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美仁は異界の悪魔の子  作者: 山寺絹
10/64

10・転移者と転生者

 




 美仁はケラガーヴ狩りをさっさと終わらせると街の素材買取窓口で解体と肉の引き取りを頼んだ。ケラガーヴは角の大きな牛のような魔物で、角と皮と肉が売れる。美仁は肉は半分引き取りたいと伝え、解体依頼をした。解体を待つ間、煎餅や饅頭を買い溜めする。ミズホノクニの菓子も美味しいが、カロルが手土産に持って来たチョコとクッキーが恋しい。他の国へ行く事があったらお菓子を沢山買おうと、その為には更にお金を貯めなければと決意を新たにした。

 ケラガーヴの肉とお金を受け取り翠山に戻ると、小夜が翡翠からの言伝を伝えに来た。


「カロル様がお戻りになりましたら、本日の修行はお終いになさって下さって良いそうです。カロル様とゆっくり、ニホンの事でもお話なさっては如何か、との事です。」


「日本………。うん、小夜、ありがとう…。」


 美仁はぼんやりと小夜を見送りながら考えた。そうだった。カロルは日本を知っている少女だった。日本に居た頃に周りにいた、自分を虐めてきた子供達と違いすぎて、忘れていた。

 ぼんやりしながら歩いていると、石で出来た門のような物がある所に来ていた。五年前、ここで美仁は翡翠に発見され、保護されたらしい。

 日本に居た頃の事はまだ覚えている。その思い出の大半が、悲しい想いのものだった。思い出すと胸の奥に暗いものが広がるので、あまり思い出さないようにしていた。


「日本の事を話すって言っても、話すような事はあんまりないんだよなぁ…。」


 ぼんやりと下の景色を眺めていると、カロルと数珠丸が帰ってきた。数珠丸よりも少し小さいズブラレウを連れている。美仁は二体が上空を飛ぶ様を下から眺めて嬉しい気持ちになる。美仁は自然と口角が上がり明るい気持ちで駆け出した。





「カロルー!」


 翡翠への挨拶は終わらせたのだろう、木陰で緑みの灰色の体色に紺鉄色の鬣のズブラレウを撫でていたカロルが美仁の声に顔を上げた。


「カロル!おめでとう!すごいね!ズブラレウじゃん!」


 美仁ははぁはぁと肩で息をしながらカロルに近付いた。ズブラレウは上級魔物だ。美仁はまだ上級魔物を使役した事がない。しかも初めて使役する魔物が上級魔物だなんて…美仁は尊敬の眼差しでカロルを見た。


「ありがとう、美仁。頑張ってきました!」


 カロルも嬉しそうな笑顔で答えた。二週間共に生活する事で二人は仲良くなり、カロルが美仁を呼ぶ際の敬称も取れている。


「雪之丞と、名付けました。どうぞ、よろしくお願い致しますね。」


「雪之丞!カッコイイ名前!よろしくね!雪之丞。」


 寝ていた雪之丞は美仁をちらりと上目遣いで見ると、小さく頭を下げた。


「翡翠様が今日はカロルとゆっくりしても良いって!日本の事でも話したらどうだって…。」


「日本の…。」


 カロルは目を大きく開いて思い出していた。ここ翠山に誘われたのは、翡翠からニホンを知っているかと問われた事が切っ掛けだった。二人はお茶とお菓子を用意して、家で話をする事にした。


「カロルも日本から来たの?」


 美仁は熱いお茶をゴクンと飲むと、話を切り出した。カロルは湯呑みを少しだけ傾けお茶を飲むと、ゆっくりと湯呑みを置いた。


「え?いいえ…。私は前世が日本人だったのです。美仁は生まれ変わってこちらにいるのではないのですか?」


「前世…?そうなんだ…カロルはこっちで産まれたんだね。私は気付いたら翠山で寝てたの。翡翠様に保護されて、翡翠様の家で寝てた…。」


 カロルは驚いたような表情で美仁を見ていたが、すぐに眉尻が下がり気遣わしげな表情になる。


「でも、美仁が急にいなくなって、きっと親御さんは悲しんだでしょうね…。」


「私、施設で育てられたから。…ほら、この目の色、真っ赤でしょ?この色…気味が悪い、呪われてるって赤ちゃんの頃に捨てられたんだって。だから親が誰か分からないの。施設でも皆に虐められてた。悪魔って呼ばれてた…。だから、私がいなくなっても、悲しむ人はいないの。」


 美仁はカロルにこの過去を話してどう思われるのか不安で、自虐的に笑いながら話した。カロルは美仁の過去を聞き、まるで自分が傷付けられたような表情をしている。カロルは、この珍しい色をした少女が、異色な物を爪弾きにする事を当然の様にしてしまう子供達の世界で、どのように扱われていたか想像出来なかった自分を恥じていた。


「…そうだったのですね…。ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまいましたね…。」


「いや!いいの!ねえ、カロルの事も聞かせてよ!日本でどんな事してた?」


 美仁は慌てた。カロルがこんなにもしょんぼりと落ち込んでしまうとは思ってもみなかったからだ。自分が日本に居た時の事を思い出しても、流石にここまで落ち込んだ事は無い。


「私は普通のおばさんでしたよ。子供が二人…二人とも男の子で、小さい頃は甘えん坊で元気で、すごく、可愛かった。私が死んだ頃にはもう大人になっていましたけどね。」


 カロルは昔を懐かしむ様に穏やかに微笑みながら話していたが、美仁は鎮痛な面持ちになっていた。カロルは転生してこちらの世界に来たのだから、一度死んでいるのは当たり前なのだが、美仁はそこに思い当たらなかった。日本で死に別れた大切な家族ともう会えないカロルを思い、悲しい気持ちになる。

 別れの悲しみを既に乗り越えているカロルは、美仁の表情に気付き微笑むと話題を変えた。


「美仁は、日本人なのですよね?チャクラをよく使いこなせていますね。」


 カロルの問いに、美仁は修行の日々を思い返して苦笑いしながら答えた。


「ここに来て五年も経つからね。初めは全然分からなかったよ。字も読めないし。勉強と修行ばっかりしてたなぁ。」


「ああ、わかります。言葉も文字も勉強しましたもの…。」


 カロルは頷いて美仁に同意しているが、美仁はそんなカロルをキョトンと見つめた。美仁はこちらに来てから言葉で困った事は無かった。


「言葉も?」


「え?…はい。お母様のお腹の中にいる時は理解出来ていた言葉が、産まれてからは全然理解出来なかったのです。」


「そう…なんだ…。じゃあ言葉も違うんだね…。」


 カロルが胎児だった頃に彼女の母親の言葉が理解出来ていた理由は謎だが、産まれてから理解出来なかったという事は、日本語では無いのだろう。そしてカロルには前世の日本人だった頃の記憶に、更に胎児だった頃の記憶もあるのか、と美仁がぐるぐると考え込んでいるとカロルが話を続けた。


「美仁は言葉が分かるのですね。」


「そうみたい…。カロルに言われるまで日本語だと思ってた。確かに、文字だけが違うなんて変よね。」


 今度はカロルが考え込んでいる。カロルは美仁が何者なのか、と考えていた。日本で生まれ育ったのに、こちらの言葉が分かる彼女は一体何者なのか…。


「私、いつか地獄に行くの。」


「地獄ってブラゾス大陸の?」


 カロルは目を丸くして美仁を見た。ブラゾス大陸は、ここミズホノクニからかなり離れた大陸だ。ミズホノクニの西にエルブルス大陸があり、そこから更に西へ船を進めるとブラゾス大陸に辿り着く。


「そう。その地獄に行けば私がこっちに来た理由が分かるんだって…。」


「地獄に…?でも地獄に入るには色々とやらないといけない事があるのでしょう…?」


「うん…。だから私がその時に困らないように、翡翠様や他の仙人様達が色々教えてくれてるの。」


 地獄に入る為に必要な事は今まで美仁が読んだ本には載っていなかった。真珠の千里眼でも見えなかったそうなので、実際に地獄の入口で確認する必要がある。

 カロルは優しい微笑みを湛えて美仁を見ていた。過去に日本で愛される事の無かった美仁が、今では女仙達から大切にされている事を、カロルは救いに思っていた。


「ガルニエ王国に立ち寄ったら、カロルに会いに行っても良いかな?」


 美仁は大きなタレ目を上目遣いにカロルを見た。美仁がカロルがガルニエ王国に帰っても、また会いたいと思ってくれているらしい事に、カロルは喜びを覚えた。


「勿論です!是非、ローラン侯爵家を訪ねて下さい!」


 カロルが頬を上気させ答えると、二人は笑いあう。カロルはあと一ヶ月程でガルニエ王国に帰る事になる。折角仲良くなれたのだから、カロルの元に友人として訪ねたいと美仁は思った。美仁にとって初めて出来た友達だから、もう二度と会えないのは寂しく、嫌だった。


「そうだ。美仁はチャクラを使って属性の攻撃とか出来ますか?」


「ん?火術だったら出来るよ?」


 美仁は孔雀から教わった印の結び方を火術しか覚えていなかった。精霊達に願えば印を結ばずとも様々な事を叶えて貰える事に胡座をかき、他の術の発動方法を忘れてしまっていたのだ。教わった際にノートに書き付けているが、そのノートを読み返したりもしていない。


「美仁には加護はあるのですか?」


「加護?何それ?」


「産まれた時に神様から頂くものなのですが…生憎私には加護が無くて、属性の魔法が使えないのです…。」


 カロルは眉を下げ気落ちした表情で美仁を見た。美仁はカロルが努力家である事を知っている。カロルは毎日早く起きてトレーニングをしているし、午前中の勉強の時間もしっかり勉強している。そんなカロルにも出来ない事があるのだと、美仁は少し驚いた。

 カロルは魔力量は多いが魔法が使えない為に学園の魔法学での成績は酷く悪かった。どれだけ学んでも努力をしても打開出来ないこの状況を何とかしたいと考えていた。


「私に精霊の加護があるのか無いのかも分からないけど、翡翠様に聞いてみよう!」


 美仁は自分が考えても分からないので、翡翠を頼ろうと立ち上がり翡翠の家へ向かった。カロルも慌ててついてくる。

 美仁が翡翠の家の戸を叩くと、やれやれといった表情の翡翠が出てきた。


「どうしたかえ?」


「翡翠様、加護について教えて下さい。」


「…ふむ。では二人共、入るがいい。」


 面白そうにニヤリと笑う翡翠に続いて、神妙な面持ちの美仁とカロルが翡翠の家に入って行った。

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