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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
19/64

19・海の狩り

 

 注意。残酷な表現があります。


 ーーーーーーーーーー




 この日は、ウルバノ達パーティと夕食をとる事になった。船内の食堂で大きなテーブルを囲み、美仁以外は酒を飲んでいる。


「それで、カシュに空を飛ぶ魔法を教えて欲しいんだと。」


 ウルバノがカシュに経緯を話している。美仁はカシュを見て無言で何回も頷く。魔術師らしくローブを羽織ったカシュは、へぇ、と息を吐くように言い美仁を見た。


「美仁が戦えるなんて思わなかったね。しかも、四時間?五時間?海の上に居たんだろ?」


 女戦士のバルバラが、面白そうに美仁を見て言った。ここに居るロン以外の者が、美仁を非戦闘員だと考えていたらしい。確かに美仁は帯刀していない。合口はアイテムボックスに仕舞ったままで、戦う時に出している。


「海の中にも潜ってみました。ピスククグとか、他に魚も獲って来たんです。」


 バルバラも、隣に座ったカテリーナという色白の女性アーチャーも目を丸くしている。


「海の中でピスククグと戦ったの?水中って動き辛いわよね…?」


「ちょっとやってみたら、意外と動けたんです。お陰で沢山獲れました~。」


 人間が水中で、魚型魔物と戦い勝利するなんて、とカテリーナは驚いている。ピスククグは長い体に長い牙を持つ攻撃的な魔物だ。

 美仁は風の精霊の力で頭全体を空気で被い、呼吸出来るようにして水中に潜った。動きは魔力を使い素早く動ける為、魚型魔物にとって圧倒的有利である水中でも問題無く戦えた。

 ウルバノとテレンシオは、もう今更驚く事は無いと笑いながら酒を呷る。


「カシュさん、空を飛ぶ魔法、教えて頂けますか?」


 美仁は背筋を正して真剣な顔をした。カシュの仲間達も、カシュの顔を見て返答を待つ。


「うん。いいよ。」


 優しい笑顔でカシュは答えた。優しい笑顔の中に不思議な色気がある。二十代後半のカシュは美形ではないが妙に色っぽい。

 男の色気など全く理解しないお子ちゃまの美仁は、カシュの返事に安堵し笑顔で礼を言った。ウルバノ達も、よかったな!と口々に言ってくれる。


「ありがとうございます!良かったらこれ、飲んで下さい!」


 喜んだ美仁はシェリー酒の樽を机に置いた。急に酒樽が出現しウルバノ達は驚きと喜びが入り交じった表情を浮かべる。


「おい!儂の酒じゃないか!」


 これまで一言も放つ事の無かったロンが声を荒げる。


「私が買ったんでしょ!」


「儂の尻尾を売った金で買ったんだろ!」


「た…確かに。じゃあ、ヘネラルに着いたらまた買うから…。」


 ロンはニヤリと不敵に笑うと了承した。ちゃっかりウルバノ達に混ざりシェリー酒を注いでいる。


「ヘネラルはワインが有名だな。あとはジュタって酒もあるぞ。」


「ほぉ。ジュタか。初めて聞く酒だな。」


「ジュタはビジャリカ国とデル国で作られてる、ブドウの蒸留酒だな。キツイ酒だがストレートで飲むのが俺は好きだ。お湯割りやカクテルで飲んでも美味いぜ。」


 ロンは興味深そうにウルバノの話を聞いている。美仁は横目でその様子を見ながら、買わされるのはワインかジュタか…いや両方か…、と推測した。


 デル国はビジャリカ国の北に位置する国だ。両国で造られているジュタの本家はどちらなのかと争い、いつも睨み合っている。二つの国で栽培されるブドウの甘さの違いからジュタの造り方が違う為、色、味、香りに違いがあるらしい。


 ウルバノに酒のうんちくを語られているロンは少し楽しそうだ。美仁は頭が痛くなった。酒を買う為にデル国に寄る予定は無い。デル国は地獄のあるクヤホガ国と正反対に位置しているからだ。


 しかしロンの、あの顔を見たら行くしかないだろう…。あんなに輝いているロンの顔を、美仁は使役して初めて見た。

 ロンは今日、楽しくお酒を飲めたらしく上機嫌でベッドに入って行った。シェリー酒の樽は空っぽになっていた。





 翌日、美仁はカシュから空を飛ぶ魔法について教わっていた。カシュは呪文を唱えて空を飛んでみせる。美仁は目をキラキラさせて空飛ぶカシュを見ていた。自分が空を跳ぶ時よりも断然動きがスムーズだ。


「こんな感じ。この魔法はエルフの魔法なんだ。私が習ったのもエルフの冒険者から。だから呪文が昔のエルフの言葉なんだよ。」


 呪文を覚えなければならないのか…。美仁は火術の印しか覚えられなかった残念な記憶力から、エルフの言葉で、という難題に苦笑いする。


「呪文はこうだよ。風の精霊さん、風の精霊さん、空を飛びたいお願いします~。」


 美仁はカシュの顔をきょとんとした顔で見た。さっきのが呪文?古いエルフの言葉?美仁はこちらの言葉が日本語に聞こえるが、エルフの言葉も日本語に聞こえてしまうのだろうか。


「呪文を唱える時に魔力で体を覆うようにするんだ。さ、やってみて。」


 美仁はエルフの言葉が分からなかった。どうしよう、と思いながらもカシュが優しく力強い目力で見てくるので、やってみるしかなかった。


「風の精霊さん、風の精霊さん、空を飛びたいお願いします~!」


 美仁が聞こえたままの呪文を唱えるとカシュは片眉を上げて訝しげに美仁を見た。しかしその後美仁の体が浮き上がりその表情は驚きに変わる。


「わぁ!カシュさん!飛べましたよ!」


 美仁は楽しそうに腕を広げて空を飛んでいる。ひとしきり自由に飛び回るとカシュの元に戻って来た。


「カシュさん、ありがとうございました!」


 美仁は喜色満面でカシュに礼を言う。お辞儀の勢いでポニーテールが激しく揺れた。カシュは唖然としていたが、意識を取り戻し優しく笑う。


「いや、まぁ、どういたしまして。上手に飛べるんだね。あと、呪文なんだけど、エルフの言葉ではなかったね?」


「…そうなんです。カシュさんの呪文が私には、古いエルフの言葉に聞こえなかったんです。何故なのか、分からないんですけど…。」


 申し訳無さそうに俯く美仁に、カシュはふぅんと相槌をうつ。


「とりあえず、この呪文がこんなに可愛らしい言葉だったなんて初めて知ったな。」


 カシュは顔をくしゃりと歪ませて笑った。面白そうに笑うので、美仁もつられて笑う。

 カシュは美仁の言った呪文で空を飛べるのか試し、美仁は詠唱無しで飛べるのか試した。残念ながらカシュの試みは失敗し、飛び回る美仁を浅く溜息をついて見守っていた。





「また狩りか?」


 美仁が狩りに行く為に飛び立とうとすると、後ろからロンに声を掛けられた。


「うん。ロンも行く?」


「そうだな。儂も行くとしよう。」


 予想と違う答えが帰ってきて美仁は目を丸くして驚いた。あと三日でヘネラルに着く予定だ。ロンは今日まで自由に過ごしていて、美仁と共に海へ行く事はしなかった。どういう風の吹き回しだろうか。ロンはニヤリと口角を上げる。


「酒代を稼がねばならんからな。」


 そんなに胸を張って言う事では無いと思うのだが…と、美仁はジト目でロンを見た。でも協力してくれるという気持ちが嬉しくにっこり笑う。


「ありがとう!何を狩ろうか?」


「この海にはカラマテウティスはいるのか?アイツを儂の炎で炙って食べたら美味かったぞ。焦げたがな。」


「お酒のツマミを獲りに行くんじゃないんだからね~!」


 美仁とロンは話しながら飛んで行く。その様子を見ていたカシュとバルバラは呆れたように笑った。


「ロンも飛べるとはね…。もう船に乗らずにヘネラルまで飛んで行けば良いと思うんだが…。」


「美仁の事だから、折角お金を払ったんだからって事じゃないか?あの子、守銭奴だからさ。」


「ははっ。今度はどんな魔物を獲って来るか、楽しみだね。」


 今までに美仁が獲って来た魔物を知っている二人は、もう美仁を心配していない。談笑しながら船室に戻って行った。





 美仁は海中を下に下に潜っていた。かなり深く潜っている為、段々と暗くなっていく。どの位潜ったか分からない程だが周りは真っ暗だ。

 美仁は深海に潜る訓練をした事は無いのだが、潜っている最中に慣れたのだろうか、この深さでも体に影響は無いようだ。更に、こんなに暗いのに目が見えている。毒の時もそうだったが、美仁の体は様々な環境にすぐに慣れてしまうようだ。


 美仁の視界には普段お目にかかれない奇妙な形をした魚が泳いでいた。やけに体の長い魚や、やけに目の大きな魚がいて興味深い。


 目的の気配までは更に深く潜らなければならないが、途中で白い雪のようなものが降ってきて美仁は泳ぐ足を止めた。

 ゆっくりゆっくりと降る、その雪のようなものはマリンスノーと呼ばれる。その正体は、プランクトンの死骸や排泄物、そしてそれ等が分解されたものだ。

 美仁はその幻想的で美しい景色に感動した。一粒捕まえようとしたが、指先で摘んだ途端に崩れて消えてしまった。


 何だか物寂しい気持ちになり、目的の気配に再度向かおうとすると、その気配がすぐ傍にあることに気付いた。

 ゆっくりと右を見ると、美仁の顔よりも一回り大きな目玉がこちらを見ていた。あまりの驚きに心臓が跳ね上がり声にならない声をあげる。マリンスノーに気を取られて辺りを警戒出来ていなかった。


 しかも周りを見ると、その大きな目玉は全部で六個あるではないか。目的の気配の持ち主は、気配と魔力を隠さず潜って来た美仁に気付き、あちらから来てくれたらしい。

 大型の鮫でも美仁の気配を恐れ遠巻きに見ているのに、この大きなイカの魔物達は何も恐がらずに美仁を取り囲む。

 ロンの言っていたカラマテウティス。一気に三体も獲れるなんて運が良い。


 美仁は素早く泳ぎカラマテウティスの腕を一本ずつ掴むと物凄い勢いで上昇し始めた。

 カラマテウティスは腕を美仁に絡めたり、漏斗という水管から水を噴射し逃げようとしたりしている。初めは白っぽかった体表も、怒りからか真っ赤になっている。

 三体のカラマテウティスは藻掻きながら、漏斗から墨を吐いたり(くちばし)のような顎板で噛み付いたりしていたが、美仁はついに海面に到達し三体を海上に放り投げた。


 海上で待ち構えていた竜に変身したロンが、一体のカラマテウティスに炎のブレスを吹きかける。怒りで赤くなっていた体は焼けて透明感を無くし、美味しそうな香りを漂わせる。

 ロンはカラマテウティスの体を掴み空で待機した。


 美仁は放り投げた一体のカラマテウティスの口の中に、合口を勢い良く突き刺し、その勢いのままカラマテウティスの体内に入り脳を貫通する。

 絶命したカラマテウティスの体色は透明になり、美仁は体内に入ったままカラマテウティスをアイテムボックスに収納した。


 カラマテウティスの青い血と体液に塗れて気持ち悪いが、墨を吐いて逃げたもう一体を追う。

 頭だけを空気で覆っている為海に潜ると体に着いた血は洗い流された。頭は血に塗れたままで、生臭くて鼻に皺を寄せる。


 カラマテウティスの大きな体から噴射される水の勢いは凄まじく物凄い速さで下へ下へと遠ざかっていくが、美仁に手を貸す精霊が海水の流れを操りカラマテウティスの邪魔をする。更に美仁の泳ぎを助けるように海水は流れ、深く薄暗い海中で追い付いた。


 カラマテウティスは十本の腕を美仁に向けて伸ばし美仁を捕まえようとする。カラマテウティスの吸盤が美仁の顔や腕に張り付き、吸盤の大きな棘が刺さって痛い。

 しかしその腕が美仁の勢いを止める事は出来なかった。美仁はカラマテウティスの腕が巻き付いたまま、海上でもう一体を倒したように合口を勢い良く突き刺し魔物を絶命させた。



 すぐに浮上し海上に戻ると、何とロンは焼けたカラマテウティスの腕を二本も食べてしまっていた。

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