18・船旅
急ぐ旅では無いのでゆっくり行こうと思っていたのだが、ロンの飛ぶスピードは早く、すぐにエルブルス大陸の端にある港町に着いてしまった。
ここはエルブルス大陸の西の端にある国の一つ、バニュエラ国のパリャレサの街。大きな港町だ。
美仁とロンはエルブルス風の建物が並ぶ街並みを見ながら港へ向かった。
石造りの重厚な雰囲気の建物に、海に向かって傾斜した石畳の小道、街の風景が魅力的で、美仁の心は踊り歩調が弾む。
港には大きな船や漁船が並んでいる。ブラゾス大陸行きの船がどれか、港で働いてる人に聞きチケット売り場へ向かう。
「南ブラゾス大陸に行きたいんですが…。」
「申し訳ございませんが、南ブラゾス大陸への船はございません。北ブラゾス大陸のビジャリカ国ヘネラル行きの船でしたら明日発の便がございます。」
南ブラゾス大陸へ船で行けると思っていた美仁は目を丸くした。
「え?南ブラゾス大陸行きは無いんですか?」
「はい。南ブラゾス大陸の近海には呪われた海域がございますので、南ブラゾス大陸への航海は禁止されております。」
呪われた海域という恐ろしげな海域を初めて知った美仁だったが、これは翡翠の用意した本に載っていたものだ。しっかり勉強していれば、ここで驚く事にはならなかったはずである。
船に乗ってみたかっただけなので、明日発のヘネラル行きのチケットを購入し売り場を後にした。
「おい。何故船に乗る?飛んで行けばすぐだろ?」
「ん?折角だから船旅もいいなって思ってさ~。私、船乗るの初めてなんだ!」
確かにロンに乗って移動すればすぐにブラゾス大陸に到着するのだが、美仁は船旅に興味があった。
るんるんと弾みながら街を歩く。古い建物が並ぶ市街地は狭い通りが続いており、パリャレサらしい雰囲気を感じる事が出来る。古い教会の佇まいを見るのも、土産物屋を覗くのも楽しい。
町外れの小高い丘に登ると、パリャレサの街と青く輝く美しい海が一望出来た。白い砂浜が見え、美仁とロンはそのビーチに足を運んだ。
「綺麗だねぇ。」
「…ああ。そうだな…。」
本当にそう思っているのか分からない返事だったが、美仁はアイテムボックスからグランドシートとブランケットを出して敷くと寝転んだ。
「夕食の時間までゆっくりしよ~。ほら、ロンも!」
ロンは促されるまま美仁の隣に寝転ぶ。夏であれば美仁達のように浜辺に寝転んで昼寝をしている人々もいるのだが、今は秋。肌寒くなってきておりそのような人は珍しかった。美仁もロンも寒さには強いらしく、波の音を聞きながら目を閉じる。
夕方になり、ぼんやりと夕日が海や空をオレンジ色に染める景色を眺めてから街に戻った。
夕闇が空を染め街を包み込んでいく。
夕刻の街並みにぽつりぽつりと温かな明かりが灯る景色は寂しげなのに、街は活気を失わず賑わいを見せていた。
バルに入り食事と飲み物を注文した。エンパナーダという帆立貝や魚介類がたっぷり詰まったパリャレサ伝統のパイと、つまみが数種類選べる小皿料理のタパス、頼んでいないのに出してくれたパンが並ぶ。
ロンは地ビールを飲んでいて、ビールのタパスにはチョリソーが付いてきていた。
「お前、酒は嫌いか?」
「私は十六だからまだ飲めないの。桃ジュースだって美味しいよ。」
「十六?なんだ。お前本当に子供だったのか。小さいとは思っていたが…。そうか…儂は、二百も下の子供に負けたのか…。」
ロンはボヤきながら更にビールを注文した。美仁は子供扱いされ少しむくれながら焼きダコを食べている。
パリャレサに来たら焼きダコを食べな!と店員に勧められてタパスで頼んだものだ。…美味しい。
料理もジュースも美味しく単純な美仁の機嫌はすぐに良くなる。エンパナーダが美味しかったので、追加注文してアイテムボックスに仕舞った。
翌日の朝食もバルに入り、生ハム入りのトーストを食べた。
ロンはまた酒を飲みたがったが、美仁にピシャリと阻止されてしまう。昨晩飲みすぎて、ビールの値段が安いにも関わらず会計がとんでもない事になった為だ。美仁曰く、朝から飲むなんて言語道断、だと。
しかし、ならばと食後に市場で食材と共にビールとシェリー酒を買わされた。ビールは高さ1メートルもある大きな樽で。昨晩最後に飲み気に入ったらしいシェリー酒は抱えられる位の大きさの樽で、だった。
店主は美仁が触れると酒樽が消えた事に驚いていたが、上客の二人を笑顔で見送っていた。
乗船時間になり、美仁達も港で他の客と共に列に並んだ。個室をとっている貴族達から乗船していく。
美仁は大部屋を選んでいた。値段が違うのなら安い方を選ぶのが美仁だ。船員にチケットを渡し乗船する。
大部屋は二段ベッドが部屋の両端に二つずつ置かれた八人部屋だった。冒険者の五人組のパーティとの相部屋で、にこやかに挨拶をした。
部屋に居てもする事が無いので船内を歩く。
「揺れるねぇ。」
「ああ。」
「ロンも船は初めて?」
「そうだな。必要無かったからな。」
「あはは。確かに!」
甲板に出て話をしていると船が動き出す。ゆっくり動き出した船は、船員が帆の後ろに取り付けられた風の出る魔石に魔力を流すと、その風を受け船はスピードを上げた。
ロンは美仁の船内探検に初日だけ付き合っていたが、二日目からは付いて来ずに部屋で寝ていたり甲板に出ていたりと、食事の時間以外は好きに過ごしていた。
美仁は船旅に三日で飽きてしまい、船内をとぼとぼと歩いていた。船賃に酒代にとお金を沢山使ってしまった。船の食堂を利用するにもお金がかかる…。
美仁は退屈になってしまった船旅を、海の魔物を狩ってお金を稼ぐ旅にする事にした。
甲板に出て海を覗き込む。海面までが遠い。上半身を乗り出して覗き込んでいた美仁は首元を急に引っ張られ、後ろに倒れ込んだ。
「あわ!」
「美仁!落っこっちまうぞ!」
美仁を引っ張ったのは、同室の冒険者の戦士のオジサンだった。身体は大きく大きな斧を背負い、顔には立派な髭を蓄えている。
「ウルバノさん!痛いじゃないですか~。」
「落っこっちまったら痛いどころじゃねえぞ。何見てたんだ?」
ウルバノも先程の美仁同様海を覗き込む。何も見えず、美仁の方へと向き直った。
「海の魔物で、素材が高く売れるものはいないかな~って見てたんです。」
「海の魔物ぉ?美仁は冒険者だったのか?」
「登録はしてないんですけど、時々魔物の解体と素材の買い取りをお願いしに行きますよ。」
ウルバノは顎髭を触りながら美仁を見る。正直この少女はあまり強そうに見えない。
「ロンが戦うのか?」
「ロンも強いけど、今は私が戦うわ。」
侮られたのが分かった美仁は少しムッとして答えた。ウルバノは笑いながら宥めるように両手を前で動かしている。
「悪い悪い。じゃあ教えてやるよ。このレスコフ海はな、生息してる生き物も魔物も種類は少ないんだ。だがレスコフ海にしかいない生物がいる。それがコルジァ・レスコフっていう魔物だ。素材買取窓口にあまり持ち込まれない魔物で、錬金素材として高く売れる。こいつは海面に浮遊してる。体表に毒があるから気を付けな。」
美仁は魔物図鑑をだしてコルジァ・レスコフを調べた。藍色の身体は空を飛ぶ竜のような形をしているが、大きさは二十センチ程しかないらしい。そしてコルジァ・レスコフは竜の仲間ではなく、ウミウシの仲間である。
毒があるのなら、いつかジャラにも届けてやろうと思った。
「あとは、レデウリオだな。こいつは海上を飛んでる魚の魔物だ。唐揚げで食った事あるが美味かったな。あとは干してエイヒレにしてもイケる。尾の毒は刺さると痛いらしいから注意が必要だな。」
レデウリオはマンタのような魔物だった。マンタと違い口ヒレは無く、棘のように尖った牙が生えている。
「だが美仁、今こいつ等を倒したとして、陸まであと七日はかかるぞ?コルジァ・レスコフの解体が出来るのか?レデウリオも腐って売れなくなっちまうぞ?」
「それは大丈夫。良い保管場所があるから。ウルバノさん、教えてくれてありがとう!」
美仁はペコリとお辞儀をして礼を言う。
「…なぁ、美仁。冒険者カードが無いって事は、船賃も普通に払ったって事だよな?魔物を倒せる強さがあるんなら、カードは持っていて損は無いぞ。船賃は半額になるし、宿も冒険者向けの宿なら割引される。」
美仁は衝撃を受けた。口は半開きになり身体は固まってしまっている。
知らなかった。船賃半額…宿代割引…。
美仁はフラフラと甲板の手すりに向かう。がっしりと手すりに掴まると、美仁は決意した。船に乗っている間は魔物を狩って少しでもお金を増やそう。船を降りたら冒険者に登録しよう、と。顔を上げた美仁の瞳に炎が燃え上がる。
美仁は手すりに足を掛けると、トンッと手すりを蹴り海に向かって跳んだ。
「美仁!」
ウルバノは慌てて美仁の手を掴もうとするが、美仁には届かない。美仁はそのまま宙を蹴りジャンプして移動しながら海面を見ている。ウルバノは信じられないと目を見開き、遠ざかる美仁を見送るしかなかった。
太陽が水平線に近くなり、海が太陽の光を浴びてオレンジ色にキラキラと輝く頃、やっと美仁が帰って来た。満足そうにほくほくとした笑顔をしている。
心配でずっと甲板に居たらしいウルバノと、ウルバノに呼ばれた彼の仲間である盗賊のテレンシオが美仁に駆け寄る。
「美仁!大丈夫かお前…。」
「本当に空を跳んで帰って来たな…。」
テレンシオはウルバノから経緯を聞いていたが、同室となったお世辞にも強そうに見えない少女が、聞いた事も無い技を持っていた事をこの目で見るまでは信じていなかった。
「ウルバノさん、ありがとうございました!大漁ですよ~!」
美仁は笑顔を輝かせてウルバノに礼を言う。
「美仁、お前すごい奴だったんだな。宙を跳ぶなんて技、初めて見たぜ…。」
「俺もだ。うちのカシュでもあんなの出来ないだろ…。風の加護持ってるカシュでも空を飛んで、魔力がすぐに無くなっちまうからな。」
「空を飛ぶ魔法があるんですか?」
美仁は瞳に期待の色を乗せて前のめりになり聞いた。美仁は空を飛ぶ魔法を知らなかった。孔雀から教わった精霊の力を借りる術の中にはそのような術は無かった。
「カシュが時々使ってるな。カシュに聞いてみるか?でも、あの技があれば必要無いんじゃないか?」
美仁は首を振り、神妙な顔をして言った。
「あれ、すごい疲れるんですよ…。」
ウルバノとテレンシオは、顔を見合わせると吹き出し大笑いした。神妙な顔をしていた美仁も、二人につられて笑った。