山脈地域で六割強が熱帯雨林地域の国だ。
美仁達は三日歩きリフアオ湖南部、デアデロ国に入っていた。
「どの位の大きさのビフツェルートを採れば良いかな?あと鈴なり花のランプブローチを手に入れて、ウルスルも狩らなきゃだし、いつアレゲニーに戻れるかなぁ?」
「んー、そうだねぇ…。ランプブローチはエルブルス大陸に行かないと手に入らないからねぇ…。ランプブローチは僕に任せて貰うから、その間カイと美仁とロンにウルスルの手を集めて貰うでしょ。ただ、ランプブローチが直ぐに手に入るかも分からないから…。」
アムルが難しい顔をして考えている。エルブルス大陸に向かう事を聞いて美仁は大事な事を伝え忘れていた事に気付いた。
「あ!あのね、私、来年の春にガルニエ王国で友達の結婚式があって、参列したいの。だから、地獄に入るのはその後でも良いかな…?」
「勿論。じゃあ来年の春に地獄に入る予定で、ビフツェルートは若芽のものを探そう。」
カイが笑顔で了承してくれて美仁はホッとした。一行はビフツェルートの若芽を探していく。
様々な植物が生えている為にビフツェルートかどうかの区別がつかず、掘ってみたらじゃがいもだった、という事も多々あった。
ビフツェルートの群生地を見つけ若芽を探すと、若芽は数株集まって生えていた。
出産後枯れたビフツェルートは産まれたばかりのビフツェルートの栄養になる為、若芽はその栄養が無くなるまでは移動しないのだ。
二日かけて五十株のビフツェルートを採取し、アイテムボックス内に無事植える事が出来た。
その夜、滞在した村にビフツェルート料理があったので頼んでみると、その美味しさに一行は驚いた。
植物系の魔物なのだが、食べた感じは肉。溢れ出る肉汁はあっさりしていてコクがある。臭みなども無いビフツェルートを、デアデロ料理であるビフツェルートの唐揚げで頂く。
レモンとニンニクなどの調味料に一晩漬けたものをそのまま揚げてあり、外はカリカリ、中はジューシー、口の中に広がる旨味を堪能できた。
翌日からはエルブルス大陸へ渡る為にデル国最大の港町クジャプへ向かう。
クジャプではバニュエラ国のパリャレサ行きの船が出るのは三日後だと言われ、クエストをこなしながらその日を待った。
駅馬車での旅で魔物に遭遇する事もよくあった為、溜まっていた魔物の解体も出来、丁度良い滞在となった。
そして美仁達がアマルナに近い街、エルブルス大陸のバニュエラ国、グアディエーラに着いたのは、四月に入ってからだった。
「じゃあ、僕はアマルナで鈴なり花のランプブローチを手に入れてくるよ。この街でまた会おう。」
「うん。行ってらっしゃい!ウルスルとお金の事は任せてね!」
「アムル、よろしく頼む。気を付けてな。」
アムルは手を振るとアマルナを囲う迷いの森に入って行った。美仁は大きく手を振りアムルを見送る。
どの位の期間離れる事になるのか分からない為、お金の殆どをアムルに渡していた。アムルはお金なら自分で何とか出来ると断ったが無理矢理持たせた。
美仁達はグアディエーラでウルスル討伐のクエストを受注しているので、アムルと別れると早速その地へ向かう。
ウルスルは成体だと三メートルを越える巨体にもなる熊型魔物だ。温帯から北極圏まで広い地域で生息している為、グアディエーラにも討伐依頼は出ていた。だがウルスルは子育てしている母親と子供でなければ群れての行動はしない。
クエストの情報を書いてある紙には大体の出没地が書いてあるが、探し回らなければならない。
美仁もロンも魔物の気配を探れる為苦労せずにウルスルを見つけ出し討伐する事が出来た。一体ずつではあるが、クエスト報酬も素材買取もして貰えるのでお金は入るしウルスルの手は手に入るし二度美味しい。
美仁達はウルスルを狩りながら各地を転々とした。美味しいお菓子があれば買った場所をメモしてアイテムボックスに仕舞っておいた。魔王に謁見する予定は無いが、念の為だ。
アムルが迷いの森に入って行ったのは春だった。もう夏になる。連絡手段も無い為、美仁はアムルを心配していた。アムルは今、どうしているだろうか…。
アムルは、美仁達と別れてから迷いの森を飛行して進んでいた。エルフの飛行魔法だ。
迷いの森はエルフが他種族をアマルナに入らないように魔法をかけている。獣人の姿をしている元エルフのアムルはエルフの国への道が分かる為、迷いなく進む。
曲がりくねった木の枝が空を覆い、昼間なのに隙間から見える空はどんよりとした紫色をしており、暗い森は薄気味悪い印象を与える。
これもエルフの魔法による影響だ。魔物によるものか、動物のものか分からない声も時折聞こえてくる。
アムルは懐かしい気持ちで森の中を飛び続けた。この森に帰って来るのは百年以上ぶりだ。
この森は百年経っても変わらない。きっと、エルフの国も変わっていないのだろう。
数週間昼夜を問わず飛び続けた。夜はアムルは寝ていたが、目的地に向かって迷いなく飛んでいた。
そして、まだ暗く不気味な森を抜けていない中、地上に降り立ちエルフの集落へ歩いて向かった。
美仁と出会ってから、薬の調合に使う物はアイテムボックスに入れて貰っていたが、今それ等の物はアムルの背負う巨大なリュックの中にある。久々に背負ったが、かなりの重さを感じる。
アムルは美仁を思い出し笑みを浮かべた。アムルは美仁を信じているし仲間だと認めているが、もう一人の強情な仲間は彼女を中々信頼出来ないらしい。
アムルはこそこそと集落に入って行った。アムルの生まれ故郷であるンテムの村。勝手知ったる日の暮れた村を、人目につかないように移動する。
目的の民家にたどり着いたアムルは、中に人が居ないのを確認すると、外壁の茂みに身を隠して住人が戻るのを待った。
暫く待つと、家の中に人が入って来る気配と共に灯りがついた。窓から覗くと、アムルが待っていた人物が居た。
その人物は一人のようでアムルは安心すると、窓をコツコツと叩いた。
中に居る男のエルフは険しい表情をすると、つい先程壁に掛けた弓を手に取り身構えた。アムルは慌てて窓を開けて声をかける。
「イーロン!僕だよ!アムル!薬剤師のアムルだよ!」
イーロンと呼ばれたエルフの若者は、鍵をかけていたのに容易く窓を開けられた事に驚き、この不審者が自分の名を呼び更には幼馴染であると主張した事に驚いた。信じられないという表情でアムルを見つめる。
「アムル?何故お前がアムルなんだ?顔が違うし、アムルはこんな子供じゃないぞ?」
「呪いだよ。呪いで姿が変わってしまったんだ。イーロン…リームはどうしてる?…元気か?」
目の前の狐の獣人から、幼馴染の妹の名前が出た事で少しだけ話を信じたイーロンは、アムルを窓から部屋に招き入れる。弓を壁に掛けてアムルに座るよう促した。
「呪いか…。ンテム村の男の中で一番美しいと言われたお前がそんな姿になったと聞いたら、村の女達が悲しむな。」
イーロンは揶揄うようにアムルに笑った。その話題に触れてほしくないアムルはムスッとした顔で返す。
「それは良いんだよ。むしろこの姿になって煩わしい事が減って却って良かった位だよ。…で、リームは?」
「相変わらずだな。リームは…アマルナを出た。冒険者になるって言って。五十年以上前だったと思う。」
昔と変わらないアムルに嬉しそうにイーロンは言った。
この狐の獣人は幼馴染のアムルなのだろう。昔から、美しい容姿を持つアムルは異性に大層モテたがそれを面倒臭そうにしていた。
そしてアムルは妹の事を聞き、両手で顔を覆って項垂れた。
「…あのバカ………。」
「アムルの時は女達が大騒ぎして、リームの時は男達だ。ツィドゥムナナナまで騒ぎが広まったんだぜ?まぁ、リームの事だから元気にやってるさ。」
イーロンはアムルの背中を叩いて慰めた。
リームは美しいだけの娘では無かった。どちらかと言うと問題児で、また何処かで誰かに迷惑を掛けているのではとアムルは心配してしまう。
「アムル、ディディエはどうしたんだ?一緒じゃなかったのか?」
イーロンは、もう一人の幼馴染の名前を口にした。その名前を聞き、アムルは言い辛そうに目を逸らす。
そのアムルの表情を見て、イーロンは嫌な予感がした。
「まさか、……嘘だろ…?ディディエが?あいつがそんな簡単に、くたばる訳無いよな…?アムル…そうだろ?何とか言えよ……?」
イーロンは声を震わせてアムルを見る。視界がぼやけてアムルの顔が良く見えない。
「ディディエは…。」
「嘘だ!憎まれっ子世に憚るって言うだろ!?ディディエにそんな早く迎えが来る訳無いだろ!」
イーロンは叫んだ。涙をボロボロと流して。幼馴染の訃報を受け入れる事は到底出来なかった。
「そうだろ?アムル!何とか…。」
「…生きてるよ。勝手に殺すな、アホイーロン。」
「…は?」
アムルの方から声がした。もう一人の幼馴染、ディディエの声が。
イーロンがアムルを見ると、アムルが被っている汚い帽子と目が会った…気がした。汚い帽子に目は無いが、懐かしいディディエの、目付きの悪いあの視線を確かに感じる。
「俺はここだ。このアホ。」
やはりアムルの帽子からディディエの声がした。目の無い帽子に睨まれている。何処から声が出て、何処から見ているのか…。
「はああああああああああああああああ!?」
イーロンは理解が出来ず、叫ぶ事しか出来なかった。