21・よし。ロンも冒険者になろう
世の中金だ。何をするにもお金がかかる。物を買うにも店を利用するにも。そして、冒険者カードの再発行にも。
大事な冒険者カードをアイテムボックスに仕舞うと、美仁は再度受け付けに向かった。ロンが何処かで足止めされている。
竜である事がバレてしまったのだろうか…。
…竜は冒険者に登録出来ないのだろうか…。
「すいません。私の連れが出てきていないのですが、何かあったんですか?」
「ああ。ロン様のお連れ様ですね。一番の部屋におりますので、そちらへどうぞ。」
「ありがとうございます…。」
まだ一番の部屋に居るとは。やっぱり何かあったんだ。美仁は早足で部屋に向かう。
強めにノックをするが返事は無い。もう一度強く扉を叩き返事を待たずに部屋に入った。
「すいません。私の連れはまだでしょうか。」
美仁が入ると部屋の中に居た四人が振り向いた。ロンと占術士の女性と熊のような大男とそれより一回り小さい大男の四人だ。
「美仁、どうやら儂は冒険者にはなれぬらしい。」
ロンは心底面倒臭そうに言った。それはそうだろう。ロンは冒険者になりたいと思ってはいない。美仁が宿代や船代の節約の為にロンにもカードを持って貰おうと思い、ここに居るのだ。
「君がロンの仲間か?スマンが確認させて欲しい事が幾つかある。」
小さい方の大男が美仁に近づく。美仁も頷いて四人の方に進んだ。
「まず、私はここの所長のボルハだ。この大きいのは副所長のビセンテ。ロンが先に進めなかったのは、占術士のビオレータがロンがドラゴンだと言っているからなんだ。」
「…だから儂は竜だと言っている。」
ボルハは頭が痛いと片手で押さえている。美仁は正直に話すのが手っ取り早いと口を開いた。
「はい。ロンは赤竜です。私が使役している従魔になります。ロンが冒険者登録すれば宿代等が割引されるので、それ目当てに登録に来ました。この通り、人の姿で一緒に旅をしていますので。宿代割引は魅力的なんです。ビジャリカ国へも一緒に船に乗って来ました。通常料金で。」
あまりにあけすけに言う美仁を、大男二人は目を丸くして見た。ビオレータは今にも笑い出しそうに震えている。
「…成程。それでは確認させて貰えるか?君の冒険者カードを見せてくれ。」
美仁はカードを渡した。どこからともなく現れたカードにボルハとビセンテは驚いたが、カードを受け取り従魔欄を確認する。
「うはははは!こんなに従魔が居る奴初めて見たぞ!」
「しかも赤竜が従魔欄にいるぞ…。ドラゴンを従魔にする事が出来るのか…。国軍を率いて戦うような相手を、この子が…。」
ビセンテは大笑いしたが、ボルハは信じられないような、驚いたような表情でカードを見ている。目の前の娘はか弱く非力そうにしか見えない。かなり強力な魔術を使えるのだろうか…。
美仁はビセンテの頭に丸い耳が生えているのを見た。ビセンテも獣人らしい。髭面に丸い耳が何だか可愛らしい。熊の獣人だろうか。ならばこの巨体にも納得出来る。
「ロンがドラゴンで、君の従魔なのは理解したが、ロンは本当に安全なのか?従魔が安全なのは理解しているが、ドラゴンのように強大な魔物は…。」
「大丈夫ですよ。私達に危害を加えるような相手は別ですけど。その場合は正当防衛が認められますよね…?」
「ああ。無論だ。確かにロンは今まで話しをしていて俺達を傷付ける素振りは一切無かった。君は優秀なビーストテイマー…いや、ドラゴンテイマーなのだな。」
ボルハが美仁達を認め微笑むと、ビオレータがついに大笑いしだした。
「あははははははは!所長!この子ドラゴンテイマーじゃありませんわ!旅人ですのよ!」
「旅人ぉ?!」
ボルハとビセンテは目を剥いてカードを確認した。旅人という職業は農民や木こりと同じく戦闘職ではないと見なされている。パーティを組む際にもそういった職業の者が歓迎される事は稀なのだ。そんな職業を選ぶなんて…。それとも他に選択肢が無かったというのか…。
ボルハがカードを撫でると美仁の名前、年齢、職業や能力値が表示される。職業欄に旅人と書かれているのを目にすると、ボルハは困惑した表情を浮かべてビオレータを見た。
「ビオレータ…この…美仁君がなれる職業は旅人しか無かったのか?」
「いいえ。ありましたわ。でもこの子が選んだのは旅人でしたのよ。他に引き手数多になれる職業が幾つもありましたのに。」
ビオレータは笑い続ける。ボルハは更に困惑したような表情になり、残念なものを見るように美仁を見た。そんな目を向けられても美仁は自分の選んだ職業を間違っていたとは思わない。
実際、農民が冒険者登録をして畑仕事をしながら、好きな時に冒険者として活動して暮らしている者もいる。戦士並に戦える農民や木こりだって居る事は居るのだ。ただ美仁はその事を知っている訳ではない。旅人以外になろうとは思わなかっただけだ。
「…あの、それで、ロンは冒険者に登録する事は出来ないのですか?」
「あ、ああ。そうだな…。」
ボルハは妙な表情で美仁のカードを見ていたビセンテと目配せを交わして小さく頷くと、美仁にカードを返して答えた。
「冒険者登録は許可しよう。だが、罪の無い者を傷付けたり、その存在で人を脅すような行いをしたら即、資格剥奪とさせて貰う。ロンは勿論、美仁もだ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
美仁は礼を言い部屋を出ようとするが、ボルハに止められた。
「美仁。ロンと共に講習を受けて、カード作成にも立ち会ってくれ。」
カード作成時に血の提供が必要な為、念の為、主である美仁の同席が求められた。美仁はつい先程聞いた内容と同じ講習を、もう一度受ける羽目になった。講習生が美仁達しかいない為、うとうとと船を漕ぎ講師に注意され目を覚ます、を数回繰り返し、やっと眠気を我慢する時間が終わった。講師も美仁が本日二度目の講習生である事を理解していて、苦笑しながら美仁を労い最後の部屋へと見送った。
カード作成には美仁の時の職員ではなくボルハが担当した。カード作成には血が必要だ。ピンで刺して少量の血を貰うだけなのだが竜を怒らせる事になるのでは、と心配し交代したようだ。ボルハの心配は杞憂に終わり、作成は恙無く終了した。ボルハから再発行の注意事項を伝えられ、既に承知している美仁はロンからカードを取り上げアイテムボックスに収納した。美仁が礼を言うとボルハも安心した様子で微笑んだ。
美仁とロンは協会の素材買取窓口に向かい、職員に声を掛ける。
「あの、買取をお願いします。」
「はい。何をお売り下さいますか?」
「えっと、コルジァ・レスコフが42体、レデウリオが29体、ピスクググが30体…。」
美仁がアイテムボックスに入っている魔物と高く売れると踏んだ魚の名前と数を受付に伝える。受付は笑顔でメモをとっているが、美仁が全て言い終わると申し訳無さそうな表情で美仁を見た。
「全ての魔物の解体をするには明後日までかかってしまいますね。それに、高額な素材も多いので、残念ながら全て買い取りは出来かねます。」
「そうですか…。でしたら明日の昼までに解体出来る分だけお願いします。」
「それは…こちらでお選びしても宜しいですか?」
美仁が頷くと職員はメモを持ち奥へ消えた。少し待っていると職員が大男二人を伴い戻って来た。今日は何だか大男によく会うと思っていると、一人はボルハだった。
「また君か。今度はすごい数の魔物を持ち込んだと聞いたぞ。…まぁ奥で話しをしよう。ここにコルジァ・レスコフを置いて貰っては困るからな。」
ボルハともう一人の大男の後に従い奥の部屋へと入って行く。奥の部屋は広々とした魔物を解体する部屋だった。美仁がよく利用していたミズホノクニの素材買取窓口の奥もこのようになっていた。解体専門の職員が魔物の解体や道具の手入れをしている。ボルハと一緒に出て来た大男も、解体専門の職員と同じような格好をしている。
「美仁、こちらで買い取りしたい物はこれだ。」
ボルハから紙を渡され確認する。魔物の素材ばかりで魚は必要とされないらしく、少しがっかりした気分になった。
「分かりました。あと、コルジァ・レスコフとレデウリオは毒を一瓶ずつ引き取りたいです。」
「瓶はこっちで用意するか?」
解体専門の大男が美仁を見てそう言うと、美仁は瓶を二つ出した。
「この中にお願いします。」
「了解だ。さあ、始めさせてくれ。コルジァ・レスコフはこの桶の中に頼む。カラマテウティスはそっち。他の物はあっちに頼む。」
「分かりました。」
美仁は言われた通りに魔物の死骸をどんどん出していった。何も無い所から大量に死骸が出てくる様子を、ボルハを含めた職員達は唖然として見ている。
「すごい術だな、お嬢ちゃん。明日の昼までには終わらせるから、昼を過ぎたら来てくれ。あ、受付に冒険者カードを見せてから帰ってくれな。皆、お嬢ちゃんの顔は忘れんとは思うが、これはうちの規則なんでね。」
「はい。では、お願いします。」
美仁はボルハ達に礼をすると受付にカードを渡した。受付は書類に書き込みをすると、一枚を美仁に渡した。
「明日、この書類とカードをお持ち下さい。」
「…随分厳重なんですね。」
「はい。美仁様はヘネラルは初めてでございますか?残念な事に、ヘネラルは治安が悪い街なのです。素材を持ち込んだ方と違う方が代理で来たと言い、お金を不当に得る詐欺師も居るのです。ですので、ヘネラルでは代理の方がお金を受け取りに来る事はお断りしているんです。美仁さんも、細い路地や夜の外出はお気を付け下さいませ。」
書類とカードの両方が奪われる可能性もあるが、その場合はカードに登録者が所持していない状態である事が記載される。勿論その記載があれば協会は支払いを拒否する事になる。
受付からカードと書類を受け取り、ロンと共に協会の建物から外に出出るとロンが可笑しそうに言った。
「ふっ。気を付けるべきは、その破落戸共の方だな。」
「…やっぱり合口を出しておいた方が良いのかな~。」
「安心しろ。それがあった所でそんなに変わらん。」
美仁はむぅっと頬を膨らませて宿を探した。冒険者支援協会のマークが下げられた看板の宿屋を見つけ、今日はここに泊まろうと入って行った。宿で冒険者カードを見せると本当に宿代が割引され、美仁は感激してニヤけた顔を暫く引き締める事が出来なかった。