25・火の王の呪い
夕方まで狩りをしてアレゲニーでもう一泊し、北ブラゾス大陸の最南端の国ビエハに向かう。
ビエハ国には浄化石の有名な産地がある。浄化石は割と何処でも採れる石だったが、水樽魔石という三十リットル程の水を入れておける小さい魔石が開発されてから、浄化石の採掘はあまりされなくなった。
ビエハのオリノコ鉱山は、今でも浄化石の採掘が行われている数少ない浄化石鉱山の一つだ。
朝駅馬車で次の街へ向かい夕方街に到着し宿に泊まり、また朝駅馬車に乗る。
途中でパーティの財布が空になり美仁のアイテムボックスから魔物を売る為に大きな街に滞在した。その街で仕舞ってあった魔物は全て売る事が出来、パーティの財布も各自の財布も、美仁の顔もホクホクしている。
今までロンの財布は無かったが、美仁はロンにも財布を渡す事にした。それからというもの、時折ロンは酒を買って来ては美仁に仕舞ってくれと渡して来る。そして大きな樽で買いたい時は、酒屋へ同行させられた。
駅馬車での移動は朝から夕方までで、昼は馬を休憩させる為に止まる時間に済ませていた。
駅馬車を牽引するのは馬がほとんどだったが、ポダルゴスという馬の魔物が牽引しているものがある。ポダルゴスはマーカルゴラのように空は飛べないが足の早い馬で、その駅馬車は早い分料金も割高だった。
カイ達はアレゲニーに行くまでに、時折そのポダルゴスの引く駅馬車を利用していたらしい。
ビエハ国に向かう今回は、ポダルゴスの駅馬車があればそれを優先して利用した。ただ、舗装されていない道を、かなり早いスピードで走る馬車の揺れは全く快適とは言えなかった。
馬車は様々な技術を用い強化してあり壊れ難いものだったが、揺れを軽減する技術は未だ無い。
振動の激しい車内を揺られ一日を過ごした乗客達は、夕方ヨロヨロと腰を押さえ覚束無い足取りで馬車から出ていくのであった。
そんな旅をして約一ヶ月。美仁達はビエハ国の首都カカルラに来ている。
もう年末という事もあり、街には蝋燭が、窓際に、ドアの前に、道沿いに、至る所に並べられている。これは、時の神が新しい年を運んでくる為の道標になるようにと、ビエハ国で行われているものだ。時の神を迎える方法は国によって様々。
暗くなった街を蝋燭の小さな灯りが道を作り、ゆらめき輝き美しい。
「綺麗だねぇ。」
美仁がうっとりして言うと、カイが笑って頷く。
「そうだね。俺達もビエハの年越しは初めてだから、楽しみだな。年末は駅馬車も走らなくなるから、しばらくカカルラに滞在しよう。」
カイの言葉に美仁はビエハの年越しを楽しみに感じた。翠山では毎年大晦日に蕎麦を食べ、年が明けると豪華な食事に酒で新年を祝っていた。子供だった美仁はご馳走とお菓子を楽しんでいた。
年末年始の数日間は勉学も修行もお休みだった点も、年末年始が好きな理由の一つだった。
一行は宿をとり酒場へ向かう。赤道に近いが標高2600メートルという高原にあるカカルラは常春の街だ。
花の栽培が盛んなこの街は、太陽が出ていれば花の露店が色とりどりの花を並べ、街は鮮やかに彩られている。残念ながら店仕舞いが終わった今の時間ではただの暗い商店街だった。
酒場で飲み食い宿で寝て、翌日には食料を買い求めた。一行は揃って買い物をし、美仁のアイテムボックスにどんどんと仕舞っていく。勿論酒も。カイもアムルもお酒が好きらしく、ロンと楽しそうに選んでいる。そして、宿で男達は酒を飲む。
宿では二人部屋を二つとっている。美仁がロンと相部屋で、カイがアムルとだ。酒を飲む時はカイ達の部屋に集まって飲む。
街の商店の一つに入り、浄化石を求めた。
「浄化石を二百五十個お願いします。」
「沢山欲しいんですねぇ。申し訳ございませんが、今は水樽魔石が主流ですからね。うちでの取り扱いは少ないんですよ…。」
そう店主は申し訳無さそうに答えていた。
「ねぇ、カイ。そんなに沢山必要?十日分でしょ?五十個も余分に要るかなぁ?」
「え?ああ…念の為ね。」
「そっかー。」
店主に、多く必要ならオリノコ村に向かう事を勧められ、次の目的地が決まった。
そしてカカルラに滞在して数日。今日は大晦日だ。いつもは早く寝る美仁も、カウントダウンの為に起きていた。
美仁以外の三人は既に酒が入っている。空いている窓から涼しい夜風が入ってきて気持ちが良い。
「ねぇ。カイ達はどうして地獄に行きたいの?」
美仁の問いに、カイとアムルは視線を交わらせた。どうしようかと迷っている風だ。
「あ、えっと…言いたくないなら良いの。ごめん。ちょっと気になっただけだから…。」
美仁は慌てて謝った。それに対してアムルは首を振る。
「言いたくない訳じゃないんだ。…実は僕ね、呪いにかかってるんだ。」
「えっ…。」
思いもよらない言葉に美仁は体が強ばった。いつも明るくて優しいアムルが、呪われているだなんて思いもしなかった。ショックと悲しみが胸の内にじわじわと広がっていく。
「僕、呪いにかかる前はエルフ族だったんだ。ダンジョン内の宝箱の解錠に失敗して、こうなっちゃったの。どの神殿に行っても解呪は出来なかった。運の悪い事に、この呪いは火の王のかけた呪いだったんだ…。」
美仁は上手く反応出来ないでいた。呼吸もちゃんと出来ているのか分からない。カイはそんな美仁の背中を優しく撫でた。
「色々調べたんだけどね。五百年以上前には本にされた人もいたらしいよ。今回地獄の入口まで行って分かったけど、地獄に入るのは生半じゃない。…その人も、諦めたみたいでね、今では何処かの図書館に保管されてるらしいよ。魂は消滅してしまったと、調べた本には載ってたね…。」
美仁はカイを見て目を見開いた。大きな瞳が濡れ、みるみる内に大粒の涙が零れ落ちる。
「ひどい…そんなのひどい…!何でそんな呪いを受けなきゃいけないの?物にされちゃったら、動けないしご飯も食べれない…。楽しい事何にも出来なくなっちゃうじゃない…。」
カイは優しく宥めるように美仁の背中を撫で続けた。大きな手が暖かい。落ち着いた美仁は力強い瞳でアムルを見た。
「絶対、地獄に行って、元の姿に戻してもらおうね!」
「…うん!」
アムルは嬉しそうな、幼い笑顔で頷いた。その様子を微笑ましく見ていたカイは、今度は美仁に問いかける。
「美仁は?どうして地獄へ?」
「あ、私はね、この世界の生まれじゃないの。それで、何でこの世界に来ちゃったのか知る為に地獄に行くの。」
カイもアムルも疑問符を頭上に浮かべて首を傾げている。ロンも酒をちびちび飲みながら半目で美仁を見ている。
「私は違う世界の日本って国から、何故かこの世界に来ちゃったの。寝てる間にね。それで、調べてもらったら、地獄に行けば理由が分かるからって。」
カイとアムルは美仁の言葉をそのまま受け入れる事が難しかった。信じるには突拍子が無さすぎる。違う世界の事なんて、考えた事も無かった。しかし美仁が嘘をついている風でもない。
「儂も初耳だったが、そのニホンとやらは、お前のように魔力の高い者ばかりなのか?」
美仁は目を丸くしてロンの方を向いた。
「いや?私はこっちに来てから魔力の事知ったもん。あっちで魔力とか魔法とかは物語の中の話だったよ。魔力が分からなくて修行が全く捗らなかったなぁ…。」
翠山で修行していた頃を思い出して遠い目をした。
開いた窓から星空を眺めていると、外から大勢の人が声を合わせて何かを言っているのが聞こえてきた。耳をすませるとカウントダウンをしているらしい。もうそんな時間になっていたのか…。
美仁はわくわくしながらカウントダウンを聞いている。
さん!に!いち!ゼロになった瞬間花火が挙がり歓声が上がる。美仁も花火を見て感激していた。暗い夜空を明るく彩る色とりどりの火花が、新しい年が来たのを祝っているように次々に開いては降りていく。
大きな音を立てて明るく開く花火が全て挙がり、聞こえて来るのが外で騒いでいる声だけになると、美仁は三人に体を向けた。
「今年もよろしくお願いします。」
そう言ってしっかり頭を下げると、三人も同じように返してくれる。美仁はニコニコと寝る挨拶をすると自分の部屋へ戻って行った。ロンも酒瓶を手に美仁と戻る。
カイとアムルは高山病に気を付けて飲む量を少なめにしていたが、ロンは全く気にせずに飲んでいた。恐らく部屋に戻っても飲むのだろう。
部屋が静かになったような気がした。遠くではまだ新年を喜ぶ声が上がっている。
「やっぱり、美仁は良い子だよ…。」
「うん。彼女、泣いてた…。」
「…ああ。」
数日が経ち、まだ年が明けた高揚感が街に残っているが、駅馬車が動くようになった。
三日間馬が引く駅馬車に揺られオリノコ村に到着した。
オリノコ村は長閑に見えるが実はそうではない。オリノコ村だけでなく、ビエハ国中が危険だと言っても過言では無い。
北ブラゾス大陸で最も危険な国のうちの一つがビエハ国だ。ちなみに北ブラゾス大陸内で最も危険だと言われる国は二つあり、もう一つはビエハの隣国トゥカカリジエだ。
ビエハ国は政府よりもマフィアが力を付けてしまっているという点で危険であり、トゥカカリジエは強盗、殺人、誘拐等の犯罪件数の多さから危険な国と言われている。
ビエハもそういった犯罪は多く治安は悪いが、トゥカカリジエの治安の悪さは最悪レベル。トゥカカリジエへの入国は気を付けるよう、出来れば入国しない事を強く言われている程だ。
そして、トゥカカリジエを去る国民も多い。人々は冒険者として、他国で雇われて、難民として、この危険な国を去って行く。トゥカカリジエはもはや沈み行く船だ。
話をビエハに戻す。ビエハのマフィアの資金源の一つは鉱山から採れる宝石だ。オリノコ鉱山では浄化石の他にエメラルドも採れる。そしてその取り引きが、マフィアによって支配されていた。
美仁達は商店で浄化石を購入した。産地なだけあって、大量に購入する事が出来た。エメラルドも勧められたが、美仁には必要無かった。それよりも美味しいものが食べたい。
夜のオリノコの街を歩くのは危険なので、宿でビエハの国民食を美味しく頂いた。
そして一行は、特に危険な目に合うこと無く駅馬車での旅を続け、ビエハ国からビジャリカ国に入国した。