11・友達
翡翠の家に入り囲炉裏を囲んで座ると、小夜がお茶を用意してくれる。熱いお茶を飲むと翡翠は美仁に問いかけた。
「加護の、何が知りたいのじゃ?」
「翡翠様、私に加護はありますか?」
「精霊の加護はついておらぬ。美仁も、カロルも、じゃ。じゃが、代わりに違う能力を持っておろう?」
翡翠はにんまりと笑い二人を見た。
「美仁には底の見えぬチャクラ量。カロルは疲れを知らぬ体力が。これは神からの贈り物だと、中央の真珠が言っておったのう。」
「真珠様が…。」
美仁は虹色に目を輝かせる神秘的な女仙の姿を思い出した。自分の、女仙達が化け物と言わしめるこのチャクラ量は神の御業によるものだったのか、と何となく納得した。
「お師匠様、私は魔法が使えないのですが、精霊の加護が無いからなのでしょうか?美仁の使う火術であれば、使えるのでしょうか?」
「…うむ。どうじゃろうな…。美仁は色々と規格外故…。しかし、やってみると良いじゃろう。明日から火術の修行をしてみるか。」
真剣な表情のカロルに、翡翠は笑って答えた。話が終わると美仁とカロルは夕餉を作り始め、ケラガーヴのステーキを三人は味わった。
「やはりケラガーヴの肉は最高じゃ。今日のステーキはソースがいつもと違うのだな。これも美味じゃのぉ。」
「カロルがソースを作ってくれたんです。沢山作ってくれたので、いつでも食べられますよ!」
美仁達はいつも玉ねぎを使ったソースでステーキを食べていたが、今日はカロルがニンニクバター醤油のソースを作り、そのソースでステーキを食べている。これはカロルが前世でよく作っていたソースだった。子供達も夫も、肉が大好きだった前世のカロルもこのソースが好きだった。翡翠と美仁がこのソースを賞賛しながら食べている様子を、カロルは嬉しそうに微笑みながら見ていた。作った料理を美味しいと言って貰えるのは、やはり嬉しい。美仁はこのソースをとても気に入り、レシピをノートに書き付けていた。ガーリックチップを添えても美味しい事を伝えると、美仁は涎を垂らさんばかりに目を輝かせた。そんな美仁を見て、カロルはコロコロと声を上げて笑った。
翌日カロルは午前中、美仁の持っていた印を結び術を使う印の本を読み、午後は火術に挑戦していたが、結局火術も使う事が出来なかった。そして真珠にカロルが魔法も術も使えない理由を見てもらう為、翡翠と共に中央山へ飛んで行った。
今日は休日で、美仁はアイテムボックスの中に居た為二人が中央山に向かった事に気づかなかった。夕方アイテムボックスから出ると、小夜から今日は二人が帰らない事を伝えられた。
美仁は二人の帰りが翌日になるのなら、午前中の勉強は怠けてもバレないかと思っていたが、残念ながら二人は朝餉の後すぐに帰って来た。
何時もの様に午前中勉強をして過ごし昼餉の時間、翡翠は昨日真珠が千里眼で見たカロルの婚約者の事を聞いた。
「そのカロルの婚約者はの、大層カロルを大事に思っておるらしい。今も会えない事を悲しんでおるという事じゃ。それでな、美仁。カロルに夢見蝶を貸してやってはどうかと、真珠と話したんじゃが、どうかの?」
翡翠は面白そうに美仁に提案した。カロルを見ると、真っ赤になって俯いている。美仁は破顔しカロルに顔を向けた。
「勿論です!カロル、私にも聞かせてね!」
美仁はカロルにウインクをした。恋愛経験の無い美仁は、夜カロルから話を聞くのを楽しみに思いながら午後を過ごした。
夜になり、寝る支度を整えた二人は布団の上で座って話していた。美仁の掌には薄紫色に白い模様の付いた蝶が二匹飛んでいる。
「これが夢見蝶。色んな夢を見せてくれる蝶なの。二匹の番になっている蝶を持っていると、離れていても夢で会えるのよ。」
「そうなのですか…。可愛らしい蝶ですね。」
「ふふっ。森で見かけたら気を付けてね。寝てる間に生命力や魔力を吸われるから。虫除けが効くから、寝る時は虫除け必須だよ。」
美仁はニコニコと笑いながら説明をした。カロルは見た目に反して危険な蝶を驚いた顔で見つめていた。だが、かなりの数の夢見蝶に囲まれなければ、生命力や魔力を吸い尽くされる事にはならない。
「名前はつけてないの。夢見蝶だけでも三十匹いて、分からなくなっちゃうから。今からこっちの子をリュシアン様の元に向かわせるね。」
「大丈夫なのですか?こんな夜に、海を越えねばなりませんよ…?」
「ガルニエ王国には、四時間位で着くかな。あとはお城に向かって飛んで…リュシアン様の部屋を探さないとだから…それに時間がかかりそうね。」
美仁の蝶はジェット機並の速さで飛べる。遠く離れ、数珠丸ですら三日かかったガルニエ王国にも美仁の蝶ならば数時間で辿り着く。
「もう一匹はカロルが持っていてね。リュシアン様の所にこの子が着いたら、夢で会えるから。」
「でも、どうやってリュシアン様だと分かるのですか?」
「それはカロルの愛情次第かなぁ~。カロルの記憶の中にあるリュシアン様の姿を見てこの子が探すから。あとは、城に入り込める隙間があるかどうかも問題かな。」
美仁はニヤリと笑い、夢見蝶を放した。この笑い方は翡翠によく似ている、とカロルは思った。実の親子ではないが、二人は少々似ている所がある。
「行ってらっしゃい。よろしくね。」
美仁がそう言うと夢見蝶は溶けるように消えていった。
「上手くいけば、今日会えると思うよ。」
「美仁…ありがとうございます。」
カロルは頬を染めて礼を言った。離れている婚約者に会える事が嬉しいのだろう、喜びが表情に滲み出ていた。
「ふふっ、カロル可愛い~!ねぇ、リュシアン様の事、色々聞かせてよ!私、恋愛って物語でしか知らないから楽しみなの。」
美仁は目をキラキラと輝かせてカロルを見た。カロルは頬を染めたまま、リュシアンとの出会いから話を聞かせてくれた。美仁は見た事も無いカロルの婚約者とカロルの恋物語に胸をときめかせている。
「それじゃぁ、リュシアン様がカロルと婚約をしたいって言ってたの?」
「そうらしいです。婚約式の際にも、指輪を贈って下さいました…。」
「あ、その指輪?」
普段は鎧を身に付け生活しているカロルが夜、夜着になった時だけ、首にかけた細い鎖に付けている指輪を見る事が出来る。大事にしているんだな、と美仁は微笑ましく思った。
「はい。私もリュシアン様に懐中時計を贈らせて頂きました。」
「へぇ~。懐中時計…カロルも持ってなかった?」
「…実は、お揃いで買ったのです。リュシアン様には、恥ずかしいので秘密にしています。」
こんな可愛らしい事をするこの美少女から、こんなに愛されている婚約者はどんな男性なのか美仁は興味が湧いた。自分にとって初めて出来た友達と、共に幸せになってくれる人だと良いな、と美仁は初めて人の幸せを願った。
「カロル、今日は艶めいておるのぉ。」
夢見蝶を見送った翌朝、翡翠はカロルの顔を見て面白そうにこう言った。美仁は表情を見ただけでは分からなかったが、翡翠には夢でカロルが婚約者と会った事が分かったのだろう。今日はカロルから夢で会えた事を教えて貰えたが、次からは翡翠が面白そうにカロルに声を掛けているのを聞く事で、美仁は夢見蝶の活躍を知る事になる。翡翠に揶揄われ、赤くなっているカロルは可愛らしくて、美仁も毎回、揶揄うような、羨ましいような、微笑ましいような表情でカロルを見た。
カロルが翠山に来てから一月半が経とうとしていた。雪之丞を使役してから、新しく使役契約を結んでいない。
「カロルはもう一体使役したい魔物とかいないの?」
二日か三日に一度にある、翡翠によるカロルの揶揄いから唐突に話題を変えて、美仁はカロルに尋ねた。
「出来れば、力があって空を飛べる魔物を使役したいと思っているのですが…、生息地も分かりませんし、中々会えないのです。」
「そっかー、この魔物が良いってのはある?」
「ウォラーグが良いな、とは思っています。」
ウォラーグか、と美仁は考えた。ウォラーグは虎に似た魔物で、空を駆ける事が出来る。体色は様々で、縞模様もあったり無かったりと、こちらも様々だ。雪之丞とウォラーグが並んだら格好良いだろうな、と美仁は思った。
美仁はミズホノクニを国中廻っており、周辺の島々も訪れている。その中で、ウォラーグを見掛けた事があった気がした。
「…何処かで見た事があった気がしたんだけど…。うーん…。見つけたら教えるね!」
「ありがとうございます。」
カロルの微笑みに、美仁は是非カロルの力になりたいと思った。あと二週間程でガルニエ王国に帰ってしまう友達に、何かしてあげたい気持ちになっていた。
美仁は数日かけてウォラーグを探し出した。ウォラーグが住処にしていたのは、岩山の連なる島で足場の少ない島だった。戦い辛そうではあるが、ズブラレウを使役したカロルであれば、きっと大丈夫だろう。
美仁は、逸る気持ちで翠山に戻り、翡翠とカロルが修行をしている裏庭に向かった。
「ウォラーグ見つけたよー!翡翠様!行っても良いですよね?」
美仁は二人に駆け寄り翡翠に聞いた。翡翠は鷹揚に頷き答える。
「うむ。良いじゃろう。今日のところは遅くなっても構わぬからの。頑張ってくるがよい。」
「ありがとうございます。」
カロルは翡翠に礼を言うと、リュックを背負い雪之丞に跨り出発した。ウォラーグが住処にしている島に着き、美仁は数珠丸と上空でカロルを見守った。カロルはウォラーグの寝床の洞窟に入り、起こすついでにウォラーグを傷付け、逃げた先に居た雪之丞に飛び乗りウォラーグを威圧した。
傷を負うこと無くウォラーグを使役したカロルに、美仁は目を輝かせて島に降り立った。
「カロル!おめでとうー!」
自分よりも喜んでいる美仁に、カロルは笑顔を向ける。
「美仁、ありがとうございます。美仁のお陰で、力丸を使役する事が出来ました。」
「少しでもカロルの役に立てたのなら良かった!」
美仁は破顔し、力丸と名付けられたウォラーグを見た。藍味を帯びた墨色の体色に、艶のある黒色の縞模様の美しいウォラーグだ。カロル、数珠丸、力丸が並び立つその姿は、うん、やはり格好良い。
二人は岩山連なる島で、顔を見合わせ嬉しそうに笑い合った。