1・ドラゴンの尻尾
注意。残酷な表現があります。
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幾筋もの光が宙を舞う。その煌めきは紅い巨体を傷付け、その紅き身体を更に紅く染めていく。
傷付けられた巨大な竜は、痛みに吼えながら怒り狂い口を大きく開いた。喉奥には熱く滾る炎の塊が渦を巻いている。
「よし。力比べだ!」
先程から白刃の光を放っていた小さい身体を持つ者は、赤竜の炎を恐れる事無くニッカリと笑う。
宙を蹴り赤竜との距離を置くと、両手で素早く印を結んだ。体内で練り上げられた濃度の濃いチャクラを指先に集める。人差し指と中指を真っ直ぐ伸ばし、その先に集められたチャクラが音を立てて燃え出した。
赤竜も喉奥から炎を噴射する。小さき者もチャクラの炎を打ち出した。巨大な炎のブレスと火の塊はぶつかり合い、熱気と激しい火光を辺りに容赦なく撒き散らす。その衝撃は山に囲まれた孤島を揺らした。
孤島に住む動物も魔物もこの戦いに巻き込まれないよう息を潜めている。翼のある生物は既に島から逃げていた。
赫焉が収まるのを待たずに小さき者は赤竜の首元に移動し、赤竜の大きな頭を見上げた。
「もう少し大きな炎を作った方が良かったかな?さぁ、ドラゴンさん。そろそろ私と使役契約を結ばない?」
小さき者は戦闘中とは思えないのんびりとした口調で赤竜に語り掛ける。それはまるで朝ごはんをどうしようかと相談しているような口調だった。
瞬時に自分の喉元に近寄られた事にギョッとした表情を浮かべた赤竜は咄嗟に身体を反転させ距離をとった。
「何を馬鹿な事を…。人間風情の小娘が、喰ろうてくれるわ!」
やはり強い魔物を使役するのは一筋縄ではいかないのか、と納得する。この小さき者が以前同じ師匠の元、修行をしていた友人を思い出す。彼女も二頭の魔物を使役していたが、二頭共戦い勝利した後に契約を結んでいた。
しかも目の前の相手は赤竜だ。強い力に魔力、長い寿命を持つ彼等に人間と使役契約を結ぶ利点など無いに等しい。赤竜が抵抗し戦闘となるのも当然の流れである。
赤竜は相手の身体を丸呑み出来そうな程に口を開き小さき者に迫る。赤竜の素早さはかなりのものだが、小さき者はそれ以上に素早かった。赤竜が小さき者に噛み付こうと狙いを定めて距離を詰め、上下の歯を打ち鳴らしたが、それは空振りに終わる。
小さき者は瞬時に赤竜の背後を取った。その手には小刀。小さき者は軽く飛び上がり小刀を振り上げると、落下しながらその手を振り下ろした。
そんな小刀で何が出来る。赤竜も戦い始める前はそう思っていた。だが今はもうこの小刀の威力を知っている。赤竜が視界の端で白刃が煌めくのを見たその刹那。
グギャアアアアアァァァァァァァァーーー!
強烈な痛みに赤竜は天を仰ぎ叫んだ。赤竜の叫び声は大地を揺らし大気を震わせる。あの小さな小刀は、人間風情の小娘の背丈程の太さの尻尾をあっさりと切り離してしまった。
切り離された尻尾を確認しようとそちらを見ると、何処にも尻尾は無かった。あるのは真っ赤な夥しい量の血溜まりだけ…。
赤竜は堪らず身体を縮め始め、濃い紫みの灰色をした長い髪を無造作に一つに縛った背の高い男の姿に変身した。怒りからか、暗く灰みがかった赤色の瞳は憎々しげに揺れている。
「…に…人間になった…。」
小さき者はポカンとした顔で元赤竜の男を見ている。その間抜け面に毒気を抜かれた男はため息をつき、小さき者…白茶色の髪の少女に近寄った。
「儂の尻尾を何処へやった?」
「あ、えっと…アイテムボックスに仕舞ったけど…。ドラゴンて尻尾切れてもまた生えてくるよね?トカゲみたいに…。」
「トカゲと一緒にするな!確かにまた生えてくるが…その間格好がつかんだろ…。尾の無い竜など…。あぁ、人間風情に使役される竜なのだから、お似合いか。」
男は噛み付くように怒鳴る。怒ったり自嘲したりと忙しい男だが、少女は最後の言葉を聞き喜色満面で男を見た。
「それでは早速契約を!私と同じようにしてね!」
少女は巻物を取り出し、しゅるしゅると開きながら空いている場所を探す。男も少女の横から巻物を覗き込む。
「あった。じゃあここに血で何か書いて貰うね。」
「お前はまだ儂に血を流させるのか…。」
「まぁまぁそう言わずに~。」
元々目付きの悪い男が更に剣呑な表情で少女を睨むが、少女はヘラヘラと笑いながら小刀を自らの手に躊躇無くグサリと刺した。すくに小刀を引き抜き血塗れの掌を巻物に押し付ける。
小刀は少女の手を貫通したらしく手の甲まで血塗れだった。
「はい。ドラゴンさんの番ね。」
少女は笑顔で小刀を男に手渡す。男は苦々しい顔で受け取り掌を切り付けた。この小刀はつい先程自分の尻尾を切り離した物だが、今あの威力は鳴りを潜めている。
男の手に血が滲み出し、それを確認すると男も少女に倣って巻物に押し付けた。
「じゃあそのまま、チャクラを巻物に流して。」
少女は指先で自分の血痕に触れてチャクラを流す。男も同様にしたようで、少女は満足そうに男を見た。
「ありがとう。これで使役契約は完了です!」
少女はくるくると巻物を巻き上げ紐で留めると、パッと巻物が少女の手から消えた。
「これからよろしく!私は美仁。ドラゴンさんの名前は…。」
「儂はロンだ。」
「名前があったんだ!じゃあ早速、街に向かうね。…ロン、私を背中に乗せて、飛んでくれる?」
ロンはニッコリ笑う美仁を横目で睨むと尾の無い巨大な赤竜に変身した。美仁がひらりと赤竜の背に乗ると赤竜は地を蹴り大空に飛び出した。上空で翼を羽ばたかせ、海の先に見える陸へと向かう。
「儂は人間の街など分からんぞ。何処へ向かうんだ?」
「あ、そっか。じゃあ道案内を。」
美仁がそう言うと無数の蝶が現れた。赤竜の前にヒラヒラと進み街に向かって飛んで行く。街から少し離れた上空で赤竜は人間の姿に変身すると、美仁を抱えて落下した。ふわりと着地すると美仁を降ろす。
「ありがとう、ロン。ちょっと用事を済ませるね。お腹も空いたし何か食べよう。」
美仁とロンは朝から戦っていた。今はもう昼を過ぎている。美仁とロンは街に入り、冒険者支援協会の建物に向かった。
冒険者支援協会はその名の通り、冒険者を支援する団体である。冒険者として登録をする事で様々なサービスを受ける事が出来たり、各地にある協会の管理するダンジョンに挑む事や、クエストを受ける事が出来る。
美仁は冒険者登録はしていなかったが、建物内にある素材買取窓口をよく利用していた。この街にはよく来るらしく、美仁は迷わず素材買取窓口まで歩みを進める。
「すいません。魔物の解体と買い取りをお願いします。」
「美仁ちゃんか。今日はどんなのだい?」
「大きいものだから、奥で出しても良いですか?」
「おう。ついて来な。」
窓口の荒っぽい職員に奥に案内される。もう何年もこの窓口を利用している為、解体職員とは顔見知りだ。魔物を解体する専用の部屋は広い。美仁はここで赤竜の尻尾を出した。
「げっ…!」
ロンは顔を歪めて呻き、部屋に居た職員達は驚いている。真っ赤な尻尾はとぐろを巻き、部屋の真ん中に鎮座している。威圧感すらあるその大きさに職員達は驚き声も出ない。
「ドラゴンの尻尾なんですけど、これって…。」
「ドラゴンンンンンンンンンン?!」
職員達は美仁と尻尾を交互に見ている。確かに今までよく上級モンスターの解体を頼んできていた娘だが、まさかドラゴンの尻尾を持ち込むとは…。
「ドラゴンの尻尾って食べられますか?」
「ええっ!?…俺は食べた事無いが、ドラゴンの肉は格別に美味いと聞いた事がある…。」
「じゃあ、食べられそうな所を30キロ分引き取りで、残りは買い取りをお願いします。今すぐ食べたいので、それだけ先に頂く事って出来ますか?」
美仁はニコニコと要望を伝える。そんな美仁を、ロンは眉間に皺を寄せて見ていた。
放心しながらも肉を切り分けてくれた職員達は、夕方には作業が終わるだろうと教えてくれた。
美仁は礼を言い作業部屋を出て、そのまま冒険者支援協会の酒場のカウンターに向かう。
「こんにちは、美仁ちゃん。今日は何にする?それとも何か持って来た?」
「はい!これでステーキを焼いて下さい!」
ダンディな店員に美仁は一食分に切り分けられた肉を渡す。アイテムボックスに入れた時は大きな肉塊だったのに、店員に渡した肉は丁寧に経木に包まれていた。
「良いお肉だねぇ。いつものようにすればいい?」
「はい。お願いしま~す。あと、お肉の定食も一つお願いします。」
「オッケー!じゃ、お好きなお席でお待ち下さい。」
店員は注文を受け付け、ついでにロンにウインクをして調理に取り掛かった。かなり濃い挨拶を受け取ったロンは困惑の表情を浮かべながら美仁の後を追う。
空いている席を見つけ美仁が座ると、ロンも向かいの席に座り腕を組み美仁を睨む。
「…美仁、お前に言いたい事がありすぎる…。」
「あ、ドラゴンステーキ?お腹も空いてるし、味も気になったから…。えへ、ごめん。」
「…はぁ、まぁ良い。とくと味わえ…。あと、先程の男は…。」
「ああ、あの人イケメンが好きだから~。ロン、気に入られたみたいだね~。」
美仁の言葉にロンは衝撃を受けた。男色の気は無いロンは困惑している。数百年生きてきた赤竜のロンは、人間と知り合いたったの半日で、少し人間が苦手になった…。