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名月祭 6

 花火の音に紛れるでもなく拳銃なんかを撃てば、せっかくの隠密裏の行動に意味がなくなると理解しているのか、彼らは銃器を取り出すことはなかった。消音器を持ってはいなかったのか、あるいは銃自体を持っていなかったのかまではわからないけれど。

 それでも、飛び道具を使わないでいてくれるのはありがたい。

 あるいは持っていて、今は見せていないだけかもしれないから、油断はできないけれど。

 目配せだけして、余計な会話などをすることなく、突っ込んでくる。膠着状態ではいられない理由があるのか、もしくは、先手を取る戦闘スタイルなのか。

 これで取り敢えず、正当防衛の必然性は証明できたはずだけれど。


「えっ」


 予想だにしない事が起こり、一瞬、気を取られてしまう。

 その隙に、僕の障壁を切り裂いたナイフが、そのまま手のひらに一筋の赤い線をつける。


「レクトールさん!」


 地面に滴る血を見て、ユーリエが声をあげたけれど、僕は反対の手を向けて、絶対にそこから出てこないよう、念押しする。

 いや、障壁を切り裂いた以上、あの障壁に意味なんかないと証明されてしまったわけだけれど。


「そのナイフ……」


 なんらかの仕掛けがされている。

 おそらく、魔法犯罪者に対して使用される手錠と似たような機構を搭載したなにかが。

 手の平の傷はすぐに治癒魔法で治したけれど、これはすこし厄介なことになったと、僕は脅威度を更新する。

 アンチマジックフィールド展開装置まで利用してくる相手となると、生半可な攻撃は無効化されるため、手加減が難しくなる。ただでさえ、リュシィたちを庇うことで、動きは制限されているのにも関わらず。


「対象はAMFアンチマジックフィールド装備を所持。要警戒」


 他にも遭遇するかもしれない相手のことを考え、他の警備についている同僚に連絡を入れておく。

 出力次第で対抗は可能だけれど、存在を知らなければさっきの僕のように不意の一撃を貰う可能性を否定はできない。

 これは、のんびり構えている場合ではなくなったな。

 そもそも、生半可な攻撃では無効化されるのがおちだ。

 幸い、潜入工作が彼らの任務だったためか、わかりやすく防弾ジャケットなどを纏ってはいない。これなら素手でも相手ができる。

 ただし、相手が逃走、しかも別々の方向に走り出すという手に出た場合は、かなり面倒だけれど。

 当然、自らの手の内を晒した相手は、攻勢へと転じる。

 やるしかない。

 リュシィたちのことは気がかりだけれど、こっちがやられては元も子もない。

 その場でバク転しながら、突き出された、ナイフを持っている手を蹴り上げて、ナイフを弾き飛ばす。

 着地と同時に、地面を蹴って加速し、相手の懐に潜り込む。反応しきれていない相手の顎を、下から掌底で打ち抜き、意識を刈り取ったところで足払い、地面に転がす。


「なっ」


 あっけにとられた様子の相手に対し、容赦はなく、彼らが体勢を整える前に、二人目に接近し、顔面急所に向かって拳を突き出す。


「うぉっ!」

 

 のけ反って躱される。

 しかし、態勢は崩した。あとは――。


「おい、動くんじゃねえ」


 声に振り向けば、最後のひとりがリュシィたちに拳銃を向けている。

 しまった。離れすぎたか。

 こうなるだろうから、さっさと、ふたりだけでも片付けて、一対一までは持ち込んでおきたかったのだけれど。


「動いたらこいつらの脳天にぶっ放す」


 さすがに、あの至近距離からでは障壁より早いだろう。

 加えて、障壁は無効化される可能性が高い。あれも無限に持つというわけではないけれど。


「だからまず――おっぷ」


 なんだ? 

 リュシィたちに拳銃を向けていた相手が、突然、顔を逸らし、おぼつかない足取りで後退する。

 わからないけれど、この機を逃す手はない。

 僕は即座に固めた拳に魔力を集中させ、目の前の男の顔面を打ち抜いた。

 もんどりうって倒れる相手のことは、すこし心配もしたけれど、リュシィたちと比べれば些末な問題だ。


「危機一髪だったかしら、レクトール」


 空から降ってきた、明るい茶色の髪でポニーテールの女性が微笑む。


「ありがとうございます、キュールさん。助かりました」


 おそらくは手に持っていた小石的なものを、相手の顔、それも目の辺りを狙って投擲されたのだろう。

 それから、僕の持ち歩いていた分と、キュールさんの分の手錠を取り出し、襲撃者にかける。

 

「これがその連中ってわけ?」


「ええ。他にもいるかもしれませんが、僕たちが遭遇したのは彼らだけです」


 というより、確実に仲間がいることだろう。

 キュールさんは、リュシィたちのほうを見てから。


「レクトール」


「わかりました」


 これから、彼らに尋も……事情聴取しなければならない。

 そんな現場を子供たちに見せるわけにはゆかない。


「そういうわけだから、皆、いい子でお家に帰ってくれるよね?」


 明らかに非常事態だ。飛行の魔法を使用しても問題にはならないだろう。

 高高度を高速で飛べば、たとえ生身で、相手が狙撃銃を持ち出しても、容易には当てられないことだろう。


「もちろん、そうするわ」


 随分と聞き分けよく頷いたのはシエナだ。

 あまりにも聞き分け良過ぎて、逆に不安になる。


「本音は?」


「こっそり様子を見に行くわ。もちろん、私たちを同行させないというのであれば、の話だけれど」


 僕は天を仰ぎたい気持ちになった。

 

「あのね、シエナ。一応、説明しておくと、相手は限定的とはいえ、魔法、魔力を無効化する術を持っていて、さらに武装までしている、かなり本格的に来ているんだよ? 僕たちの使命が、このリシティアに暮らす人たちの安心と安全を守ることだっていうのは、理解してくれているよね?」


 明らかに危険が待っているところに、子供たちを連れて行けるはずがない。


「わかっているわ、レクトール」


 微笑むシエナは、たしかに可愛いけれど、まったく信用できない。


「いいじゃない、レクトール。皆も連れて行きましょう」


「え? キュールさん?」


「さすが、話が分かるわね」


 いや、話が分かるわね、じゃないから。


「危険が待っていると言っていたけれど、こうしてすでに街中にも出てきている以上、この相手が魔法省だけに留まっているだけとは限らないわ。そもそも、魔法省をある程度とはいえ、掌握している時点で普通じゃないし。だったら、目の届くところにいてもらったほうが安心じゃないかしら。少なくとも、彼女たちの安全は、私たちで守れるでしょう?」


 自分の身くらい自分で守れるわよ、と聞こえてきたシエナの声は無視しておく。

 

「それに、人手は多いほうが良いわ。彼女たちだって、魔法師だし。もちろん、足手まとい……こちらの弱点になる可能性もあるけれど、役に立つこともあるかもしれないわ」


 理屈ではそうかもしれないけれど、それって、僕たちが市民に向かって言っていいことではないような。

 いや、ここで説得に時間をかけるほうが、ロスになるか。そこまで考えているんじゃないだろうな。

 そう思ってシエナを見れば、どこか勝ち誇ったような表情をしている。


「はあ。僕か、キュールさんか、目の届くところにいること。それだけは譲れないよ」


「はい」


「邪魔は致しません」


「さあ、行くわよ」


 若干、不安の残るような回答だったけれど、もはやこのまま進むしかない。

 皆を守り切る自信がないのか、なんて、そんなことではないけれど。

 障壁を待機させながら、僕たちは空へと舞う。走るよりもこっちのほうが、僕たちと子供たちとの差が開かないだろうと思ったからだ。

 まあ、連行するのにも都合が良かったというのと、いまだに祭りは開催中で、道路が混みあっていたという理由もあるのだけれど。


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