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3.小説をVR化してみた

 VRヘッドセットを外したカケルが時計を見ると、すでに午前3時を回っていた。今日の大学の授業は2時限目からなので、あと1時間くらいは使い方の練習が出来そうだと思った彼は、スマホに届いているメッセージに従ってアプリをインストールし、まずは最新作の短編『最弱勇者と禁呪使い』をアップロードすることに決めた。


 ついでに、現在利用している投稿サイトでこの作品がどの程度読まれているかを調べてみたが、評価も感想もブックマークもオール0。40ページだが、PVはまだ100未満。これは3人が全ページを読んだ数より低い。アクセスを増やしてくれているミヨに感謝する一方で、昨晩に完結してサイトのトップに掲載されたのにほとんどスルーされた現実を突きつけられ、彼は思わず()(いき)を漏らした。


 ――こっちで旧作を公開する前には、全部書き直ししよう。……うん、頑張るぞ。


 新しいフィールドだから、心機一転して取り組むにはちょうど良い。カケルは旧作の改稿を決意したが、今からでは時間もないので、現状の作品を小説の投稿からVR化までの基本的な使い方の練習用として使うことにした。


 スマホからの投稿は、『アップロード』ボタンをタップして1秒もかからなかった。15000文字のテキストデータは、通信回線や相手サーバーのネックにもならなかったようだ。


 カケルがプレビュー画面で本を読む形式を試してみると、やや厚みのある茶色い本の表紙が出現し、タイトルの『最弱勇者と禁呪使い』とプロフィールに書いたペンネーム『kakikey』が縦書きで表示された。表紙絵のない新書っぽい(てい)(さい)が寂しかった彼は、画像をはめ込む機能を使い、サンプルとして用意されていたドラゴンの画像を表紙の真ん中に配置した。


 次に画面のフリックで本を開くと、パラッという音がして見開きでページが表示された。自分が書いた物語が縦書きの(みん)(ちよう)(たい)で表示されているのを見ると、何だか作品が書籍化されたかのようで、彼は思わず口元がほころぶ。


 オプションとして用意されていたクリエイター側の指定機能――縦書きか横書きかの指定、めくる音を消すサイレントモード、書体変更、紙質変更等――を試すのは後回しにし、電子書籍リーダーのプレビューも試さなかったカケルは、すぐにVRヘッドセットを装着した。早く、自分の小説のVR化を試したいからだ。


 AI新書店分室ポータルアプリから『VR作家になろう』のページへジャンプし、(はや)る気持ちを抑えきれず、VR化のメニューからアップロードした小説を選択する。そうして、(まばた)きで開始ボタンをクリック。さあ、どうなるだろうとドキドキしながら経過を待つ。


 ところが、いきなり問題にぶち当たった。


 構文解析フェーズで、ワーニングが大量に画面の下からせり上がってくるのだ。目につくのが、表記の揺れ。何だか校正ツールに駄目出しを食らっているみたいだと、カケルは苦笑する。他には、登場人物誰それの言葉遣いが各所で変わっているとか、慣用表現がおかしいとか、細かいところまで指摘されて、これは(すい)(こう)を加える必要があると彼は痛感した。


 ただ、これらはVR化に支障を(きた)すほどのエラーではなかったようで、処理は中断されず、2分でVR化が完了した。と、その時――、


『プレビューしますか?』


 突然、若い女性の声が耳に飛び込んで来たので、カケルはギョッとする。おそらく、この女性の声はAIが構築したVRの世界の確認をクリエイターに促しているのだろう。


 彼が「はい」と答えると、ドラゴンの絵のある茶色い表紙の本が彼の目の前に現れた。VRの世界の入り口は本の中だから、眼球を左から右へ移動してページを開き、1ページ目の右上を見て『VR』ボタンに視線を合わせてから瞬きをする。


 すると、今まで見えていた画面が消えて、代わりに暗雲が垂れ込める荒野の場面に切り替わった。いや、荒野のただ中に――構築されたVRの世界に――フルダイブしたというのが正しい。


 辺りを360度見回すと風景が(つな)がっているし、足を動かすと歩き回れる。ふと足下を見ると、自分は靴を履いている。部屋の中では()(だし)だったのに不思議な話である。


 歩くと、地面の上を歩いている感覚が足の裏から伝わるし、坂の上り下りも出来る。どこまでリアルに再現しているのか、試しに、転がっている石を拾おうと思ったが手に取ることは出来なかった。生えている草も指がすり抜けてしまう。ヘルプにあった『物や人物には触れることが出来ない』とはこういうことか、とカケルは理解した。触れることを許してしまうと、物の位置をずらすことが出来て、ストーリーに悪影響を及ぼしかねないだろう。彼がそんなことを考えていると――、


『この風景で良いですか?』


 カケルはその問いには答えず、自分がフルダイブした世界をもう一度ぐるりと見渡し、両手を広げて感嘆の声を上げる。


「これは(すご)い!」

『ありがとうございます』


 すると、許可が下りたと判断されたらしく、次は目の前に黒いレザージャケットを(まと)った金髪の青年が現れた。関節部分に簡単なプロテクターを着けた動きやすい格好で、背中に背負った大剣の柄に右手をかけて、決めポーズを取っている。


 切れ長の(へき)(がん)、高い鼻、小麦色の肌。顔は、リアルな人物と言うよりかは、アニメに出て来るキャラクターの感じに近い。AIが小説に描かれた表現にトレンドを加味して作り上げた容姿のようで、なかなか格好良い。


『主人公のフェルナンド・グレイトはこれで良いですか?』


 カケルは、今まで頭の中に描いていた主人公像よりもイカしてるので、問いかけに「はい」と答えた。すると、青年は「この声で良いかな?」と語り出した。


 声まで理想的だったのでカケルが「OK」と答えると、青年は大剣を抜き、風を切る音を立てて(はく)(じん)(いつ)(せん)。それから、またもや決めポーズを取ってスッと消えた。


 次は、濃い紫色のとんがり帽子を被った金髪ロングヘアの美少女が現れた。帽子と同じ色のローブを(まと)っていて、長めのロッドを右手に握り、肌は透き通るように白い。リアルより(はる)かに大きな緑眼を持ち、完全にアニメ顔である。


『禁呪使いのマリー・ミドルはこれで良いですか?』


 カケルは、こだわりがあったので注文を付ける。


「もっと金髪を長くして。それと、ローブはもう少しズルズル引きずる感じで」


 注文を付けると、目の前の美少女の髪の毛とローブがジワジワと長くなっていった。


『この長さで良いですか?』

「あと、もっと丸顔にして」


 カケルの追加注文で、顔の輪郭が徐々に丸くなる。


『こんな感じで良いですか?』

「OK」


 彼の許可が下りると、美少女は「この声で良いかな?」と言って首を(かし)げた。


「もうちょっと、()(わい)くして」


 何度か駄目出しをしてから「OK」を出すと、美少女はロッドを振り回し、お(ちや)()な表情を見せてからフッと消えた。


 こんな感じで、荒野に登場して台詞(せりふ)のある人物を一人一人調整していく。モブキャラも調整できるが、時間がないのでカケルはそのプロセスを省略した。


 一通り終わると、次は首都の情景が現れた。荒野で勇者と禁呪使いが出会った後、二人で訪れる街の情景だ。ここもほぼイメージ通りだったので、カケルは通行人の量を減らした程度の調整で終了した。


 以後、異なる場面だけ選ばれて一つ一つ調整を行ったが、驚いたことに、全くカケルのイメージと異なる物は一つしかなかった。それは入浴シーンで、和風の露天風呂のつもりが西洋式の風呂になっていたことだ。風呂場の描写をあえて詳しく書かなかったため、異世界=中世の西洋という連想からAIに洋風の風呂の場面を提案されてしまったのだが、これは自分の失敗だと彼は反省し、改稿するネタが増えることとなった。



 調整が完了すると、いよいよ冒頭シーンからの再生だ。


 カケルが人差し指で空中を2回タッチすると、水色のコントロールメニュー画面が表示された。この画面を使って1ページ目からの再生を実行すると、たちまち情景は荒野に切り替わり、遠くからフラフラになった勇者が現れた。



 ◇◆◇◆◇



「――ったく、今日はついてないぜ……と思ったら、またなんか変な(やつ)が現れたぜ」


 顔を上げたフェルナンド・グレイトの視線の先には、濃紫色のとんがり帽子とローブを纏った少女がロッドを持って立っていた。


「誰だ、お前?」


 フェルナンドが(いぶか)しげに少女を見つめると、少女は不敵な笑いを浮かべる。


「名前を()くときは先に名乗りなさいよ」

「ちっ。俺はフェルナンド・グレイト。一応、勇者だ」

「私はマリー・ミドル」

「どう見ても、道に迷ったようには見えないな。そこで何をしている?」

「人を待っているの」

「誰を?」


 マリーはロッドをフェルナンドの顔へ向けた。


「あんたみたいな勇者をね」

「何? 疲れて歩けないから()ぶってくれってか?」

「違うわよ」

「じゃあなんだ? 目的を言え」


 すると、マリーが詠唱を始め、フェルナンドが天を仰いだ。


「これで今日は何人目だよ……。お前ら、いい加減にしろよな」


 彼の言葉にマリーの顔はこわばり、詠唱を中断した。


「もしかして、あんたがそうなのね?」

「そうって何が?」

「最弱勇者に見せかけて、禁呪使いを倒している男は」

「最弱は認めるが、目的は違う」


 そう言いながらフェルナンドは背負っていた大剣を抜いた。


「俺はお前らに取り()いている悪魔を退治しているのさ」



 ◇◆◇◆◇



 カケルは、目の前で展開されているストーリーにゾクゾクし、夢中になっていた。


 自分が作り上げた物語の登場人物が本から飛び出して、AIが構築したVRの世界で生き生きと動いている。


 しかもフルボイスで。


 テレビの前で彼らを見ているのではなく、彼らと同じ世界に立って、現場を間近で見ているから迫力が違う。



 カケルは、ミヨがなぜ夜中に電話をかけてきて興奮していたのかを、これで理解した。

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