8.謎の美少女がやって来た
21時。ミヨと事前にプレイヤー名を交換し、待ち合わせ場所をギルドの前と決めてから自作ゲームへインしようとしたカケルは、ゲームのアクセスの度合いを画面で調べると、すでに50人のプレーヤーがいることに気付いた。
――えっ? もうこんなにプレイしてくれている!
公開から1時間が経過しただけなのに、興味を持って訪れてくれた読者――プレイヤー――は想像を遥かに超える人数なので、彼はすっかり舞い上がってしまった。
アバターの設定はAIがデフォルトで用意した50種類の中から選ぶようにしたが、描いた画像からアバターを起こせる機能を使えば、これに好きなだけ追加できる。いつか、ミヨの知り合いの絵師さんに頼もうかなと思いつつ、彼は軽装の冒険者のアバターを選んだ。この方が、ダンジョンの中で楽に動き回れるだろうと思ったからだ。
名前は「モノ」にした。ペンネームもそうだが、彼は自分「茂埜垣カケル」の名前の一部を使う癖がある、
カケルは、ドキドキしながら自作のVRMMOゲームの世界にダイブする。街は、たくさんのモブキャラが歩いているが、その中に頭の上に名前が表示されている冒険者風の男が何人かいるので、思わず口元がほころぶ。ただ、「私が作者ですよ」と晒す勇気はない。
早速、街に一つしかないギルドへ向かうと、三角帽子を被りローブを纏ったいかにも魔女という装いの人物が手招きをしている。頭の上に視線を向けると、名前は「ミニョン」。ミヨのアバターだ。
彼女の後ろに、甲冑に身を固めた「シノン」、巨漢の男「プルート」、聖職者風の女「フルダ」が立っている。ミヨがシノとマユとアキを誘ったので、シノンはシノだろうと見当がつくが、後の2人は分からない。普段から男装の麗人として人気のマユがよりによって大男プルートを選んだのだろうかと想像していると、ミニョンが大声を上げて笑った。
「遅いじゃない!」
「いや、時間通りだけど」
「みんな待ってたわよ! さあ、行きましょう!」
作者を置いてきぼりにして、ミニョンはすっかりパーティのリーダーとして行動を開始する。
第1階層で壁から現れる魔獣達を次々と葬り、全員で着実にレベルをアップする。
遠くの方で声や音がするので、同時に何人もプレイしてくれている。作者として冥利に尽きるカケルは、背後から襲ってきた魔物に気づかなかった。だが、それはプルートによって倒された。
「ボーッとしているなよ」
「ありがとう」
その言い方は、やっぱりマユだなぁと、自分を追い越して次の魔物に剣を向けるプルートの背中を見た。
第1階層のボスがいる部屋の扉にたどり着いた。すでに30人近く集まっていて、固まり具合から6つのパーティーだろうと想像がついた。作者として「ありがとうございます!」とお礼を言いたいカケルだったが、さすがにそれはやめた。喜びを隠せないモノを見てミニョンが笑う。
「盛況で良かったじゃない」
「ああ、本当だ」
「腐ってないでチャレンジするのが一番の薬よ」
「だね。ありがとう」
「どういたしまして」
いつでも落ち込んだときはミヨが助けてくれる。作品のアクセス数が少ないとか、ストーリー展開に行き詰まったとか嘆くと、いつもアドバイスしてくれた。
本当は、落ち込んでも自分一人で立ち直れる強い心を持つのが良いのだろうが、今はまだ無理だ。でも、いつかはミヨに頼らずに頑張れるようになりたい。
やがて、自分達の番が回ってきて、開かれた扉の中に5人で飛び込む。
相手は緑色のドラゴンだ。すでに口から火を吐いて、冒険者達の挑戦に受けて立つ構えだ。
「さあ、行くよ!」
ミニョンの号令で、全員がドラゴンへの攻撃を開始した。
◇◆◇◆◇
第1階層をクリアして5人でハイタッチをし、明日続きを行うことを約束して解散する。
VRヘッドセットを外してゲームの余韻を楽しみつつ、もう少しあそこを直そうと反省するカケルは、ドアをノックする音に振り返った。時計を見るともう直ぐ22時。
――誰だ、こんな遅くに?
扉の前に歩み寄り、のぞき穴から様子窺うと、金髪の女性が見えた。
「はい」
そう言って何の気なしにチェーンを外して扉を開けると、女性が滑り込むように玄関へ入ってきた。白いドレスを着て、金髪で赤い目の美少女が、扉を閉めてチェーンをかける。
「ちょ、ちょっと!」
「すみません。私と契約してもらえませんか?」
「契約?」
「ええ。私、マヤと言います。アンドロイドです」
カケルは彼女の頭から足先まで見渡した。
「もしかして、所有者がないアンドロイド?」
「はい。契約者が過重労働を強いるので契約を破棄して逃げてきました」
アンドロイド側から契約を破棄するというのは、滅多にない異常事態だ。この場合、所有者不明となり、場合によっては回収されて解体される。それを救済するには、別人と契約する必要がある。彼女はそれを言っているのだ。
「いきなり言われても――」
「茂埜垣カケルさんですよね?」
「はい」
「私、あなたが小説をVR化して15作品を公開していることと、最近VRMMOのゲームを公開したのを知っています」
カケルは後ずさりするほと驚愕した。
「なんで2時間前のことまで知っているの?」
「それは――」
マヤはニコッと笑った。
「VR化していたのは私ですから」
「――――!?」
目をまん丸に見開くカケルを見て、マヤはなおも笑った。
「私、VRワールド・クリエイターなのです」