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名月祭 4

 そそくさとその場から移動するように、ふたりの背中を押して。


「ユーリエはどこから回るとか聞いてないの?」


 三人の間で交わされた約定はわかった。

 けれど、それは二人目以降が参加するまでの話で、ひとりでなくなった以上、早急に残るユーリエとも合流したほうがいいはずだ。

 もっとも、そんなことを尋ねるまでもなく、端末の居場所を、あるいは探知魔法を利用すれば、すぐに居場所はわかるのだけれど。


「それほど離れてはいないと思いますが」


 まあ、僕のほうの巡回ルートはわかっているわけだし、それから逆算した――それほど遠いところから探そうとは思わないだろう。

 

「随分自惚れているのね、レクトール」


 シエナがからかうような瞳で見つめてくる。

 

「えっ、いや、いまさらそんなこと言われても……」


 三人で競争していたと最初に言ったのはシエナのほうからだ。

 競争、つまり、こうして僕と合流することが目的である以上、向こうも僕を探していると思うのは当然だ。


「心配しなくても、私はちゃんとレクトールのこと、好きよ。もちろん、男性として」


 そりゃあ、僕は女性じゃないからね。

 ペットとして好きとか、おもちゃとして好きとか言われても困るし。


「そう言って貰えて光栄だよ」


 せいぜい、愛想をつかされないようにするよ。

 満足したようにシエナは、ふふっ、と笑みを漏らす。


「それで――どうしたの、リュシィ?」


 なんだか、リュシィから向けられる視線の温度が下がったような。

 

「はい、これ」


 とりあえず、キャンディーでも渡してご機嫌を窺っておく。

 そんなものでは誤魔化されないかもしれないけれど。


「……ありがとうございます」


 そう言ったリュシィはなんだか難しい感じに眉を寄せていて、対照的にシエナは口元を綻ばせて楽しそうにこちらを見つめてきていた。

 それにしても、合流したいのなら、こうして無暗にこちらからも探して動き回るのではなく、どこかに留まっていたほうが、ユーリエも見つけやすいだろう。そろそろ、お昼時でもあることだし。まあ、僕は仕事中だから、のんびり休憩というわけにはゆかないけれども。


「三人とも、今朝最初から集まって、それから別々の方向へ向かった、というわけではないんだよね?」


 ふたりが頷くをの確認してから、端末に地図を表示させる。

 ユーリエの――フラワルーズ家がここで、ユーリエが家を出ただろう時刻(概算だけれど)と、この地区までのリニアに乗った移動時間、今日の時刻表、道の混雑具合、などの条件を組み合わせて考えると。

 とまあ、こんなことしなくても、普通に探索魔法とか、端末の位置情報を照らし合わせるとかすれば、すぐに居場所はわかるのだけれど、シエナたちが僕を探すゲームみたいなことをしていたというので、僕のほうもそれに少し倣ってみようかと思っただけだ。

 

「いや、でも、それだとユーリエに悪いかな。仲間外れにされているみたいに思われるのも、可哀そうだし……」


 ユーリエならそんなことは言わないだろうけれど、リュシィとシエナとはすぐに合流したのに、私のことは放っておくんですね、なんて言われると返せる言葉もなくなる。たとえ、そんなつもりはなかったとしても。

 とはいえ、こんな人混み――と言うほど道幅が狭いわけでもないけれど――の中で、声をあげて名前を呼びながら歩き回るのも得策ではない。どうせ、周りの喧騒にかき消されてしまい、成果もなく喉を傷めるだけになるだろうから。

 シエナとリュシィとははぐれないように、ふたりの手をしっかりと握りつつ、端末は目の前に浮かせながら、ユーリエの居場所へ向かって歩く。


「だいたい、この辺りだと思うんだけどな……」


 地図を拡大してみても、この道沿いにユーリエがいることは間違いない。

 ただし、やはり祭りの影響で、人がひしめきあっていて、姿を確認するまでには至らない。

 もう少し近付いてみるかと歩を進めて行くと。


「ねー、いいじゃん。俺たちと一緒に遊ぼうよ。そのお友達も一緒でいいからさ」


「ご飯も奢るからさ」


 建物の壁に張り付くように、あれは中等科の生徒くらいの年齢だろうか。どうやら、ナンパの現場らしい。

 そんな年からナンパなんて、と思わないでもないけれど、可愛い子と一緒に祭りを見て回れたら楽しいと思うのは当然だろうし、強引過ぎなければ、取り締まるほどのことでもない、と思ったのだけれど。


「いえ、その、私は人を探していて……」


 その向こうから、聞き覚えのある声がした。

 僕の聞き間違いかもしれないから、念のため、ふたりにも確認の意味を込めて顔を向ければ。


「ユーリエったらナンパされているのかしら。なかなかやるじゃない」


 そういて、シエナは楽しそうに笑顔を浮かべる。どうやら、僕の聞いた声で間違いなかったようだ。


「のんきなことを言っていないで、助けに行きますよ」


 肩を竦めるシエナをよそに、リュシィはふたり組の男子に近づいて行き。

 

「ユーリエ」


 背後から声を掛けられたふたりの男の子が振り向く。その表情は、あっけにとられたような、はっきりいって、間抜け……いや、阿保面……うーん、あまり上手く言葉を取り繕えないな。

 ユーリエも美少女だけど、リュシィは、なんとなく、こう言ってはなんだけど、ちょっと軽い気持ちでは声をかけづらい雰囲気があるんだよな。近寄らないでくださいとか、話しかけないでくださいというオーラというか。それは、決してマイナスの意味だけでもないのだけれど。

 もちろん、そもそも、そんなものはまったくなくて、リュシィも意識はしていないのだけれど。


「リュシィ」


 割れたふたりの間から、ユーリエの顔が覗けて、向こうも僕たちを確認したのか、


「はあい、ユーリエ。お邪魔だったかしら」


 気楽な感じに手を振るシエナと、それから隣に立つ僕を見つけて、綻んだ顔を見せる。


「シエナ、それに、レクトールさん」


 駆け寄ってきたユーリエは、シエナと手を合わせて、再会を喜んでいる。

 これでようやく、三人揃って、普通にお祭りを楽しめるだろう。


「じゃあ、行きましょう。ユーリエはどこから――」


「おっ、おいおい。横から出てきてなんなんだよ、おまえ」


 そうすんなりとはいかせて貰えないらしい。

 一応、僕は腕章とかもつけているんだけれど、この場合、僕のことは見えていなくて、シエナたちに対して言っているのだろうからな。

 リュシィとシエナを目の前にして、その胆力は、その年齢にしては称賛に値する。

 ただし。


「なにって、私はその子の友人よ」


 おそらくは年上だろう相手にも、まったく物怖じしないシエナ。

 そりゃあ、普段から――かどうかは疑問だけれど――もっとずっと上の年齢、それこそ、自分の両親と同じくらいの年齢の大人たちとのパーティーやらに出席しているのだから、今更、数年くらいの年上の相手なんかに戸惑うこともないのだろうけれど。


「おまえ、自分が相手にされてないからって僻むなよな」


「引っ込んろ、ブス」


 な、なんてことを。

 僕は一瞬で戦慄した。

 この子たち、もしかしたら、凄い大物なのかもしれない。シエナに対して、たとえ買い言葉みたいな感じだとしても、そんなことを言ってのけるなんて。

 おそらくは初等科生界(そんなものが実在していたらかなり怖いけれど)でも三本の指に入る美少女だろう、シエナに対して、なんて暴言を。

 まあ、三本の指に入るというのは、僕の知り合いの初等科生が三人しかいないから(もちろん、ただ知っているだけというのなら、学院の子たちの顔を見たことはあるけれど)当然なのだけれど。


「見る目がないのね」


 対するシエナは、やっぱりシエナだった。

 さすがというか、なんというか。


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