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4.VR化した作品を初公開してみた

 これで小説のアップロードからVR化まで作業を一通り試したので基本は理解できたカケルだが、自分が生み出した作品が今まさにテキストから仮想現実の世界に変換されて、勇者と美少女が生き生きと繰り広げる(ちよう)(ちよう)(はつ)()の掛け合いに心を奪われ、そのまま一視聴者となって彼らを見つめていた。


 このあと、マリーに取り()いた悪魔を退治したフェルナンドが彼女を連れて街へ繰り出して一騒動を起こしたり、貴族の娘を助けて大金が手に入ったりと物語は続くのだが、展開を全部知っているカケルでも食い入るように物語の進行を()ている。


 入浴シーンでは、一糸(まと)わぬマリーの体が湯気できわどく隠されていて、そこにキャッキャと乱入してくる仲間のエルザやスザンナの体の絶妙な位置に少量の湯気が漂うのを()て、このAIの配慮に感心させられた。これを間近に観ている読者――というよりVR視聴者――は、「風よ、巻き起これ」と祈るだろうなと、カケルは微笑を浮かべる。


 場面が変わるときは、見やすい位置に自分の体が瞬間移動する。ただし、移動の際には動きも加速度も感じない。目の高さから推測すると自分は立っているのだが、立っているという感じはしないし、広大な平野全体を()(かん)する位置に移動したときは自分が宙に浮いているはずだが、浮遊感もない。実に不思議である。なお、高所恐怖症の人は、魔法使いが空中戦を繰り広げているときに、自分自身の足下を見ない方が賢明である。


 後半のド派手な戦闘シーンは、飛び交う魔法で岩が(さく)(れつ)し、土砂が柱のように噴き上げるが、音や振動や風は感じるものの、飛散物は到達しない。ただし、水の魔法を使うときや雷雨になるときは少量の霧が顔にかかるし、燃える物は不快にならない程度に焦げる匂いがする。つまり、戦闘フィールドの中に視聴者が(かた)()()んで立っていても、戦闘に巻き込まれることはなく、映画館で4D技術を屈指して臨場感(あふ)れる体験をさせられているのと同じ――あるいはそれ以上の現象が起こるのだ。


 こちらに向かって飛んでくる矢も、途中で軌道が外れることも分かった。ゾンビも避けてくれる。でも、あまりにリアルなので、間近にドラゴンが迫ってきたときなどは、多少のことでは驚かないカケルでも思わずしゃがんでしまったほどだ。



 大団円を迎えて感動に浸っていたカケルは、小説をVR化してここまで魅せてくれるサービスにすっかり(とりこ)となった。


 ただ、感動は長続きしなかった。


 気になる台詞(せりふ)が、登場人物のおかしな動きが、次々と頭の中に浮かんできて、カケルの人差し指が水色のコントロールメニュー画面の上を滑る。場面は街中にまで巻き戻され、早送りで主人公フェルナンドの曖昧な台詞を言う場面に進み、耳を澄ます。


 ――この台詞、書き直さないと。次は……。


 マリーがフェルナンドに抱きしめられて告白される場面に移動。


 ――唐突すぎるな、この告白は。こうして登場人物が(しやべ)っているのを聞いていると、おかしいところがよく分かる。


 こんな調子で10箇所以上を点検し、まだまだあるが覚えきれないと()(いき)を吐いて、ふとコントロールメニュー画面の時計を見ると午前4時30分を過ぎていた。


 ――ヤバい! もう寝よう。


 カケルがログアウトしてVRヘッドセットを外し、アラームをセットしようとスマホを手に取ると、ミヨからメッセージが届いていた。


『頑張れ』


 3文字の応援メッセージに、彼はニコッと笑ってベッドに背中からダイブし、返信する。


『ヤバし』


 送った時刻で()()()まっていたかは分かるだろうと思いながら、彼は右腕を横にして両目の上に置く。修正箇所を思い出し、ここを直そう、あそこを替えようと考えていたが、しばらくすると彼は寝息を立てていた。



 ◇◆◇◆◇



『ねえ。まだ公開しないの?』


 2時限目はオンライン授業で、ワンルームマンションの窓際にある机に置かれたノートPC経由でカケルは授業を受けているが、彼の視線は正面の大型モニター画面から机の右横に置かれたスマホの画面へ時折移動しており、画面ではさっきからミヨが催促を繰り返していた。彼はカメラに気を遣い、授業の内容に苦笑したと誤解されないよう無表情で返信する。大人数の授業と違ってこの授業には生徒が10人も参加しておらず、しかもカメラをオンにして顔を表示させなければならず、オンライン会議と同じく丸見えなのだ。


『書き換えるから時間が掛かる』

『どうして? あのままでいいのに?』


 ミヨからいいと言われると、そうかなぁと思ってしまうのは今までのカケル。だが、『VR作家になろう』のクリエイターとなった彼は、あの出来映えには妥協できなかった。


『テキストだとスーッと読めちゃうけど、いざ動かすと、やっぱ変だよ』

『見たい』

『変なところ?』

『変でもいい』


 その時、教授がこちらを向いたような気がしたので、彼はモニターへ目を向けた。しばらく様子を見たが、内職には気付かれなかったみたいなので返信を再開する。


『だめ』

『待てない』


 こうなるとミヨが強情なのは、十分承知している。


『なら、午後一』

『許す』


 カケルは昼飯抜きになる覚悟を決めて嘆息すると、また教授がこちらを向いたので、真剣に聞いている風を装う。この教授は、画面から目を()らしている生徒にいきなり講義内容を質問するので油断できない。なんだか雲行きが怪しくなってきたので成り行きを見守っていると、教授の質問を食らったのはミヨだった。



 12時30分に2時限目が終わると、大車輪で『最弱勇者と禁呪使い』を修正する。1時間で直せるところは全部直す。そんな意気込みで20箇所を直し、終わったのは13時20分。VR化までは、ワーニングは無視して13時25分に完了。3時限目が13時30分からなのでプレビューで点検している暇はない。


 カケルは、テキストの方の作品を公開して、続けてVR版も公開した。


 1分後、これがkakikeyの最初の作品としてトップページの新着情報に登場した。


 これを確認したカケルは、VRヘッドセットを外して、早速ミヨにメッセージを送信。


『後悔したよ』


 送った後で誤変換に気付き、


『降下したよ』


 また間違えたので、今度こそ『公開したよ』と待ちわびているミヨへ送る。


『ありがとー』


 この言葉が、作業を終えたクリエイターにとって、何よりも(うれ)しい。


 カケルは(あん)()の胸を()()ろした。

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