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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
20/64

20・よし。冒険者になろう

 




「悪いな。少し食ってしまった。」


 少しも悪びれた様子も無く言うと、ロンは焼けたカラマテウティスを美仁に渡す。美仁は、もー、と口を尖らせながらカラマテウティスに触れアイテムボックスに仕舞った。


 飛行しながら船に戻る途中、美仁は水の精霊が出した水を全身に浴びて海水とカラマテウティスの体液を洗い流した。海風で乾かした為ベタベタするが、先程の青い血塗れに生臭いままよりは随分マシだ。


 船に着くと美仁はロンが焼いたカラマテウティスの腕を小さく切ったものをアイテムボックスから出した。

 仕舞った時には切られていなかったが、アイテムボックスの中のシロに頼み一本だけを食べられるように切って貰っていた。


 指先から火を出して切り身を炙って食べる。美味しいが、もう少し味を付けて食べたいと思った美仁は、小鍋を出して調味料を入れていく。

 片手で火を出して、もう片方の手で小鍋を持ちくるくると回して調味料を温める。

 タレの中に切り身を入れた所で匂いに釣られたロンがやって来た。腕が疲れた為丁度良かったとロンに小鍋を持ってもらい、切り身を追加して煮詰める。


 タレの良い匂いが甲板に漂い、こちらを見ている船員や乗客が訝しげな、羨ましそうな視線を投げかけてくる。

 タレが煮詰まり汁気が無くなったところで火を止めた。箸を出してロンと共に食べ始める。


「…これは美味いな。」


「うん。美味しい!レシピでは生の身から煮詰めるって書いてあったけど、焼いてからタレと絡めても美味しいね~。」


 美仁が見たレシピは普通のサイズのイカのレシピだ。巨大なイカの魔物のレシピではないが、イカはイカだ。細かい事を気にする美仁ではない。普通のイカでもカラマテウティスの身でも、甘辛いタレはよく合う。


 アイテムボックスの中でシロにビールを入れて貰い、ロンに渡した。流石にあの大きな樽をここに出す事は憚られた。

 美仁はアイテムボックス内で育てている野菜を幾つか出すと炙って食べ始める。ポンタとシロが丹精込めて育てた野菜はとても美味しい。

 ロンは自分からは手を出さないが勧められると野菜も食べた。今では箸を上手に使っている。


 甲板で星空を見ながら食べた食事は美味しかったが、見ていた船員達には呆れられた。毎日空を飛んで夕方に帰ってくる美仁はこの船旅の有名人だった。今回もまたあの娘が何かやってる、と面白いものを見るような視線を投げ掛けられていた。





 船旅も終わりビジャリカ国ヘネラルの街に着いた。世話になった船員達に礼を言いながら降りる。


「うわぁ…地面が揺れてる…。」


 船から陸に上がったというのに、船に乗っているように揺れた感覚が続いている。


「本当だ…。」


 ロンも揺れているように感じているらしい。怪訝な表情をしている。

 海面が揺れている。船も揺れている。美仁も揺れている…。


「ぅええ…気持ち悪いな~。」


 揺れた感覚のまま美仁は港を出ようとする。まずはヘネラルの冒険者支援協会へ向かうつもりだ。


「おーい!美仁ー!」


 野太い声で呼ばれて振り返る。そこにはウルバノ達パーティメンバーが揃ってこちらを見ていた。ウルバノはずんずんと歩いて美仁の所まで来た。


「なんだ。挨拶も無しとは寂しいじゃねえか。十日も一緒に居たんだぜ。」


「あああウルバノさん!ごめんなさい。早く冒険者支援協会に行こうと思って、つい…。」


「はっはっは!突っ走る美仁らしいな!俺達は暫くビジャリカにいるからな。また会えたら、酒でも飲もうぜ。」


 美仁はムスッとした顔でお酒がまだ飲めないと言うが、ロンは笑顔でウルバノと固く握手を交わしている。他のメンバーとも別れの挨拶をして、美仁とロンは冒険者支援協会に向かった。



 ヘネラルの街は港を中心に街が作られていて、港周辺に銀行や治安維持隊の本部、冒険者支援協会が置かれている。

 そしてこの港を取り囲むように丘陵地にカラフルな住宅が建てられている。色鮮やかな家々が並ぶ丘には急な坂道や石段が続き、魔力で動くケーブルカーが幾つも設置されていた。

 その奥に見えるのは高度六千メートル以上の高峰が二十座以上連なるパキオミ山脈だ。翠山よりも遥かに高い山だが、世界一の標高を誇るドラゲンズバーグには及ばない。


 ヘネラルの中心街にはエルブルス風の建物が並んでいて、余りビジャリカ国に来たという実感が湧かない。

 ここヘネラルは、昔戦争をしていた時代にバニュエラ国の植民地であった。その時に建てられた建築物がそのまま残っているからだ。

 今では冒険者や旅人に、この景観が楽しまれている。


 冒険者支援協会に入り、受け付けのカウンターへ向かった。

 受け付けには協会の制服を着た若い獣人の男性が座っていた。浅黒い肌に黒い髪、頭からは三角形の黒い犬の耳が生えていた。尻尾も生えているのだろうか。


 エルブルス大陸で獣人を見掛ける事は珍しい。それは、昔獣人が奴隷として扱われていたからだ。

 ブラゾス大陸に暮らしていた獣人は、奴隷としてエルブルス大陸に連れて来られた。力の強い種の獣人は肉体労働をさせる為、見た目に可愛らしい種の獣人は愛玩用として…。


 しかし突如現れた聖女が奴隷制度を廃止した。聖女は奴隷を買う事も売る事も止めるよう訴え、かなり強引な手段でそれを成し遂げたという。

 今でも影で奴隷とされている者がいると思うなかれ。聖女の目が見逃す事はない───。と言われている。


 そういった歴史から、奴隷制度が廃止されて四百年以上経つが警戒心の強い獣人がエルブルス大陸に来る事は珍しかった。



 美仁はヘネラルに来て獣人の多さに驚いた。人間と獣人が半々位の割合だったからだ。

 エルブルス大陸ではバニュエラ国のパリャレサの街で少し見掛ける程度しかいなかった。船に乗っていたのも十名程。

 だが今は目の前に犬の獣人がくりっとした瞳で美仁を見ている。


「あの、冒険者に登録をしたいです。」


「はい。ではこちらに記入をお願いします。」


 美仁は渡された用紙に記入をしていく。名前、性別、生年月日、住所、希望職業(特にないので無記入にした)、取得技能をそれぞれ書いて提出した。

 ロンは名前と性別、住所(美仁と同じ住所を記入)だけを記入していた。

 竜は文字も書けるのか、と美仁は内心感心した。


「希望職業はございませんか?」


「はい。よく分からないので…。」


「では、まずはこちらの番号札を持って一番の部屋にお進み下さい。」


 美仁とロンは受け付けの男性から札を受け取ると言われた通りに進む。部屋の中には一人ずつしか進めないらしく、ロンは外で待つ事になった。


 部屋の中には占術士らしい女性が居た。大きな水晶玉が机に置かれている。女性は大きな爬虫類のような目を美仁へと向ける。


「どうぞ。その椅子にお掛けになって。」


「あ、はい。お願いします。」


 美仁が座ると占術士は水晶玉に手をかざし覗き込む。占術士は目を細め、そして呆気にとられた表情で美仁を見た。


「色々選択肢はあるみたいだけど…何を選んでも良いみたいよ。ちょっと書き出してあげるわね。」


 占術士は紙に職業名をスラスラと書いていく。この中から選んで良いという事らしい。

 占術士は書き出しが終わると紙を美仁に渡した。ふむふむと美仁は紙を見る。


「どう?結構良いのが揃ってるから、迷っちゃうわよね。」


 占術士は頬杖をついて美仁を見ている。腕を机に置き、その腕に胸を乗せていて豊満な胸が強調される。くっきりとした谷間か羨ましい。


「決めました。旅人にします。」


 晴れやかな笑顔で答えるが、占術士は唖然とした表情でその笑顔を見返した。


「旅人ぉ?ドラゴンテイマーとか、侍とか、他にも格好良い職業もあったでしょ?そういった職業の方がパーティを組む時も受け入れられ易いわよ?私、ドラゴンテイマーなんて初めてみたわよ。」


 親切心で言ってくれているが、美仁は考えを改める気はなかった。


「ピンと来たのがこれだったので。旅人でお願いします。」


「…そぅお?…分かったわ。じゃあ、それで通しておくわね。二番の部屋に進んで頂戴。」


「はい。ありがとうございました。」


 セクシーな占術士に見送られ美仁は次の部屋に進んだ。

 二番の部屋では希望職業になるのに必要な技量が備わっているのかを試験される。

 旅人になる為に、と地図の見方や野営の設営方法を試験され、美仁は合格し次の部屋に進んだ。


 三番の部屋では講習が行われるようで、机と椅子が並んでいる。今は他に受験者がいない為か生徒は美仁一人で講習が始まった。

 ロンが来ないのは何故なのだろうか…。


 講習内容は、冒険者支援協会が冒険者に対してどんな支援を行っているのか、クエストの受け方、ダンジョンに入る際の注意事項、禁止事項等だった。

 禁止事項は破ると冒険者カードを没収され二度と冒険者に戻れない事を強く言われた。


 そして冒険者登録の更新が一年毎にあり、その際に冒険者としての活動が認められないと更新出来ず、再登録しなければならない事も注意された。

 これには冒険者の職業に農民や商人というものがあり、街で暮らす者もなれる職業があるからだ。

 協会の支援目当ての者を弾く目的で、この更新はされている。

 そして再登録にはお金がかかると言う。注意しなければ、と心に刻んだ。



 講習が終わり四番の部屋に入る。職員と向かい合って座ると、職員は何も書かれていないツルッとしたカードを出した。


「これが貴方の冒険者カードになります。血を少々頂きますが、宜しいですか?」


 職員は美仁にピンを差し出した。受け取った美仁は掌にブスリと差し込み、流れた血をカードに付けた。

 職員は少し驚いた顔をしている。指先に少し刺して少量の血を出す者が大半だ。目の前の非力そうな娘は見た目に反して中々豪胆だ。

 美仁がそうしなかったのは、すぐに傷が塞がってしまう為なのだが。現に、もう掌の傷は跡形も無くなっている。


「…では、その血に触れたまま魔力を流して下さい。」


 言われた通りに魔力を流すとカードに文字が浮かび上がってきた。このカードは冒険者支援協会の錬金術師が開発したものだと職員が説明を始める。

 このカードは割れない欠けない、素晴らしい強度を誇ると言う。美仁もぐにぐにと曲げてみたが割れる気配は無かった。

 そして血と魔力で個人情報を登録してあるので自分自身と繋がっており、すぐに情報が更新される。レベルアップすると、カードの記載もすぐに変わるように出来ている。


「指でカードを横に撫でてみて下さい。」


 美仁はカードの表面を横に撫でた。すると先程とは違う記載が現れる。


「こちらには他ギルドの登録情報と従魔が記載されます。もう一度横に撫でますと、クエスト情報の記載になります。」


 美仁はカードを見つめていたが、職業の最後の言葉に凍りついた。


「説明は以上になります。再発行には料金を頂きますので、ご注意下さい。」

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